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「シャガルマガラは電話してくれれば普通に手伝うし、ゴールデンカムイは海賊房太郎が一番好きだった」
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「────どれだけ時間が経っても決して色褪せることなく、永遠に輝き続ける愛とはなんだと思う?」
甘ったるい匂いの漂う薄暗い店の中で、花咲夢美は不敵に笑った。
「わからない? じゃあ教えてあげよう。答えは────」
「わたしが注ぐ愛のことだよ~~~!!! ん~~ちゅっちゅっ!!!」
花咲夢美からキスの雨が降り注ぐ。無論、ボクにではない。
先ほどから彼女が傍らに連れている女性──男性顔負けだとか、宝塚だとか、世間ではそういう風に褒められていそうなきりっとした顔立ちで、短髪。年齢は20代前半といったところだろうか。少なくともボクや朝陽よりは若そうに見える──が、突然花咲からの問答無用のキスの嵐に晒されていた。
若干迷惑そうにしてはいるが、動じている様子はない。いつものことなのだろう。
……いやこっちには子供もいるので、あまり堂々とそういうことをされても困るのだが。
この占い師に会うのは実に4年ぶりだが、そういえばいつも会う度に知らない女性を侍らせているのが特徴的な女であった。「わたしは女の子のすべすべした柔肌しか抱かない」みたいなこと言ってたな。
今日、こうしてこんな不健全なところにボクと朝陽とメメメの3人でわざわざ乗り込んできたのには理由がある。
「そういうのはいいから、早く本題に入ってくれないか」
「えー、せっかくなんだからアイスブレイクを楽しみましょうよ。はじめましての子もいるわけだし」
「はじめましての子供を前にした挨拶ではないだろ今のは」
既に隣の朝陽が警戒心をMAXにしてボクの腕から離れてくれないんだが。
そもそも、この店自体がハッキリ言って俗世から疎まれる要素だけで構成されている。妙に暗くて甘い匂いが漂っているし、なんだか下品なミラーボールが天井で回っていかにも「大人のお店ですよ」という雰囲気を醸し出している。
だが意外にもここは世間ではちょっとした有名店のようで、花咲の占いは行き過ぎているようで的確に的を射抜いていると評判らしい。
「そうですよ、先生……うちの花咲がすみません」
隣にいた女性が頭を下げる。よかった、この人はまともみたいだ。
「……若槻くんが言うなら仕方ないなぁ。今日の話題は大きく分けて3つ。『シャガルマガラ倒せないから手伝って』『ゴールデンカムイ最終巻読んだ?』『深萱くん、浮世クラブに入る』の3本だ」
「最後の話題以外どうでもいいだろ。あと言っておくがシャガルマガラは電話してくれれば普通に手伝うし、ゴールデンカムイは海賊房太郎が一番好きだったし、ボクは浮世クラブに入る予定もない」
こちらからの返事を爆速で終える。
そうしたら後は我堂さんの件について聞くだけだ。
だが、そうはいかないとばかりに花咲がその目を光らせた。
「──いや、深萱くんは浮世クラブに入るよ。わたしが未来を占ったら、そう出たもの」
出た。
「占い? ボクは頼んだ覚えなんかないけど」
「甲斐原さんに頼まれたんだよ。浮世クラブの未来を占ってくれって」
……甲斐原。記憶の片隅でそんな名前があったような気がする。
そうだ、思い出した。コイツの言う怪しい組織の会長、だったか。
「……あの、すみません。お久しぶりでこんなことを聞くのは申し訳ないんですけど……椿を何度も浮世クラブっていうのに誘ってるのは何が理由なんですか? というか、浮世クラブって何をするところなんでしょう?」
先ほどからずっとボクの腕から離れなかった朝陽が、この女の話術にボクが乗りそうになったところで状況を整理してくれた。
朝陽はこの女と会うのが二度目なのに、警戒心がよく仕事をしている。流石だ。
「ああ、そういえばキミ……桐ヶ崎くんだっけ。詳しく説明したことはなかったわね」
なんだかアニメみたいに花咲が「アレを」というと隣の若槻さんが何やら大きなスケッチブックのようなものを持ってきた。
「それでは始めさせていただきます。『浮世クラブができるまで』はじまりぃ、はじまりぃ~~!」
謎にいい声で若槻さんがスケッチブックをめくると、タイトルと絵がついていた。紙芝居なのかよ。
「あるところに、社会に馴染めず寂しい思いをしている、甲斐原という男がおりました」
寂しげな中年男性のイラストがポップな雰囲気で描かれているものの、漂う哀愁は隠せていないように感じる。
「『社会から爪弾きにされても、人を愛する気持ちを失いたくないなぁ』『そうだ! 僕が社会に馴染めないのなら、自分で社会を作ってしまえばいいんだ!』そう考えた甲斐原は、莫大な借金をしてある組織を立ち上げました。その名も浮世クラブ」
淡々と読み上げる若槻さんの声はそれこそ舞台に立っている時の朝陽に近く、よく通る声だった。彼女も経験があるのだろうか。
「浮世クラブは社会に馴染めない人間が、愛を知るための場所となりました。自分たちの居場所を見つけ、仕事や仲間、家族を手に入れる。入会のために必要なのは、ただ人の持つ愛だけ」
嘘つけ。
「……そして、先生はその浮世クラブの会員ナンバー7。今や数十人を超えるこの組織の中でも早くに愛と才能を見出された方なのです」
若槻さんは紙芝居をしまうと、うやうやしく先生を持ち上げる。
「へぇ、今って数十人もいるのねー」
ボクらが話を聞いている間、つまらなさそうにスマホを眺めていた花咲が顔を上げる。
「お前は知らなかったのかよ」
「だってわたし、自分より後に会員になった人と会ったことないし」
「……さっきの紙芝居といきなり矛盾してないか?」
「あれはPR用の紙芝居だし、別に嘘を言ってるわけじゃないわよ? ナンバー6までの奴らは割と仲間だと思ってるし」
「……怪しすぎるって、椿!」
朝陽、それはボクも思ってるから安心してほしい。
そういえばメメメはさっきから大人しいけどどうしたんだ?と思ったら、部屋の棚に置いてあったチェンソーマンを取ってきて読んでいたようだった。
「……で、話を戻すけど深萱くん。会長はあなたを招き入れたいと言っているし、あなたも会長の支援を受けられて幸せだし、わたしも個人的にあなたが浮世クラブに入ってどう嫌な顔をするかが見たいわ」
「そこはもうちょっと取り繕えよ。それに嫌な顔するところは現在進行形で見てるだろ。あと──」
あとは……入会するにあたって一番大事な部分がボクには欠けている。
「『ボクは愛とか家族とか、そういうものはわからない』って言うんでしょう?」
花咲に先を越された。
「そうそう、その話もしなくちゃね。深萱くん、あなたの中にはとても深い愛がある。わたしが羨むくらい、とっても大きな愛がね」
花咲夢美は待ってましたとばかりに身を乗り出してはボクと朝陽を交互に見つめて……ニヤリと悪趣味な笑みを浮かべた。
甘ったるい匂いの漂う薄暗い店の中で、花咲夢美は不敵に笑った。
「わからない? じゃあ教えてあげよう。答えは────」
「わたしが注ぐ愛のことだよ~~~!!! ん~~ちゅっちゅっ!!!」
花咲夢美からキスの雨が降り注ぐ。無論、ボクにではない。
先ほどから彼女が傍らに連れている女性──男性顔負けだとか、宝塚だとか、世間ではそういう風に褒められていそうなきりっとした顔立ちで、短髪。年齢は20代前半といったところだろうか。少なくともボクや朝陽よりは若そうに見える──が、突然花咲からの問答無用のキスの嵐に晒されていた。
若干迷惑そうにしてはいるが、動じている様子はない。いつものことなのだろう。
……いやこっちには子供もいるので、あまり堂々とそういうことをされても困るのだが。
この占い師に会うのは実に4年ぶりだが、そういえばいつも会う度に知らない女性を侍らせているのが特徴的な女であった。「わたしは女の子のすべすべした柔肌しか抱かない」みたいなこと言ってたな。
今日、こうしてこんな不健全なところにボクと朝陽とメメメの3人でわざわざ乗り込んできたのには理由がある。
「そういうのはいいから、早く本題に入ってくれないか」
「えー、せっかくなんだからアイスブレイクを楽しみましょうよ。はじめましての子もいるわけだし」
「はじめましての子供を前にした挨拶ではないだろ今のは」
既に隣の朝陽が警戒心をMAXにしてボクの腕から離れてくれないんだが。
そもそも、この店自体がハッキリ言って俗世から疎まれる要素だけで構成されている。妙に暗くて甘い匂いが漂っているし、なんだか下品なミラーボールが天井で回っていかにも「大人のお店ですよ」という雰囲気を醸し出している。
だが意外にもここは世間ではちょっとした有名店のようで、花咲の占いは行き過ぎているようで的確に的を射抜いていると評判らしい。
「そうですよ、先生……うちの花咲がすみません」
隣にいた女性が頭を下げる。よかった、この人はまともみたいだ。
「……若槻くんが言うなら仕方ないなぁ。今日の話題は大きく分けて3つ。『シャガルマガラ倒せないから手伝って』『ゴールデンカムイ最終巻読んだ?』『深萱くん、浮世クラブに入る』の3本だ」
「最後の話題以外どうでもいいだろ。あと言っておくがシャガルマガラは電話してくれれば普通に手伝うし、ゴールデンカムイは海賊房太郎が一番好きだったし、ボクは浮世クラブに入る予定もない」
こちらからの返事を爆速で終える。
そうしたら後は我堂さんの件について聞くだけだ。
だが、そうはいかないとばかりに花咲がその目を光らせた。
「──いや、深萱くんは浮世クラブに入るよ。わたしが未来を占ったら、そう出たもの」
出た。
「占い? ボクは頼んだ覚えなんかないけど」
「甲斐原さんに頼まれたんだよ。浮世クラブの未来を占ってくれって」
……甲斐原。記憶の片隅でそんな名前があったような気がする。
そうだ、思い出した。コイツの言う怪しい組織の会長、だったか。
「……あの、すみません。お久しぶりでこんなことを聞くのは申し訳ないんですけど……椿を何度も浮世クラブっていうのに誘ってるのは何が理由なんですか? というか、浮世クラブって何をするところなんでしょう?」
先ほどからずっとボクの腕から離れなかった朝陽が、この女の話術にボクが乗りそうになったところで状況を整理してくれた。
朝陽はこの女と会うのが二度目なのに、警戒心がよく仕事をしている。流石だ。
「ああ、そういえばキミ……桐ヶ崎くんだっけ。詳しく説明したことはなかったわね」
なんだかアニメみたいに花咲が「アレを」というと隣の若槻さんが何やら大きなスケッチブックのようなものを持ってきた。
「それでは始めさせていただきます。『浮世クラブができるまで』はじまりぃ、はじまりぃ~~!」
謎にいい声で若槻さんがスケッチブックをめくると、タイトルと絵がついていた。紙芝居なのかよ。
「あるところに、社会に馴染めず寂しい思いをしている、甲斐原という男がおりました」
寂しげな中年男性のイラストがポップな雰囲気で描かれているものの、漂う哀愁は隠せていないように感じる。
「『社会から爪弾きにされても、人を愛する気持ちを失いたくないなぁ』『そうだ! 僕が社会に馴染めないのなら、自分で社会を作ってしまえばいいんだ!』そう考えた甲斐原は、莫大な借金をしてある組織を立ち上げました。その名も浮世クラブ」
淡々と読み上げる若槻さんの声はそれこそ舞台に立っている時の朝陽に近く、よく通る声だった。彼女も経験があるのだろうか。
「浮世クラブは社会に馴染めない人間が、愛を知るための場所となりました。自分たちの居場所を見つけ、仕事や仲間、家族を手に入れる。入会のために必要なのは、ただ人の持つ愛だけ」
嘘つけ。
「……そして、先生はその浮世クラブの会員ナンバー7。今や数十人を超えるこの組織の中でも早くに愛と才能を見出された方なのです」
若槻さんは紙芝居をしまうと、うやうやしく先生を持ち上げる。
「へぇ、今って数十人もいるのねー」
ボクらが話を聞いている間、つまらなさそうにスマホを眺めていた花咲が顔を上げる。
「お前は知らなかったのかよ」
「だってわたし、自分より後に会員になった人と会ったことないし」
「……さっきの紙芝居といきなり矛盾してないか?」
「あれはPR用の紙芝居だし、別に嘘を言ってるわけじゃないわよ? ナンバー6までの奴らは割と仲間だと思ってるし」
「……怪しすぎるって、椿!」
朝陽、それはボクも思ってるから安心してほしい。
そういえばメメメはさっきから大人しいけどどうしたんだ?と思ったら、部屋の棚に置いてあったチェンソーマンを取ってきて読んでいたようだった。
「……で、話を戻すけど深萱くん。会長はあなたを招き入れたいと言っているし、あなたも会長の支援を受けられて幸せだし、わたしも個人的にあなたが浮世クラブに入ってどう嫌な顔をするかが見たいわ」
「そこはもうちょっと取り繕えよ。それに嫌な顔するところは現在進行形で見てるだろ。あと──」
あとは……入会するにあたって一番大事な部分がボクには欠けている。
「『ボクは愛とか家族とか、そういうものはわからない』って言うんでしょう?」
花咲に先を越された。
「そうそう、その話もしなくちゃね。深萱くん、あなたの中にはとても深い愛がある。わたしが羨むくらい、とっても大きな愛がね」
花咲夢美は待ってましたとばかりに身を乗り出してはボクと朝陽を交互に見つめて……ニヤリと悪趣味な笑みを浮かべた。
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