けもみみ幼女、始めました。

暁月りあ

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学園編

その少女は天啓人

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「は、殿下の護衛?」
「なんでそんな任務がこっちにくるんだよ」
「んだよなーそういうのは近衛の奴らがもってくもんだしな」

 ざわめく隊内で、俺は静かに副隊長を見ていた。
 第三王子であるフォスター殿下の護衛任務が何故か近衛騎士ではなく平民も紛れている騎士団。しかも、貴族がいる第一、第二を飛ばしてうちの部隊に話が来たことに皆が驚いている。
 思えば、この事態を『殲滅の弓姫』ことエテルネルに出会ってからなんとなく予想できたことなのかもしれない。正確には、彼女が殿下と同じ年で、学園に入ると聞いてから、だが。

 とある村に調査へ赴いていた俺と副隊長は、帰途で天啓人であり、今なお数多くの物語が語り継がれる代表的な英雄『殲滅の弓姫』エテルネルと出会った。副隊長にしてみれば、再会したという表現が的確だろう。
 100年もの間、旦那を待ち続けた副隊長。その間に数多くの求婚者が現れたが、尽く玉砕した。
 100年も放置する旦那とは離縁すればいいのに、そうしないのはやはり、彼女が旦那のことを今でも想っているからに他ならない。
 この間知ったばかりだが、彼女が副隊長であり続ける理由は、きっと騎士団に居続けることとイコールなのだろう。全ては、旦那が帰ってきた時のために。守るべき家が戦火で失わないように前線で国を守る。それだけ。それだけ、彼女の意志は固い。
 そして義姉エテルネルと再会した。語り継がれる伝説の中で一番危険な英雄がこの地に帰ってきたのだ。旦那が義姉を追って帰って来ると最近は浮かれっぱなしだ。
 なにせ『殲滅の弓姫』が何も騒動を起こさないなど有り得ないと断言するのだから。今回のもその一環なのだろう。そして『殲滅の弓姫』が騒動を起こせば『溜まり場の常識人』である旦那が来ると信じているのだ。

「おい、カロス。お前も不思議だと思わねぇ?」
「……いや。副隊長だろ。どう考えても。殿下が『殲滅の弓姫』に憧れているのはわかっているから、直接お声がかかったと思えば不思議じゃない。それより、副隊長が側で選抜5人が遠巻きか。妥当だよな」

 同期の言葉に一瞬遅れたものの、自分の考えを伝える。これで間違いはないはずだ。
 エテルネルは『殲滅の弓姫』と呼ばれることを嫌うらしいが、一般的な認識は『殲滅の弓姫』というだけで『エテルネル』という名は伝わっていない。知っている副隊長も名を広めないのだから部下である俺がその事実を知り得たとしても広める気はない。
 副隊長が『殲滅の弓姫』の義妹であることは公然の秘密だ。まともな貴族なら知っている情報だが、余計な揉め事を起こさないためである。もっとも、レベル340の彼女に挑んで勝てる人材など、俺が知る限り天啓人かマギアの宰相くらいだと思う。事実この国では天啓人以外に彼女に勝てる者などいない。
 故に資料通りの配置でもなんら問題はないのだ。選抜されるのも腕利きの連中──その中には俺も含まれる訳だが──ばかりだろうし、なにより『殲滅の弓姫』が側にいて殿下が攫われるような事態が起きるはずもない。起きたとしても殿下は無事だろう。街と犯人がどうなるかは分からないが。
 陛下には王都に帰ってきた翌日に謁見を申し込み、後日、秘密裏に謁見が行われ、『殲滅の弓姫』についての報告をした。普通ならば隊長、団長に報告をして終わりのはずだったが、直々に報告をするように勅命が下ったのだ。あれは冷や汗ものだった。どうしても俺には副隊長がなにかしたようにしか見えなかったが、長生きしたいので黙っておこう。

 手続きや訓練に追われながら当日を迎えたのだが、至って問題視するようなことはなかった。行った場所も半日という短い時間ということもあって雑貨屋と市場、そして喫茶店もどきの大衆食堂だけであったし、絡もうとする小物を相手にするだけで良い。
 時々『殲滅の弓姫』の視線が俺達に飛んでくるところが恐ろしいくらいだ。気付いているのは俺だけではなく、感心する先輩騎士もいる。あ、でも彼女を騎士団に誘わないでくださいね。色々大変だと思うんで。
 何事もなくその日を終えようとしていた時、『殲滅の弓姫』は動いた。

