ユートピア

紅羽 もみじ

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第4話

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 机の上に置かれたもの。それは、メガネ、黒髪のウィッグ、色のついたマスク、そして一枚の手紙だった。

「私の口からご説明する前に、まずはこちらを読んでいただいた方がよろしいかと思います。」

 竹内は、手紙を2人の前に差し出した。手紙は明朝体で文章が作成されており、明らかにパソコンで作られたものである、ということはわかった。

『竹内君へ 先日相談した原くんの件であるが、10月5日に都合がつくらしい。その日に、どこか外食がてら、話を聞いてやってほしい。そして、外食する際には、同封してあるものを原くんに渡して会ってやってほしい。原くんの話については、また後日、君の仕事の支障がでない日にでも聞かせてくれ。よろしく頼んだ。     U.K』

「私は、この内容に従って外食に行きました。ただそれだけです。」
「…このU.Kという人物は?」
「その話は事件に直接関係があることなんですか?」
「直接は関係ないでしょうな、ですが…。」
「関係ないのでしたら、お答えすることは控えさせていただきます。とにかく私は、この内容通りにした、それだけです。」

 竹内は表情一つ変えず、田口の目をしっかりと見据えて聴取を拒否した。

(…何なんだ、この…。毅然としている、とは違うような…。拒絶に近いな。)

「拒絶する理由はなぜです?事件に直接関係ないんだったら、答えても貴女に損はないでしょう。」
「『あの方』のお話は控えさせていただきます。『あの方』は、警察という組織に対して好意的な印象を持っておられません。」

 田口が聴取(ほぼ尋問に近い勢いであったが)するにつれて、竹内の眉間が険しくなっていく様子をみた堀川は、田口を制して質問役を交代した。

「その…、竹内さんの仰る『あの方』、手紙にはU.Kと書かれていますが、この方はどうして警察組織を嫌っているんでしょうか。何か聞いたことはありませんか?」
「『あの方』は、あまりご自身のお話はなさりませんので、わかりません。ですがいつも、『警察という組織は恐ろしい』と仰っておられます。」
「そうですか…。どんな仕事をされている方なのか、男性なのか、女性なのか、そういったことも教えてもらうことはできませんか。」
「今回来られたのは、任意のものですよね。そうであるならお答えすることは控えさせていただきます。」
「…わかりました。では、最後にもう一点だけ。この手紙の差出人と連絡を取る手段は、手紙のみですか?」
「いえ、直接お会いしてお話しすることもあります。」
「電話やインターネットメールなどは?」
「使いません。直接お会いしてお話しするか、このように手紙が送られてくるか、その二つだけです。」
「…わかりました。お時間をいただきましてありがとうございます。」

 竹内の家を後にしようとする堀川に、田口は納得がいかない顔をしていたが、半ば無理やり連れ出し、2人は車に戻った。

「先輩…、関係者に突っかかるのはやめてくださいって何度も言ってるじゃないですか。」
「あの手紙と変装道具が出てきたんだ、結果オーライだろ。」
「…まぁそれは僕も驚きましたけど…。」
「竹内に張り込みの捜査官つけた方がいいんだろうがなぁ。そしたら、U.Kとかいう人物にもたどり着けるだろうよ。」
「確かに、竹内の行動には違和感があります。ですが、先輩も手紙を見たでしょう。確かに差出人は、10月5日に原という人間と会って話をするように指示し、送ったものを原に渡して会うようにと書いてはありました。ですが、そこまでです。手紙の差出人が、竹内に対して『原を使って桐谷のアリバイを偽装しろ』と手紙で明言しているわけでもない、会話の音声もない。…こんな状況証拠だけで張り込みは無理ですよ。自首した桐谷だって、協力を依頼していない、と証言していますから、これ以上追っかけるには無理があります。」

 田口は、苦虫を噛み潰したような険しい表情で歩道を見つめていた。外は夕陽が沈みきる寸前の宵闇に包まれており、その外観が車内の空気感をより一層圧迫させた。その空気感を切り裂くように、堀川の公用携帯に着信が入った。

「はい、堀川です。進展ありました?」
『いや、それが…、突然桐谷が、錯乱したように机に頭をぶつけたり、腕を噛んだりし始めたんだ。今僕らで桐谷を押さえつけてるんだが、ちょっと尋常じゃない。』
「わかりました、すぐ戻ります。刃物とかは所持してませんか?」
『それは確認済みだ。それに、僕らへの攻撃はなく、とにかく自傷行為を繰り返してる…。とにかく、すぐ戻ってくれ。』
「了解です。」

