輪の魔術師～僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです～

異世界"イルト" ～赤の領域～

39.ドワーフ王家を追え

　家屋の一室に、再びクウとフェナは二人きりになった。二人はどちらからともなく、お互いを見る。

「──クウ。ドルス将軍のあの言い方、気にならない？」

「確かに。もう当分は会えない様な言い方に聞こえたね。──あの足で、ウルゼキアに戻るつもりかも知れない。ドルスさん達の部隊は、もうシェスパーの追跡を心配する必要は無くなったから」

「"メルカンデュラ"の修復作業も一通りは済んだし、良い判断だと思うわ。ここから白の領域までの"黒の騎士団"は私達が殆ど一掃して来たし、今のドルス将軍達なら、問題無くウルゼキアへ戻れるでしょう。──セラシア王女への借りは、これで返したわね」

　フェナはそう言うと、長椅子の間に空いていたクウとの間隔を詰つめた。

「さて──私達、二人きりね」

「別に、珍しくもないけど？」

「近頃ちかごろでは、すっかり貴重きちょうな時間よ。無駄にしたくないわね。──ねえ、クウ。少し話をしましょう」

「いいけど、何について？」

「あなたの背中にあった、黒の"輪"について」

　フェナはクウの背中を指差す。

「ウルゼキアの"銀鶏館ぎんけいかん"でノームの酔っぱらいを突き飛ばした時、クウの背中が紫色に光ったのを私、見てたのよ。気の所為せいかと思ったけど、あれはあなたの"輪"だったのね」

「僕が気付かない内に発動してたんだね。どうやら黒の"万変種ダーウィン"は、緑の"颶纏アナクシメネス"みたいに、自分の意思で自在に展開できる"輪"とは違うみたいなんだ。──"輪"の能力については、自分でもあまり良く分かってないよ。上手く説明できないけど、しいて言えば──」

「身体からだを作り直す能力、かしら？」

　クウの言葉を引き継いで、フェナが言った。

「あなたが”魔竜ドラゴン”に受けた腹の傷、あれは確実に致命傷だったわ。──体を作り直す。確かに、そうでなければ説明がつかないわよね。再生能力と言い換えてもいいかも知れないわ」

「再生能力、か。──僕が”紫雷しらいのゴーバ"に受けた背中の火傷やけど、実はもう少しで完治しそうなんだよね。ナリアが塗ぬってくれた膏薬こうやくが効いたのかと思ったけど、それだけじゃなかったって事か……」

「クウが無自覚の内に、何度か黒の"輪"は展開されていたのかも知れないわ。そして黒の"輪"が発動するたびに、クウの身体は再生──場合によっては、部分的に強化されていく」

そうかもね。恐らく、黒の"輪"を完全な形で展開できたのは、今回の一戦が初めてだったんだと思う。──言っておくけど、性格や口調まで変化したアレは、僕の意思でやった訳じゃないからね」

「あら、そうなの。──強引に私の首に食らい付いて、力づくで血を啜すすったあのクウは、本来のクウじゃなかったのね。うふふ」

　フェナは艶なまめめかしい手つきで自分の細い首を撫なでる。クウは視線を逸そらした。

「一つ、新しいイルトの言葉を教えるわ。──"十三魔将"の黒い"輪"、"兇躯ウォレス"。それに私の毒状態。イルトには制限された時間の中で、著しく身体機能を強化する能力があるの。そう言った能力者を、"黒の領域"では──"狂戦士バーサーカー"と呼ぶのよ」

「"狂戦士バーサーカー"……？　ちょっと、野蛮やばんな響きがするね」

「他人事ひとごとの様に言うわね。私の見立てでは、クウの黒の"輪"も、間違いなくそれに分類される能力よ。──"狂戦士バーサーカー"の能力は、多量の魔力と強靭きょうじんな肉体を併あわせ持つ者にしか宿らないわ。その名称から感じられる印象通り、強力な戦士の代名詞だいめいしよ」

「前世の僕は強力な戦士どころか、患者服かんじゃふくを着た痩身そうしんの病人だったよ。そんな僕の能力が、よりによって"狂戦士"だなんて。──神様、これは僕への皮肉ですか？」

　クウが小声でそう言った時だった。その時、不意に二人のいた部屋の扉がドンドンと乱暴にノックされる。

「誰だろう？　──どうぞ」

「おう、失礼するぜ」

　次なる来訪者は、クウに"魔竜ドラゴン"の情報を与えてくれたドワーフ──ロフストだった。

「ん、もしやお楽しみを邪魔しちまったか？　俺とした事が、こりゃあいけねえな。許してくれ」

「そんなんじゃありませんよ。ロフストさん、何かご用ですか？」

「ああ、お前さん達に用がある。──今しがた、ドルス将軍率ひきいる"白の騎士団"がウルゼキアへと発たたれたのさ。『俺達はウルゼキアに戻る。お前達も気をつけて行け』、だそうだ」

　ドルスの去り際の様子を、クウとフェナは思い出していた。

「さて、伝言は伝えた。今度は俺の用だ。──メルカンデュラを救ってくれた英雄達に、ドワーフを代表して礼をさせて貰もらうぜ」

　ロフストは背中から、布に巻かれた何かをクウ達に突き出して見せる。巻かれた布をロフストが雑に取り払うと、中から──漆黒しっこくの刀身を持つ剣が姿を現した。

「鉄工所も工房も大半は壊されちまったが、全ての設備が使えなかった訳じゃねえ。それに"魔竜ドラゴン"の死骸しがいっていう貴重な鍛冶素材かじそざいが目と鼻の先に転がってやがったからな。──そんな状況で俺達ドワーフに出来る礼となれば、これしかねえさ」

　フェナが長椅子から立ち上がり、ロフストの持つ剣に近寄る。

「これはすごい……。見ただけで分かるわ。かなりの業物わざものね」

「見る目があるな、お嬢じょうさん。こいつは見かけはタダの黒い剣だが、実は"魔剣"なのさ。名付けて"錆剣しょうけんジャスハルガ"。"魔剣"の力については、まあ使ってる内に分かるだろ。──あの"魔竜ドラゴン"の名前、"朱錆竜しゅしょうりゅうジャスハール"を元に命名したんだぜ」

「"朱錆竜しゅしょうりゅうジャスハール"？　あの"魔竜ドラゴン"、名前があったの？」

「そりゃあるさ。"輪"を持った特殊個体の扱いが、そこらの"魔獣ビースト"と一緒な訳がねえだろ。──あの"魔竜ドラゴン"、かなりの大物だったんだぜ？　"朱錆竜しゅしょうりゅうジャスハール"は、赤の領域でもう一世紀以上も前から語り継がれてきた、生ける伝説とも言える"魔竜ドラゴン"の一体さ。……ん？　よく考えりゃあ、倒したのも伝説の"人間"だったな」

　ロフストは"錆剣"をフェナに渡しながら、クウを見る。

「まあ、ともあれ──そいつは是非とも受け取ってくれ。長さや重さを調整してあるから、お前さん達二人のどちらの手にも馴染なじむだろうぜ」

「ありがとうございます、ロフストさん。是非とも受け取らせて下さい。──これでフェナも、これからは"魔剣"で戦う事ができるね」

「あら、私に？　──魔剣なら、"輪"を持たない私よりクウの方が、十全じゅうぜんに性能を発揮できるんじゃないかしら？」

　剣を持つフェナが、クウと剣を交互に見て言う。

「未いまだに黒の騎士団から奪い取った剣を使い続けてる健気なけなげフェナには、そろそろ身の丈たけに合った剣を使ってほしいと思ってたんだ。──それにフェナ、その剣が気に入ったんでしょ。目を見れば分かるよ」

「嬉うれしいわ。──ありがとう、クウ。うふふ」

　フェナは漆黒の刀身を指でなぞる。剣が本当に気に入ったらしい。

「喜んでもらえて良かったぜ。俺の用事はこれで全部だ。──いや、もう一つ聞きたい事があったな」

「聞きたい事？　何です、ロフストさん」

「今後の事さ。お前さん達、これからどうするんだ？　──"白の騎士団"とお前さん達の助けもあって、"メルカンデュラ"の街は立ち直れた。もう俺達ドワーフだけでも、やっていける程にな。お前さん達が、こんな硫黄だらけの街に留まる必要は、もうねえよな」

「その通りですね。僕も今、それを考えてました」

　クウは顎あごに拳こぶしを当て、悩なやんだ顔をする。ロフストは、その後に言葉を続けなかったクウに、真剣な眼差まなざしを向けた。

「なあ、お前さん──いや、"クウ"」