26 / 31
事件録5-5
しおりを挟む
事件録5-5
塚本に入った連絡によると、書き込みをされたIPアドレスを辿った結果、2人の目の前のアパートに住む2階の部屋からとのことだった。そこに住む男性は、高橋聡太、という男性。平端がインターホンを押し、警察だと告げると、男は不機嫌そうな顔で顔を出した。
「……なんですか、まだ用が?刑事さんには話しましたけど。」
「何度もすみませんね。少し確認させてもらいたいことがありまして。」
塚本はまず、中山の家に残されていた掲示板の書き込みのコピーを高橋に提示した。
「これに、見覚えはありませんか?」
「……なんですか、掲示板のホームページがどうかしました?」
「ところどころ、丸で囲まれているところがあるんですが、ある個人を誹謗中傷する言葉ばかりが囲まれています。」
「そのようですね、消えろとか書かれてますね。」
「ですがね、掲示板の流れを見ていくと、中山が出所前に起こした事件のことを示唆するような書き込みが多く見られまして。おそらく、中山を誹謗中傷する掲示板になっていると思われます。そして、この紙が中山の家のゴミ袋の中から発見されました。」
「……そりゃ、そういう目にも遭いますよ。それだけひどいことをしたんですから、あいつは。」
高橋は吐き捨てるように呟いた。
「少し回りくどくなりましたが、ここからは単刀直入にお聞きします。この掲示板に、高橋さん、書き込みされてますね?サイバー犯罪対策課から、あなたのパソコンのIPアドレスを特定したと連絡がありました。パソコンを見せていただいてもよろしいですか?」
「書き込みなんてしてませんよ。それに、パソコンを見せろってプライバシーの侵害じゃないですか、無理です、見せられません。」
「高橋さんのプライバシーに関わる部分には配慮します。高橋さんが仰るように書き込みに関わっていないことが確認できれば、それで十分です。」
「しつこいですよ、無理なものは無理です!もし見るっていうなら、令状とか言うものがあるんでしょ、それを持ってきてください。それまでは拒否させてもらいます!」
高橋は怒りで興奮気味になり、そのままドアを閉めようとした時、平端はそれを止め、じゃあ、もう一つだけ、と部屋に戻ろうとする高橋を呼び止めた。
「なんです、まだ何か??」
「高橋さん、中川智恵さんって方、ご存知ですよね。」
「……智恵が、どうかしましたか。彼女は僕の交際相手です。」
やはり、と思った平端は、そのまま質問を続けた。
「中川さんから、隣に中山が引っ越してきたと聞いた時、高橋さんは自分のアパートに引っ越してくるように説得してきたと聞きました。中川さんはそれを固辞されたそうですが、その後も中山の危険性を様々な情報を集めては中川さんにお話しして、大切な人をどうにかして中山の住むアパートから遠ざけたかった、そうですね?」
「そりゃそうでしょう、強盗殺人を繰り返した凶悪犯が、僕の1番大事な人の隣に住んでるんですよ、心配するでしょう。」
「そのお気持ちはわかります。ですが、何度話しても、中川さんはアパートを退去しなかった。先ほどの書き込みの話はともかくとして、中川さんが動かないのならと、先ほど塚本が見せた掲示板のコピーを中山の家に投函し、暗にアパートから出ていくようにしたのではないですか?」
「全部推測じゃないですか!そんなことしませんよ!!」
高橋は平端と塚本の質問に、さらに怒りの感情を異常なほど露わにした。
「それに、中山にそれくらいの嫌がらせするやつなんていっぱいいるでしょう!最期には顔までぐしゃぐしゃになるほどぶちのめされて、死んだ後もナイフで何百回と刺されてたんでしょ、天罰ですよ、人の命を奪ったんですから!!」
「なぜ、あなたがそこまで知ってるんです?報道では、刃物で複数回刺されたことによる失血死、という部分までしか発表されてませんよ。」
平端の指摘に、高橋はハッとしたような顔で黙り込んだ。塚本も高橋の発言に、平端と同じく高橋は事件の関係者だと自白したようなものだと考えた。
「…高橋さん、少し署でお話聞かせてもらえますか。書き込みの件も含めて。」
「何でだ、僕は何も悪いことはしていない!」
「今は任意同行という形ですが、今の証言からでも、逮捕状を取ってくることもできます。そちらを希望されますか。」
逮捕、という言葉を聞いた高橋は、苦痛に顔を歪めて頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。その後も数分、警察側と高橋で問答が続いたが、結局任意、という形で署に連行することとなった。