 ふう、とため息をついて堀川は電話を切り、車のエンジンをかけた。

「何があった?」
「…桐谷が暴れ始めて、自傷行為を始めたそうです。すぐ署に戻ります。」
「はぁ?…なんだってそんな…」
「わかりませんよ。今、必死で止めてるみたいですけど…。」

 堀川は、すぐ署に戻ると宣言した段階でエンジンをかけ、車を走らせていた。田口は、先ほどの険しい顔から真剣な表情になったかと思ったら、ははっ、と苦笑いをこぼした。

「…まさか、な。」
「はい?」
「いや、何でもねぇよ。」
「はぁ…。」

 堀川はぽかんとした顔をして署へ急いだが、田口の言葉をすぐに理解した。取調室に行く前から、廊下にまで桐谷が奇声を上げながら暴れ回っている声や音が響き渡っていたからだ。田口は、奇声が聞こえた段階で駆け出していた。

(…『わざと怪我を作ってDV被害者であることを装っていた』…?)

 田口や堀川が取調室にたどり着く頃には、桐谷は体力が尽きたのか、演じ手のいない操り人形のように、捜査員2人に肩を抱えられて項垂れていた。

「状況は?」

 唖然とする堀川をよそに、田口はすばやく捜査員たちに事情を聞く。桐谷は、取り調べをしていた刑事に、自首をしてきた理由を詰められていたところ、いきなり号泣し始め、落ち着かせるため水を提供したり、涙を拭うためのタオルを差し出したりしたところ、突然発狂。タオルを首に巻いて自分の首を絞めて自殺を図ろうとしたため、慌てて止めたが、錯乱状態は止まらず、あとは堀川に電話で話したとおりの行動をしたという。

「…とりあえず、精神鑑定に回すぞ。手配は?」
「はい、明日には鑑定に回せます。」
「勾留する前に、念を入れてもう一回、桐谷の身体検査しとけ。勾留中に死なれても困る。」
「了解です!」

 捜査官は精神鑑定の準備を詰める者、桐谷が暴れた後を片付ける者、勾留する前に身体検査をさせる女性刑事を呼ぶ者、桐谷を勾留する部屋に運ぶ者、と散り散りに分かれていった。

「ほら、堀川。ぼけっとしてんな。」
「…あ、は、はい!」

 堀川は、田口に喝を入れられ、デスクに戻り、もう一度事件の内容を見直そうと取調室を出ていった。桐谷は変わらず電池の切れた人形のような状態であったが、田口の目に彼女の口元が動いている様子が目に入った。

「…ん…、せん、…い…、……せん、せい…」

(…?せんせい?)

 それは、桐谷の取り押さえに気をとられた捜査官では、口元が動いていることはおろか、何かぶつぶつ呟いている内容を詳しく聞き取ることはできないであろう、か細い言葉だった。田口は桐谷を連行しようとする捜査官を止めようとしたが、桐谷の表情を見て、足が止まってしまった。桐谷の目からは生気が失われ、相当暴れたためか、顔や首に痛々しい痣が新しくできているところを見て、とても話が聞ける状態ではない、と『カン』が働いたからであった。

 数日後。警察署のテレビでは、件の男性死亡事件を各報道機関が各々の切り口で事の顛末を伝えていた。警察署の窓からそっと外を覗くと、報道機関の記者が中継で桐谷の自首について、そして桐谷が犯行に及んだ理由について、懇々とカメラに向かって話している様子もみえた。

「…まぁ、こうなりますか。昨日の話じゃないですけど、死人に口無しですから、桐谷を擁護する論調になることは必至ですね。」
「だが、昨日のアリバイの裏どり、桐谷の暴れ具合からして、DV被害者が追い詰められた末路、で終わらせていいとは到底思えねぇ。」
「精神鑑定って、今日の午後わかるんでしたか?」
「そうだな。何か糸口が見えて来りゃいいが…、っと、早速か?」

