ドラゴンの居る、何でも屋。~目指せ遥かなるスローライフ!~

水瀬 とろん

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第1章

第1話 ドラゴンの居る、何でも屋

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「ユイト! そっち行ったわよ。1匹ぐらい仕留めなさい」

「うわ~、そんなの無理だよ。メアリィ~、なんとかしてよ~」

 仕方ないわね。私は人差し指を弾く。

「ファイヤーボール!!」

 狼型の魔獣。後ろに逃がした1匹をなんとか仕留めて、ユイトと二人後退する。
平原に出てきた狼の足は速い。このままじゃ逃げ切れない。
小指をパッチンと鳴らして水の中級魔法を発動させる。

「アイスシールド!」

 氷の壁に行く手を阻まれた魔獣の群れは、進路を変えて町の方へと向かっていった。これじゃ私達の持ち分の区域を守れないじゃない。

「キイエ様。お願いします」

「仕方ないのう。この平原を燃やすことになるが……」

 そう言って炎のブレスを口から吐き、辺りの魔獣を一掃してもらう。
ドラゴンのキイエ様。強力な火炎魔法はいいんだけど、後始末が大変だ。 私の水魔法でなんとか鎮火させる。

「こりゃまた、派手にやったな。魔獣を町に入れなかったのはいいが、あの黒コゲの魔獣じゃ報酬はあまりないぞ」

 隊長さんに言われるまでもないわね。これでは毛皮も肉も買ってもらう事はできないだろう。魔獣の体内から取り出した魔石も少し焦げている。

 軍からの依頼で来たこの辺境の町。魔獣討伐で稼ぐつもりだったけど、これじゃ赤字だわ。


「ユイト。なんであんたはあんな魔獣すら倒せないのよ」

 討伐が終わって、夜の酒場。食事をしながら私はぼやく。

「そんな事言っても、ボクはこのナイフ一本しか持ってないんだ。それはここに雇われる時にも言ったよね」

 ユイトはナイフしか扱うことができない。ショートソードすら持っていなくて、くすんだ鉄色の軽鎧と小さな盾を身につけているだけだ。
魔法も初級魔法しか使えず、牽制にはなるが魔法だけで魔獣を倒すことはできない。

「あんたなんか、雇うんじゃなかったわよ」

 私は、王都で『メアリィの何でも屋』を経営している。経営と言っても今は、このユイトと事務員の3人だけの小さなお店だけど……。

 1週間前に辺境の名前も知らない小さな村から出てきたというユイトが、私の店にやって来て働きたいと言ってきた。人族で成人したての黒髪と黒い目を持つ男の子。髪も肩近くまであって、一見すると女の子のようにも見える。
『ボクはドラゴンと一緒にいるから、役に立てます』という口車に乗って雇ってみたけど、全然だめだ。


 連れてきたドラゴンは、人の背丈の3倍近くあるリザードマンのようながっちりした体。深く緑がかった青い鱗が全身を包み、鋭い爪のある手足。瞳は黒いけど見る角度で赤く光る不思議な目をしている。共通語を理解していて話すことができ自分の事をキイエと名乗った。

 背に黒い大きな翼を持ち、街の外で空を飛び炎を吐く姿を見せてもらった。私はドラゴンを初めて見たけど、伝説通りの姿とその力は絶大だった。

「確かにキイエ様は、すごいドラゴンよ。でもね、あれだけ大きいんじゃ森の中に入って魔獣を狩る事も、街中で人探しする事もできないじゃない」

 戦争で何千もの軍隊と戦うとか、城を攻め落とすとかだったらいいんだけど、今の平和な世の中では宝の持ち腐れじゃない。まあ、ドラゴンのいる何でも屋として宣伝して依頼の件数は増えたけど、このユイトとじゃ、まともに依頼をこなすこともできない。

「あんたがご主人様なんでしょう。何とかしなさいよ」

「キイエはボクが赤ん坊のころから一緒にいる友達なんだ。主人とかそう言うのと違うからね」

「そんな事言っても仕事ができないんじゃ、クビだからね、クビ!」

「ええっ~、そんな~」

「だったら次はちゃんと働きなさい。3日間滞在したこの町とも、今日でお別れよ」

 遠く離れたこんな町まで出張でわざわざ来たのに、成果がほとんどないわ。

「メアリィ、明日は鐘2つ半に出発だったよね。それならシンシアさんに何かお土産を買っていかないと」

「だからね、赤字なのよ。そんな余裕はないの! お土産買うならあんたのお金で払いなさいよ」

「うん、分かった。食事の後に何か買って来るよ」

 ほんとのんきな奴ね。キイエ様のお世話をするためのお金が無いっていつも言っているくせに、なんでそんな事にお金を使うのかしら。
この町までの往復の旅費は軍が持ってくれるけど、食事や宿代はこっち持ちなのよ。帰ってシンシアに何と言われるか。


 私達は朝日が昇ってすぐ。食事をし荷物を纏めて予定の鐘2つ半の前に軍用列車に乗り込み、町を後にする。

「列車の旅って、ほんといいよね~。何もしなくても王都まで連れて行ってくれるんだから」

「兵隊さんと一緒だから、これに乗れるのよ。普通だとすごく高くて蒸気列車なんて乗れないのよ」

 王都と各町を繋ぐ鉄道。軍隊を運ぶための交通手段として国が整備したもので、蒸気で走る機関車を2輌繋げて後ろの何輌もの台車を引っ張っている。
台車は幌付きの荷車を改造して車輪を付けただけの物で、機関車も細長い水のタンクとボイラーがむき出しのカッコ悪い物だけど、大勢の人や物資を運ぶことができる。

「嬢ちゃん達は確かドラゴンと一緒に応援に来てくれた、何でも屋さんだよな」

「はい、こういうのも私達のお仕事なので」

「ドラゴンはどうしたんだ。一度見てみたかったんだが」

 討伐では私達は隅っこの方にしかいなかったし、キイエ様は基本座って見守ってもらうだけだったから人眼に付かなかったんだろう。

「多分もう王都に到着してるんじゃないかな。朝早くに飛んで行きましたから」

「それは残念だな、噂のドラゴンを見たかったんだが。王都でドラゴンが現れたと聞いた時には、人族が攻めてきたのかと大騒ぎになったからな」

 大昔の大戦。人族はドラゴン族と共に世界を滅ぼしかけた。その伝説は今も語り継がれ、人族はドラゴンを付き従えていると思われている。

「あ、あの時は、どうもすみませんでした。キイエは使役魔獣として登録しているから王都に入れると思って……」

「坊主が、あのドラゴンの飼い主か。いくら魔獣登録していても、城壁の上を越えて王都に入っちゃダメだろう」

 そうなのだ。ユイトは片田舎から出てきたせいか、常識というものが無くて本当に困る。これから先の事を思うと気が滅入るけど、すぐにクビにするわけにもいかないし、何とかやっていきましょう。
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