輪の魔術師~僕の転生した異世界では、人間は伝説の魔術師になれるそうです~

海老石泥布

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異世界"イルト"~青の領域~

57.中立都市フィエラル

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「さて……どうしようか、フェナ」

 クウがソファから立ち上がりながら、隣のフェナに聞く。

「あの"青黒フード"の言う通り、外を見て回るのがいいんじゃないかしら」

「"ソウ"とは呼ばないんだね」

「あっちだって、"フェナ"とは呼ばないもの。おあいこでしょう。──この薄暗い所でじっとしてるのも気が滅入めいるわ。とりあえず外に出ましょう、クウ」

 フェナが立ち上がり、クウの手を取ってドアへと移動する。カウンターテーブルのエディエは二人に目もくれず、また本を読んでいた。

「──あら、エディエちゃん。髪に隠れてよく見えないけど、そのひれのような形の耳……あなたは、"マーフォーク"なのね?」

「……うん」

 エディエはフェナに視線を向けてはいないが、割と素直な返事をした。

「あなたみたいな可愛い女の子も、"魔術師ギルド"の一員なのね。 ──またね、エディエちゃん」

 フェナはそう言って、ドアの外へクウと出ていく。ドアが閉まる瞬間、エディエは本の隙間すきまからフェナに向かって、とても小さく手を振っていた。

「あの、フェナにはすごくなついてるね。僕なんか、話しかけるのを拒否された上でオジサン扱いだよ? 僕、まだ21歳のはずなんだけどね……」

「それについては同情するわよ。私も118歳なのだけれど、お姉ちゃん扱いだものね。数字だけで見ればおかしな事だわ」

「ひゃ、はくじゅうはち……!? あれ、このセリフ──前にも言ったことある気がするなあ」

クウの脳裏に──エルフのナリアの顔が浮かぶ。

「クウ、あなたは伝説の"人間"よ。このイルトでも肉体が元の世界と同様の経年変化けいねんへんかげるかどうかは分からないわ」

「確かにランさんも、イルトで数年過ごしたのに見た目が変わらないって言ってたもんなあ。──いや、考えると止まらなくなるね。そろそろ、行こう」



 "中立都市フィエラル"は、石造りの建物と長い水路が複雑に組み合わさったような街並みだった。道には様々な種族の住人が往来おうらいしており、飲食物を販売する露店ろてんのきを連ねている。

 クウはフェナと横に並びながら、食べ物のにおいがただよう露店を並んで歩いている。クウは物欲しそうな顔をしているが、フェナは無表情である。フェナの好物は、やはりクウの血液であるようだ。

「私は"水の領域"に来た事はあるのだけれど、この"中立都市フィエラル"に来たのは始めてなのよ。だから──こういう街だとは、今日まで知らなかったわ」

 フェナが、道を歩く様々な者達を見つめながら言う。白みがかった金髪と金の瞳を持つノーム、青白い肌にひれのような耳を持つマーフォーク、褐色かっしょくの肌と赤黒い瞳を持つドワーフの姿も見受けられた。よく観察してみると、少数だが、金髪で耳の長いエルフの姿もある。

 一つの街に複数の種族が共存している光景を見たのは、クウにとって"ホス・ゴートス"の牢を開放した時を除けば、これが初めてだろう。

「"中立都市"というのはその名称通りの意味だったのね。イルトの各領域の種族が集まってるわ。よく考えたら、丁度ここに"上位吸血鬼ハイ・ヴァンパイア"と"人間"までいるわね」

