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第三章:それぞれのバトル
🌐 41:もう、迷わない
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私がジムを退出する際、姫香も一緒にジムを出た。彼女は今から、近くにある塾に向かうそうだ。凛太郎は用事があるらしく、先に帰ってしまった。
「あれ、私もラッキーパンチだと思ってました」
「凛太郎への最後のパンチ?」
「はい、そうです。——あんなの、狙って打てるんですね」
私の感覚では、そう難しいことをしたとは思っていなかった。会長の四方も驚いていたくらいだから、高等テクニックなのだろう。
「私、梨里杏さんが来てくれるって聞いた時、四方ジムから初の女性チャンピオンが出るかもって思ったんです。だけど、今日の試合を見て考えが変わりました。——“かも”じゃなく、絶対になれるって」
姫香は、私の顔を覗き込んでそう言った。
「ありがと。——なれるのかな、私」
「ええ、きっと。っていうか……あまり、ジム楽しくなかったですか? 上手く言えないんですけど、山寺さんを倒したのに、あまり嬉しくなさそうっていうか……もしかして、山寺さんが強くなくてガッカリしたとかですか?」
ああ……私の気持ち、顔に出ちゃってるんだ。いや、彼女がどうだったかという話じゃない。これはきっと、私自身の問題だ。
「いや、そんなことはないんだけど……なんて言ったらいいんだろう、上手くいきすぎて怖いっていうか、自分でもよく分かんないんだけど」
「そっか、そんなこともあるんですね……」
ずっと笑顔だった姫香が、少し寂しそうな表情を見せた。そんな私の視線に気づいたのか、姫香は私を見て笑顔で言った。
「もし、ジムで気になることがあったら、いつでもメッセージいただけたら! っていうか、その前に私から送っちゃうと思いますけど! ハハハ。——じゃ、塾ここなんで! 今日はありがとうございました!」
姫香はそう言うと、手を振りながら一軒のビルへと入っていった。ビルの2階を見上げると、どこどこの大学に何名が合格したなんていうポップが貼られている。そしてその中には、私が在籍している大学もあった。
***
「うそ……」
自宅近くの小さな公園に目をやると、一人の女性と目があった。
山寺だった。
「——おおっ! 桜井さんだっけ? もしかして、この辺りに住んでるの?」
「は、はい、そこに見えてる団地の3階です。——山寺さんもお近くなんですか?」
「そうそう。安い家賃で住めるとこ探してたら、ここの団地見つけてね。——あ! 安いなんて言っちゃった、ごっ、ごめん」
しまった! という顔をする山寺を見て、私は笑った。
「勝手なイメージで悪いけど、桜井さんって豪邸なんかに住んでるお嬢様かと思ってた。——ハハハ、何か勝手に親近感湧いちゃうね」
ボクシングで負けたことに関しては、心の整理がついているのだろうか。山寺は、微笑みを混じえてそう言った。
「——今から、ランニングですか?」
「まあ、クールダウンってタイミングでもないけど、そんな感じ。今ちょっと、頑張ろうって気持ちになってるんだ、私」
山寺はそう言うと、私の目をジッと見た。
「私ってね、自意識過剰な上に、超自信家なの。いつも自分が一番だと思ってやってきたし、順調に試合にも勝ってきた。だけどね、こういう性格って負けた時が大変なの。他の人より、人一倍落ち込みが酷くて。自信に溢れてた昨日までの自分が恥ずかしくて、仕方なくなるくらいに。——分かる? この感じ」
私だって、エルデリアにいた頃はそうだった。エルデリアで一番になったとはいえ、負けたことだって何度もある。私は山寺の問に、力強く頷いた。
「だけどね。今日に限っては、ちょっと違うんだ。完敗したっていうのに、不思議とさっぱりしてて。なんだろう……例えば井上尚弥みたいな、次元もステージも違う選手と試合しちゃった感じみたいな? ハハハ、何言ってるか分かんないと思うけど」
山寺はそう言って笑うと、「今度はゆっくり話そう!」と、ランニングに出ていった。
***
「ふーん、勝ったのにしっくりこないのか……」
帰宅して、ジムでの一日をお母さんに報告した。お母さんは腕を組んで、「うーん」と声を漏らす。
「もしかして、あれじゃない? 余裕で勝っちゃったことがズルっていうか……ほら、最近の子が使う言葉……」
「チート……?」
「そうそう、チート。チートっぽく感じてるんじゃない? もしかしてエルデリア人は、元々格闘技に特化した資質を持ってるとか、そんな感じで」
流石お母さん……私がまんま、思っていたことだ。
「うん。正直、ちょっとそんな気がしてる」
「でもあなた、エルデリアでは一生懸命練習してきたんでしょ? 誰にも負けないくらいに」
「うん……それだけは、自信ある。試合に負けて泣くことだってあったし、落ち込んで練習できない日が続くこともあった。私は格闘技に対しては、いつだって本気だったよ」
「じゃあ、何も悩むことなんてないじゃない。表立っては言えないけど、エルデリアの代表選手だと思って、堂々と試合すればいいんじゃないかな。——だって、もしあなたが本当にチートだって言うんなら、殴られた選手もタダじゃすまないでしょ」
確かに、お母さんの言うとおりだ。もし私が、ヘビー級の男性に本気で殴られたら、死んでしまう可能性だってある。
