暁の騎士と夜の魔女(仮題)

暁月りあ

文字の大きさ
9 / 9

8

しおりを挟む
「──そこまで!」

 パァンッと響き渡った柏手に、私と殿下は構えを解く。
 手合せを中断させたのは良い笑顔のシルフェードだ。にこやか過ぎて背後に吹雪の幻覚が舞っているが、突っ込んではいけない。

「殿下。昨夜遅くに帰城されて本日の午前は体を休めるとお伺いしております。王宮魔法士長殿も、ここは騎士団用の訓練所です。お2人して何をしておいでで?」

 シルフェードの背後から覗き見るように隠れているのは、殿下の侍従のデノンだ。シルフェードを呼んだのも彼なのだろう。
 殿下と私は顔を見合わせたあと、口を揃えてシルフェードに言った。

「「手合せ」」

 麗しいと評判の顔にビキィと青筋が立つ。

「待て待て。シド。ただの朝練だ」
「えぇ。殿下の仰るとおり。何も隠すようなものではない」

 殿下と2人で至極真っ当な訓練だと伝える。
 シルフェードはビシッと訓練場を指差した。

「訓練を中断させてまで? 訓練場を穴だらけにしておきながら、他の騎士の邪魔になっているとは思いませんか」

 確かにシルフェードの言う通り、訓練場は私の氷柱によって氷雪空間となっているし、殿下の反撃で焦げている箇所もある。このままでは訓練に支障をきたしてしまうことだろう。
 ついっと鉄扇を振れば、氷は溶けて土の中に吸い込まれ、凹んだ地面は盛り上がる。倒れてしまった木々はしょうがないが、それ以外は元通りにしてやった。

「これで問題はない」
「胸を張っていうことじゃない」

 はぁっとため息をつくシルフェードに同情の視線が集まる。
 シルフェードと私と殿下は幼い頃からの付き合いだ。
 基本的に私と殿下がやらかして、それをシルフェードが叱るというのは昔からよく見る光景だった。

「久々にゆっくり出来る日々が続いてると思ってたら、殿下の侍従が勤務交代中に助けを求めてくるし、起きた姫様が笑いながら早く行けと指示出すし、今日は夜勤だったのですが。本来今日は夜勤明け休みのはずなのです。余計な手間を2人して取らせないでください」

 つらつらと恨み言を言うシルフェードに、私と殿下は顔を見合わせる。
 そもそも嫌なら何かしら理由をつけて断れる立場にシルフェードはいるというのに、それをしないのは幼馴染という使命感からか、それともただのお人好しだからなのか。
 どちらでもあり、どちらでもないと二人で結論付けながら、呼び出した人物をちらりと見やる。
 デノンは私の視線に気づくとびくりと震えてしまった。別に睨んだわけではないのに。失礼な。

「デノン殿がお前を呼びに行ったからじゃないのか」
「訓練場に止められる騎士がいないのなら、呼びやすい者を探すのは当然では? そもそも貴方方が問題を起こさなければ呼ばれません」

 睨むなと言外に伝えてくるシルフェードに、私は肩を竦めてみせた。
 このやりとりも十数年続くもので、最近は大人しかっただけに彼も息が荒いのだと思われる。
 私も殿下も忙しくなってしまってからはめっきりと回数が減ったが、反省をしても後悔はしない。

「殿下が望まれるのであれば、なんでも叶えて差し上げる。それが私だ」
「殿下もこの馬鹿の手綱くらい握っててください」

 馬鹿とは失礼な。そう言い返そうとした私だが、殿下が手を振って止めたので口を噤んだ。

「そうだな。今度からは自重しよう。他の騎士の迷惑にならない方法でな」

 戻る。という殿下の言葉に2名の騎士が近寄る。シルフェードと私もついてくるように言われたので後を追えば、殿下は歩きがてら苦笑を漏らした。

「まあでも、これで対魔法士の戦闘も新人は理解してくれることだろう」
「彼女は特殊です。言の葉もなく魔法を発動できるほどの魔法士など早々おりません」
「しかし、それでも対応できる騎士や兵は必要だ」

