未来のピカチュウが非常食になってたら、どうする?

霜山航太郎

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「今日は大和アレクサンダーのsurvival dAnceが地上派で放映されるから早く帰りたいんだが」

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「──深い愛、だって?」
 耳を疑う。思わず目の前のふざけた占い師、花咲夢美はなさきゆめみと目が合う。
 なんだその表情は。
 まるで……まるで、バイオハザード実況で配信者がゾンビに襲われる1秒前みたいな喜びの顔。
 そんな見世物を見るような目をボクに向けているこの女を見て、確信する。
 ボクはやっぱりコイツが嫌いだ。
 だから、この占い師が一番ガッカリするであろう返事をくれてやる。
「ボクは、そんな大した人間じゃない。お前にそう見えているんだとしたら、それは朝陽あさひがボクのことを愛してくれているからだ」
「つ、椿つばきぃ……!」
 さっきからずっと腕を組んできていた朝陽の力がより一層強くなる。
 喜んでくれるのは嬉しいが、そろそろボクの腕が折れそうである。
「……ハァ。深萱ふかがやくん、つまらないことを言うのが上手になったね」
「当たり前だ。第一こっちはつまらない話をしに来ているんだからな」
 話のペースをこちらに戻す。そうだ、今日は浮世クラブとかいうダサい名前の会員勧誘を受けるために来たわけじゃない。
「へぇ、じゃあ何の話をしに来たのさ?」
「とぼけるな。事前に言っただろ、我堂さんの件だ」
「我堂……?」
「先生、桐ヶ崎朝陽さんの所属するツバサ劇団のパトロンですよ」
 どう見ても忘れていたであろう反応を隠さないあたり、本当に自分の話したいことしか話すつもりがなかったんだろうなと思わせる。
「あぁ、なんか最初に言ってたやつね!」
 ポン、と思い出したように手を叩くと花咲は笑顔でこちらに向き直る。
「うん、無理だわ。直接会いに来ないやつとかないない」
「はぁ?」
「その我堂?とかいうやつに言っといてくれる? 他人を使って会いに来たがる玉無しに用はないって」
 本当に不愉快そうな顔で吐き捨てる花咲。
 だがそれだけでは当然こちらは困るわけで。
「いやいや、一応我堂さんはボクらの支援者なんだけど」
「そいつはよかったわね。支援を打ち切られたら浮世クラブに来ればいい」
「ぐっ……」
 ……これまで純度100%のふざけた表情だった花咲の顔に、ほんの少しだけ真剣味が混ざる。
 要するに、これは取引という形でなら受けてやってもいい、という姿勢に変えてきたのだ。
 わかってはいるつもりだったが、これが立場の違いとボクの限界というものだった。
 ボクらは我堂さんの頼みを断れず、どうにかして花咲に約束を取り付けなくてはならない。
 だが花咲はそれを承知でずっとボクが断ってきた「浮世クラブへの入会」を条件にできる。
 花咲の側は今まで通りボクに断られても大した損失はないだろうが、ボクらの側はそうも行かない。
 ……いっそ、この花咲という女の口車に乗って入会という手を選ぶか。
 頭の片隅に、そんな選択肢が浮かぶ。
 いや、それよりも。
 ──そもそもなぜ、ボクはこんなにも浮世クラブへの入会を断り続けているのだろうか。

 × × ×

 ────4年前。
「浮世クラブに深萱くんが必要な理由? 簡単だよ」
 ボクは少し小さな、けれども怪しさはどこにも引けを取らない薄暗い出張テントの中で猫背のまま手前の水晶を覗き込んでいた。
 ボクが3度目のアルバイトをクビになった翌日のことだった。
「はぁ」
「浮世クラブは、常に社会からの逸脱と社会の形成を同時に望む。そしてそれを叶えられる人材こそが深萱くん、あなたなんだよ」
 相変わらず長い黒髪を揺らし胡散臭い大仰な言葉を並べながら、前に会った時とは違う小柄な女性にメイドの格好をさせて隣に侍らせている女がいる。
 無論、花咲夢美以外にそんな人間がいるはずもない。
 占い師をやっているとは聞いていたが、その実態を目にしたのは今日が初めてだった。
 花咲の営むこの妙にいやらしい雰囲気を漂わせる店に、朝陽に黙って一人で来たことを既に後悔し始めていた。
 ボクが異性愛者であったなら、彼女のその美貌に狂わされているかもしれない。そんなことすら考えさせる異様な空気が、その部屋には充満していたように思う。
「……言っている意味が全然わからないんだけど、その条件ってそもそも矛盾していないか?」
「ああ、そうだとも!」
 自信満々に言うな。
「まぁまぁ焦らずに。順を追って話させてよ」
「今日は大和アレクサンダーのsurvival dAnceが地上波で放映されるから早く帰りたいんだが」
 キンプリSSSはTV放送前に劇場で観たけれど、今日は初見の朝陽と一緒に観る約束がある。破るわけにはいかない。
「アレクのsurvival dAnceもいいけど、わたしはナナイロノチカイが一番好きだなー」
「別にあんたの好みを聞いたつもりはないんだけど」
 むぅ、とつまらなさそうに唇を尖らせる花咲。そういうのいいから早く説明してくれ。
「……さて、どこから説明するかだけれど……そもそもわたしたち浮世クラブは前にも言った通り、会員としての活動の軸に愛というものが定められているのよね」
 最初に受けた説明を思い出す。確か前に何か言ってたな、愛の団体だとか胡散臭いこと言って。
「例えば、わたしは高校生の時、沢山の可愛い女の子たちとお喋りして愛してあげたいと思って色んな女の子の家をフラフラしてたんだけどね?」
「もしかしてボク、今とんでもないクズと話をしてるのか?」
「……見て、これは5番目に付き合った女にナイフで切られた時の傷」
「背中の傷は剣士の恥って言うけど、あんたの場合はどこも恥だらけだな!」
「いやー、あの時は大変だったなー。どうにかわたしを刺してくれなかったら、今頃相手に自殺されてた」
 全てのエピソードが嫌すぎる。
「そういうイザコザの後、浮世クラブと出会ってこの占いを始めたわけだけど……会長の甲斐原さんからは支援の見返りとしてその愛情を世界に広めてほしい、なんて言われてるわけ」
「……今更だけど、よく今まで生きていられたな」
「ねー」
 他人事みたいにケラケラ笑う花咲を前に、ツッコむ気にもなれなかった。
 ボク自身、どうして朝陽という輝かしい相手に愛されて今まで生きてこられたのか……そう聞かれたら、同じように笑ってはぐらかすかもしれないから。
 だから……気が付いた時には、その質問が口をついて出ていた。
「……自分をクズだって理解したうえで、またそうやって刺されるかもしれないのに……今も女の子を侍らせてるのはなんでなんだ?」
 その時、ずっと猫背で俯いていたボクがその日初めて花咲と目が合った気がした。
「決まってる。どんなに痛い目に遭っても、人を愛せなくなったらわたし──────死んじゃうから」
 花咲は笑っているようでいて、その目だけは笑っていなかった。
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