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巡り合う定め
その時彼は。
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「あれ、護衛は?」
だらりと応接間のソファで寝転がりながらチェスの駒を弄っているアグノスへ声をかけたのは、風呂上がりのオーラムだった。
パーティホームが他よりも多少広いとは言え、ぶち抜きの広い部屋は食堂か応接間に限られる為、必然と集まるのならば応接間だ。情報交換をしたり、ボードゲームをしたりなど、カルディアは触らなかったようだが、応接間にある棚にはそれなりに玩具が存在する。
「もしかしてもう解雇されちゃった?」
「休みだ。馬鹿」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべるオーラムにひらりと手を振って応える。意外な言葉だったようで、彼はきょとんとした顔をしながらアグノスに近づいてきた。
「彼女なにしてるの」
「読書だとよ」
拗ねた子供のように素っ気なく返した答えに、オーラムは納得する。もし彼が異世界へと紛れても、文字が読めるのなら、始めは世界の常識や歴史を調べておくのは基本だと思ったからだ。
見た目は大人でも何も知らない幼児と同じ知識量しかないのならば、この世界を生きることは難しい。優しい人に囲まれればゆっくりと学ぶことも可能だろうが、生憎とそこまで信じられる人物など早々に出来るものではないし、恵まれるのは奇跡のような確率だ。
実際には平行世界かどうかを調べているが、伝える必要はないと思った。伝えられていないオーラムはふぅん、とそれ以上を聞くことはない。
「ところで、聞いても良い?」
「なにを?」
今まで無遠慮に聞くことが多かったオーラムが伺いを立てるのは珍しい。少し不気味にも思いつつ、否定せずに疑問で返せば、彼はすぅっと目を細めた。
「彼女をこのパーティに入れるつもり?」
見透すような、王族の血筋特有の瞳がアグノスを貫く。
アグノスはオーラムをゆっくりと仰ぎ見て、鼻で嗤った。
「何故そう思った?」
「誰だって思うよ。彼女への対応は特別過ぎる。ただの気まぐれで1ヶ月も拘束される、しかも支払われるかわからない依頼を受けるなんて」
オーラムは思い出す。初対面で向き合ったカルディアの瞳を。
嫌悪、憎悪、そして悲しみを含んだ視線は、たった一瞬で無感情に切り替わった。けれども、そのたった一瞬が、オーラムに対してと言うよりも、ウォーレンの王族に対する悪感情を孕んでいたことは明白である。
異界の迷い子であることは聞いていた。しかし、それだけでは説明がつかないほど、この国ーー否。この世界の仕組みを理解しているような口振りであった。
「今のところは、あり得ない。あっちがそう思ってる」
オーラムの思考を切るように、アグノスは断言した。
「1ヶ月経てば、カルディアはこの国から出て行く。この国に根を張るつもりなどないだろうよ」
「本人がそう言ったの?」
アグノスの口振りに違和感を感じたオーラムは疑問を投げかける。すると、彼はチェスの駒を弄っていた手を止めた。
言われてみて初めてカルディアがそんなことを一言も発してないことに気づいたのだろう。しかも、彼女がそう思っていることを察している自分に驚いているようにも見受けられた。
「呆れた。言ってないのに断言するんだね」
「なんでだろうな。カルディアならそうするだろうと思ってた」
ずっと弄っていたクイーンの駒を見下ろして、アグノスは呟く。
その表情に、オーラムはなんとも言いようがない空気を感じた。目の前にいるはずなのに、泡のように消えてしまいそうな、そんな予感に。
彼は思わずその言葉を口にしていた。
「まさか、一緒に出て行くなんてことはないよね」
アグノスはローウェンのパーティリーダーだ。彼が抜けるということは、新しいリーダーを出す必要がある。一癖も二癖もあるこのパーティのメンバーを抱えられる者なんて、彼以外にはいないというのが、彼以外の総意だった。
