輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~赤の領域~

47.犠牲を伴う勝利

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「な、何じゃと──!?」

 キテランが両手を突き出しながら驚く。先程より大きく威力を落とした炎は、ケペルム本体の腕で払われてしまった。

「むうん。この湿しめった体は、さっきみたいに燃えたりしないぞお。──それにしても君、ちょっと疲れたのお? 何だか、弱くなったねえ」

 ケペルムはその場に鎮座ちんざしたまま、キテランを嘲笑ちょうしょうする。

 瓦礫から立ち上がったクウとロフストも、その様子を二人で見ていた。

「あの火の弱さは、どういう事だ? キテラン王女様の"輪"は、まだ強く光ってるぜ」

「──この場所の、酸素濃度さんそのうどかも知れません」

 クウが、ぼそりとつぶやいた。

「炎には──酸素さんそ可燃物かねんぶつ火種ひだね、この3種類が必要です。恐らくキテラン王女は"輪"の力で、火種と可燃物に関しては必要ない状況を作り上げてる。でも、酸素だけは、自力で確保できないのかも……」

「何? サンソノード? ──クウ、何だって?」

「砕いて言いましょう。こういう密閉空間では、キテラン王女は"輪"の力を十全じゅうぜんに発揮できないんです。──それに、もう一つ問題がある。このままキテラン王女を戦わせるのは、まずいですよ。鍛冶仕事かじしごとをするロフストさんなら、気付いてますよね?」

「ああ、この場所の──息苦しさだろ」

 クウとロフストは、空中にただよう黒煙を見る。先程クウの起こした風で多少は換気できたと思われるが、空間にはまだまだ煙が充満じゅうまんしていた。

「クウ。俺は動ける奴を集めて、やられた連中を別の場所に避難ひなんさせる。この場と──キテラン王女様を任せてもいいか?」

「了解しました。その代わりに僕の方も──フェナを任せます。いいですか?」

「ああ、もちろんだぜ。──また後で戻る! 頼んだぜ!」

 ロフストが退いたのを見届けてから、クウはケペルムとキテランの方に向き直った。

 キテランは、燃えるこぶしでケペルムに接近戦をいどみ続けていた。拳の炎は、さっきよりさらに縮小している。

 キテランとケペルムは両者とも呼吸が荒く、その表情は焦燥しょうそうに満ちていた。

「はあ、はあ……。くそっ──どうして強い炎が出んのじゃ……!?」

「ふう、ふう……。"兇躯ウォレス"で"狂戦士バーサーカー"状態になるのなんて、いつ以来かなあ。まあ、相手は"輪"の魔術師だしねえ。むをないかあ」

 両者とも戦闘に夢中なのか、速くなった自身の呼吸を気にする様子がない。クウも、次第しだいに息苦しさを覚え始めていた。

「考えろ、僕。ケペルムを仕留める方法は、絶対にあるはずだ。──蛙の姿になったケペルムは、あそこから一切移動しなくなった。それなら……」

 クウは亀裂の生じた地面と、そこから不安定に伸びた──彫刻ちょうこくほどこされた柱を見つめる。

鈍重どんじゅうな攻撃でも、当てられる──!」

 クウは柱に近寄ると緑の"輪"を展開し、柱の根元──亀裂きれつの生じた床に向けて、爆風を何発も撃ち込んだ。威力も規模も、ケペルムの"珪爆砲ノーベル"による爆発にはおとるが、それでも何発目かの爆風が当たった後、柱は音を立てて倒れ始めた。

