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「『何も見たくねえ……』のコマだけ有名になるのめっちゃ複雑な気持ちなんだけど」
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「────大したことないんですね、浮世クラブっていうのも」
沈黙を貫いていた朝陽が立ち上がり、聞いたこともないほど冷たい声で花咲夢美に言った。
……朝陽のことは元から背が高いと思っていた(今では180cm以上あるらしい)が、自分が座っている状態で隣に立つ姿を見ると文字通り見上げた姿になってしまう。
「貴方に、椿の何がわかるというんですか?」
「……わかるつもりだよ。例えば、深萱くんは今日はここに来るまでの間に駅前の喫茶店『パスコ』で名物のタラコパスタを食べてきた。それも急ぎめにね」
……当たってる。予想以上の人気店で並ぶのに時間がかかり、既に面倒がっていたメメメは勿論朝陽も軽食で済ませたのに対し、ボクは何も考えずに名物を頼んだ結果急いで食べる羽目になってしまった。
けれど、朝陽は姿勢を曲げない。
「いいえ、違います。それは貴方がわかった気になっているだけ」
「………………」
「本当の椿はもっと……もっと情けなくて、格好がつかなくて、面倒くさがりな人なんです」
「あ、朝陽っ!?」
あれっ、これボクを褒める流れじゃなかったの?
「貴方たちは浮世クラブを社会性を持たない人間にとって必要なものだと思っているかもしれないけれど、俺に言わせればそんなものはまやかしです。だって、皆どこかで誰かと社会を作り合っているんですから」
朝陽はボクの手をぎゅっと握って繋ぐと、更に言葉を続けた。
「浮世クラブという貴方たちにとってだけ都合のいい社会に、俺の椿を渡すようなことはできません」
「……なら、あなたの属する社会では深萱くんは幸せになれると?」
「なれます。いえ、正しくは────俺が椿を幸せにしてみせます。それが今の俺の生きがいですから」
そう言うと朝陽は静かに、そして深々とお辞儀をし……ボクの手を離して一人でこの場から退室した。
「…………はぁ、わかった。わたしの負けだよ。キミらの要求を飲もう」
「マジでか」
「だってあんなに真剣に言うんだもん。いいパートナーを持ったね、深萱くんは」
やれやれ、と肩をすくめる花咲。隣の若槻さんは早くもスケジュール帳とにらめっこを開始している。
「あ、でもわたしだって一応本気で浮世クラブに勧誘してたつもりだからね? あそこなら深萱くんはその才能を存分に発揮できると、今でも思ってる」
「どんな才能だよ。ボクはさっき朝陽が言った通り、情けなくて格好がつかなくて面倒くさがりなんだぞ」
「……だから言ったんだ、いいパートナーを持ったねって」
半ばボクをバカにしたような目でため息をついた花咲は、最後までその理由を教えてはくれなかった。
× × ×
「少しがっつきすぎたかな……」
「ふふっ。先生は他人の姿を熱心に探る前に、ご自分の姿を省みる方がいいのかもしれませんね」
メメメが気が付くと、大人たちの話し合いは既に終わっていたようだった。
部屋の隅で荷物をまとめ始めている椿が見え、読みかけのチェンソーマンの単行本を閉じる。
「チェンソーマン、面白かった?」
「まぁまぁかな」
「それはよかった。ちなみに誰が好き?」
「岸辺かな。何も見たくねえのコマは何回も見たことあったから」
「『何も見たくねえ……』のコマだけ有名になるのめっちゃ複雑な気持ちなんだけど」
何やら頭を抱えているが、どういう悩みなのだろう。
考えても、メメメにはわからなかった。
「……まぁでも、未来から来た子が読んだらそうなるか!」
何やら自分の中で解決したらしい。
椿も朝陽も子供っぽいところが多いので参考にしたことはないが、大人ってこういうもんなんだろうかとメメメも勝手に納得することにした。
「……っていうかオレ、アンタに未来の話なんかした覚えないけど」
「あれ? 深萱くんから聞いてない? わたしは未来を占う人間なんだよ?」
「未来を占うことと、オレとは何も関係ないと思うけど」
「おっかしぃなぁ、深萱くんには前に『未来からの来訪者が来る』って話をしたはずなんだけど……」
「…………………………」
メメメは何か、余計なことを喋ってしまいそうになる自分がいることに気が付いた。
だから────黙る。
”未来”のことについて、この時代の人間が知るはずはない。
ないのだが……この花咲とかいう女、何かと「自分は知っていますよ」というツラをするのがどうにも上手い。
尤も、そうでなければ占い師などやっていけるはずもないのだろうが。
「帰る」
椅子から立ち上がり、背後の本棚へ向かう。
この女と話している間に、もう2人は外へ行ってしまったらしい。
だからもうここにいる意味はないし、この女と話す必要もない。
だというのに……花咲の最後の言葉が耳に入ってくる。
「────あなたも本当のこと、早く言える日が来るといいね」
「…………余計なお世話なんだよ、アンタ」
メメメは振り向かずに、この薄暗くて嫌な気分になる部屋を後にした。
× × ×
沈黙を貫いていた朝陽が立ち上がり、聞いたこともないほど冷たい声で花咲夢美に言った。
……朝陽のことは元から背が高いと思っていた(今では180cm以上あるらしい)が、自分が座っている状態で隣に立つ姿を見ると文字通り見上げた姿になってしまう。
「貴方に、椿の何がわかるというんですか?」
「……わかるつもりだよ。例えば、深萱くんは今日はここに来るまでの間に駅前の喫茶店『パスコ』で名物のタラコパスタを食べてきた。それも急ぎめにね」
……当たってる。予想以上の人気店で並ぶのに時間がかかり、既に面倒がっていたメメメは勿論朝陽も軽食で済ませたのに対し、ボクは何も考えずに名物を頼んだ結果急いで食べる羽目になってしまった。
けれど、朝陽は姿勢を曲げない。
「いいえ、違います。それは貴方がわかった気になっているだけ」
「………………」
「本当の椿はもっと……もっと情けなくて、格好がつかなくて、面倒くさがりな人なんです」
「あ、朝陽っ!?」
あれっ、これボクを褒める流れじゃなかったの?