署に連れてこられた高橋は、改めて自身の無実を訴えたが、さらにサイバー犯罪対策課の調べが進み、中山が引っ越してきた時期と合わせて、中山の事件を話題にする掲示板(ネット上ではスレッドと呼ばれる)が立ち上げられ、その立ち上げも高橋のパソコンから行われたことが明らかとなった。そこから中山の事件が再び掲示板上で話題となり、面白おかしく中傷する者もねずみ算式に増えていったということがわかった。
高橋は、その証拠を突きつけると中山殺害を認めたが、自身の罪について、一貫して正当性を訴えていた。
「あいつは、3つの家族を皆殺しにした凶悪犯だ!そんなやつ、罪を償ったからって赦されるわけがない!法律なんか無意味だ!中山の隣には僕の彼女だって住んでた!お前ら警察が動けるのは、何かあってからじゃないか!彼女が死んでから動かれたって、意味がないんだよ!だから、あいつがまた人の命を奪う前に、排除してやったんだよ!これは僕の正義だ、僕にしかできなかったからやってやったんだ!」
取り調べにあたった刑事は、高橋が言っていることは本末転倒だと何度も説くが、聞く耳を持たなかった。平端は、自身の命を奪った中山の霊が、苦しそうにしている思念を感じた。罪を犯した者は、許されるべきじゃなかった、自分は許されてはいけなかった、と無念に近い思念だった。
平端は取り調べをしている刑事と交代し、高橋と向き合った。
「何だよ、文句あるのか。僕の言ってることは、中山の周りに住む奴らも思ってたはずだぞ!」
「…私は最近、子どもを狙った傷害致死事件を追ってました。犯人は報道でも出ましたが、私立中学に通う中学生でした。高橋さんの言うように、その事件の犯人も許されないことをしたと、私も思っていました。」
「なら、僕が中山を殺した理由だってわかるだろ、正義のためだ!」
「いえ、それは正義じゃないんですよ、高橋さん。だって、あなたも人殺しじゃないですか。」
平端は高橋の語る正義をばっさりと切り捨てた。
「中山も、その中学生も、許されないことをしました。逮捕されて裁判にかけられて、刑期を受ける。それで、被害に遭った人が戻ってくるわけじゃありません、確かに事実です。でもその後、中山も中学生も、その事実と元犯罪者という事実を背負って、社会に戻されることになります。また、こいつは何か事件を起こすんじゃないかと言う世間の白い目を向けられながら。」
平端は、高橋の目をしっかりと見据えた。
「中山は、それでも加藤さんという支援者の力を借りながら、自分はもう何もしないと言うことを証明し続けるために戦ったんです。何もしないと証明することは、この世で一番難しいこと、でも諦めずに戦い続けていたんです。そんな人を、あなたは殺してしまった。これでも、あなたは自分が正義だと、言い切ることができますか?」
高橋は、平端の真っ直ぐな言葉に、返す言葉を見つけることはできなかった。
「あなたもこれから、戦ってください。そうすれば、中山がどんな思いで日々を送っていたか、分かる時が来ると思います。」
平端は立ち上がり、取調室を出ようとした。高橋は、それでも、と弱々しい声でつぶやく。
「ネットの奴らは、死んで当然だって…、そんな奴いたら、怖いに決まってるだろ…、僕の味方にはいるんだ。中山みたいにはならない。」
「掲示板の人たちは、面白半分で騒いでるだけです。交際相手の中川さんに至っては、中山のことを語るあなたを怖がってましたよ。…味方でいてくれるといいですね。」
平端は、自分が正義だと驕る高橋に冷たく言い放ち、取調室を出ていった。今までの調べで、中山を少しずつ受け入れてくれていたアパートの住人、何よりの支えだった保護司の加藤、高橋の交際相手である中川の持っている思想を思い起こし、心底疲れたように深いため息をつき、廊下のソファに腰を下ろした。
(正義感の暴走ほど、性質の悪いものはない…ってことか。)
魂が抜けたように虚空を見つめる平端に、ご苦労さん、と声が聞こえた。塚本も取調室を出てきていた。
「……俺も、高橋の気持ちはわからんでもない。実際、娘は事件の恐怖から抜けきっていないからな。」
平端は、そう話す塚本に目線を移す。
「でも、お前の言うとおりだとも思う。中山は、出所後も罪と向き合って戦ってたんだ。被害者や遺族が中山を責めることはあっても、中山の事件に関与してない赤の他人が、中山が戦い続けたいと思った意思を奪う権利は誰にもない。」
「……お前の思想はお前のもんだ、って言ってましたもんね。それが塚本さんの思想なんですね。」
「思想と呼べる代物かはわからんがな。」
よし、と塚本は膝を叩いて立ち上がる。
「まだ仕事は残ってんぞ。加藤さんとこ行って、解決を報告しねぇとな。」