「キテラン王女! そこから離れて!」

「はあ、はあっ……クウ? よく分からんが……言う通りにしようぞ!」

 クウの大声に、キテランが即座に応じた。後ろに跳躍ちょうやくし、ケペルムから距離を取る。

「むうん? ──何だあ?」

 柱がぐらりと揺れ、ケペルムのいる方向にゆっくりと倒れた。

「な、何だとお!? うわあああ──!」

 ケペルムは驚愕きょうがくするばかりで、結局その場からは移動できず──柱の下敷したじきになってしまった。

 ケペルムの巨大な腹部に、重厚な柱の一部が音を立ててめり込んだ。ケペルムの腹部は破裂はれつし、ドロドロした白濁色はくだくしょくの肉片が飛び散る。

 倒れた柱が真っ二つに割れ、ガラガラと崩れ落ちる。その残骸ざんがいの下に、ケペルムはいた。もう、虫の息である。

 クウは大の字で地面に横たわるケペルムにゆっくりと近づき、その巨体を見下ろした。

「──見た目はかえるなのに、全然べないんだね。もっと、ダイエットをしておくべきだったんじゃないかな」

「ああ、ボクの……ボクの体があ……! ──"人間"めえ……。よくもボクを……イルトの覇権はけんにぎる、偉大な"大悪魔デーモン"──"十三魔将"を──!」

 クウが同情を込めた目でケペルムを見ていると、キテランが横に並んだ。

「はあ、はあ……。おい、"十三魔将"よ」

「ふん……くたばりぞこないのめすドワーフめえ……。お前ごときが──ボクを、見下すなよお……。ドワーフなんて、ボク達にとっては砂場にたかありと同じだあ。"黒の騎士団"がお前達を全滅させる日は──きっと遠くないぞお」

 ケペルムは意図的いとてきに、キテランが激昂げきこうすると思われる言葉を選んで挑発ちょうはつしたようだった。

 侮辱ぶじょくの言葉を受けたキテランは──憐憫れんびんを込めた眼差まなざしでケペルムを見ていた。

「"十三魔将"──ケペルムと申したか。わらわには貴様が──あわれに見えてならぬ」

「な……。だ、誰があわれだとお──!?」

 ケペルムの顔が凶悪な面相に変わる。

「貴様の目には、恐れがある。自身の命の終わりをさとり、せまり来る死にあらがおうとしておるのが見て取れるぞ。しかし、真に貴様が恐れておるのは──孤独じゃ」

「そ、それはボクへの挑発かあ……!? めすドワーフ風情ふぜいがあ……!」

「貴様の、その目を知っておる。わらわが"金剛石ダイヤモンド"の異空間に閉じ込められ、さみしさで一人泣いておった時──不意に宝石に映ったわらわ自身の目じゃ。良く──ておるぞ」

 そのキテランの言葉で、凶悪なケペルムの顔が──ほんの一瞬だけ泣き顔に変わる。クウとキテランは、そのわずかな瞬間をしっかりと見ていた。

「ふ、ふふっ……」

 ケペルムが不敵に笑う。何か突拍子とっぴょうしも無い行動を起こしそうな気配があった。

「お前達に、敬意を表するよお。よくぞボクをここまで追い込んで──禁じ手を使う事を、決意させたねえ……!」

 ケペルムの両手のてのひらに、"輪"が発動した。クウとキテランが身構えるが、ケペルムは──紫の波動が生じた両手を、自分の腹部に押しつけた。

「"珪爆砲ノーベル"……!」

 ケペルムの破裂したはずの腹部が──再び元の大きさまで膨らむ。それどころか、更に膨張を続けていく。

「ボクは、一人じゃ死なないぞお。お前達も──地獄まで一緒に連れて行ってやるんだあ!」

 ケペルムの腹部が、紫色の光を放ちながらうごめく。今から何が起こるのかを、クウとキテランは理解していた。

 行動を起こしたのはクウだった。動揺し、その場に硬直したキテランの手を掴み──ケペルムから少しでも距離を取ろうと走り出す。両脚からは緑の"輪"による風が生み出され、走る速度が増していた。

 無駄のないクウの行動だったが、それでもこの場においてはやや判断が遅かった。ケペルムの腹部がまぶしく光り──これまでで最大規模の爆発を巻き起こす。

 クウは走りながらもキテランの身体を抱き込んで、爆発の盾になった。

「ああ、これは──。もう、駄目かも」

 目を閉じたクウは──死を覚悟かくごした。

「──お前はいい奴だな、クウ」

 クウの耳元で、声がした。

「キテラン王女様を、ちゃんと守ってくれたな。──ありがとよ」

 クウははっとした。──それは、ロフストの声だった。

 ざらついた質感の何かが、クウの背中におおかぶさった。"魔竜ドラゴン"のうろこ──ロフストの装備していた鎧である。

「他の連中は、もう大丈夫だぜ。後は──お前と王女様だけだ」

「ロフストさん──まさか!?」

 クウの視界に一瞬だけ映ったロフストは──鎧を脱いだ姿だった。クウに無理矢理"魔竜ドラゴン"の鎧をかぶせ、ロフスト自身は──大爆発を生身なまみで受けた。

 地面に生じたものと同じ亀裂きれつが、壁面や天井にも多数現れる。

 クウ達を取り囲むように、宮殿が崩落した。
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