輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~赤の領域~

37.魔竜討伐

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「さて……"魔竜ドラゴン"。──腹に穴を空けられた借りを、返さないとな」

 黒煙の様な何かをまとったクウは、"魔竜ドラゴン"のいる方向に走り出した。

「ヴォオオオオ──!」

 "魔竜ドラゴン"がその目にクウの姿をとらえ、咆哮ほうこうする。

「へえ──。まだ、食い足りないのか?」

 クウは走りながら、地面から手頃な大きさの──岩の欠片かけらひろう。振り被ると、"魔竜ドラゴン"の頭に向かって投げつけた。

 岩は見事、"魔竜ドラゴン"の片目に命中する。

「ヴアアッ──!」

 "魔竜ドラゴン"は悲鳴を上げ、長い首をむちの様にしならせる。騒がしい首の動きとは対照的に、丸々と膨らんだ胴体部分はほとんど動きが無い。

 クウは"魔竜ドラゴン"のしなる首をかわし──再び胴体の真下に位置取った。クウは"朧剣"のつかを強く握ると、頭上にある"魔竜ドラゴン"の丸い腹部へと切っ先を向ける。

 クウの手元から──いつもの倍以上はあろうかという、巨大な"朧剣"の刀身が出現する。緑色では無く──紫色の禍々まがまがしい刀身が、"魔竜ドラゴン"に向かって伸び、突き刺さった。

「ヴギャアアアア──!」

 "魔竜ドラゴン"の痛々しい悲鳴。手応えを感じたクウは、伸びた剣をそのまま前方へ切り払った。ぱっくりと"魔竜ドラゴン"の腹部がけ、赤黒い血が多角的たかくてきに飛び散る。

 真下にいたクウは、"魔竜ドラゴン"の返り血を大量に浴び、一瞬にして体が真紅しんくに染まった。

「浅いんだろ? その程度の傷で死なない事ぐらい──分かってるさ」

 クウは自分の肩を触り、浴びせられた"魔竜ドラゴン"の血を指先でぬぐい取ると──指に付着した血を口に運んだ。その途端とたん、クウの背中にある"輪"の光が更に強さを増す。

 クウは両脚を開き、真上に向かって跳躍した。"魔竜ドラゴン"の裂けた腹の傷から──何と、そのまま体内に入り込んでゆく。

 離れた位置でそれを観察していたフェナとドルスは、ただ唖然あぜんとしている。

「ヴアッ──アアッ──! ヴアアアア──!」

 "魔竜ドラゴン"がすぐに反応を示した。"魔竜ドラゴン"はもがき苦しみながら、仰向あおむけになって腹部を上に突き出した。

 パンパンに膨れた"魔竜ドラゴン"の腹が、はち切れんばかりに膨張する。その様子はさながら、破裂寸前の風船だった。

「アガッ──ガハッ──! ガアッ……」

"魔竜ドラゴン"の長い首が、完全に地面に落ちた。動きが止まり、"魔竜ドラゴン"の全身は完全に弛緩しかんする。鋭い牙の並んだ口からは、どろどろと大量の血が流れ出した。

「ガ……アッ……」

 "魔竜ドラゴン"のひたいから赤い光が消え、"輪"が消滅した。

 完全に沈黙した"魔竜ドラゴン"。その腹部から──黒い煙と紫色の波動をまとったクウが、ゆっくりと姿を現す。

 頭から足まで全身が血塗ちまみれになったクウが、"魔竜ドラゴン"の身体の上から周囲を見渡す。すぐ近くには、クウを見るフェナの姿があった。

「心配しなくていい、フェナ。こいつは死んだ。──終わりだ」

 クウは"魔竜ドラゴン"の身体の表面を滑り、地上に着地する。

「フェナ、どうだ? "お前"と、同じやり方を試してみたんだ。まあ、シェスパーの時とは状況が違うか」

「クウ……。あなた、クウなのよね……?」

「聞くまでも無いだろ? "俺"はクウだよ。──ああ、話し方に違和感があるのか? 気にするのを忘れてたな」

 フェナは、とても警戒している様子だった。

「"人間"は二つ"輪"を持っているのは、もう知ってるだろ? ソウという前例を見てるだろうしな。"俺"が今まで披露ひろうしなかった黒の"輪"は、発動すると身体だけでなく、性格にも多少の影響が出る。そういう事だ」

