54 / 57
学園編
51それは麻痺毒のように
しおりを挟む
※前方に戦闘描写ではなく、敵味方関係ない一方的な暴力描写あります。ご注意ください。
*****
ネフリティス村を旅立って、三日目のことであった。
それまで慣れない旅に苦戦しながらも、エテルネルが幼い見た目ということもあってか見知らぬ人たちの優しさに助けられながらもここまで進んでこれた。
アルヴハイルという少し大きな街に立ち寄り、駅馬車を乗り換えるところであった。
──エテちゃん、アルヴハイルという街は少し治安が悪いから、早めに出発してね。
出立前にイリシャから聞いたことを思い出しながら、エテルネルは最低限必要な食料や水などを補給するために雑貨屋へ立ち寄る。
「……!」
雑貨屋から出た瞬間に、路地裏で争うような声を聞いた。
エテルネルは思わず、治安が悪いと言われたはずの街の路地裏へと足をむける。
「だからよぉ。少し大人しくして……」
「触れるな!」
筋肉が服を押し上げ、巨人と呼ぶに相応しい獣人の大男が、上質そうなドレスを来た娘に手を伸ばして、持っていた扇で叩き落された。
叩き落された手を擦りながら、大男は顔を真赤にさせる。
「こんの、こっちが下手に出てたら調子に乗りやがって!」
エテルネルが見つけたのは、大男がか弱い娘の頬を殴りつけたところであった。
「っあ、ぁぁあぁぁあぁあああ!」
壁に叩きつけられた娘のどこかの骨が折れる、鈍い音が響いた。
痛みに顔を歪ませる娘に、大男は醜悪な笑みを浮かべてその首をつかむ。
「おぉ、おお。生まれだけで、その場に立ってるだけのお嬢様が。やってくれたな」
──才能だけで、その場に立ってるだけのくせに
大男は娘の体を舐めるように見て、服に手をかける。
その瞬間、エテルネルの体は本人の意思とか関係なく動いていた。
【弓技能《ボウスキル》:直進矢】
地を蹴り、インベントリから出した弓矢を構えて、エテルネルは大男の、娘の首を掴んでいた左腕を射抜いた。
それが、初めて、この世界に来てからエテルネルが『人』を傷つけた瞬間。
ドスッという音と、吹き出す赤黒い血しぶき。
「ぐっああぁああっ」
娘を離して、左腕をかばう男に、もう一撃。エテルネルは構える。
【能動技能《オートスキル》:威圧】
大男は額に脂汗を流しながら、大きく見開く。
どんな奴が攻撃してきたかと思えば、幼女と言っても相違ない年ごとの少女だったからだろう。
もっとも、それは、見た目だけの話ではあるが。
「お前、なんだって……」
「失せろ」
死にたくないのなら。
そう、福音に滲ませて構えるエテルネルに、大男は敵わないことを本能的に悟った。
路地裏で女子供が暴行されるなんて、このアルヴハイルでは日常のこと。
それはこの領地の当主が、それを止めようとしていないのも行為が加速する理由だ。
大男にとっての日常は、目の前の少女にするりと覆させられる。
走り去った男を見ながら、エテルネルは自分の腕が震えていることに気づいた。
必要であれば、もう片方の腕も射抜くつもりであった自分に、恐怖する。
力は人に向けて振るうものではない。そう、教えられてきたはずであったのに。
大男の左腕を射抜いた瞬間、とくになにも思わなかった自分に、エテルネルは背筋がぞくりとした。
「違う……」
別に、記憶と大男の姿を重ね合わせただけではない。
エテルネルは、唇を噛み締める。
エテルネルが何も行動しなければ、娘はどうなっていたのか想像に容易い。
それを助けて救われたのは、果たしてエテルネルか。娘か。
*****
──当てはしても殺しはしない。
その考え方は、エテルネルの腕があってこそだろう。エテルネルの弓術は、エスの中でほぼ百発百中。あちらの世界で得意なものはゲーム補正としてエスの中でも強化されていた。
例えば、エースの場合。組手を得意としていたからか、肉体強化などに関しては他の天啓人と同じだが、戦いの最中に相手の動きがゆっくりと見えたり、軌道が予測したりとあちらの世界で達人と呼ばれる領域の体験はいくつもしている。同じように祖父から教わっていたエテルネルだが、エールほども得意ではない為、その頻度は低く、そのかわりに射掛ける時は似たような体験をした。
こちらの世界に来てからというもの、まだ死闘という戦いはしていない。だから、エスの補正が今もかかっているとは言いづらいが、それでも、あちらの世界に居た時よりも感覚としてはエスに近いものだった。
