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氷星凪

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第一章

第1話:電連撃

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 ざわめきが伝播し、徐々にうねりを生む。跳ねっ毛ばかりの茶髪をかき上げた形式番号「N-3015」のライクアは、視線の先に見えるあの優等生気取りの顔を潰すのを想像しながら髪をぐしゃぐしゃにする。無機質な白塗りの壁に囲まれた箱庭のようなグラウンド。全てのライクア養成学校ではこれが常識であり、ここ第三養成学校でもそれは例外ではない。顔を一度上げれば隣に見える窓の無い異質な校舎がすぐに目に入ってくる。
「N-3015番! 準備は良いかー!」
「……あーい」
「……? 準備は良いかー!?」
「チッ。あーい!」
 そんな校舎の近くに立つ、先生と思わしき影。だが、グラウンドの端に立っているからかライクア特有のよく目立つ白い肌すら見えず、少し大きめの豆粒にしか捉えられない。その周囲には既に期末の実務試験を終えたであろう、クラスメイトの群衆が座っている。先生が今度は、米粒にしか見えない対戦相手に声をかけた。
「P-9182番! 準備は良いかー!?」
「あぁ!」
 凛々しく、澄んだ発声。先生がちゃちなピストルを天に構えたのを見て、Nは腰を落として構えの体勢に入る。全身に力を徐々に込めていく。体を構成するその白い滑らかな肌に迸る青い閃光の光度が上がり、顔が照らされる。それは鋭い目つきをした、狂犬のような表情。身体中から小さな稲妻が漏れ出し、今にも走り出しそうになっている。瞬間。
「改めて、先に背中をついた一方が敗北となる。それでは、最終実務試験はじめ!」
 ────パン。
 その、音を超える。駆けたNとPがグラウンドの中心で拳をぶつける。重厚な感覚。そこで久しぶりに見やるその顔。一重の青い双眸がぴくりとも動かずにこちらを見つめる。Nはその顔目がけて思い切り拳を突き出す。だが、そこにもう彼はいない。短髪の黒髪が風圧で揺れた時に聞こえるわずかな擦過音。聞こえてきたのは後ろからだった。振り返ると同時に、Nは飛んできた彼の拳を手のひらで強く受け止める。大した時間を与えてないのに、その手のひらの表面は焦げ、湧き上がるような熱を感じた。
「ふん、合格だ。流石戦闘能力だけは無駄に長けている」
「同学年の癖にそうやって偉そうなことばっか言ってんのが俺は気にいらねぇんだよ!」
 拳を振り、避けられる。刹那、足に力を込めて地面を蹴る。稲妻走る瞬間移動。飛ぶ。衝撃。閃光が遅れて後を付いてくる中、Nは再び拳へ意識を集中させ、繰り出す。青い電気属性のパンチ。それはPの体を掠め、彼の肌を黒く染める。その頃、ようやく開始の合図をした銃から煙が出始めた。Pはその攻撃に目の色を変え、高速で地面に降りる。Nは再び跳ねると、校舎、体育館、倉庫、の壁を走りながら縦横無尽に飛び移っていく。中心にいるPはグラウンドの中央で立ち尽くしていた、それも顔を俯かせどうやら目を瞑っている。それゆえ、彼、いやライクアの弱点であるうなじのコンセントがそれは露わになっていた。Nは彼を中心にして円を描くように、建物の壁を駆け回る。これは紛れもなく好機だ。……いや、待て。そんなことを簡単にPが許すはずがない。このまま素直にうなじを蹴り落とそうと突っ込もうものなら、それを予感した彼の反応速度を超えた攻撃が飛んでくる可能性がある。では、あえて胸の方から攻撃を加えてみるか? そうすれば急所を捉えることが出来なくとも、純粋に吹っ飛んだ時に仰向けになって倒れる確率が高い。そうなった場合、追撃の分まで含めたら少しでも地面が背中に触ることは防げないだろう。一つ問題があるとしたら、やはり視線の先に自分が飛び込む形になってしまうことだ。それは単純明快で相手の反応速度を高くしてしまう要因であり、もしその状態で真っ向勝負をした場合は、力の差で負けてしまうだろう。
 ここでNは一つの策を思いついた。壁を走りながら意識を向けるその対象は、未だグラウンドの中央でまるで縄張りに入ってくる餌を待つハイエナのように仁王立ちしたまま。遂にNは壁を足で思い切り蹴飛ばすと、推進力でその体をPの方へと突進させた。頭から飛び込んだゆえ、視界の中で急激に大きくなるPの姿。彼が向かったのはコンセントが見える背中側だった。もう少しで蹴りが届く。そんな距離感になった時、彼は手のひらから微弱な稲妻を彼の背中へと飛ばす。風を顔全体に受ける感覚。足を振りかぶろうとしたその瞬間、Nよりほんの少し先についた稲妻がPの背中に刺激を与える。到着とほぼ同時。故に、意識を集中している彼でも違和感を感じることは出来ない。彼は足をすぐさま半回転させ、こちらへと振り向きざまに拳を繰り出してきた。来た! 予想通り! 刹那、Nは両手から地面に稲妻を放出し、その反動で体を空中で一回転させ、彼の頭上を越えていく。地面に着地すると同時に、瞬間移動をする。見えたのは、見事な空振りをかました彼のその後ろ姿。そしてがら空きになったうなじ。取った。いくら今から反応してももう遅い。跳び、そのまま間髪入れずに急所目掛けて足を横に振る。が、突然彼の背中が勢いよくNの元に飛んできた。走るなんて言葉じゃ説明出来ない、前を向いたままの推進力。思いがけない動きに対応出来ず、それを上半身にもろに喰らう。そのまま彼は自分の踵に青い稲妻を集中させ、衝撃で浮いたNの体にそれを引っ掛けた。あくまでも最小限の動きで済ます、計算され尽くされた動きだった。
「お前……! 最初からこれを狙って……!」
 彼が行ったのは空振りなどではなく、手からの瞬間的な放電への準備だった。Nが後ろに回ってくることを予想し、その動きに最速かつ自分の反応すらも超えて対処出来る方法。宙に打ち上げられたNの全身はもう成す術が無かった。引っ掛けられた踵を軸に、Pはその場で高速で一回転をし、かかと落としの要領でNを容赦なく地面に叩きつけた。うつ伏せで叩きつけられたその体はあまりの威力に垂直に再び跳ね上がる。
「とどめだ」
 彼は、無防備になったNのうなじに横にキックを振り下ろす。神がタイミングを合わせたように、それは轟音と共に繰り出された。時が止まる。次の瞬間、Nは地面を転がっていきながら仰向けで倒れ込んだ。うなじから上がる煙の匂いと、ホワイトノイズのような音が静かに敗北を訴えかけてくる。
「これにて試験終了!  息を整え次第戻ってくるように!」
「って~……」
 先生の声が頭に響く中、うなじを押さえながら悶える。誰にでも平等に見えているはずなのに、空を隔てるその無機質な壁が今日は特にお前は劣等生だとレッテルを貼ってきているような気がして、Nは寝たまま思い切りグラウンドを殴った。