「多少の影響……? まるで、別人みたいだわ」

「いや、別人格じゃない。"俺"はまぎれも無く、一つの身体と一つの人格しか持っていない。──普段は隠している抑圧よくあつされた潜在意識せんざいいしきが、ここぞとばかりに表に出たんだ。"俺"はずっとお前と一緒にいた、クウだよ」

 クウはフェナとの距離をめる。フェナは一歩後退したが、クウは構わずに近づいた。

「"俺"が怖いか?」

「怖い? ……どうして私が、クウを怖がるの?」

「顔に書いてある。いつもの優男やさおとこに戻ってほしいなら、そうしてやるが」

「そんなの……別に、好きにすればいいわ」

 フェナはクウの顔から、腹部に視線を移す。クウが"魔竜ドラゴン"に噛まれた傷は──ほとんふさがっていた。

「クウ、あなたの傷──! 有り得ないわ。そんなに小さな傷じゃなかったのに」

「言うまでも無いが、"輪"の能力によるものだ。──自分の身体を、作り直したのさ」

「作り直した、ですって?」

「おっと、そろそろ時間だな。もう──"輪"を維持していられない」

 クウは急に脱力し、その場に崩れ落ちそうになる。フェナが咄嗟とっさにクウの身体を受け止めた。

「"俺"の黒い"輪"は、お前の毒状態と同じだ。負荷が掛かり過ぎて、そう長く使っていられるものじゃない」

「じゃあ、今からあなた──どうなるの?」

「どうもならない。──ただ、元に戻るだけだ」

 クウの身体から完全に力が抜けた。フェナにクウの全体重が掛かり、たまらずフェナは膝をついて、クウを地面に横たえる。

 クウの背中から紫色の光が薄れていき、見えなくなった。"輪"が消えたのだ。

「クウ……?」

「──ああ、うん」

 クウは手の甲で、自分の目元を隠す。

「もう大丈夫。──いつもの、"僕"だ」

「……良かった」

 フェナは座り直し、自分のひざの上に、クウの頭を乗せる。 

「え、膝枕ひざまくら……?」

「少し体を休ませなさい。見ただけで分かるわ。あなた、もうボロボロでしょ?」

「あ、うん。分かるんだ? ──ありがとう、フェナ」

「……本当に、元に戻ったみたいね。さっきまでのクウは、口調だけじゃなく、雰囲気ふんいきまで別人だったわよ」

「僕自身、上手い説明が出来ないよ。──別人格なら、さっきまでの事は記憶にございません、とか言い訳したんだけどね。ちゃんと全部、覚えてるしなあ……」

 クウは心底ずかしそうな顔で、フェナから視線をらす。フェナはクウをじっと見下ろし、優しい笑みを向けていた。

「──おい、クウ! フェナ!」

 ドルスの声だった。クウが首の向きを変えてそちらを向く。

 ドルスと部下の白い騎士達が、小走りで二人の元に来る。騎士達は剣を片手に持ち、全身に鎧を装備していた。おそらく、クウ達の加勢に来ていたのだろう。

「二人とも、無事か?」

「ええ。見ての通りよ、ドルス将軍」

「見ただけじゃあ分からないぞ。だが、大丈夫そうだな」

 ドルスは腕を組み、笑顔で何度かうなづく。

「クウ、本当に驚いたぞ。──"十三魔将"のみならず、"魔竜ドラゴン"さえも倒してしまうとは。"人間"というのはすごいな。さすがに、伝説と語られるだけの事はある。──むっ?」

 クウの目は、しっかりと閉じている。よく見ると、すやすやと小さく寝息を立てていた。

 フェナがドルスと白い騎士達を横目でにらみ、人差し指を口に当てた。フェナの行動を受け、甲冑の男達はそろそろと物音を立てない様に、その場を離れた。
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