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第一章

第13話 耳掃除1

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 ナルとも随分仲良くなってきて、一緒におもちゃで遊ぶことも増えてきた。猫じゃらしであったり、小さなボールを与えると前足で突いたりして遊んでいる。スマホの猫じゃらしアプリも使った事があったが、あれは子猫用なのか、すぐに飽きてしまったようだ。

 一通り遊んだ後は膝の上に抱えて体を撫でてやる。頭の上やシッポの根元辺りが気持ちいいようだな。お腹も触らせてくれるようになった。お腹は弱い部分だから、信頼している人にしか触らせないと聞いた。俺の事を飼い主として認めてくれているのだろう。
 耳も触らせてくれる。耳の皮膚は薄くて根元にはモフモフの毛が生えている。触るとピクンと時折動かすが、敏感な部分なのかもしれんな。

「あれ、耳から変な臭いがするぞ」

 この臭いは耳の奥からだな。猫は耳掃除もしてやらないとダメだと本に書いていたように思う。
 本を手に取り調べてみると月に1、2回は掃除してやるといいそうだ。今まで耳の掃除などした事がなかった。
 綿棒やコットンにベビーオイルを塗って優しく掃除すれば良いと書いてある。独身で子供もいない俺はベビーオイルなど買った事がない。ドラッグストアにでも行ってみるか。

 店に行ったが、どのベビーオイルも量が多くて高いな。まあ、赤ちゃんの全身に使うんだからこれぐらいの量がいるのかもしれんが、猫の耳掃除のためにこんなにも要らんのだがな。家にあるサラダ油じゃダメなのか? 仕方ない。一番小さくて安い物を買って帰るか。

 家に帰り早速ナルの耳掃除をしてみる。

「ナル。こっちにおいで」

 爪切りをした時のように俺の前にちょこんと座らせて、後ろから抱くようにして耳の中を掃除する。時折、耳を動かしているが嫌がる事もなく大人しくしてくれて助かる。

 あまり耳の奥まで綿棒を入れないが、耳のヒダを拭いていくだけで綿棒の先がすぐに真っ黒になってしまう。相当汚れているようだな。
 耳は大事な器官だ。周りの状況を知るためにナルは良く耳を動かして音を聞いている。耳の奥には三半規管もあって俊敏に動けたり、空中で1回転して床に着地できるのもそのお陰だ。
 見える所は掃除できたように思うが、まだ耳の奥から嫌な臭いがする。

「こりゃ病院に行った方がいいかもしれんな」

 土曜日でも病院は開いているようだ。今度の休みに連れて行ってみるか。前にノミ退治用の薬をもらった動物病院。ここからなら歩いて十五分ほどで行ける。

 土曜日。病院に連れて行くために、ハードキャリーバッグにナル入れないといけない。ここにナルを連れて来た時に運んだキャリーバッグを、押し入れから取り出して床に置く。

「なあ、ナルよ。この中に入ってくれんか」

 ナルはまたどこか知らない場所に連れていかれると思ったのか、なかなか中に入ってくれない。抱えて中に入れようとしても暴れてすぐに逃げてしまう。
 どうすりゃいいんだ。こんな時はインターネットに頼ってみよう。調べていくと、洗濯ネットに猫を入れてからキャリーバッグに入れればいいと書いてあった。

「ほう、そんな方法もあるのか」

 幸いナルが入れる程度の大きな洗濯ネットは我が家にある。それを使えば猫は大人しくなるらしい。
 よし、ナル捕獲作戦の開始だ。

「さあ、ナル。こっちへおいで~」

 猫なで声でナルを呼ぶ。キャリーバッグは玄関に置いたまま、ナルをフローリングの部屋へと連れてくる。
 ナルの奴、俺の作戦に気がついたのか少し警戒しているな。洗濯ネットは後ろに隠して、ナルの背中を撫でてリラックスさせる。

 俺の足元で座り込んだナル。後ろに隠していた洗濯ネットを手に取ってナルの頭から被せる。おっ、上手くいったか。そう思ったがナルがまた暴れ出した。
 ネットに入れたら猫は大人しくなると書いてあったが、白い洗濯ネットから足を出してナルが暴れ回る。大人しくしてくれと覆いかぶさりネットのファスナーを急いで閉める。俺に上から抱かれるような状態でしばらくするとナルは静かになってくれた。

「すまんな、ナル。これもお前のためなんだ」

 洗濯ネットに入れたまま、ハードキャリーバッグの中にナルを入れる。中にいるナルと顔を合わせて「すまん、少しの間大人しくしてくれ」と頼む。

 病院までは歩いても行けるが、ナルを後ろに乗せて自転車で行こう。俺は車の運転免許を持っているが自家用車は持っていない。近場は徒歩か自転車で、少し遠くは125ccのスクーターがある。都会では公共交通機関も使いやすい。今まで車が欲しいと思った事はない。どうしても必要ならタクシーを呼ぶなり、レンタカーを借りればいい。

 荷台にナルを入れたキャリーバッグを括り付けて病院に行く。5分ほどで到着したが、小さな病院で駐車場は車1台しか停めるスペースがない。その横の壁際には何台もの自転車が停めてあった。その横に俺の自転車も停めて中に入る。
 ノミの薬をもらった時にナルと書かれた診察券をもらっている。それを受付に渡して事情を説明する。

「今日は、どうされました?」
「耳から嫌な臭いがしてるんだ。耳掃除をしてもらいたんだが、ここでできるかな」
「はい、大丈夫ですよ。この受付票に記入して、そこの椅子に掛けてお待ちください」

 今日もここの病院のお客さんは多いようだ。長椅子の隅っこに座って声がかかるまで待つ。ナルは諦めたのか、鳴きもせずにキャリーバッグの中で大人しくしてくれている。

 待合室には、犬や猫を入れたキャリーバッグを持った患者さんが六組いた。慣れているのかそのまま膝の上に乗せている小型犬もいるな。吠える事もなく大人しくしている。そういえば入り口の外で中型犬を連れていた人もいたな。あれも患者さんだろうか。
 だがペットを連れてきているのは女性ばかりだ。子供連れもいたが男性は俺だけだ。今日は土曜日。家族で飼っているんだから男が連れてきても不思議じゃないんだがな。

 そんな中、何十分も待ってようやく俺の順番が回ってきたようだ。
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