輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト"~青の領域~

56.ソウのギルド

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◇◇ 
 薄暗い空間。その空間の中心部に、紫色の光で縁取ふちどられた、巨大な円形の亜空間が出現する。

 亜空間から姿を現したのはクウ、フェナ、そしてソウの3人である。

「さて、到着だ。──ようこそ"青の領域"へ」

 ソウがクウの顔を見て言う。隣に立つフェナには、目を向けていない。

「ソウ。ここって……何処どこかの建物の屋内だよね?」

「おう、俺の所有してる建物の地下倉庫だ。ほら、ついて来いよ」

 ソウが薄暗い空間をすたすたと歩き出す。空間の奥には、うっすらと上階へ続く階段らしきものが見えた。

 ソウが、ぎしぎしときしんだ音を立てながら階段を上がる。クウとフェナも、戸惑いながら後に続く。

「──何だよ、いねえのか」

 ソウがひとごとを言った。クウとフェナはソウの背中越しに、上階の様子をうかがう。

 青と黒でいろどられた、図書館のような広い空間が見えた。

 四方の壁面へきめんは全て本棚になっており、多種多様な装丁そうていの本がぎっしりとまっている。高い天井からは豪華なシャンデリアが吊り下げられ、床面には見るからに値の張りそうなソファや机といった家具がいくつも配置されていた。

 本棚の上部には窓らしきものがあるが、黒と青の布地が混じったカーテンにさえぎられて外の光はほとんど中に届いていない。意図的いとてきに、室内を過剰かじょうに暗くしているようだった。

 クウ達の正面には、外へと通じているらしいドアが一つ。そのすぐ横には、受付と思わしきカウンターテーブルがあったが、誰の姿も無かった。

「あいつが来るまで待つしかねえな。──お二人さん。悪いが少しの間、適当にしててくれよ」

 ソウはカウンターテーブルの方向を一瞥いちべつしてそう言うと、近い位置にあったソファに身を投げ出す。

「──ねえ、ソウ。ここって、何なの?」

「"青の領域"の中心、"中立都市フィエラル"の町中にある──かなり見つけづれえ建物さ。俺がギルドマスターを務めるギルド、"黑蒼の鯨アクオーナ"の本部だぜ」

「ギルド……久々に聞いたね、その言葉。ウルゼキアに入国する時に立ち寄った村の村長──アールマスさんも、商人ギルドに所属してたんだっけ。あの時のソウって、自分がギルドマスターだなんて言わなかったよね?」

「言う必要なかったからな。──俺のギルドは、職人や商人の集まる一般的なギルドとは違うんだよ。何たって、"魔術師ギルド"だからな」

「魔術師ギルド? 魔術師って──職業なの?」

 クウはソウが横になっているソファの正面、テーブルを挟んだ位置にあるソファに腰掛ける。クウの着席後、フェナもクウのすぐ隣に座る。

「正確に言えば、魔術師は職業じゃねえ。だがそれでも、イルトには"魔術師ギルド"はあるのさ。──便宜上べんぎじょうギルドって呼び方をしちゃいるが、実際は……魔術師が経営けいえいしてるだけの"なんでも屋"みてえなもんだと思えばいいぜ」

「なんでも屋……。具体的にはどんな仕事をするの?」

「一般の連中には手にえねえ"魔獣ビースト"の駆除くじょとか、"魔道具アイテム"の制作、腕に自信のあるヤツは──要人ようじん警護けいごを依頼される事もあるな」

「なるほど、確かに"なんでも屋"だね。よく分かったよ。──あれっ?」

 クウがそう言って、ドアの真横、カウンターテーブルを見る。

 いつの間にいたのか、一人の少女の姿がそこにあった。外見年齢は10代前半だろうか。青みがかった白い長髪の持ち主で、その毛先は床まで届きそうである。少女はまるで、この空間には自分以外には誰もいないかのように、壁の本棚の中の一冊と思わしき本を手に持ち、黙読もくどくしている。

