輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~赤の領域~

38.一時の休息

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◆◆
 ウルゼキアの宮殿。豪華な調度品にあふれた一室で、セラシア王女は一人たたずんでいた。

 王女の手には、からすの形をした白銀の"石魔ガーゴイル"があった。目の部分が赤く光っている。セラシアは受話器の様に、"石魔ガーゴイル"を耳に当てた。

「──"もしもし"、ですわ。クウさんですの?」

(……ん? ……せ、セラシア王女様。"大盾のドルス"でございます)

「ドルス? まあ、驚きましたわ。良かった、無事だったんですのね。──ところで、その"石魔ガーゴイル"はクウさんに差し上げたものですわよ。何故なぜあなたが?」

(クウから許可を得て、一時的に貸してもらった次第しだいであります。──直接、王女様のお顔を見てご報告差し上げたかったのですが、このような形になってしまい、申し訳ありません)

「クウさんと合流し、現在一緒にいるという事ですのね。宜しいですわ、聞きましょう。──どうぞ、お話しなさい」

(はっ。恐れながら申し上げます。──お喜び下さい、セラシア王女様! クウとフェナの活躍により、"十三魔将"の一角いっかくである、"舞踊千刃シェスパー"が倒れました!)

 ドルスの大声が、セラシアの耳を揺らす。"石魔ガーゴイル"に音量の調節機能は無いらしい。

「あんっ……! もう、いきなり大声を出さないで下さいまし、ドルス」

(あっ。も、申し訳ございません!)

「その声もうるさいですわ。──しかし、やかましくなる気持ちは分かりますわね。シェスパーと言えば、"輪"の能力はおろか──素顔さえも謎に包まれていた、得体の知れぬ恐ろしい大悪魔デーモンでしたわよ。それを、クウさん達はち取ったと言うんですのね?」

(はい、確かであります。──ちなみにシェスパーの正体は、女の大悪魔デーモンでありました。遺骸いがいを確認いたしましたが、素顔は見逃してしまった次第であります。死体は、何と"魔竜ドラゴン”に食われてしまいましたので)

「ど、"魔竜ドラゴン”? 硫黄いおうの街"メルカンデュラ"に? まさか……」

(真実であります。赤の"輪"を持った、強力な特殊個体でありました。ですが、ご安心を。──クウが、その"魔竜ドラゴン”までもを倒してしまいましたからね)

「な、何ですって……?」

 "石魔ガーゴイル"を持っていない方の手で、セラシアは口を触る。上品な手つきだった。

「"輪"を持った"魔竜ドラゴン"に勝った……? ──開いた口がふさがりませんわ。いつぞや城の図書室で読んだ、イルト童話の勇者様ゆうしゃさまのお話を思い出しましたわよ」

(同感であります。しかし、"魔竜ドラゴン"との戦闘に関しては、私はこの目でしっかりと見ておりました。ゆえにこれは、決して冗談ではございません)

「疑ってはおりませんわよ。──"人間"というのは、本当にすごい生き物なのですわね」

(ははっ、王女様。私も同じ言葉を、クウに向かって言った覚えがございますよ。──ああ、言い忘れておりました。私の部下の騎士達は、全員無事であります。我々は現在も"メルカンデュラ"に滞在しており、破壊された建物の修復作業に手を貸している最中であります。──クウとフェナの、二人と共に)

よろしいですわ、ドルス。──街の修復作業をある程度終えたら、ただちにウルゼキアへと帰還しなさい。判断はあなたに一任しますが、なるべく早く戻って下さいませ」

(はっ、承知致しょうちいたしました。──報告は、以上でございます)

「ああ、それと──私からも一つ、伝えておかなくてはならない事がありますわ。──今より、クウさんとフェナさんのお話をする事は固く禁じます。これは騎士達にも命じておきなさい」

(えっ……それは、何故です?)

「それがお二人の為だからですわ。詳しくは、あなた達が帰還した後でお話しします。宜しいですわね?」

(わ、分かりました。──では、これにて)

 "赤く点灯していた石魔ガーゴイル"の目が、元に戻った。

「──そこにいるのは、どなたですの?」

 セラシアが、全く開閉されていない扉に向かって、突然そう言った。

「ずっと聞き耳を立てていらっしゃいましたわね。良い趣味をされていますこと」

「口に気をつけろよ、セラシア。私は偶々たまたま通りかかっただけだ。この私が──盗み聞きなどするか」

 扉が、音を立てて開く。豪華な鎧を身にまとった長身の美男子が、ずんずんと入室して来た。

「ふん。魔力をさぐる力に関しては、中々だなセラシア。"輪"を持たぬ王家の出来損できそこないにしては、悪くないと言ってやってもいい」

「お褒めに預かり光栄の至りですわ、お兄様。あら、ごめんあそばせ。アルシュロス将軍──でしたわね」

「ふん、呼び方などどうだっていい。まあ、私はお前を妹とは思わないがな。──めかけの子であり"輪"も持たぬお前と……偉大なるジョンラス王の第一皇子である私。比べるのもおぞましい。円卓でお前の隣に座る想像をしただけで、背筋に寒気が走る」