 苦言を呈するのも臣下の役目。臣下というよりも母親のような物言いが多いので、彼も影で騎士からおかんと言われているのを知っているのだろうか。ちなみに殿下には報告済みで、二人で大いに笑ったものだ。
 殿下の言う通り、無詠唱を行える魔法士は私以外にも存在する。対応出来る者を増やすのは、私の対抗策としても有効なことであるので、私としても賛成だ。私という抑止力がいることで保てる平穏も存在するが、さらにそれを制御出来る手段というのは大いに越したことはない。

「いついかなる事態が起こるかわからない。それが人の世というもの。彼女ばかりに負担はかけれまい」
「殿下の為ならば、私ほどとはなりませんが今よりも魔法士の戦闘技術を高めて見せましょう」

 えぇ。えぇ。殿下のためというならば。
 私の補佐達は優秀なので無詠唱の習得も年数を重ねれば行えることでしょう。
 魔法士長という座を明け渡すわけにはいかないが、戦力状況は必須だ。
 殿下の望みというのならば、ふるいにかけて半数の魔力制御を死ぬほど上げることも厭わない。

「や・め・な・さ・い」

 私が余程物騒な顔をしていたのか、シルフェードが一文字ずつ区切って牽制する。

「今の魔法士は技術者が多い。それは、私が望んだことで、その望み通りにしてくれたことには感謝している。けれども、戦闘訓練も少しくらいは参加させるように」

 それは、最近私も思っていたことであった。
 戦争が終わって、騎士や魔法士の中には戦争を知らないものも多くいる。
 もう二度と戦争に踏み切らないようにするのは殿下達王族、そして臣下の役目であるが、いつ何時なにが起こっても良いように備えは必要であることには関わらない。だからこそ、騎士たちは研鑽を積んでいるのだから。
 これからはもう戦争の時代ではなく、技術の時代だと陛下と殿下が仰せられたが故に、私は技術を中心とした魔法士の育成に励んだ。けれど、それは戦えない集団と決してイコールではない。

「かしこまりました。最近は弛んでおりますので、きりきり絞ることに致します」

 魔力制御が精密になったからこそ、出来ることは存在する。
 打って変わった私の様子に、殿下もひとつ頷いて、今度はシルフェードをみやった。

「シルフェード。お前は妹のことをよく頼むよ」
「姫様の御身は必ずお守りします」

 それは彼が一番姫様に近い近衛だからかける言葉。
 胸の中に浮かぶ違和感はきっと、私に全てを殿下が預けているわけではないことに嫉妬したからだと、私は結論付けた。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

キリカ
2020.04.20 キリカ

久しぶりの更新、しかも連日の更新ありがとうございます。お久しぶりのキリカです。嬉しいです。
いきなり凄い展開ですが、お互い信頼しているから全力で戦えるのかな?それでも傷を負わないかヒヤヒヤします。

2020.04.22 暁月りあ

キリカさま
お久しぶりです。
つい突飛なように感じるかとは思いますが、主人公だって戦えるんだぞー!って感じの回ですね。
2人はよく手合わせをしていたのでお互いの実力を把握した上で模擬戦を行っています。
今最新話を上げましたが、ここから暫く戦闘はなしで話は続くのでご安心くださいませ。
とてもまったり更新ではありますが、これからもよろしくおねがいします。

解除
キリカ
2018.03.06 キリカ

更新お疲れ様です。お待ちしてました。クールの中に優しさがある魔女も好きですね。いつかデレるときが来るのですかね?今後が楽しみです

2018.03.08 暁月りあ

感想ありがとうございます。
キリカさまの励ましがあってこそ更新する意欲が湧きました。また携帯で更新しているのでゆっくりにはなりますが、これからもよろしくお願いします。

解除

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

[きみを愛することはない」祭りが開催されました~祭りのあと2

吉田ルネ
恋愛
出奔したサーシャのその後 元気かな~。だいじょうぶかな~。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。