「あの女の子……いつの間に?」

「おい、エディエ。……帰って来てたなら、言えよ」

「……やだ」

 ソウにエディエと呼ばれた少女は、持っている本で自分の顔を隠した。

「紹介するぜ。そいつは"影歩かげあるきのエディエ"。ここの看板娘かんばんむすめで、俺のギルドの主要メンバーの一人だ」

「そうなんだ。へえ、可愛かわいだね。──エディエちゃん、初めまして。ちょっとお邪魔してます」

「……話しかけないで、おじさん」

「おじさん──!?」

 エディエの容赦ようしゃない言葉に、クウは極度に落ち込む。絶望的な表情でうつむくクウの肩を、隣のフェナがポンポンと叩いてはげます。

「エディエ、ちゃんと挨拶あいさつしろ。こいつはクウだ。この前、ちょっと話しただろ? "十三魔将"を一緒にブッ倒した俺の"相棒"だって──」

「クウの相棒は、私よ」

 突然、フェナがソウに強い口調で言った。ソウは──殊更ことさら気に留める様子もなく、フェナの言葉を聞き流す。

「まあ、とりあえず本題に入るか。なあ、クウ。お前、今だけでいいから──俺のギルド、"蒼黑の鯨アクオーナ"に加入してみねえか?」

「え……いいよ」

「おい、二つ返事か?」

 申し入れた、当のソウ本人が驚いている。

「"メルカンデュラ"でソウが言ってた事を考えれば、ソウが僕に何をさせようとしてるかは分かるよ。──それを知った上で、いいよって言ったんだ」

「お前、意外と察しがいいんだな」

 意外と──という部分に、クウは何か言いたそうな顔をした。

「一応、俺の口からもちゃんと説明するぜ、クウ。お前を俺が"魔術師ギルド"の一員にして、仕事を斡旋あっせんしてやる。お前はその仕事をこなしながら、金をかせいで名を上げるんだ。──お前は人の役に立ちたくてしょうがねえ慈愛の精神にあふれた"人間"だろ。だったら"魔術師ギルド"はぴったりだ。おあつらえ向きの仕事がそろってるからよ」

「それって、僕らの世界で言う所の雇用契約こようけいやくだよね?」

「まあな。面倒くせえ書類を書かせたりはしねえから、安心しろ」

「その契約の中には、衣食住いしょくじゅうの面倒も見てくれる……っていうのは、あるかな?」

贅沢ぜいたく言うようになったじゃねえか。"ナトレの森"から"ウルゼキア"まで、俺と仲良く野宿した経験があるってのによ。もう屋根のねえ場所じゃ寝られねえってか? ──っていうのは冗談だ。いいぜ。手頃てごろな宿屋を見つけてやるよ。何なら、ここで寝泊ねとまりしても構わねえがな」

「え、ここで?」

 クウは隣のフェナとカウンターのエディエの顔を見る。二人とも、明らかに不服ふふくそうな顔をしていた。

「……ソウ、ごめん。宿探しを手伝ってもらってもいい?」

「それがいいみてえだな。まあ、いいぜ。大した手間でもねえしよ」

 ソウはソファから立ち上がると、カウンターテーブルのエディエへ近づく。

「さて……エディエ。ギルドのメンバーとして、クウを新規登録だ。」

「……そっちのお姉さんは?」

 エディエは、フェナを指差す。

「ああ、聞いてなかったな。──よお、"吸血鬼"。お前もクウと一緒に、俺のギルドに入るか? クウの──"相棒"として、な」

「遠慮するわ。私が契約を結ぶのは、クウ一人だけよ」

「へっ、一途いちずなこった」

 フェナは不機嫌そうに、ソウから顔をそむける。

 このフェナの言葉を受け、エディエが持っていた本を数ページめくる。そして何か呪文のような言葉をぶつぶつとつぶやいた。そして、クウに向かって、片手を静かにかざす。

「うわっ──」

 クウのてのひらに、黒地くろじに光る紫色の線で描かれた鯨のような模様が現れる。それはクウがソウにもらった"石魔ガーゴイル"の造形ととてもよく似ていた。

「そいつがギルドの紋章さ。すぐに消えるが、手に力を込めて念じればまた浮かんでくるぜ。──そいつが手にある限り、お前はギルドの一員だ」

「これが手にある限り?」

「ああ。俺はこれから先、ずっとお前をこき使う気はねえからな。この"青の領域"である程度生活基盤せいかつきばんきずけたら、俺のギルドなんて抜けちまえ。その時になったら、登録したお前の名前とその紋章を消してやるよ」

 ソウはそう言うと、エディエの頭をぽんぽんとでた後、外へと通じるドアを開ける。

「そんじゃ、俺はちょっと出るぜ。お前ら二人の宿を探しにな。──折角だし、お前らも少し、街の様子を見て回ったらどうだ? ──ああ、そうだ。言い忘れてたぜ」

 ソウは、クウを指差す。

「俺達が今いるこの街は、"中立都市フィエラル"と呼ばれてる。その言葉の意味を、よく考えてみるといいぜ」

「えっ──どういう意味?」

「街を歩いてりゃあ、その内に分かるだろうよ。──じゃあな」

 ソウは珍しく、"輪"を使わずに素直な方法で外へと出て行った。
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