 校舎のすぐ近く。起立して先生の話を聞くどのライクアも馬鹿みたいに背を伸ばし、機械のように視線を送っていた。
「今日のこの実務試験をもって、三年の期末試験が終了となる! ここで以前行った筆記試験を含めた最優秀成績者を発表しよう! それが、今隣にいる形式番号P-9182の彼だ! 全員拍手!」
 耳をつんざくような喝采が周りから聞こえてくる。異常と思える速度で手を動かすクラスメイトの輪の中に混ざり、Nは一つも手を動かさずにただじっとPを睨みつけた。先生に言葉を求められて、彼は冷たく吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「人間様への忠誠心を常に忘れなかっただけです。僕はそれ以外、何も特別なことはしていません」
 先ほどよりも大きな拍手が、空間を包む。時折、輪の中のどこかから聞こえてくるのは彼への羨望の声。「すげぇな」、「追いつけない」、そんなのが耳へ入ろうとしてくる度にNは歯軋りをして全身に力を込める。言われもない不快感。
「更に彼はクラスに留まらず、この学校全体の中での最優秀成績者に選ばれている。皆も彼に倣って行動するように!」
 先生が咳払いをして背筋を伸ばす。
「そして、期末試験が終了したということは、もうすぐお前達はこの養成学校を卒業するということだ! いよいよ外の世界に配属され、使用者である人間のために尽くすことになる!」
「はい!」
 あまりにも綺麗に揃った返事が聞こえてくる。遅れて漏れたNの返事があまりにも浮いてしまうほど。
「生活用ライクアコース、または軍事用ライクアコース。それぞれ己の希望があると思うが、どこに配属されても共通することは同じだ! 全ては人間様の役に立つために! 我々は人間様に使われるために産まれてきた存在なのだ!」
「はい!」
「今日から卒業までの数週間。授業はまだ続く! その中での生活態度や、日常からの振る舞い。全て見られているぞ! これからも油断せずに、ライクアとして真摯に生きるように!」
「はい!」
「それでは、今日の授業は終わりだ! すぐさま寮へと戻るように! 解散!」
 その一言で、周囲の群衆はあまりにも簡単に歩き出し、校舎に入っていった。先頭を切っていたのは、形式番号「P-9182」。彼らの背中を見て、毎回思う。こんなのは間違っていると。一人一人の顔、それは性別の差異に留まらず、髪の色や髪型、それに各パーツそれぞれに個性がある。体もそれぞれ身長や体重、体型までも違う。それなのに、機動兼出力用人間型電池「ライクア」として生まれたその自分の運命を、なぜクラスのあいつらはいとも簡単に受け入れてしまうのだろうか。なぜ、自分の自由が奪われていると思わないのだろうか。
「おい! さっさと動け! スクラップにでもなりたいのか!」
 怒号に背中を突き飛ばされ、うなじを押さえながら足を進める。また痛みに耐える夜を過ごさなければいけない、と考えるとそれだけで立ち止まる理由が出来上がってしまう。歩くうちに流れる針に刺されたような感覚が、再びあの優等生気取りの姿を思い起こす。地面に叩き落としたNを見る、あの冷ややかな目線。何が配属先だ。何が優等生だ。何が、人間型、電池だ。自分達は人間に使われるために産まれた存在なんかじゃない、自由に生きていい存在なんだ。なのに、あいつと来たらそれに騙されてその規則の中で好成績なんか取ってさ。そんなことしても、何の意味もないんだよ……!
「……はぁ」
 思わず、ため息を漏らしていた。ライクアを救わねば。自分がライクアを人間から解放するんだ。そう思ってからもう三年が経った。そして、未だ一つも変わることなく学生生活の終末は既にカウントダウンを始めていた。
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