事実上の解散。そんな嫌な予感に、自然とオーラムの眉間に皺が寄っていた。
「阿呆」
そんなオーラムの気持ちを分かった上で、彼はあり得ないのだと笑った。万が一にもあり得ない。そう取れる一言は、何よりもオーラムの心を軽くする。
しかしそこで、オーラムは思い出す。カルディアをパーティに入れるかどうかという問いかけに、彼はなんと言った。
「でも、君は、彼女をパーティに入れるつもりなんだ」
少なくとも、カルディアにその気はない。それは裏を返せば、アグノスが望んでいるということ。
このパーティに入りたがる者は多い。それはパーティではなく、ローウェンギルドとしてあった頃から人気を博していた。ギルドが分散し、パーティとして活動するようになってから一時期は衰えたものの、アグノスがパーティリーダーになった辺りからまた、かつての人気を取り戻しているという。
ローウェンギルド創設者の生まれ変わり。そう、囁かれるほどに、彼自身も有名だ。
もっとも、創設者と比べられることを彼は嫌っているので、彼をよく知る人物はそんなことは口にしないのだが。
現在在籍するパーティメンバーは、殆どが成り行きと自らが望んだからに他ならない。
しかし、彼から望んで入れるのは、もしかするとこれが初めてではないだろうかということに、オーラムは気付いてしまった。
否定せずに嗤う彼に、ぞくりと背筋を震わせる。獲物を逃がさない獣のようなその視線が、自分に向けられたものではないと分かっていても、恐ろしいと感じた。
「少し頭を冷やしてくる」
トンッと、盤上にクイーンを置いて彼は応接間から出て行く。恐らく近場のダンジョンにでも潜るつもりなのだろう。彼の頭を冷やすというのは、戦って頭の中をすっきりさせるという意味だ。夜分はダンジョンの難易度が格段に上がるが、アグノスはそう言って何度も潜っている為、オーラムから特に言うことはない。
アグノスの背中を見送ったオーラムは、アグノスが置いていったチェス盤を片付けようと手を伸ばす。
盤上には1人で勢力を切り崩さんとするクイーンが佇んでいたーー。
だらりと応接間のソファで寝転がりながらチェスの駒を弄っているアグノスへ声をかけたのは、風呂上がりのオーラムだった。
パーティホームが他よりも多少広いとは言え、ぶち抜きの広い部屋は食堂か応接間に限られる為、必然と集まるのならば応接間だ。情報交換をしたり、ボードゲームをしたりなど、カルディアは触らなかったようだが、応接間にある棚にはそれなりに玩具が存在する。
「もしかしてもう解雇されちゃった?」
「休みだ。馬鹿」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべるオーラムにひらりと手を振って応える。意外な言葉だったようで、彼はきょとんとした顔をしながらアグノスに近づいてきた。
「彼女なにしてるの」
「読書だとよ」
拗ねた子供のように素っ気なく返した答えに、オーラムは納得する。もし彼が異世界へと紛れても、文字が読めるのなら、始めは世界の常識や歴史を調べておくのは基本だと思ったからだ。
見た目は大人でも何も知らない幼児と同じ知識量しかないのならば、この世界を生きることは難しい。優しい人に囲まれればゆっくりと学ぶことも可能だろうが、生憎とそこまで信じられる人物など早々に出来るものではないし、恵まれるのは奇跡のような確率だ。
実際には平行世界かどうかを調べているが、伝える必要はないと思った。伝えられていないオーラムはふぅん、とそれ以上を聞くことはない。
「ところで、聞いても良い?」
「なにを?」
今まで無遠慮に聞くことが多かったオーラムが伺いを立てるのは珍しい。少し不気味にも思いつつ、否定せずに疑問で返せば、彼はすぅっと目を細めた。
「彼女をこのパーティに入れるつもり?」
見透すような、王族の血筋特有の瞳がアグノスを貫く。
アグノスはオーラムをゆっくりと仰ぎ見て、鼻で嗤った。
「何故そう思った?」