 そう会話を交わしながら昼食を摂る2人に、精神鑑定の結果を取りに行った捜査官が戻ってきた。堀川は、何かわかったのか?と聞くが、捜査官は微妙な表情をしている。

「なんだ、どうした?」
「…僕の口からは、うまく説明できないんで、まずはこの資料を読んでもらっていいですか?」

 捜査官の手から、書類を受け取った田口。広げて目を通した2人は、結果を持ってきた捜査官と同じ表情になった。

「…なんですか、これ…」
「…複数の心的外傷、それに加えて承認欲求、ときたか…。」

 結果としては、複数の心的外傷を持っている可能性あり、そして、自傷行為をする理由に、『承認欲求を満たすためと【推測】される』と書かれてあった。

「複数の心的外傷…、うつ病、双極性障害、PTSD…、色々考えられますけど…、あと、自傷行為をする理由が、承認欲求を満たすためって…」
「本格的に、DVを受けていたかどうか、怪しくなってきたな。この結果から読めることは3つ。1つは、『DVも受けていたし、元から自傷行為で承認欲求を満たす性質を持っていた』、2つ、『DVをきっかけに、自傷行為を始めて、それが何かしらのきっかけで承認欲求を満たす手法になった』、3つ目。」
「『自分の承認欲求を満たすために自傷行為をして、それを周囲にDVと言いふらしていた』…?」
「そこは、昨日お前と話していたことだったな。…精神科通院の記録もあるかもな。お前さん、その辺探れそうか?」
「了解です、何か分かりましたら報告します。」

 捜査官は、資料をまとめて封筒に戻し、すぐに仕事に戻って行った。
 翌日、テレビは相変わらず桐谷の交際相手殺害事件の続報一色になっていた。桐谷の関係者を特定した報道機関は、こぞってインタビューを繰り返し、男性は被害者でありながら、テレビでは完全にDV加害者となっている。加えて世論は、女性は加害者ではあるかもしれないが、被害者でもある、という論調が強まっていき、最終的には女性を擁護するNPO団体まで出てくる始末だった。その手の専門家たちはこぞってDVを受けている被害者の心理状態に関して持論を展開したり、行政機関の相談窓口を案内したりと、「1人の女性が人を殺した」という事実はあまり取り上げられていないようであった。田口はその様子を見て、複雑な心境になっていた。

(…もし、俺の目の前で、男が女に暴力を振るってる現場をみたら、男をぶん殴ってやるさ。どんな理由があったって、暴力はいけねぇ。だが、それは逆でも同じことじゃねぇのか…?)

「先輩、現場着きましたよ。」
「…おう、行くか。」

 その中で、堀川と田口は、報道されている事件とは別件に駆り出されていた。
 現場は管内の小学校。今朝、交代するため出勤した警備員が、駐車場で子どもが頭から血を流して死んでいるところを発見し、110番通報してきたのだった。

「これは…、飛び降り、ですかね。」

 堀川は、現場を見て呟く。

「まぁ、そう考えることもできるがよ…。」
「何か気になることでも?」
「いや、お前も頭を使ってくれや。被害者は、この学校に通う子どもだが、なんで学校で自殺する必要があった?百歩譲って、そこに何かしら理由があったとしても、早朝に警備員が発見するのはおかしいだろうが。この駐車場は、教員も使ってんだ。昨日の夜に発見されずに、何で早朝なんだよ。」
「…まぁ、確かにそれは気になるところではありますけど。」

 そうは言ったものの、堀川は発見された時系列に対して、あまり真剣に考えていない様子で、田口は内心ため息をついた。だが、堀川が時系列に興味を示さないことにも無理はなく、現場には凶器もなく、遺体がある場所から上を見上げると、『おそらく、ここから飛び降りたのだろう』と思われる階の窓が開いていた。他の捜査官達も、ほぼ自殺と断定して捜査を進めている様子であり、現場を見て違和感を持っているのは、毎度の如く、田口だけであった。
 田口は、桐谷の交際相手殺害事件以降、残された違和感に『何かある』と思い、資料の一枚一枚をそれこそ隅々まで読み、何度も洗い直していた。精神鑑定の結果、竹内のアリバイ工作としか思えない行動、そして、暴れた末に呟いた、「せんせい」という一言。だが、新しい証拠はおろか、気づきも得られず、堀川に連れられるがままに今回の現場に入ったのだった。
 田口は改めて、子どもが亡くなっていた付近を見回す。駐車場は俯瞰してみると長方形の形で、両サイドから道路に出ることができる。そのちょうど中間あたりに遺体は倒れていたが、駐車場のコンクリート上に横たわっており、遺体が隠れるような壁や障壁物などは一切ない。田口の推測からして、夜とはいえ、教員の誰1人の目にもつかず、早朝出勤の警備員が発見する、という状況には、謎が残るところだった。

(見た感じは自殺、としか考えられねぇが…、また謎、か…)

 桐谷の事件で、不可解な点を持つ事件には食傷気味の田口は、頭が痛くなる思いがしたが、未来のある子どもの命がなぜ失われなければならなかったのかを解決せねば、と気合いを入れ直し、堀川を連れ立って学校内部の聞き取り、亡くなった子どもの保護者など、聞き込みに回ることにした。
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