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6章 鬼の目にも涙
※ 俺はお前を裏切ったんだぞ?
しおりを挟む※茜side
俺は駅前の喫茶店で湊を待っていた。
さっき連絡をしたらすぐに来てくれる事になった。
全部、本当の事を話すつもりだ。
きっと湊は怒るだろう。怒って俺を殴るかも知れない。そして犬飼の事も。
でもそれは仕方がない。浮気をしてしまった俺が悪いんだから。
出来れば犬飼には手を上げないで欲しいから、なるべく俺だけで済むように話すつもりではいる。
湊が大人しく聞くとは思えないけど。
ホットコーヒーが冷める頃、湊は喫茶店にやって来た。
黒いロングコートに、黒いパンツ、黒いブーツ。いつも通りの格好で、背が高く細い見た目でマスク着用。かなり目立っていた。
店内を見渡して俺を見付けると、真っ直ぐに向かって来た。
「よう茜~」
「湊……」
あまりにも普通で、いつも通りな湊に、少し戸惑ってしまった。
いや、湊はこういう男だ。思っていても顔には出さない。ずっと一緒にいて分かって来た事だけど、湊は今とても怒っている。
「茜何飲んでんの?」
「ホットコーヒーだ」
「んじゃ俺も同じのにしよ~」
コートを脱いでグレーのセーター姿になり、店員を呼び飲み物を注文していた。
俺は何て切り出そうか迷っていた。
「茜とデート久しぶりだな」
「え……ああそうだな」
「なーんか緊張してる?茜ってば変~」
笑ってる湊だけど、内心では怒ってると思うんだ。
マスクを外して提供されたコーヒーに口を付ける。こうして見ると本当に綺麗だ。
秋山が言っていたけど、湊は学校一のイケメンだ。俺もそう思う。
いつもマスクをしている理由は顔目当てで寄って来る人を寄せ付けない為らしいけど、怖がられてしまう外見をしている俺からしたら羨ましい話だった。
俺はそろそろ本題に入ろうと思っていた。
「湊、犬飼との事だけど」
犬飼の名前を出すと、湊の笑顔が消えて無表情になった。
切れ長の目はより鋭くなって、俺を睨んでいるようにも見えた。
「続けて?」
「ああ。結論から言うと俺は犬飼と二人で会ったんだ。秋山と桐原が庇ってくれたみたいだけど、本当は湊の言う通りなんだ」
「認めるって事?」
「認めるよ。だからちゃんと謝りたかったんだ。騙してごめん」
「へー、やっぱ俺が思ってた通りだったんだ。なぁ、茜から誘ったのか?」
「いや、誘われたんだ。だけど俺も一緒に過ごしたかったから、断らなかったんだ」
「二人で過ごして何かあった?」
「…………」
「あったんだ?何したのー?あ、もしかして最後までやっちゃった?」
「湊、怒ってるんだろ?何でそんな風に話すんだ。怒るなら怒ってくれ」
「怒ってるよー。今すぐに二人共外歩けない顔面にしたいぐらいにな」
「覚悟はして来た。場所を移そう」
俺はずっとふざけた感じの湊と話しているのが辛くなり、立ち上がって店を出ようと考えた。
もういっその事殴ってくれた方がけじめが付く気がしていい。
すると、湊は首を横に振ってずっと座っていた。
「んーん。そんなけ怒ってるって事だよ。俺は茜も犬飼も殴らねぇよ」
「どうしてだ?俺はお前を裏切ったんだぞ?」
「暴力はダメって茜が言ったんじゃねぇか」
「っ…………」
「俺守れるようになったんだぜ?すげぇだろ?」
ニシシと笑う湊の笑顔を見て、俺は泣きそうになった。
やっぱり湊が好きだ。
犬飼の事も好きになり、もうどちらを好きなのか分からなくなっていたけど、今確信した。
俺は湊なんだ。
同時に自分がしてしまった過ちを酷く後悔した。
どうして湊を裏切るような事をしてしまったのか。湊が浮気を恐ろしく嫌っているのを知っていたのに。
もう謝ったぐらいじゃ済まされない。
俺にはもう湊を好きでいる資格さえない。
「茜、笑えよ」
「えっ」
俺は今どんな顔をしていたんだろう?
湊に言われて顔を上げると、いつもの笑顔の湊がいた。
瞬間、俺の頬を涙が伝う。
「あーあ、最後に茜の笑顔が見たかったんだけどな~」
湊はそう言って立ち上がった。
俺は湊の「最後」って言葉を聞いてもう何も言い返す事が出来ずにいた。
「今までいろいろありがとな。茜、別れよう」
「湊っ……」
ハッキリと言われて俺はストンと椅子に座った。
覚悟はしていたのに。いや、そのセリフは自分から言おうとしていたのに。
どうしてだろう?湊に言われたからか心が締め付けられるように痛い。
俺は流れる涙を見られたくなくてずっと下を向いていた。
そんな俺の頭をポンと一度だけ撫でてから、湊は伝票を取り、レジの方へ歩いて行くのが分かった。
残された俺は一人、ただ下を向いて溢れる涙が止まるのを待っていた。
湊とこうなるのが分かっていて、覚悟して来たのにどうしてこんなにも辛いんだ。
人から好かれたり、人を好きになるのって幸せな事だけじゃないんだな。
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