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「もし俺のプリズムジャンプが会場を破壊したら」
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「決まってる。どんなに痛い目に遭っても、人を愛せなくなったらわたし──────死んじゃうから」
彼女のその笑みに反した真剣な瞳には、言外に「あなたもそうでしょう?」という含みが込められていた。
「深萱くんもそうでしょう?」
いや自分で言うのかよ。別にいいけど。
あとそのキメ顔やめろ。核心を突いたみたいな顔するな。
「ふふん」
「もうわかったからボクの思考タイムに入っていいか?」
投げやりに返す。この女──花咲はこういうところで人の調子を狂わすのが仕事の人間だ。
……脳裏に朝陽の笑顔を浮かべてみる。今日も元気にオリジン弁当でバイトに励んでいることだろう。
愛。
英語で言うとラブ。
日本語で言うと愛。
要は一緒にいたいとか、好きだって言い合いたいとか、そういう恥ずかしい関係を持ってもいい相手のことで。
朝陽と一緒にいたいか?
→はい。
朝陽と好きだって言い合いたいか?
→恥ずかしいよ。
朝陽と一緒にいる以上のことをしたいか?
→……そういうのは、まだよくわからない。
でも、誰かを愛していないと生きていられない?
→それは────違う。
そうであったなら、ボクは施設にいた時……とっくの昔に死んでいたはずだ。
だから。
「やっぱりボクとあんたは違うよ」
「!」
「ボクはあんたみたいに愛多き人間じゃないし、人を愛せなくて死ぬほど寂しい思いもしてない……その上で言わせてもらうけど────」
さっきから座っていた安物の椅子から立ち上がり、ボクは真犯人を名指す名探偵のように人差し指を突き付ける。
「ボクはあんたが嫌いだ、花咲」
その日の帰り道。
ボクはバイト帰りの時間と合致した朝陽と共に買い物を終え、歩きながら帰った。
「……ねぇ、椿。もし俺のプリズムジャンプが会場を破壊したら、椿が会場を修復してほしいんだ」
「はぁ?」
プリズムジャンプを跳ぶ予定があるのだろうか、このイケメン爽やかくんは。
「いや、この前演出家さんに言われたことなんだけどさ……俺の芝居は会場を壊すぐらいの勢いがあるべきだって言うんだよ」
「はぁ」
「……俺、思ったんだ。俺のせいでこの演劇が台無しになったらどうしようとか、俺がこの劇団の人たちに迷惑かけてないかっていつも気にしてて、自分の中の勢いみたいなものを見失っちゃってるんだって」
なるほど、確かに朝陽は演出家さんの言うような場を破壊するタイプの人間ではないかもしれない。
「だからいつか……俺がもっと成長して会場を破壊するぐらいのことをしでかしたら、その後には隣に椿がいてほしい」
「………………」
朝陽はいつも元気で、明るく優しい。少なくとも、世間的にはそう思われているし、そう思われるために朝陽は裏で(一緒に住んでいるボク自身すら把握していないことも含め)多くの努力を積み重ねている。
ハッキリ言って、ボクと釣り合うような男じゃない。もっと上のカッコよくて気遣いができてお金持ちの人間がいっぱいいるはずなのに、ボクとこうして一緒にいてくれる。
ボクとは、違い過ぎる人間なのだ。
それはボクにとって不思議なはずなのに、同時に安心することでもあって。
「……椿?」
「うん、ああ。勿論だ。芝居でも食器でも家電でも、朝陽が何か壊す時にはボクも一緒にいる」
「……!」
「まぁ、一緒にいるだけで何かできるわけじゃないけどな」
「ううん、ありがとう」
ボクはなんとなく嬉しくなって、朝陽が持っていた買い物袋を片方持ってみる。袋の影が2人の間に落ちて、リトルグレイの写真みたいになっていた。
そうして幸せを感じると共に、あることに合点がいく自分もいた。
──ああ、そうか。
ボクがどうして花咲の言葉をどうしようもなく嫌だと感じたのか。
なぜ、あの女の話す浮世クラブの話を聞きたくないと感じたのか。
これは、きっと……同族嫌悪だ。
ハッキリ言おう、ボクはこの世で最もボクのことが嫌いだ。
勿論、ボクと似たような社会性のないクズのことだって、嫌いだ。
そして同族だからこそ、花咲の……延いては浮世クラブのことを他人事だと思えずにいる。
ボクが好きなのは、ボクとは違う世界の人間なのだ。
× × ×
ああ、なんて嫌な回想だったんだ。
きっと、浮世クラブに入ればボクの嫌いなタイプの人間に囲まれて、嫌いなものを見せつけられながら生きていくことになるんだろう。
それはやっぱり、苦しいことなのだと思う。
……けれど今、ボクはそれを拒否できる立場にない。
これまでずっと逃げてきた。
学校でボクを気に入らないと言ってきた猿山の大将から、朝陽は守ってくれた。
バイトをクビになったボクを、朝陽は気にしなくていいと慰めてくれた。
そうしていられる場所に、ボクは留まり続けてきた。
だから、今くらいは男を見せる時だ。
顔を上げる。口の中に湧きだすツバを呑む。
「わかった。ならボクが────」
「──大したことないんですね、浮世クラブっていうのも」
「……なに?」
花咲は眉をピクリと動かした。
予想外にも、その場で立ち上がったのは隣に座っていた朝陽の方だった。
彼女のその笑みに反した真剣な瞳には、言外に「あなたもそうでしょう?」という含みが込められていた。
「深萱くんもそうでしょう?」
いや自分で言うのかよ。別にいいけど。
あとそのキメ顔やめろ。核心を突いたみたいな顔するな。
「ふふん」
「もうわかったからボクの思考タイムに入っていいか?」
投げやりに返す。この女──花咲はこういうところで人の調子を狂わすのが仕事の人間だ。
……脳裏に朝陽の笑顔を浮かべてみる。今日も元気にオリジン弁当でバイトに励んでいることだろう。
愛。
英語で言うとラブ。
日本語で言うと愛。
要は一緒にいたいとか、好きだって言い合いたいとか、そういう恥ずかしい関係を持ってもいい相手のことで。
朝陽と一緒にいたいか?