「良く回る舌をお持ちですこと。──その舌鋒ぜっぽうと同じくらいのするどさが、剣技にもあれば良いのですけどね」

 美男子の騎士──アルシュロス王子とセラシア王女は、互いに視線の火花を飛ばす。

「──先日の一件に関して、お前へ疑惑の目を向ける者が多数いる。お前も気付いているな?」

「人間と上位吸血鬼の二人組が、お父様に謁見えっけんした件ですわね。──疑惑の目とは、何の事かしら?」

「国王暗殺の疑惑だ。上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア刺客しかくを放ち、父上──ジョンラス王を殺そうとたくらんだ、とな。──本当に知らないのか? もしくは、その振りか? どちらにせよ気に入らんな」

 アルシュロスは、意地の悪そうな顔でセラシアを見下ろす。

「お前は直前、例の二人組と会っていたそうだな。それも、この部屋でだ。それに、城下町の掲示物の事もある。私も見たが、"人間"を探しているという内容のり紙が、お前の名前でかかげられていた」

「それは事実ですわ。あの"十三魔将"を倒したという"人間"に、白の騎士団の司令官として会わない理由がありませんもの。打倒、"黒の騎士団"を掲げる私達の、強力な味方になってくれるかも知れませんからね。──そんな理由で、皆様は私をお疑いになっているんですの?」

「お前意外に怪しい奴がいないから──というのも大きいだろう。今のお前は、その見た目をのぞき、非常に評判が悪い」

「──考えるのも馬鹿らしいですわ。どうしてわたくしがジョンラス王──実の父を殺さなくてはならないんですの?」

 セラシアの端正たんせいな顔に、不快の色が浮かぶ。

「お前の腹の内など、知った事ではない。重要なのはお前の地位が、今とてもあやうい状況にあるという事だ。"白の騎士団"の司令官に、別の者がえられる日も遠くは無いだろう」

 これで言いたい事は全て言ったとばかりに、アルシュロスはセラシアに背を向ける。

「私はお前を認めないぞ。妹としても、騎士としても──魔術師としてもな」

 アルシュロスは扉を乱暴に開き、そのままセラシアを振り返らずに外へ出て行く。

 セラシアは悔しそうな表情で、その背中を見送った。

◇◇

 赤の領域。メルカンデュラにある家屋の一室に、クウとフェナはいた。

 クウとフェナは長椅子に腰掛け、二人で部屋の扉を見つめている。誰かを待っている様だ。

 少しすると、大柄なノームの男が扉から姿を現す。"大盾のドルス"だった。

「クウ、助かったぞ。ほら、"石魔ガーゴイル"を返そう」

「あ、はい。お話はもう、済んだんですね」

「済んだぞ。──お前が只者ただものでないのは薄々感じていたが、まさか"セラシア王女様から石魔ガーゴイル"を渡されていたとはな。全く、驚かされる」

 ドルスは"石魔ガーゴイル"を、長椅子に座るクウに手渡した。

「ドルスさん、セラシア王女は元気でしたか?」

「ああ、息災そくさいでおられたぞ。王女様への報告は、主にお前の活躍に関する話だったよ。──しかし、一つ気になる事を言われたな。王女様は、ウルゼキアでのお前達二人の話は禁じると言うんだ。それが二人の為になのだ、とな」

「そうですか……。でも、その通りかも知れません」

「何? どういう事なんだ?」

 クウはドルスに説明はせず、代わりに横のフェナと視線を交わす。

「詳しくはセラシア王女に聞いて下さい、ドルスさん。──先に言っておきますが、僕とフェナはウルゼキアに戻るつもりはありませんよ」

「そうなのか? 興味本位で聞くが、それなら何処へ行くつもりなんだ?」

「まだ決めていません。でも、他の"十三魔将"の脅威きょういさらされている土地を、積極的に選ぼうと思ってます」

 ドルスは不思議そうな様子で、首をかしげる。

「何か事情があるんだな。詮索せんさくはしないでおくさ。──とにかくクウ、それにフェナ。お前達には助けられたよ。二人共、ありがとう。ああ、ようやくちゃんと言えたな」

 ドルスは少し照れながらそう言うと、扉から外に出て行った。
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