「……はい、そうですね。行きましょう。」
平端と塚本は、署を出て車に乗り込み、加藤宅へ向かうことにした。
加藤は、事件の顛末を聞いて、ひたすら無念だと呟いていた。その背後には、その様子を申し訳なさそうに眺める中山の霊の姿があった。平端は、中山が加藤に伝えたい思念を必死に出して伝えようとしている姿を見て、中山の代弁者となり話をした。
「中山は、加藤さんにとても感謝していると言っています。どこに住んでも犯罪者だと白い目を向けられて、何とか見つけた家を何度も追い出されて、もう死ぬしかないと思っていた時に、加藤さんに助けてもらったことを、心から感謝してるみたいです。」
加藤は、なぜ知っているのか、と言うような顔で、平端を見つめた。
「次の住処が見つかるまで、加藤さんの家でお世話になったこと、アパート住人の家に毎日のように通って説得してくれたこと、仕事先にも一緒に頭を下げて面接だけでも、と頼み込んでくれたこと…。感謝してもしきれないと。」
「……ほうか。けども、彼奴も懸命に生きようとしたからこそ、儂もそれに応えようとしただけの話。……来世では、生を全うできるよう、祈るだけ。儂がそっち行った時は、また彼奴の好物でも持っていってやるから、待っとれよ…。」
誰に話すでもなく、加藤がそう呟くと、中山は涙で顔を濡らしながらも深くお辞儀をし、平端にも同じように礼をしてゆっくりと消えていった。
塚本に入った連絡によると、書き込みをされたIPアドレスを辿った結果、2人の目の前のアパートに住む2階の部屋からとのことだった。そこに住む男性は、高橋聡太、という男性。平端がインターホンを押し、警察だと告げると、男は不機嫌そうな顔で顔を出した。
「……なんですか、まだ用が?刑事さんには話しましたけど。」
「何度もすみませんね。少し確認させてもらいたいことがありまして。」
塚本はまず、中山の家に残されていた掲示板の書き込みのコピーを高橋に提示した。
「これに、見覚えはありませんか?」
「……なんですか、掲示板のホームページがどうかしました?」
「ところどころ、丸で囲まれているところがあるんですが、ある個人を誹謗中傷する言葉ばかりが囲まれています。」
「そのようですね、消えろとか書かれてますね。」
「ですがね、掲示板の流れを見ていくと、中山が出所前に起こした事件のことを示唆するような書き込みが多く見られまして。おそらく、中山を誹謗中傷する掲示板になっていると思われます。そして、この紙が中山の家のゴミ袋の中から発見されました。」
「……そりゃ、そういう目にも遭いますよ。それだけひどいことをしたんですから、あいつは。」
高橋は吐き捨てるように呟いた。
「少し回りくどくなりましたが、ここからは単刀直入にお聞きします。この掲示板に、高橋さん、書き込みされてますね?サイバー犯罪対策課から、あなたのパソコンのIPアドレスを特定したと連絡がありました。パソコンを見せていただいてもよろしいですか?」
「書き込みなんてしてませんよ。それに、パソコンを見せろってプライバシーの侵害じゃないですか、無理です、見せられません。」
「高橋さんのプライバシーに関わる部分には配慮します。高橋さんが仰るように書き込みに関わっていないことが確認できれば、それで十分です。」
「しつこいですよ、無理なものは無理です!もし見るっていうなら、令状とか言うものがあるんでしょ、それを持ってきてください。それまでは拒否させてもらいます!」
高橋は怒りで興奮気味になり、そのままドアを閉めようとした時、平端はそれを止め、じゃあ、もう一つだけ、と部屋に戻ろうとする高橋を呼び止めた。
「なんです、まだ何か??」
「高橋さん、中川智恵さんって方、ご存知ですよね。」
「……智恵が、どうかしましたか。彼女は僕の交際相手です。」
やはり、と思った平端は、そのまま質問を続けた。
「中川さんから、隣に中山が引っ越してきたと聞いた時、高橋さんは自分のアパートに引っ越してくるように説得してきたと聞きました。中川さんはそれを固辞されたそうですが、その後も中山の危険性を様々な情報を集めては中川さんにお話しして、大切な人をどうにかして中山の住むアパートから遠ざけたかった、そうですね?」
「そりゃそうでしょう、強盗殺人を繰り返した凶悪犯が、僕の1番大事な人の隣に住んでるんですよ、心配するでしょう。」
「そのお気持ちはわかります。ですが、何度話しても、中川さんはアパートを退去しなかった。先ほどの書き込みの話はともかくとして、中川さんが動かないのならと、先ほど塚本が見せた掲示板のコピーを中山の家に投函し、暗にアパートから出ていくようにしたのではないですか?」