「貴方たちは浮世クラブを社会性を持たない人間にとって必要なものだと思っているかもしれないけれど、俺に言わせればそんなものはまやかしです。だって、皆どこかで誰かと社会を作り合っているんですから」
朝陽はボクの手をぎゅっと握って繋ぐと、更に言葉を続けた。
「浮世クラブという貴方たちにとってだけ都合のいい社会に、俺の椿を渡すようなことはできません」
「……なら、あなたの属する社会では深萱くんは幸せになれると?」
「なれます。いえ、正しくは────俺が椿を幸せにしてみせます。それが今の俺の生きがいですから」
そう言うと朝陽は静かに、そして深々とお辞儀をし……ボクの手を離して一人でこの場から退室した。
「…………はぁ、わかった。わたしの負けだよ。キミらの要求を飲もう」
「マジでか」
「だってあんなに真剣に言うんだもん。いいパートナーを持ったね、深萱くんは」
やれやれ、と肩をすくめる花咲。隣の若槻さんは早くもスケジュール帳とにらめっこを開始している。
「あ、でもわたしだって一応本気で浮世クラブに勧誘してたつもりだからね? あそこなら深萱くんはその才能を存分に発揮できると、今でも思ってる」
「どんな才能だよ。ボクはさっき朝陽が言った通り、情けなくて格好がつかなくて面倒くさがりなんだぞ」
「……だから言ったんだ、いいパートナーを持ったねって」
半ばボクをバカにしたような目でため息をついた花咲は、最後までその理由を教えてはくれなかった。
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「少しがっつきすぎたかな……」
「ふふっ。先生は他人の姿を熱心に探る前に、ご自分の姿を省みる方がいいのかもしれませんね」
メメメが気が付くと、大人たちの話し合いは既に終わっていたようだった。
部屋の隅で荷物をまとめ始めている椿が見え、読みかけのチェンソーマンの単行本を閉じる。
「チェンソーマン、面白かった?」
「まぁまぁかな」
「それはよかった。ちなみに誰が好き?」
「岸辺かな。何も見たくねえのコマは何回も見たことあったから」
「『何も見たくねえ……』のコマだけ有名になるのめっちゃ複雑な気持ちなんだけど」
何やら頭を抱えているが、どういう悩みなのだろう。
考えても、メメメにはわからなかった。
「……まぁでも、未来から来た子が読んだらそうなるか!」
何やら自分の中で解決したらしい。
椿も朝陽も子供っぽいところが多いので参考にしたことはないが、大人ってこういうもんなんだろうかとメメメも勝手に納得することにした。
「……っていうかオレ、アンタに未来の話なんかした覚えないけど」
「あれ? 深萱くんから聞いてない? わたしは未来を占う人間なんだよ?」
「未来を占うことと、オレとは何も関係ないと思うけど」
「おっかしぃなぁ、深萱くんには前に『未来からの来訪者が来る』って話をしたはずなんだけど……」
「…………………………」
メメメは何か、余計なことを喋ってしまいそうになる自分がいることに気が付いた。
だから────黙る。
”未来”のことについて、この時代の人間が知るはずはない。
ないのだが……この花咲とかいう女、何かと「自分は知っていますよ」というツラをするのがどうにも上手い。
尤も、そうでなければ占い師などやっていけるはずもないのだろうが。
「帰る」
椅子から立ち上がり、背後の本棚へ向かう。
この女と話している間に、もう2人は外へ行ってしまったらしい。
だからもうここにいる意味はないし、この女と話す必要もない。
だというのに……花咲の最後の言葉が耳に入ってくる。
「────あなたも本当のこと、早く言える日が来るといいね」
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