「二人のことは頼んだにょ。ちょっと肩慣らしあそびをしてくるだけだからにぇ」

 その言葉に俺は顔の筋肉が強張ったことを感じた。こういう護衛任務では表情を出さないことは鉄則なのに、それを破ってまで驚く理由があったからに他ならない。先輩騎士が不思議そうな顔をしているが、何もないとは言えなかった。
 副隊長も焦った声を出していたからその動揺は察することが出来るだろう。
 絶対の安全を保証し、同時に一番の危険人物が席を立つと同時に、副隊長は俺に視線を投げる。俺もその意図を受け取って席を立った。
 この中で『殲滅の弓姫』を知るのは俺と副隊長だけだ。何かしらの問題があればそれを見届ける義務くらいはある。いや、本当は見届けたくはないが、放置するのが一番怖いので付いていくしかないのだ。

「全くなんだっていうんだ」

 独り言を漏らしながら、俺は『殲滅の弓姫』を追いかける。
 店を出た彼女が人混みで見失わないようにしつつ追いかけていると、路地裏に入っていくところが見えた。要するに、人には見られたくないことが起こるという前兆に俺の背筋が凍る。
 別につけられている訳ではないので合流するのは構わないだろうと急いだところ、奥まった場所で血の臭いがした。慌てて身を乗り出すと、頬を何かが掠めていき、一筋の血が頬を伝う。

「カロスかにょ。危ないからこういう時は気配を消したままにするのは辞めたほうが良いと思うにぇ」

 なんでもないようにそう言った彼女は、近くで蹲る男達を見下ろした。
 それはあまりにも──ぞっとするような、冷たい視線。たかが10歳にも満たない子供がするような表情ではない。どうしたらそんなことが出来るのかと息を呑むくらい、彼女の存在は威圧的だった。

「それで、お前達はどこの誰にょ。よく殿下を連れ去れるなんて、よく思い上がれたにぇ」
「くっ」

 恐らく自害しようとしたのだろう。微かな魔力の流れを感じ取った俺が動こうとする前に、『殲滅の弓姫』が地面を踏み鳴らした。

【体術技能《コンバットスキル》:気迫】

 自害も出来ずに眠らされた男達の体から力が抜けるところを確認する。
 これは確か副隊長も習得している技能で、闘気による対象の気絶効果、だったか。
 もう大丈夫だと『殲滅の弓姫』から威圧的な気配が消え、俺を見上げた。

「さて、どうするかにぇー」

 んーと、可愛らしく首を傾げる少女に先程まで放たれていた『殲滅の弓姫』としての威厳はない。そこにあるのはどこまでも純粋そうに見える年相応の少女の姿だけだ。
 しかし、その見た目に惑わされてはいけないことを俺は知っている。

「あとは俺が処理をさせてもらう。それでいいか?」
「うむ。お願いするにょ。私が誰かはわかってないみたいだし、まあ小物といえば小物かもにぇ。相手が悪かっただけで。ま、隠密系の技能で追跡させてたから気づかなかったみたいだけど」

 俺達が気付いていないことを見越して処理をしてくれたようだ。そのまま放置しておいてもよかったのだが、『殲滅の弓姫』の情報が漏れているのかと警戒したみたいだ。問題ないと判断してくれたようで安心する。

「王族の隠密は睨まれただけで察してくれるとても紳士的な人だったみたいだからにぇ。ま、今日目障りだった視線はこうして潰したし、帰るとするかにょ」

 彼女の一言に、俺は固まる。
 王族には専属の諜報部隊である『影』が存在することは噂程度に聞いたことがある。確信を持って『影』を追い払ったということは、彼女は『影』に一度会っているということだ。王都に来て然程経っていないにも関わらず、影で騒動を起こしていそうな事実に、副隊長への報告内容を考えて頭が痛くなってきた。恐るべし『殲滅の弓姫』。
 彼女の背中を見送った後、俺は溜息を吐きながら応援を呼んだのであった。

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