「全部推測じゃないですか!そんなことしませんよ!!」
高橋は平端と塚本の質問に、さらに怒りの感情を異常なほど露わにした。
「それに、中山にそれくらいの嫌がらせするやつなんていっぱいいるでしょう!最期には顔までぐしゃぐしゃになるほどぶちのめされて、死んだ後もナイフで何百回と刺されてたんでしょ、天罰ですよ、人の命を奪ったんですから!!」
「なぜ、あなたがそこまで知ってるんです?報道では、刃物で複数回刺されたことによる失血死、という部分までしか発表されてませんよ。」
平端の指摘に、高橋はハッとしたような顔で黙り込んだ。塚本も高橋の発言に、平端と同じく高橋は事件の関係者だと自白したようなものだと考えた。
「…高橋さん、少し署でお話聞かせてもらえますか。書き込みの件も含めて。」
「何でだ、僕は何も悪いことはしていない!」
「今は任意同行という形ですが、今の証言からでも、逮捕状を取ってくることもできます。そちらを希望されますか。」
逮捕、という言葉を聞いた高橋は、苦痛に顔を歪めて頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。その後も数分、警察側と高橋で問答が続いたが、結局任意、という形で署に連行することとなった。
署に連れてこられた高橋は、改めて自身の無実を訴えたが、さらにサイバー犯罪対策課の調べが進み、中山が引っ越してきた時期と合わせて、中山の事件を話題にする掲示板(ネット上ではスレッドと呼ばれる)が立ち上げられ、その立ち上げも高橋のパソコンから行われたことが明らかとなった。そこから中山の事件が再び掲示板上で話題となり、面白おかしく中傷する者もねずみ算式に増えていったということがわかった。
高橋は、その証拠を突きつけると中山殺害を認めたが、自身の罪について、一貫して正当性を訴えていた。
「あいつは、3つの家族を皆殺しにした凶悪犯だ!そんなやつ、罪を償ったからって赦されるわけがない!法律なんか無意味だ!中山の隣には僕の彼女だって住んでた!お前ら警察が動けるのは、何かあってからじゃないか!彼女が死んでから動かれたって、意味がないんだよ!だから、あいつがまた人の命を奪う前に、排除してやったんだよ!これは僕の正義だ、僕にしかできなかったからやってやったんだ!」
取り調べにあたった刑事は、高橋が言っていることは本末転倒だと何度も説くが、聞く耳を持たなかった。平端は、自身の命を奪った中山の霊が、苦しそうにしている思念を感じた。罪を犯した者は、許されるべきじゃなかった、自分は許されてはいけなかった、と無念に近い思念だった。
平端は取り調べをしている刑事と交代し、高橋と向き合った。
「何だよ、文句あるのか。僕の言ってることは、中山の周りに住む奴らも思ってたはずだぞ!」
「…私は最近、子どもを狙った傷害致死事件を追ってました。犯人は報道でも出ましたが、私立中学に通う中学生でした。高橋さんの言うように、その事件の犯人も許されないことをしたと、私も思っていました。」
「なら、僕が中山を殺した理由だってわかるだろ、正義のためだ!」
「いえ、それは正義じゃないんですよ、高橋さん。だって、あなたも人殺しじゃないですか。」
平端は高橋の語る正義をばっさりと切り捨てた。
「中山も、その中学生も、許されないことをしました。逮捕されて裁判にかけられて、刑期を受ける。それで、被害に遭った人が戻ってくるわけじゃありません、確かに事実です。でもその後、中山も中学生も、その事実と元犯罪者という事実を背負って、社会に戻されることになります。また、こいつは何か事件を起こすんじゃないかと言う世間の白い目を向けられながら。」
平端は、高橋の目をしっかりと見据えた。
「中山は、それでも加藤さんという支援者の力を借りながら、自分はもう何もしないと言うことを証明し続けるために戦ったんです。何もしないと証明することは、この世で一番難しいこと、でも諦めずに戦い続けていたんです。そんな人を、あなたは殺してしまった。これでも、あなたは自分が正義だと、言い切ることができますか?」
高橋は、平端の真っ直ぐな言葉に、返す言葉を見つけることはできなかった。
「あなたもこれから、戦ってください。そうすれば、中山がどんな思いで日々を送っていたか、分かる時が来ると思います。」
平端は立ち上がり、取調室を出ようとした。高橋は、それでも、と弱々しい声でつぶやく。
「ネットの奴らは、死んで当然だって…、そんな奴いたら、怖いに決まってるだろ…、僕の味方にはいるんだ。中山みたいにはならない。」
