輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト" ~赤の領域~

55.ウルゼキア宮殿、中庭

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◆◆
 "白の領域"、ウルゼキアの宮殿。四方を建物に囲まれた、中庭の一角に、"セラシア王女"と"大盾のドルス"がいた。

 二人は中庭に生えた樹木じゅもくみきの陰に、身を隠すように立っている。人目をけている様子だった。

「まず、改めてねぎらいの言葉がまだでしたわね。──ドルス、よく無事に戻ってくれましたわ。わたくし、とても心配しておりましたのよ」

「セラシア王女様。このドルス、たとえ"ガガランダ鉱山"の火口に放り投げられようとも、必ずや生きて戻ります。そう、私はあなたに誓いを立てた騎士。あなたのためならば──」

 ドルスはセラシアにひざまずき、手を取ってキスをする。そして次に──くんくんと犬のように鼻を動かした。

「この香り……香水は以前と同じものをお使いのようですな。それに、昨晩さくばんはワインを飲まれましたか? 葡萄ぶどう芳醇ほうじゅんな風味が、王女様のかぐわしい香りと混ざり合い、何とも言えぬ──」

「ドルス。もうよろしいですわ」

 目を閉じて恍惚こうこつそうな表情のドルスの手から、セラシアは自分の手を自然に振りほどいた。

「さて、本題に入りますわ。わたくしがどうして人目をはばかり、こうして中庭のすみにあなたを呼び出したかは、お分かりですわね?」

「せ、セラシア王女様──本気でございますか? 今──ここで?」

「……何かと勘違いしていますわね、ドルス。わたくしが言いたいのは──宮殿内の者達の目がある場所では、わたくしは自由に動けないという事ですの」

「ああ、存じております。あなたがお父上、聡明そうめいなるジョンラス王の暗殺を企てたという不遜ふそん極まりない噂話うわさばなしでありますな。──全く、取るに足らぬ下馬評げばひょうとはいえ、流石さすがに限度があるというもの。私もいきどおっておりますよ」

 ドルスが目をつり上げる。セラシアはその反応に、少し安堵あんどしたようだった。

「ご存知の通り、わたくしは現在"白の騎士団"の司令官──つまりイルト各所の戦線に将軍がひきいる騎士達を派遣するにんいておりますわ。そんな立場にあるわたくしに、そのような不穏な噂が立った。この事実は、非常に深刻な問題なんですの」

「お、王女様。まさかジョンラス王陛下へいかが、あなたを疑っているとお思いではありませんでしょうな? もしそうお考えでしたら、断じてそんな事はございません」

「分かっておりますわ。お父様……いえ、ジョンラス王はあくまで、例の"吸血鬼"──フェナさんとわたくしは無関係だと考えているようですもの」

「フェナか……。直接会いましたが、とても前王の暗殺などをするような徒輩とはいには見えませんでした。私に言わせれば、彼女はクウをしたうただの一途いちずな乙女ですな。我々が一般的に知る、危険な"吸血鬼"とは思えないほどです」

「私も、おおむね同じ考えですわ。しかしジョンラス王はつい先ほど、私に新たな王命おうめいを与えられましたの。──『手段は問わぬ。例の"上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア"を捕らえよ。"黒の騎士団"との交戦は二の次とし、あの女を捕縛する事を"白の騎士団"の最優先事項とする』、とね」

「何と……。本当でございますか?」

「過去にも"ホス・ゴートス"の一件において、『"白の騎士団"の最優先事項を"紫雷しらいのゴーバ"を討ち取った"人間"達を探す』、という事に定めた前例はありますわ。それを定めたのは、他ならぬわたくしですわね。──今回のジョンラス王のめいは、円卓の席で"白の騎士団"の将軍達に、ただちに伝えなくてはいけませんわね」

 セラシアはそこまで言った所で、何かを警戒するように、自分が今立っている場所を少しだけ移動した。ドルスもセラシアに合わせ、立ち位置を変える。

 少しした所で、騎士の鎧を着た若い男の二人組が中庭に姿を現す。

 一人は豪華な鎧を着た長身の美男子──ジョンラス王の長子ちょうし、アルシュロス王子。そしてもう一人はセラシアよりも背の低い、小柄な童顔の男だった。小柄な男もアルシュロス同様、高価そうな見た目の鎧を装備していた。

「──ふっ、誰もいないな。思った通りだ。ここほど密談みつだんに最適な場所は、他に無いぞ。覚えておけ弟よ。いや──偉大なるジョンラス王の第二皇子、ロイオールよ」

「呼び直さなくてもいいですよ、アルシュロス兄さん。呼称こしょうなんてテキトーでいいんです、テキトーで」

 アルシュロスと、小柄な男──ロイオール王子は、中庭の中央に移動し、再び周囲に人目が無いか確認する。セラシアとドルスは──樹木のみきの陰に体がしっかりと隠れている。二人の王子は、セラシア達の存在に気付いていないようだった。

「──つい先程、私はジョンラス王に謁見えっけんし、"白の騎士団"への王命を告げられた。例の、ウルゼキア前王を暗殺したとされている"上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア"の捜索そうさく、だそうだ」

