輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~赤の領域~

36.クウの本性

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 クウは"魔竜ドラゴン"の意図を、瞬時に理解していた。

 "魔竜ドラゴン"の首が半分ほどの長さに縮み、胴体にたたみ込まれる。そして"魔竜ドラゴン"の額にあった"輪"が一瞬鮮烈せんれつな赤い光を放つと──フェナを目掛けて、弾丸の様に首が伸びて来た。

「あ……」

 鈍重そうな巨体にそぐわない、凄まじい速さのみ付き攻撃が、一直線にフェナへ飛んで来た。フェナは恐怖と驚きで、その場から動けない。

 そんな棒立ちのフェナの身体が、"魔竜ドラゴン"の口が接触する寸前で突き飛ばされた。

 剣を持ったクウが、溜めた"輪"の力で自分の身体を吹き飛ばし──フェナに体当たりしたのである。

「きゃっ!」

 フェナはクウの衝突によって、後方に飛ばされ転んでしまう。フェナは反射的に体勢を立て直し、すぐさま"魔竜ドラゴン"を見た。

 攻撃を終えた"魔竜ドラゴン"は、満足そうな様子で口をもごもごと動かしていた。何かが、口に挟まっている。

「あ……。ああっ……」 

 フェナの顔が青ざめる。"魔竜ドラゴン"の不揃ふぞろいな牙の間から──クウの身体がだらりと垂れ下がっていた。

 クウの腹部からは、大量の血があふれ出していた。クウの身体をくわえた"魔竜ドラゴン"は、クウだけは丸呑まるのみにする事なく──牙でつぶしたのだ。今まで"魔竜ドラゴン"が取った行動とは、明らかに異なったものである。

「い、嫌──。クウ──!」

 "魔竜ドラゴン"がゆっくりと──フェナに見せ付けるかの様に、口を開けてクウの身体を吐き出す。地上に転がり落ちたクウの元に、フェナが駆け寄る。

「クウ──! クウっ──!!」

 フェナの悲痛な叫び声が響く。

 クウは目を閉じ、眠った様に動かなかった。

◆◆
 清潔なシーツの敷かれたベッドの上で、クウは目を開けた。

「──はっ」

 直前の記憶を辿たどれば、ありえない状況だった。

 クウは自分の身体を触る。腹部には──今しがた"魔竜ドラゴン"の牙で負ったばかりの傷が、全く無かった。

「あれ……まさか……。そんな……!」

 クウは、この上なく暗い表情になる。クウは今着ている自分の服が──患者服かんじゃふくだった事に気付いたのである。

「う、嘘だ……。じゃあ、あれは全部、夢……?」

 クウは震える両手で、自分の頭をむしった。

「そんな……いきなり、何で……。嫌だよ……嫌だあっ……!」

 クウの目から、大粒おおつぶの涙があふれた。人目をはばかる様子も無く、クウは──子供の様に号泣する。

「じゃあ、最初から……僕は……。やっぱり、僕は……。ううっ、うう……。うああっ……!」

 クウははっとして、鳴き声をこらえた。今の状況に、ある違和感を覚えたのである。

「待てよ……おかしい。入院して以降、僕の身体は──こんなに動かせないはずだ」

 クウは突然、ベッドから立ち上がった。体に何一つ、不調は感じられなかった。

「どうなってるんだ……? 分からなくなったぞ。僕は──」

 クウは力を込めた自分の左手を、じっと見つめる。──刺青いれずみの様な模様が浮かび、緑色の光が手の内側から放たれた。

「──"輪"! これは──"輪"だ! じゃあ、僕のイルトで過ごした出来事は──!」

まぎれも無い現実だ。安心するが良い」

 不遜な口調の、クウには聞きなれた声が聞こえた。

 クウは病室──と思わしき空間の、窓辺に近づいて窓を開ける。窓の向こうに──ある人物が浮かんでいた。

「──フェナ?」

 うっすらと緑色を含んだ白い長髪をなびかせて──フェナが空中に立っていた。見えない足場が空中にあるらしい。フェナは何もない空中で、クウと同じ視線をたもっていた。

 衣服は──何も着ていない様に見える。

「人間──いや、"クウ"よ。案ずる事は無い。この場は貴様の意識、その間隙かんげきに生じたうろなのだ。貴様はほんの一時いっとき、世界から外れたに過ぎぬ。すぐに戻る事は叶うだろう」