それでも、当てても殺さないなんて考えは、傲慢であるとエテルネルは考え直す。
今回はアドニスが避けれるだけの技量を持っていたが、エテルネルは当たっても構わないと思っていたのだ。エテルネルの【周囲感知】で感知が出来ないもの、ということは、自分を害することが可能であるということ。当たっても構わないという思考が、恐怖からくる本能からだったとしても。それを完全に肯定してしまえば、エスのエテルネルを肯定し、あちらの世界のエテルネルの存在が自分の中で薄れてしまうような気がした。
「ゲームとしての感覚が、麻痺させているのかにゃ……」
つぶやいてみた言葉が、そっくり自分の胸に当てはまっているようなきがする。
そして、この世界に来てから感じていた違和感。口調。エスの最後に今の姿に変わるまで、エテルネルは何度転生を繰り返そうが妙齢の白エルフとしての態度を崩してはいなかった。
通常なら、久々にあったアルモネやリリネアなどの知り合いが、口調や違和感を指摘するだろう。知り合いの誰もがエテルネルの違和感を、口調を指摘しない。ロールプレイングの一環として見られている可能性があるものの、口調を訝しむ様子さえない。
「体に、感情が引きずられる。これは、ほんとに……」
こちらの世界にきた日にも感じたが、思考回路までが体の年齢に見合うものになろうとしていないか。
あちらの、日本の当たり前だった感覚が消え、こちらの世界の感覚が当然として体がすでに受け入れている。いや、元々エスに存在していた体だったから、それは当たり前なのか。
「エテ、ちゃん?」
エテルネルを不安げに覗き込んできたフィリネに、エテルネルははっとする。
「え、あぁー。なんでもないにょ。なんでもない」
にぱっと笑みを浮かべて、やり過ごしたのであった。
*****
ネフリティス村を旅立って、三日目のことであった。
それまで慣れない旅に苦戦しながらも、エテルネルが幼い見た目ということもあってか見知らぬ人たちの優しさに助けられながらもここまで進んでこれた。
アルヴハイルという少し大きな街に立ち寄り、駅馬車を乗り換えるところであった。
──エテちゃん、アルヴハイルという街は少し治安が悪いから、早めに出発してね。
出立前にイリシャから聞いたことを思い出しながら、エテルネルは最低限必要な食料や水などを補給するために雑貨屋へ立ち寄る。
「……!」
雑貨屋から出た瞬間に、路地裏で争うような声を聞いた。
エテルネルは思わず、治安が悪いと言われたはずの街の路地裏へと足をむける。
「だからよぉ。少し大人しくして……」
「触れるな!」
筋肉が服を押し上げ、巨人と呼ぶに相応しい獣人の大男が、上質そうなドレスを来た娘に手を伸ばして、持っていた扇で叩き落された。
叩き落された手を擦りながら、大男は顔を真赤にさせる。
「こんの、こっちが下手に出てたら調子に乗りやがって!」
エテルネルが見つけたのは、大男がか弱い娘の頬を殴りつけたところであった。
「っあ、ぁぁあぁぁあぁあああ!」
壁に叩きつけられた娘のどこかの骨が折れる、鈍い音が響いた。
痛みに顔を歪ませる娘に、大男は醜悪な笑みを浮かべてその首をつかむ。
「おぉ、おお。生まれだけで、その場に立ってるだけのお嬢様が。やってくれたな」
──才能だけで、その場に立ってるだけのくせに
大男は娘の体を舐めるように見て、服に手をかける。
その瞬間、エテルネルの体は本人の意思とか関係なく動いていた。
【弓技能《ボウスキル》:直進矢】
地を蹴り、インベントリから出した弓矢を構えて、エテルネルは大男の、娘の首を掴んでいた左腕を射抜いた。
それが、初めて、この世界に来てからエテルネルが『人』を傷つけた瞬間。
ドスッという音と、吹き出す赤黒い血しぶき。
「ぐっああぁああっ」
娘を離して、左腕をかばう男に、もう一撃。エテルネルは構える。
【能動技能《オートスキル》:威圧】
大男は額に脂汗を流しながら、大きく見開く。
どんな奴が攻撃してきたかと思えば、幼女と言っても相違ない年ごとの少女だったからだろう。
もっとも、それは、見た目だけの話ではあるが。
「お前、なんだって……」
「失せろ」
死にたくないのなら。
そう、福音に滲ませて構えるエテルネルに、大男は敵わないことを本能的に悟った。
路地裏で女子供が暴行されるなんて、このアルヴハイルでは日常のこと。
それはこの領地の当主が、それを止めようとしていないのも行為が加速する理由だ。
大男にとっての日常は、目の前の少女にするりと覆させられる。