「誰だって思うよ。彼女への対応は特別過ぎる。ただの気まぐれで1ヶ月も拘束される、しかも支払われるかわからない依頼を受けるなんて」
オーラムは思い出す。初対面で向き合ったカルディアの瞳を。
嫌悪、憎悪、そして悲しみを含んだ視線は、たった一瞬で無感情に切り替わった。けれども、そのたった一瞬が、オーラムに対してと言うよりも、ウォーレンの王族に対する悪感情を孕んでいたことは明白である。
異界の迷い子であることは聞いていた。しかし、それだけでは説明がつかないほど、この国ーー否。この世界の仕組みを理解しているような口振りであった。
「今のところは、あり得ない。あっちがそう思ってる」
オーラムの思考を切るように、アグノスは断言した。
「1ヶ月経てば、カルディアはこの国から出て行く。この国に根を張るつもりなどないだろうよ」
「本人がそう言ったの?」
アグノスの口振りに違和感を感じたオーラムは疑問を投げかける。すると、彼はチェスの駒を弄っていた手を止めた。
言われてみて初めてカルディアがそんなことを一言も発してないことに気づいたのだろう。しかも、彼女がそう思っていることを察している自分に驚いているようにも見受けられた。
「呆れた。言ってないのに断言するんだね」
「なんでだろうな。カルディアならそうするだろうと思ってた」
ずっと弄っていたクイーンの駒を見下ろして、アグノスは呟く。
その表情に、オーラムはなんとも言いようがない空気を感じた。目の前にいるはずなのに、泡のように消えてしまいそうな、そんな予感に。
彼は思わずその言葉を口にしていた。
「まさか、一緒に出て行くなんてことはないよね」
アグノスはローウェンのパーティリーダーだ。彼が抜けるということは、新しいリーダーを出す必要がある。一癖も二癖もあるこのパーティのメンバーを抱えられる者なんて、彼以外にはいないというのが、彼以外の総意だった。
事実上の解散。そんな嫌な予感に、自然とオーラムの眉間に皺が寄っていた。
「阿呆」
そんなオーラムの気持ちを分かった上で、彼はあり得ないのだと笑った。万が一にもあり得ない。そう取れる一言は、何よりもオーラムの心を軽くする。
しかしそこで、オーラムは思い出す。カルディアをパーティに入れるかどうかという問いかけに、彼はなんと言った。
「でも、君は、彼女をパーティに入れるつもりなんだ」
少なくとも、カルディアにその気はない。それは裏を返せば、アグノスが望んでいるということ。
このパーティに入りたがる者は多い。それはパーティではなく、ローウェンギルドとしてあった頃から人気を博していた。ギルドが分散し、パーティとして活動するようになってから一時期は衰えたものの、アグノスがパーティリーダーになった辺りからまた、かつての人気を取り戻しているという。
ローウェンギルド創設者の生まれ変わり。そう、囁かれるほどに、彼自身も有名だ。
もっとも、創設者と比べられることを彼は嫌っているので、彼をよく知る人物はそんなことは口にしないのだが。
現在在籍するパーティメンバーは、殆どが成り行きと自らが望んだからに他ならない。
しかし、彼から望んで入れるのは、もしかするとこれが初めてではないだろうかということに、オーラムは気付いてしまった。
否定せずに嗤う彼に、ぞくりと背筋を震わせる。獲物を逃がさない獣のようなその視線が、自分に向けられたものではないと分かっていても、恐ろしいと感じた。
「少し頭を冷やしてくる」
トンッと、盤上にクイーンを置いて彼は応接間から出て行く。恐らく近場のダンジョンにでも潜るつもりなのだろう。彼の頭を冷やすというのは、戦って頭の中をすっきりさせるという意味だ。夜分はダンジョンの難易度が格段に上がるが、アグノスはそう言って何度も潜っている為、オーラムから特に言うことはない。
アグノスの背中を見送ったオーラムは、アグノスが置いていったチェス盤を片付けようと手を伸ばす。
盤上には1人で勢力を切り崩さんとするクイーンが佇んでいたーー。
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