「神様──。 今度はフェナの姿に? ──どうして?」

「そんな些事さじを気にするよりなら、自分の身を案じるのだな。──"イルト"にある、貴様の肉体を」

 フェナの姿を取った神は──瞬時にクウの背後に移動すると、クウの背中に優しく手をえる。その手の感触は、フェナのものと同じだった。

「人間はやはり面白い。何処どこまでも底が知れぬ。中でも貴様は──いつも私をたくみに刺激してくれる。私は一目置いておるぞ」

 フェナの姿をした神の手が──目眩まばゆい光を放つ。

「新たな生をさずけられようとも、その人間のさがは変わらぬ。人間は誰しも二つの才能を備えて生まれ、それをはぐくみ、鋭利えいり爪牙そうがごとく──武器としてあつかう」

「二つの才能──ですか」

「そうとも。もっとも貴様は無自覚のままに、その一つを忌避きひしておるがな。──なれど、表裏ひょうりは常に一体いったいであるものだ。──のがれる事は、出来ぬ」

クウの背中に、紫色の"輪"がはっきりと浮かび上がった。

「さあ、さらけ出せ。貴様の本性を──」

 クウの意識が、再び遠くなっていった。

◇◇
「クウ……。クウっ……」

すんだ、フェナ。その様子だと、もう──」

 間欠泉かんけつせんからき出す硫黄いおう煙幕えんまくに隠れ、ドルスと──動かないクウの身体を抱えたフェナが、岩場に座り込んでいた。

 フェナもドルスも、新しい傷が何箇所なんかしょも増えていた。傷口からは、まさに今も血が流れ出ている。

 ドルスが岩場から顔を出し。周囲を警戒する。──"魔竜ドラゴン"が、長い首をあちこちに伸ばしていた。隠れひそむフェナとドルスを、今も探しているのだろう。

「俺達を見失っているが……ここを出ればすぐに見つかるだろう。まだ、動けないな」

 ドルスの状況報告を、フェナは聞いていない様だった。心ここにあらずといった面持おももちで、クウを悲しそうに見ている。

「──毒塗どくまみれになった私を見ても……クウは、逃げなかった……」

「フェナ、お前……」

「そんな男は、今まで誰もいなかった……。やっと、会えたと……思ったのに……」

 フェナの目から涙が落ち──閉じたクウのまぶたに当たる。

「──ふっ」

「えっ……?」

「──いつまでも、寝ていられないな」

 信じられない事が起こった。

 クウが──地面に片手をついて、動き出したのである。

「クウ──!」

 クウは立ち上がり、ドルスとフェナに背中を向ける。その背中に──紫色のあやしい光を放つ、"輪"が発現していた。

 先程クウが"魔竜ドラゴン"にみ付かれた腹部の傷からは、血の代わりに──紫色の気体が生じている。原理は分からないが、紫色の気体はクウの出血をおさえているばかりか、クウに活力かつりょくを与えている様子だった。

「フェナ。ドルスさんと、ここで待ってろ」

「く、クウ……?」

「心配しなくていい。すぐに"おれ"が終わらせる。だが、その前に……」

 クウは何の前触れも無く振り返ると、フェナの両肩をがっしりと掴む。そして、フェナの負った傷の一つ──首筋にかぶり付いた。

「クウ、何を──? あっ──!」

 クウは、フェナの体表の血を、皮膚ごと吸い上げる。フェナはじらい、顔をそむけて目を閉じた。

「吸血鬼の真似事まねごとも、そんなに悪くないな」

 掴んでいたフェナの身体を、クウはやや乱暴に突き放す。──クウの背中の"輪"に宿る、紫色の光が少し強さを増す。

「──"万変種ダーウィン"」

 その言葉を発したクウの全身から──紫色の煙が噴出ふんしゅつした。
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