 フェナは、自分とクウを交互に指差す。

「さっきエルフを見たよ。それにあれは、ドワーフだ。──賢者様やナリア、キテラン王女を思い出したよ。みんな、元気にしてるかなあ」

 キテラン──という名前に、フェナの目つきが変わった。

「クウ──聞いてもいいかしら」

「え、何を?」

「"赤の領域"を去る時、あなた……キテラン王女に抱き付かれてたわよね。あれは一体、何をしてたの?」

「えっ、あの時……? あれは、キテラン王女が……僕のほっぺに、その……」

「ほっぺ? ──つまり、口じゃないのね?」

「く、口──!? そんな……無理だよ。僕、女の人とそういう事なんて、これまで一度だって……。あ、前世も含めてね……」

「あら、そうなの? ──なら、いいわ」

 クウが、これ以上ないほどに顔を紅潮こうちょうさせて下を向く。フェナの目つきは、もう通常のそれに戻っていた。

「特に理由は無いけど、少し気分がいいわ。──ねえ、クウ。行きたい所があるのだけれど、少し私に付き合ってくれないかしら?」

「もちろん。何処どこに行きたいの?」

仕立したよ」

 クウは一瞬硬直した後、仕立て屋とは──服屋と同義の言葉であると理解した。

「私達は、外見にそれぞれ目立つ特徴を抱えてるわ。帽子ぐらいは身に着けておくべきよね。──それに私が"赤の領域"で貰ったこの踊り子みたいな服、軽くて動きやすいのだけれど派手過ぎるのよ。もう少し暗い色の服がいいわ。この街の湿しめっぽい空気で肌がべとべとするのも気になるわね」

「フェナも女の子だね。──確かに、僕もしおっぽい空気をさっきから感じてるよ。きっと、街の向こう側が海になってるんだろうね。イルトに来て間も無くの頃、フィエラルは"海辺"の中立都市だってナリアが言ってたなあ」

「他の女の名前は、あまり出さないでくれるかしら。特に理由は無いけど、少し機嫌が悪くなりそうよ。──さて、そろそろ行きましょうか」

 フェナは椅子から立ち上がり、そのまま道へ出てすたすたと歩き出す。クウは慌てて後に続いた。

「フェナは傭兵ようへいで、僕はその雇い主なんだよね? ──近頃、その主従関係しゅじゅうかんけいらいでる気がするなあ……」



 大通りに面した一軒の"仕立て屋"の室内で、フェナは上機嫌そうな顔つきでクウを見ていた。

「クウ、どうかしら。似合う?」

「……似合うよ。ウルゼキアで会った時も黒を着てたよね。フェナって、黒が好きなの?」

色白いろじろな女は、黒い服の方が肌が奇麗に見えると思わない? ──あら、クウったら全然見てないじゃない」

 フェナは胸元と背中が大きく空いた、漆黒しっこくのドレスを着ている。頭には、い上げた髪を隠すように、魔女のような帽子をかぶっていた。露出した肌を見せつけるような体勢のフェナを、クウはなるべく直視しないようにしている。 

「クウ。あなたのそれも、すごく似合ってるわよ」

「そうかな? ありがとう。──着心地きごこちは悪くないね」

 一方でクウの服にも変化が見られた。上半身はえりの部分にひもが付いた白いシャツ、下半身はやや幅のある真っ黒なズボンという服装である。頭には頭髪を全てぽおい隠せるような紳士帽しんしぼうかぶっており、今までの緑を基調きちょうとした服とは印象ががらりと変わっている。

「賢者様にもらった"狩人かりうど葉衣はごろも"は、とても良かったんだけど……。ただ、着替えない訳にはいかないよね。──"青の領域"にはノームもいる。"白の騎士団"だって、いるかも知れないよね」

「そうね。──ごめんなさい、クウ。身に覚えの無い事とは言え、ウルゼキアのジョンラス王に追われる事になったのは、私のせいだわ」

「フェナのせいじゃないって。でも、確かに今の状況がずっと続くのは良くないね。この際──ウルゼキアの前王を殺した犯人についても、僕達で探してみようか」

「前王の暗殺者を? ──それもいいかも知れないわね。クウなら、本当に探し出してしまいそうな気がするわよ」

「──あの、お客様。そちらの商品、お買い上げになりますか?」

 新調した自分の服を見ていたクウとフェナに向かって、控えめな声がかかる。ひれのような耳を持つ、初老の紳士服を着た男性が、二人をじっと見ていた。

「ああ、店主さん。ごめんなさいね。──二人分で、いくらになるかしら?」

「はい。二着の合計、2万チリン丁度になります。そちらの商品は先日、"黒の領域"より入荷したもので、"イルト"最先端の流行を取り入れた新商品でございまして──」

「売り文句はいいわ。それに、値切ったりもしないわよ」

 フェナは店主の言葉をさえぎりながらそう言うと、ふところから硬貨の入った袋を二つ取り出し、マーフォークの店主に渡す。店主は袋を開け、慣れた手付きで硬貨を数え始めた。少しして──店主は納得した様子でフェナに笑いかける。

「──2万チリン、丁度ですな。確かに」

 満面の笑みの店主を尻目に、クウとフェナは新しい服装で店を出ていった。
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