走り去った男を見ながら、エテルネルは自分の腕が震えていることに気づいた。
必要であれば、もう片方の腕も射抜くつもりであった自分に、恐怖する。
力は人に向けて振るうものではない。そう、教えられてきたはずであったのに。
大男の左腕を射抜いた瞬間、とくになにも思わなかった自分に、エテルネルは背筋がぞくりとした。
「違う……」
別に、記憶と大男の姿を重ね合わせただけではない。
エテルネルは、唇を噛み締める。
エテルネルが何も行動しなければ、娘はどうなっていたのか想像に容易い。
それを助けて救われたのは、果たしてエテルネルか。娘か。
*****
──当てはしても殺しはしない。
その考え方は、エテルネルの腕があってこそだろう。エテルネルの弓術は、エスの中でほぼ百発百中。あちらの世界で得意なものはゲーム補正としてエスの中でも強化されていた。
例えば、エースの場合。組手を得意としていたからか、肉体強化などに関しては他の天啓人と同じだが、戦いの最中に相手の動きがゆっくりと見えたり、軌道が予測したりとあちらの世界で達人と呼ばれる領域の体験はいくつもしている。同じように祖父から教わっていたエテルネルだが、エールほども得意ではない為、その頻度は低く、そのかわりに射掛ける時は似たような体験をした。
こちらの世界に来てからというもの、まだ死闘という戦いはしていない。だから、エスの補正が今もかかっているとは言いづらいが、それでも、あちらの世界に居た時よりも感覚としてはエスに近いものだった。
それでも、当てても殺さないなんて考えは、傲慢であるとエテルネルは考え直す。
今回はアドニスが避けれるだけの技量を持っていたが、エテルネルは当たっても構わないと思っていたのだ。エテルネルの【周囲感知】で感知が出来ないもの、ということは、自分を害することが可能であるということ。当たっても構わないという思考が、恐怖からくる本能からだったとしても。それを完全に肯定してしまえば、エスのエテルネルを肯定し、あちらの世界のエテルネルの存在が自分の中で薄れてしまうような気がした。
「ゲームとしての感覚が、麻痺させているのかにゃ……」
つぶやいてみた言葉が、そっくり自分の胸に当てはまっているようなきがする。
そして、この世界に来てから感じていた違和感。口調。エスの最後に今の姿に変わるまで、エテルネルは何度転生を繰り返そうが妙齢の白エルフとしての態度を崩してはいなかった。
通常なら、久々にあったアルモネやリリネアなどの知り合いが、口調や違和感を指摘するだろう。知り合いの誰もがエテルネルの違和感を、口調を指摘しない。ロールプレイングの一環として見られている可能性があるものの、口調を訝しむ様子さえない。
「体に、感情が引きずられる。これは、ほんとに……」
こちらの世界にきた日にも感じたが、思考回路までが体の年齢に見合うものになろうとしていないか。
あちらの、日本の当たり前だった感覚が消え、こちらの世界の感覚が当然として体がすでに受け入れている。いや、元々エスに存在していた体だったから、それは当たり前なのか。
「エテ、ちゃん?」
エテルネルを不安げに覗き込んできたフィリネに、エテルネルははっとする。
「え、あぁー。なんでもないにょ。なんでもない」
にぱっと笑みを浮かべて、やり過ごしたのであった。
0
あなたにおすすめの小説
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
幼女と執事が異世界で
天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。
当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった!
謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!?
おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。
オレの人生はまだ始まったばかりだ!
1歳児天使の異世界生活!
春爛漫
ファンタジー
夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。
※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる