【完結】おっさん、初めて猫を飼う。~ナル物語~

水瀬 とろん

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第三章

第41話 荷物整理

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 この新しい賃貸マンションに引っ越してしばらく経ったが、バタバタと短期間で決めた引っ越しだったから要らない荷物まで持ってきてしまっている。

「このスピーカー、どうしたものかな」

 古いコンポのスピーカー。高さ五十センチほどで机の上のパソコン本体よりも大きなものだ。昔に本格的なオーディオシステムを組んでみたが、今となっては無用の長物だ。アンプも真空管の方がいい音がするだとか、スピーカーは木製キャビネットの形状が大事だとか友人の勧めもあり、変な世界にはまってしまった事があった。
 今、思えばそんな古いシステムより、最新の小さな物の方がずっと音がいい。アンプももう壊れてしまって最近は音楽も聞かなくなった。スマホにイヤホンを差して聞くのが関の山だ。

 売ろうと思ってリサイクルショップにいくらになるか聞いた事があったが、全く値段がつかなかった。そのまま押し入れの奥で眠っていたが、いい加減処分しないとな……。
 廃品として処分するにしても、金属と木材と電子部品、ちゃんと分別しないと持って行ってくれない。
 スピーカーを分解していると、ナルが何事かと俺の傍に寄って来て作業を見ている。

「なんだ、ナル。これに興味があるのか? 今まで押し入れの奥にあったからな、お前は初めて見る物だな」

 取り外したスピーカーよりも、大小三つの穴の開いた箱の方に興味があるようだな。箱の周りをウロウロしてたと思っていたら、開いた穴から箱の中にナルが入ってしまった。

「おい、おい。まだ配線の撤去をしてないんだよ。出て来てくれよ」

 そう言ったがナルはこの箱の中が気に入ったのか、中に収まって出て来てくる気配が無い。猫が何を考えているのかよく分からんが、こんな狭い所に入って出てこないことが時々ある。
 ねこ鍋というのが一時流行った事がある。気に入った大きさの土鍋に猫が自分から入っていくものだが、猫の行動というのは分からないことが多いな。ちなみにナルにも土鍋を置いて試してみたことがあるが、どうも気に入らなかったようだ。土鍋の大きさにこだわりがあるようで、何でもいい訳じゃないらしい。猫というのは理解できん生き物だ。

 結局、半日以上も箱の中に入って出てこなかった。仕方ない、ナルのために木製キャビネットを一つだけ残しておくか。


 それ以外にもナルは妙な行動をすることがある。時々部屋の片隅をずっと見つめている時がある。そこには何もないのだが、耳も目もその方向に向けてじっと凝視している。

「まさか、幽霊とかが見えてるんじゃないだろうな」

 ナルの目線を追うがやはり何もない。白い壁の上の方、天井に近い場所を見つめているようだ。ナルと同じ目線になるように身を屈めて、床に伏せるように床近くまで顔を下げて見てみる。ナルの隣、人間の俺が猫と同じように顔を並べて同じ場所を見つめる。
 ……やはり何もない。しばらくするとナルはプイッと横を向いて、スタスタと自分のお気に入りの場所へと歩いて行った。
 何の変化もなかったように俺には思えるが、ナルは一体今まで何を見ていたんだ。もう一度壁の上の方を見たが、猫にしか見えない物があるとしか思えんな。


 ある休みの日。ナルが廊下に出たいと玄関の扉を引っ掻いている。このマンションにも非常階段につながる廊下はある。ここの非常階段の地上部分には鉄の扉があって、外部の人が入ってこない構造になっている。猫が出れるような隙間もないし、ナルが降りて行っても安心ではあるのだが……。
 まあ、玄関を出ても住人と鉢合わせしなけりゃ大丈夫か。

「よし、ナル。廊下に出てみようか」

 今は昼間だし、住人が歩いていないか外の様子を覗いつつ、少し扉を開ける。人はいないようだな。そ~っと扉を開けて外の様子を見てみる。ナルも警戒しつつ鼻をヒクヒクさせながら周りの様子を覗っているようだ。

 俺の部屋は一番奥。部屋に挟まれてトンネルのようになっていて、ここから外は見れない。だがこの先のエレベーター前まで行けば外の景色が見れる。そこまでは約五メートルの距離。エレベーターも動いていないし住民も出てくる様子はないな。ナルと一緒にゆっくりと歩いていく。

 エレベーター前からはL字に廊下は曲がっていて、南端までまた五メートル程の廊下が続いている。ここからは鉄柵と非常階段があり、陽の光もあるし外の景色もよく見える。エレベーター横には下に降りる非常階段があるが、階段前まで来たナルは下に降りようとはせず、外の景色を眺めているようだった。そして南の端は四階へと続く上りの非常階段の入り口となっている。

「ナル、こっちに来てみろよ。ここからの景色も素晴らしいぞ。公園で遊んでいる子供も見えるぞ」

 一筋向こうにある広い公園が、向いに建つ家の屋根の先に見える。ここはいい所だなと思っているとナルも気に入ったのか「ミャ~」と鳴いて俺の顔を見上げている。一通り廊下を見て回るとナルは納得したのか、俺たちの部屋へと向かった。

 一週間後。またナルが外に出たいとドアを引っ掻いた。

「よし、よし。俺も一緒に出るからちょっと待ってろ」

 靴を履き、ドアを開けるとナルが廊下に出ていく。エレベーター前を曲がって南の端まで行くみたいだな。ナルの後を付いて行ったが角を曲がった所でナルを見失った。そんな馬鹿な。非常階段を降りた様子もない。こんな短い廊下でいなくなるはずがない……。

「うわっ、なんだこいつは」
「キャー、猫よ! 猫がいるわ」

 南側の部屋の玄関扉が少し開いているじゃないか。そのドアの隙間からナルが飛び出してきて俺の胸に飛び込んできた。俺は慌ててナルを胸に抱いたまま、自分の部屋へと駆け戻る。

「ナル! お前あの部屋に入ったのかよ」
「ミャ~」

 いや、ミャ~じゃねえよ、びっくりしたな。多分、部屋に風を通すために少しだけドアを開けていたんだろう。エレベーターから降りて南のあの部屋の前を通るのは、部屋の住人しかいないからな。不用心ではあるが住人の少ないこのマンションではそんな事もするのだろう。

 その後、南側の部屋のドアが開いているのを見掛ける事は無くなった。すまんな。ナルのせいで用心させてしまったようだ。
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