朱炎の姫君と王弟殿下

暁月りあ

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第1章

夢現のもの

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 彼女が生まれたのは、侯爵家、という国の中でも権力の高い地位にいる家系だった。
 彼女が生まれた時、当時の侯爵家当主は大層喜んだそうだ。元々子供好きが幸いし、彼女の前に生まれていた双子の兄姉にも多大な愛情を与えていた。
 剣術でも有名な侯爵家は、物心がつくと剣を握り、10歳前に得物が決まる。それは兄のような大剣であったり、姉のような双曲剣であったりと様々で、彼女も例に漏れず、物心がつくと、木剣を差し出された。時々兄や姉の訓練に混ざりながら、剣術を磨く。その傍らで、侯爵家の令嬢として恥ずかしくない教養を求められる日々は忙しく、侯爵家に生まれたものとして当然のことだと思っていた。

 優しい兄と姉。愛情を際限なく与えてくれる両親。
 それを覆すことに、さほど時間は必要ではなかった。

 侯爵家に激震が走ったのは、彼女がまだ5歳のころ。
 ある事件をきっかけに、彼女が侯爵家の中でも【特殊】であることが判明する。
 国を挙げての慶事のはずだった。本来彼女のようなものが生まれることがなく、また彼女が生きている限り、国に平穏を齎す象徴として扱われるべきであった。
 しかし、侯爵家当主はこれを隠した。

 そして、彼女の周囲は一変する。
 彼女に仕えていた侍女達は全て下げられ、教養も求められず、剣も禁止された。
 唯一、屋敷の片隅にいること。そこで生涯を終えることが、彼女に命ぜられたことだった。

──すまない。

 こびりつく、侯爵家当主……否。彼女の父親が唯一漏らした懺悔。
 彼女の父親が何に怯えたのかは分からない。
 そして、昨年。出かけ先で帰らぬ人となった両親から、真実を知ることはもう出来ない。


*****

 手触りの良い感覚と共に、彼女は目が醒める。上体を起こすと、ぱさりと毛布が落ちた。

【起きたか。朱炎の】
「おはよう、ございます」

 自分が枕にしていたのがルーンウルフだと知り、本当にルーンウルフを枕に寝てしまったのだと知る。昨日は色々なことがあって疲れていたことも重なったのだろうと当たりをつけて立ち上がった。
 きっと毛布もこのままでは風邪をひくと気遣ってくれたのだろう。丁寧に折りたたんで時間を確認すると、昼近く。随分と寝過ごしたものだ。

【我は行く。そこにあるベルで使用人は来よう】

 器用にテラスへ続くガラス窓を開けて、そのままふっと居なくなる。
 暫くぼんやりとしていた彼女は、ベッド近くのサイドテーブルに置かれたベルを鳴らした。ベルを使って人を呼ぶのはいつぶりだろうと思いながら、ベルをテーブルに置いて、その縁をそっとなぞる。
 総じて使用人、侍女、侍従は耳がいいと言うわけではない。中にはそういうものもいるが、彼等はささやかなベルの音だけはどんな時でも反応出来るように訓練しているのだ。幼少期にまずベルの音を聞き分けられる訓練から始めるのだと、以前仕えていた侍女を思い出して瞼を閉じる。
 それも一瞬のことで、ノックの音に彼女は許可を出した。

「おはようございます。お嬢様。ご伝言です。お食事と身支度が済み次第、執務室へ来るようにとのことです。お食事もお持ちいたしましたので、食事の準備をしている間に身支度をさせて頂きたいと存じます」

 昨日の様子とは打って変わり、使用人頭として他のものを指示しながらリオーネは恭しく彼女に接した。立ち上がって使用人達の邪魔にならないように、言われるがまま身支度をさせる。
 最近は自分で全て身支度をしていたので、こうするのも久しいと思った。勿論、顔には出さなかったが。
 淡い暖色のドレスに身を包み、そのまま部屋で軽めの食事を摂った後、リオーネに連れられて執務室へと足を向けた。
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