「掲示板の人たちは、面白半分で騒いでるだけです。交際相手の中川さんに至っては、中山のことを語るあなたを怖がってましたよ。…味方でいてくれるといいですね。」
平端は、自分が正義だと驕る高橋に冷たく言い放ち、取調室を出ていった。今までの調べで、中山を少しずつ受け入れてくれていたアパートの住人、何よりの支えだった保護司の加藤、高橋の交際相手である中川の持っている思想を思い起こし、心底疲れたように深いため息をつき、廊下のソファに腰を下ろした。
(正義感の暴走ほど、性質の悪いものはない…ってことか。)
魂が抜けたように虚空を見つめる平端に、ご苦労さん、と声が聞こえた。塚本も取調室を出てきていた。
「……俺も、高橋の気持ちはわからんでもない。実際、娘は事件の恐怖から抜けきっていないからな。」
平端は、そう話す塚本に目線を移す。
「でも、お前の言うとおりだとも思う。中山は、出所後も罪と向き合って戦ってたんだ。被害者や遺族が中山を責めることはあっても、中山の事件に関与してない赤の他人が、中山が戦い続けたいと思った意思を奪う権利は誰にもない。」
「……お前の思想はお前のもんだ、って言ってましたもんね。それが塚本さんの思想なんですね。」
「思想と呼べる代物かはわからんがな。」
よし、と塚本は膝を叩いて立ち上がる。
「まだ仕事は残ってんぞ。加藤さんとこ行って、解決を報告しねぇとな。」
「……はい、そうですね。行きましょう。」
平端と塚本は、署を出て車に乗り込み、加藤宅へ向かうことにした。
加藤は、事件の顛末を聞いて、ひたすら無念だと呟いていた。その背後には、その様子を申し訳なさそうに眺める中山の霊の姿があった。平端は、中山が加藤に伝えたい思念を必死に出して伝えようとしている姿を見て、中山の代弁者となり話をした。
「中山は、加藤さんにとても感謝していると言っています。どこに住んでも犯罪者だと白い目を向けられて、何とか見つけた家を何度も追い出されて、もう死ぬしかないと思っていた時に、加藤さんに助けてもらったことを、心から感謝してるみたいです。」
加藤は、なぜ知っているのか、と言うような顔で、平端を見つめた。
「次の住処が見つかるまで、加藤さんの家でお世話になったこと、アパート住人の家に毎日のように通って説得してくれたこと、仕事先にも一緒に頭を下げて面接だけでも、と頼み込んでくれたこと…。感謝してもしきれないと。」
「……ほうか。けども、彼奴も懸命に生きようとしたからこそ、儂もそれに応えようとしただけの話。……来世では、生を全うできるよう、祈るだけ。儂がそっち行った時は、また彼奴の好物でも持っていってやるから、待っとれよ…。」
誰に話すでもなく、加藤がそう呟くと、中山は涙で顔を濡らしながらも深くお辞儀をし、平端にも同じように礼をしてゆっくりと消えていった。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
『 ゆりかご 』
設楽理沙
ライト文芸
- - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - -
◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
――――
「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語
『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』
過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、
そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。
[大人の再生と静かな愛]
“嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”
読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。
――――
・・・・・・・・・・
芹 あさみ 36歳 専業主婦 娘: ゆみ 中学2年生 13才
芹 裕輔 39歳 会社経営 息子: 拓哉 小学2年生 8才
早乙女京平 28歳 会社員
(家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト)
浅野エリカ 35歳 看護師
浅野マイケル 40歳 会社員
❧イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる