輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~赤の領域~

46.十三魔将~煤の伯爵ケペルム~

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 激しい爆発によって、空間が再び轟音ごうおんと衝撃に包まれる。地面を中心に、大きな亀裂きれつが生じた。

 爆発の後、空間に充満じゅうまんした黒煙の中心に、ケペルム一人だけが立っていた。ドワーフ達もクウもキテランも、ケペルム以外の人影は、一つも残っていない。

「むうん……この程度かあ。期待していたより──もろいなあ」

 ケペルムは口元だけで、にやりと笑った。

「まあ、別にいいかあ。さてと……この人間の首を"あのお方"に献上けんじょうすれば、ボクの地位は"十三魔将"の中でも確固かっこたるものに──おやあ?」

地面の亀裂きれつの間から、クウが立ち上がった。クウの左肩の一部は、黒く焼け焦げていた。

「これは失礼したねえ。今の言葉は撤回てっかいしないとなあ。君は──思ったより頑丈がんじょうそうだよお」

「──いい"輪"だね。君の強い意志が──そのまま現われてる」

「おやあ、余裕よゆうがあるねえ。敵をめるなんてさあ」

「アンタに言ったんじゃない。それより、"ケペルム"。頭の上に──注意した方がいいよ」

 ケペルムの肥満体の真上に、不規則な軌跡きせきを描く赤い光が出現した。ケペルムが反応して見上げると──攻撃の姿勢を取ったキテランの姿が目に入った。

「"黒の騎士団"──またしても貴様らか! よくも我が同胞どうほうと宮殿を傷付けおったな!」

 空中のキテランが、真下に二つのこぶしを突き出す。両手のこうに、二つの赤い"輪"が輝いた。

「角の生えた肉達磨にくだるまめ、らえ! ──"熾炎掌ゾロアスター"!」

 キテランの"輪"から、真下のケペルムに向かって炎が放射される。生じた炎は拡散し、ケペルムの巨体をまたたく間にみ込んだ。

「うおおおっ──!」

 炎に包まれたケペルムは悲鳴を上げた。だが、キテランはなお容赦ようしゃなくケペルムに向けて、火炎放射で攻撃を続けている。

 ケペルムに隙が生まれると、クウは"颶纏アナクシメネス"の"輪"を発動させ、空間に満ちた黒煙こくえんを風で吹き飛ばす。煙が晴れ、地面に横たわる多数のドワーフ達の姿がクウの目に映った。

 ドワーフ達の中に、まだ意識のある者が一人だけいる。クウは今まさに立ち上がろうとしていたそのドワーフに近寄り、肩を貸した。──ロフストだった。

「ロフストさん──大丈夫ですか?」

「おお、クウ……。お前こそ無事でよかったぜ。それより、あれは──」

 ロフストの視線は、ケペルムに炎で猛攻もうこうを続けるキテランに釘付くぎづけだった。

「あのお顔を、見間違える訳がねえ……キテラン王女様だ。しかし、あのお姿はどういう事だ。王女様の手、あれは──"輪"なのか?」

「ええ。ドワーフ王の手によって、"金剛石ダイヤモンド"の"輪"で作られた異空間に転移させられてしまった際、あの力に気付いたらしいです。その後、不測の事態が起こって"魔竜ドラゴン"の姿に変わりましたが、今はもう心配いりませんよ」

「あの"魔竜ドラゴン"は王女様だったのか──!? だが、驚いてる場合じゃあねえか。──クウ。事態の深刻さは、見ての通りだ」

「ええ、まさかフェナがあんなにやられるなんて……。あの大男は、"十三魔将"の一人なんですね?」

「そうだ。お前と"魔竜ドラゴン"──キテラン王女様があの場から消えちまったすぐ後、奴は突然現れて俺達をおそって来やがった。吸血鬼の彼女──フェナが先頭に立って、勇敢ゆうかんに応戦してくれたんだ。俺達も続いたが、奴の"輪"である"珪爆砲ノーベル"が引き起こす爆撃ばくげきに、俺達はなすすべが無かった」

「爆撃──。それが奴の、"輪"の能力ですか」

 クウは会話と同時に、ケペルムとキテランの戦いをじっと観察し続けていた。

「フェナの剣技はかなりのものだったが、奴との相性は最悪だったのさ。奴の巻き起こす爆発にはばまれて、フェナは近づけやしなかったんだ」

「なるほど。道理どうりで、フェナがあそこまでやられる訳です」

 クウの見つめる戦いに、変化があった。

 ケペルムがキテランの炎をさばき、太い腕を伸ばしてキテランの細い首をつかんだのである。ケペルムは、そのままキテランを乱暴に地面に叩きつける。亀裂きれつの入った地面が割れ、キテランが苦しそうに吐血とけつした。

「まずい──!」

 クウが緑の風をまとい、ケペルムに向かって走り出す。

 ケペルムは首をおさえて悶絶もんぜつするキテランを見下ろして笑うと──キテランの頭を足で地面におさえつけた。ケペルムの"輪"に、紫色の光が集まる。

「ボクにひどい事を言ったのは、この口かなあ? 悪い子だあ。これは、お仕置きしないと駄目だねえ」

「がっ──! この──肉達磨にくだるまがあっ! 」

「ああ、また言ったなあ。許さないぞお!」

 挑発ちょうはつに乗ったケペルムが、地面のキテランに向けて手をかざす。だが、その伸ばされた手を──真横からクウが片手でがっちりと掴んだ。

「むう!? お、お前……!」

「──"颶纏アナクシメネス"」

 クウの腕が緑に光り、風が生じる。風はケペルムの伸ばされた腕に作用し、強制的に腕の関節を曲げさせた。クウはすかさずもう片方の手でケペルムの手首を捕らえ、力ずくでその向きを変える。

 今まさに爆発が起ころうとしていた紫色のてのひらは──ケペルム自身の顔に向く事となった。瞠目どうもくするケペルムの眼前がんぜんで、派手な爆発が起こる。

「ぶほっ!」

 何とも言えぬ声の後、ケペルムの顔から煙が上がる。ケペルムはすすだらけになった顔で白目をき、そのままどすんと仰向あおむけに倒れた。

 ケペルムは手足をぴくぴくと痙攣けいれんさせ、やがて静かになった。クウはケペルムが完全に動きを止めてから、キテランに近づく。

「──キテラン王女、怪我は?」

「大事ないわ。傷ついたものは、わらわ矜持プライドじゃ。この豚! よくもその汚ならしい足で、わらわの愛らしい顔を踏みつけおったな! ──この! この!」

 キテランはケペルムの巨体、腹の上に飛び乗り、その膨らんだ腹を何度もみつける。ケペルムの腹部は大きく変形するが、反応は無かった。

「──ふん! これで勘弁してやるわ、豚めが。我らが受けた仕打ちに比べれば、こんなものは痛みの内に入らぬ。我ながら、何と寛大かんだいな事よ」

 やがて、キテランは満足したらしく、ケペルムの腹からぴょんと飛び降りてクウの横に並んだ。

「ふん、この肉団子にくだんご──ぴくりとも動かんな。悪名高き"十三魔将"、この程度か」

「ねえ、キテラン王女。ケペルムの悪口を何種類作るつもりなの? ──それと、警戒を解いたら駄目だよ。今までの経験からかんがみると、多分これで終わりじゃない」

「今までの経験、じゃと?」

「そうだよ。恐らく"十三魔将"は、ある程度まで追い込むと──二つ目の黒い"輪"で変身する」

 クウがそう言った時だった。

 横たわったケペルムの胸部きょうぶに、二つ目の"輪"が発動した。ケペルムはむくりと起き上がると、口のはしから流れた血を指輪のまった指でぬぐい、にやりと笑った。

「ボクが説明する手間をはぶいてくれて、ありがとうねえ。でも、絶対に許さないよお。──"兇躯ウォレス"」

 ケペルムの巨体が、腹部を起点に更なる膨張ぼうちょうを始めた。膨らみ続けた腹部が──かえるの顔に変容した。皮膚は湿り気を帯びて縞模様が浮かび上がり、毒々しい黒いもやまとわりつく。

 何処か滑稽こっけいで、そして不気味な変身である。

「ふ、二つ目の"輪"じゃと……!? まさか……!」

「キテラン王女、下がって。あの"輪"で変化をげた体の前じゃ、さっきまでの経験はもう役に立たない。──これから何をしてくるか、まるで分からないんだ」

 クウは自分の後ろに、キテランを隠す。

 一方でケペルムは、移動する意思を放棄ほうきしたかのように、その場にどすんと座り込む。すると腹部の蛙が──恐ろしい速さで舌を伸ばしてきた。

 蛙の長い舌が、クウの腕にからみ付く。クウはその場で足を広げ、どうにかった。

「ぐうっ──!」

 限界が訪れたクウの身体が浮く。蛙の舌で接続せつぞくされたクウの身体が、竿ざおの先のように大きく投げ出された。クウは爆発によって空間の各所に形成された、瓦礫がれきの山の一つに──衝撃と共に叩きつけられる。

「なっ、クウ──!」

 クウの叩き込まれた地点をキテランが見る。クウの身体は──ロフストが下敷したじきになって受け止めていた。

「──ロフストさん、いつの間に?」

「よお、クウ。──礼はいらねえぜ」

「……ありがとうございます、ロフストさん」

 クウとロフストは無事な様子だった。キテランはほっとした表情の後、ケペルムに向き直る。

「貴様の下品な容貌ようぼうは、豚が蛙に変わったとて大差ないわ! わらわの炎で──灰燼かいじんと成り果てよ!」

 キテランの手の甲に、再び"熾炎掌ゾロアスター"の赤い光が現れる。だが、生じた炎の規模は──先程より明らかに弱まっていた。
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