エルデリアの選手だって、誰もがデタラメに強いわけじゃない。山寺と同レベルの選手だって何人もいた。そして、私は誰よりも練習してきた自信があるし、格闘のセンスがあると自負もしている。
うん、決めた。
私はもう、迷わない——
「あれ、私もラッキーパンチだと思ってました」
「凛太郎への最後のパンチ?」
「はい、そうです。——あんなの、狙って打てるんですね」
私の感覚では、そう難しいことをしたとは思っていなかった。会長の四方も驚いていたくらいだから、高等テクニックなのだろう。
「私、梨里杏さんが来てくれるって聞いた時、四方ジムから初の女性チャンピオンが出るかもって思ったんです。だけど、今日の試合を見て考えが変わりました。——“かも”じゃなく、絶対になれるって」
姫香は、私の顔を覗き込んでそう言った。
「ありがと。——なれるのかな、私」
「ええ、きっと。っていうか……あまり、ジム楽しくなかったですか? 上手く言えないんですけど、山寺さんを倒したのに、あまり嬉しくなさそうっていうか……もしかして、山寺さんが強くなくてガッカリしたとかですか?」
ああ……私の気持ち、顔に出ちゃってるんだ。いや、彼女がどうだったかという話じゃない。これはきっと、私自身の問題だ。
「いや、そんなことはないんだけど……なんて言ったらいいんだろう、上手くいきすぎて怖いっていうか、自分でもよく分かんないんだけど」
「そっか、そんなこともあるんですね……」
ずっと笑顔だった姫香が、少し寂しそうな表情を見せた。そんな私の視線に気づいたのか、姫香は私を見て笑顔で言った。
「もし、ジムで気になることがあったら、いつでもメッセージいただけたら! っていうか、その前に私から送っちゃうと思いますけど! ハハハ。——じゃ、塾ここなんで! 今日はありがとうございました!」
姫香はそう言うと、手を振りながら一軒のビルへと入っていった。ビルの2階を見上げると、どこどこの大学に何名が合格したなんていうポップが貼られている。そしてその中には、私が在籍している大学もあった。
***
「うそ……」
自宅近くの小さな公園に目をやると、一人の女性と目があった。
山寺だった。
「——おおっ! 桜井さんだっけ? もしかして、この辺りに住んでるの?」
「は、はい、そこに見えてる団地の3階です。——山寺さんもお近くなんですか?」
「そうそう。安い家賃で住めるとこ探してたら、ここの団地見つけてね。——あ! 安いなんて言っちゃった、ごっ、ごめん」
しまった! という顔をする山寺を見て、私は笑った。
「勝手なイメージで悪いけど、桜井さんって豪邸なんかに住んでるお嬢様かと思ってた。——ハハハ、何か勝手に親近感湧いちゃうね」
ボクシングで負けたことに関しては、心の整理がついているのだろうか。山寺は、微笑みを混じえてそう言った。
「——今から、ランニングですか?」
「まあ、クールダウンってタイミングでもないけど、そんな感じ。今ちょっと、頑張ろうって気持ちになってるんだ、私」
山寺はそう言うと、私の目をジッと見た。
「私ってね、自意識過剰な上に、超自信家なの。いつも自分が一番だと思ってやってきたし、順調に試合にも勝ってきた。だけどね、こういう性格って負けた時が大変なの。他の人より、人一倍落ち込みが酷くて。自信に溢れてた昨日までの自分が恥ずかしくて、仕方なくなるくらいに。——分かる? この感じ」
私だって、エルデリアにいた頃はそうだった。エルデリアで一番になったとはいえ、負けたことだって何度もある。私は山寺の問に、力強く頷いた。
「だけどね。今日に限っては、ちょっと違うんだ。完敗したっていうのに、不思議とさっぱりしてて。なんだろう……例えば井上尚弥みたいな、次元もステージも違う選手と試合しちゃった感じみたいな? ハハハ、何言ってるか分かんないと思うけど」
山寺はそう言って笑うと、「今度はゆっくり話そう!」と、ランニングに出ていった。
***
「ふーん、勝ったのにしっくりこないのか……」
帰宅して、ジムでの一日をお母さんに報告した。お母さんは腕を組んで、「うーん」と声を漏らす。
「もしかして、あれじゃない? 余裕で勝っちゃったことがズルっていうか……ほら、最近の子が使う言葉……」
「チート……?」
「そうそう、チート。チートっぽく感じてるんじゃない? もしかしてエルデリア人は、元々格闘技に特化した資質を持ってるとか、そんな感じで」
流石お母さん……私がまんま、思っていたことだ。
「うん。正直、ちょっとそんな気がしてる」
「でもあなた、エルデリアでは一生懸命練習してきたんでしょ? 誰にも負けないくらいに」
「うん……それだけは、自信ある。試合に負けて泣くことだってあったし、落ち込んで練習できない日が続くこともあった。私は格闘技に対しては、いつだって本気だったよ」
「じゃあ、何も悩むことなんてないじゃない。表立っては言えないけど、エルデリアの代表選手だと思って、堂々と試合すればいいんじゃないかな。——だって、もしあなたが本当にチートだって言うんなら、殴られた選手もタダじゃすまないでしょ」
確かに、お母さんの言うとおりだ。もし私が、ヘビー級の男性に本気で殴られたら、死んでしまう可能性だってある。
エルデリアの選手だって、誰もがデタラメに強いわけじゃない。山寺と同レベルの選手だって何人もいた。そして、私は誰よりも練習してきた自信があるし、格闘のセンスがあると自負もしている。
うん、決めた。
私はもう、迷わない——
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