半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子

文字の大きさ
63 / 172
第一章

過去編 サーシャ⑤

しおりを挟む
 私は特に何も口に出すことがないまま、皇城を追い出された。
 決して居心地が良い場所ではなかったのでそれは良かったのだが、皇太后の言葉は延々と私の心を締めつけていた。
 
 ……ディオは、本当に皇帝なのかしら?
 
 だとしたら、この先もずっと一緒にいたいという彼の言葉は、嘘だったのだろうか。
 恋人で終わるつもりはない、とは言われたけれど、私たちははっきりと将来のことを約束したわけではない。

 もしかしたら、彼は血筋のしっかりした皇后を別に置いて、私のことは側妃か愛人にするつもりなのかもしれない。
 
 嫌な考えが次々と頭を巡る。ディオはそんな人ではないと思うのに、彼は仕事の話を一度もしてくれたことがないから、私は彼のプライベートな面しか知らないのだ。もしかしたらディオは皇帝としての別の顔を持っていて、その彼は私を愛人とすることも良しとするかもしれない。
 
 ……でも、私にはそんなこと、耐えられそうにないわ。
 
 愛する人が他の女性といる姿を、ずっとそばで見ているなんて辛すぎる。でも、それならば私はディオと別れたいのだろうか。もう、彼がいない生活なんて考えられないくらい、彼のことが好きなのに。
 
「……一人で考えていても仕方ないわ。ディオに、ちゃんと確認してみないと……」
 
 そう声に出してみるけれど、私の胸には、暗雲のように立ちこめる黒い不安が渦を巻いていた。
 
 
 ◆
 
 次にディオが姿を見せたのは、それから二週間後だった。
 その間に、私の胸にはすっかりと、落ちない染みのように疑念が巣食ってしまっていた。
 
「サーシャ! やっと会いに来られたよ。久しぶり、会いたかった!」
「ディオ……」
 
 彼は先触れ通りの時間に私の部屋へ現れると、普段と何も変わらない様子で私を抱きしめて、頬に軽くキスをしてくれた。いつもなら幸せで胸がいっぱいになるはずなのに、今日はまるで穴が空いているかのように、私の胸から幸せがすり抜けていく。
 
「サーシャ? どうかした?」
「ディオ。私、あなたに訊きたいことが……」
 
 言いかけて、言葉に詰まった。
 あなたは皇帝なのかと訊いて、そうだと言われたらどうしよう。彼の口から私を側妃にするつもりだなんて言われたら、きっと泣いてしまうと思う。
 
 そんなことをして、もし、彼に面倒だと思われたら。
 もしかしたら、今ここで、この恋が終わってしまうかもしれない。
 
 ……そんなの嫌!
 
 元々、彼のことは彼が話してくれるまで待とうと思っていたのだ。
 なら、わざわざ今核心に触れて、すぐにこの曖昧で幸せな関係を終わらせる必要はないはずだ。
 
 少しでも長く、ディオといたい。
 
 私はその思いから、彼の正体と二人の未来について、これ以上考えるのを止めた。この夢のような幸せに、少しでも長く浸っていたい。
 
「その、今日の夕食は何を作るか、まだ決められなくて……。あなたの希望を訊きたいなって」
「なんだ、そんなこと? サーシャの作る料理は全部美味しいから、何だって嬉しいのに」
 
 なんとか笑顔を作り、そう誤魔化して、私は結論から逃げた。
 けれど、逃げ続けることさえ許されないのだと、私はすぐ知ることになった。
 
 
 ◆
 
「サーシャさん。あのお方が再びあなたをお呼びです」
「……はい……」
 
 私は皇太后から再び呼び出しを受けた。行きたくはないが、私の身分を考えれば、断ることなどできるはずもない。
 
 しかし、まだディオの口から彼の正体について聞けていない。彼からきちんと話してくれるまで、私は皇太后から何と言われようとも、別れるつもりはなかった。
 
 ひどい言葉で罵られることを覚悟して赴いた皇城で待っていたのは、気味が悪いほど綺麗な笑みを浮かべた皇太后だった。
 
「今日は、あなたにいいものをお見せしようと思って呼んだのよ。こちらへいらして」
 
 皇太后に連れられて向かった先で、私は信じられないものを見た。
 
「……ディオ……?」
 
 いつもの過度な装飾のないラフな服ではなく、仕立てのいい豪奢な服を着て、悠然とお茶の席についている、彼の姿だった。

 周囲に大勢の使用人を侍らせて、慣れた様子でティーカップを口に運んでいる。その姿の、なんと自然なことだろう。
 
 見たことのない彼の姿に肩が震えた。皇城の庭園であんなふうに振る舞える人は、きっと一人しかいない。
 
 ……ああ。やっぱり、彼は皇帝だったんだわ。
 
 こんな形で知りたくはなかった。きちんと彼の意思で話してくれるのを待っていたかった。けれど、私をここへ連れてきた女性は、それを許してくれなかったらしい。
 
「あの二人、とてもお似合いでしょう? 彼女が息子の婚約者なのよ」
「……婚約者?」
 
 ディオにばかり目が向いてしまっていたが、確かに、彼は一人ではなかった。
 眩しくきらめく豊かな金色の髪を持つ、美しい竜人族の女性が、彼の隣で幸せそうに微笑んでいた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

皇帝陛下の愛娘は今日も無邪気に笑う

下菊みこと
恋愛
愛娘にしか興味ない冷血の皇帝のお話。 小説家になろう様でも掲載しております。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ
恋愛
「出来損ない」――それが伯爵令嬢リナリアに与えられた名前だった。壊れたものしか直せない【修復】スキルを蔑まれ、家族に虐げられる日々。ある日、姉の策略で濡れ衣を着せられた彼女は、ついに家を追放されてしまう。 雨の中、絶望に暮れるリナリアの前に現れたのは、戦場の英雄にして『氷の公爵』と恐れられるアシュレイ。冷たいと噂の彼は、なぜかリナリアを「ようやく見つけた、私の運命だ」と抱きしめ、過保護なまでに甘やかし始める。 実は彼女の力は、彼の心を蝕む呪いさえ癒やせる唯一の希望で……? これは、自己肯定感ゼロの少女が、一途な愛に包まれて幸せを掴む、甘くてときめくシンデレラストーリー。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...