「ああ、そうなんですね。……面倒くさそうだなあ」

「はあ、お前はそれしか言わないのか?──"白の騎士団"司令官の立場であるセラシアは、すでにこれを知っている。だが、今のセラシアはあの状態だ。ロイオール、分かるだろう」

「セラシアねえさんですか。近頃は、例の"吸血鬼"をこの宮殿内に手引きしたとかいう戯言たわごとのせいで、余計な苦労をさせられて可哀かわいそうですよね」

「姉さんとは──お前はあいつを、身内としてあつかうのか」

「身内ですからね。腹違いとはいえ──俺と姉さんは血を分けた姉弟していである事は確かですから。アルシュロス兄さんにとっても、そうでしょ?」

「……ふん。気に入らん」

 身を隠し、声だけを物陰から聞いていたセラシアは──ロイオールの発言に嬉しそうな顔をした。

「話がれたな。ロイオール、まず単刀直入に言おう。お前には、吸血鬼の捜索という名目で、これから"赤の領域"へとおもむいてもらいたい。──セラシアが"白の騎士団"の将軍達を招集し、円卓の席で此度こたびの王命を発表する前に、だ」

「"赤の領域"ですか。 そりゃまた、どうして?」

「先日ウルゼキアに帰還した、"大盾のドルス"の一件について、調べたいのだ。順を追って話そう。──ドルスは"白の騎士団"を率いる将軍の一人であり、セラシアの懐刀ふところがたなだ。奴はセラシアの采配さいはいによって戦線へとさんじ、結果として"黒の騎士団"に敗北した。そして、"十三魔将"の追撃を受け、"赤の領域"へと逃げ延びていたという事は知っているな?」

「知ってますよ。"十三魔将"の追撃を振り切って生き延びただけでも、オレに言わせればかなり優秀ですが──まさか無事に帰って来れるとはね。どんな策を使ったのか、興味が尽きない」

「まさに、それをお前に調べてもらいたいのだ。──ドルスもセラシアも、"赤の領域"で何があったのかをかたくなに話そうとしない。おそらくは"赤の領域"で、"十三魔将"の追撃を振り切れるだけの、何かがあったのだ。私はそれを知りたい」

「何のために、知りたいんです?」

「私のかんだが、おそらくセラシアは"赤の領域"に、"十三魔将"に対抗できるほどの強力な味方を送り込んだのではないかと考えている。具体的には──」

「例の"人間"ですか。──セラシア姉さん、城下町のり紙で探してたみたいだし、あり得るかも知れませんね」

 樹木のみきの陰で、セラシアとドルスが顔を見合わせる。

「ちなみにアルシュロス兄さんは、具体的にあっちで何があったと考えてるんです?」

「見当もつかん。ドルスは実力派の騎士だが、"輪"の魔術師ではない。強力な"輪"を使う"十三魔将"を相手にできるのは、ウルゼキアでは我々を含む、"輪"を持つ五人の魔術師だけだろう。あの状況では、流石さすがのドルスもなすすべが無かったはずだ」

「"輪"を持つ五人の魔術師、ね。──王家の者で言えば、ジョンラス父上、アルシュロス兄さん、それにオレ。それ以外では……宮廷魔術師きゅうていまじゅつしの"がりぼうビーゼン"、白金教団はっきんきょうだん教祖きょうそ、"彩雲さいうんの聖女ビオメルエ"ですか」

「その通り。"十三魔将"に比肩ひけんする力を持つ"輪"の魔術師は、ウルゼキアではその五人ぐらいのものだろう。──そしてその中でも、秘密裏に単独で行動でき、なおかつ私が信頼できる者と言えば、ごく限られている」

「それがオレなんですね。──光栄ですが、面倒臭そうだなあ」

 ロイオールは頭部をき、億劫おっくうそうな態度をあらわにする。

「けど──まあ、いいでしょう。アルシュロス兄さんの頼みだ。断れませんね」

「済まないが、ロイオール。今すぐにでもここをってくれ。める訳ではないが、セラシアは手際てぎわがいい。──あの女はすぐにでも将軍達を収集し、円卓で会議を行うだろう。時間は、あまりないはずだ」

「分かりました。──円卓の会議、オレの欠席については……皆に上手く言っておいて下さいね?」

「無論だ。任せておけ」

 アルシュロスのその言葉の後、ロイオールは地面にひざまずいて──地面の上に、白い"輪"を展開した。

「──"地皓像ロダン"」

ロイオールの手先が触れた地面が、もこもこと盛り上がる。そして不定形だった土塊つちくれは、地面から生じる白い光によってみるみる形を変え──真っ白な渡り鳥のような形になって、落ち着いた。

 それはさながら、芸術家の彫像ちょうぞうのようだった。

「じゃ、行ってきますよ、アルシュロス兄さん。──ああ、やっぱ面倒だなあ」

 ロイオールが、地面を素材にして出来上がった、白い渡り鳥の背に乗る。渡り鳥はまるで生きているかのように羽撃はばたき、ロイオールと共に中庭から飛び去って行ってしまった。
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