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5章 漆原千景
43.神居琴葉という男
しおりを挟む琴葉をフェンスまで追い詰めて、俺は手を伸ばしてダラリと垂れた琴葉の手を握って両手で包む。
いつも強気な筈の琴葉は黙ったまま弱々しく視線を伏せた。
「嫌いになったならちゃんと教えてくれ。それならもうしつこくしたりしないから」
「きら……い……」
「そうか、分かった」
俺は琴葉の手を離して、宣言通りここから立ち去ろうとした。
「千景っ」
琴葉に名前を呼ばれたけど、何て言ったらいいのか分からなくて無言で振り向くと、目に涙を溜めた琴葉が唇を震わせながら俺を見ていた。
そんな琴葉を見て、俺は居た堪れなくなりすぐに近付いて抱き寄せていた。
触れて分かったけど体も震えていた。そんな琴葉を俺は大事に抱きしめて、頭を撫でた。
「ううっ千景ぇ!ごめんっ嫌いは嘘だよぉ!ほんとは好きなのっ!大好きなのぉ!」
「そっか、良かった。本当に良かった」
「千景に本当の俺がバレたから嫌われちゃうって思って……あとっ俺がこれからやろうとしてる事はまた同じような事だから、だからっ千景を巻き込みたくなかったんだっ!」
「俺が琴葉を嫌いになるなんて有り得ないよ。こんなにも好きなのに。紘夢さん?を頼りしてるのは分かるけど、彼氏である俺の事も少しは頼りにして欲しい。琴葉より頭良くないし、人脈もなければ友達もいないけど、側にいる事は出来るから」
「ごめっ酷い事言ってごめんっ!琴葉は頭良いよ!俺みたいに無駄に人脈広げたりしないし、恋って言う友達もいるのにっ!俺なんて教科書に書いてある事しか頭にない能無しだよ!全然琴葉のが凄いんだから!」
「はは、教科書に書いてある事が頭に入ってれば十分凄いんじゃないか?」
「千景ぇ!」
俺は琴葉が言う事が面白くて笑うと、ギュウッと抱き締められた。
琴葉に嫌われてなくて本当に良かった。
こんなにも愛おしくて大切な琴葉の事を忘れるなんて出来そうにもないからな。
「本当は俺、みんなから冷たい目で見られて怖かったんだ。ギフテッドを隠して普通に生きて行くって決めてここまでやって来た努力が全て壊された気がして……でもね、それよりも千景を失う事が何倍も怖かった。俺ってね、とても弱虫なんだよ。嫌な事があればすぐに逃げ出す臆病者。だから、周りの目を気にしないで堂々としている千景がとてもかっこよくて、羨ましかったんだ」
「うん。琴葉は強がりだよな。本当は誰よりも優しくて繊細なの俺は知ってるよ」
「マジ?俺の事そんな風に思ってたの?」
「俺は誰よりも琴葉を知ってるぞ。琴葉しか見てないからな」
「もー!千景好きー♡」
「俺も好きだ♡」
大分落ち着いた琴葉を少し離して顔を見ると、涙でぐしゃぐしゃになった顔のままニカッと笑っていた。
それが可愛いくて俺は琴葉にキスをすると、琴葉は嬉しそうに飛び付いて来た。
俺はよろけながらもそれを受け止めて再び腕に抱き、琴葉を感じる。
神居琴葉は喜怒哀楽がハッキリしていて、とても分かりやすい男だと思う。
嬉しければ素直に喜び、嫌だと思えば素直に怒る。悲しければ素直に涙を流し、楽しければ素直に笑う。
俺にはない物をたくさん持っている魅力的な男。
これからもずっと側にいてもっといろんな琴葉を知りたい。
俺はどんな琴葉でもずっと側にいて支えるんだ。
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