→はい。
朝陽と好きだって言い合いたいか?
→恥ずかしいよ。
朝陽と一緒にいる以上のことをしたいか?
→……そういうのは、まだよくわからない。
でも、誰かを愛していないと生きていられない?
→それは────違う。
そうであったなら、ボクは施設にいた時……とっくの昔に死んでいたはずだ。
だから。
「やっぱりボクとあんたは違うよ」
「!」
「ボクはあんたみたいに愛多き人間じゃないし、人を愛せなくて死ぬほど寂しい思いもしてない……その上で言わせてもらうけど────」
さっきから座っていた安物の椅子から立ち上がり、ボクは真犯人を名指す名探偵のように人差し指を突き付ける。
「ボクはあんたが嫌いだ、花咲」
その日の帰り道。
ボクはバイト帰りの時間と合致した朝陽と共に買い物を終え、歩きながら帰った。
「……ねぇ、椿。もし俺のプリズムジャンプが会場を破壊したら、椿が会場を修復してほしいんだ」
「はぁ?」
プリズムジャンプを跳ぶ予定があるのだろうか、このイケメン爽やかくんは。
「いや、この前演出家さんに言われたことなんだけどさ……俺の芝居は会場を壊すぐらいの勢いがあるべきだって言うんだよ」
「はぁ」
「……俺、思ったんだ。俺のせいでこの演劇が台無しになったらどうしようとか、俺がこの劇団の人たちに迷惑かけてないかっていつも気にしてて、自分の中の勢いみたいなものを見失っちゃってるんだって」
なるほど、確かに朝陽は演出家さんの言うような場を破壊するタイプの人間ではないかもしれない。
「だからいつか……俺がもっと成長して会場を破壊するぐらいのことをしでかしたら、その後には隣に椿がいてほしい」
「………………」
朝陽はいつも元気で、明るく優しい。少なくとも、世間的にはそう思われているし、そう思われるために朝陽は裏で(一緒に住んでいるボク自身すら把握していないことも含め)多くの努力を積み重ねている。
ハッキリ言って、ボクと釣り合うような男じゃない。もっと上のカッコよくて気遣いができてお金持ちの人間がいっぱいいるはずなのに、ボクとこうして一緒にいてくれる。
ボクとは、違い過ぎる人間なのだ。
それはボクにとって不思議なはずなのに、同時に安心することでもあって。
「……椿?」
「うん、ああ。勿論だ。芝居でも食器でも家電でも、朝陽が何か壊す時にはボクも一緒にいる」
「……!」
「まぁ、一緒にいるだけで何かできるわけじゃないけどな」
「ううん、ありがとう」
ボクはなんとなく嬉しくなって、朝陽が持っていた買い物袋を片方持ってみる。袋の影が2人の間に落ちて、リトルグレイの写真みたいになっていた。
そうして幸せを感じると共に、あることに合点がいく自分もいた。
──ああ、そうか。
ボクがどうして花咲の言葉をどうしようもなく嫌だと感じたのか。
なぜ、あの女の話す浮世クラブの話を聞きたくないと感じたのか。
これは、きっと……同族嫌悪だ。
ハッキリ言おう、ボクはこの世で最もボクのことが嫌いだ。
勿論、ボクと似たような社会性のないクズのことだって、嫌いだ。
そして同族だからこそ、花咲の……延いては浮世クラブのことを他人事だと思えずにいる。
ボクが好きなのは、ボクとは違う世界の人間なのだ。
× × ×
ああ、なんて嫌な回想だったんだ。
きっと、浮世クラブに入ればボクの嫌いなタイプの人間に囲まれて、嫌いなものを見せつけられながら生きていくことになるんだろう。
それはやっぱり、苦しいことなのだと思う。
……けれど今、ボクはそれを拒否できる立場にない。
これまでずっと逃げてきた。
学校でボクを気に入らないと言ってきた猿山の大将から、朝陽は守ってくれた。
バイトをクビになったボクを、朝陽は気にしなくていいと慰めてくれた。
そうしていられる場所に、ボクは留まり続けてきた。
だから、今くらいは男を見せる時だ。
顔を上げる。口の中に湧きだすツバを呑む。
「わかった。ならボクが────」
「──大したことないんですね、浮世クラブっていうのも」
「……なに?」
花咲は眉をピクリと動かした。
予想外にも、その場で立ち上がったのは隣に座っていた朝陽の方だった。
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