頭にきたから異世界潰す

ネルノスキー

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第2章

第22話ーー間宮 結奈は歩いてくーー

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「アオォォォンッッ!」

 ドーム場の空間内で大型の魔獣アサルト・ウルブスが遠吠えの如く咆哮を上げると途端に地面から棘のような岩が次々と突き出てその周囲を埋め尽くした。

 その攻撃の矛先にいたのは六人のパーティ。
彼らはすぐさま散会し、回避行動を取ると前衛を務める三人の内二人がアサルト・ウルブスへと接近していった。
 それと同時に後退して範囲魔法攻撃の範疇から離れた一人は走りながら弓を携えてアサルト・ウルブスの背後へと回り込むと背中に向けてニ矢を同時に放った。

 「グォウッ!」

 ニ矢は狙い違わずアサルト・ウルブスの背に刺さると怒ったようにウルブスは振り返るが、その間にも接近していた二人の前衛が胴や足などを斬りつけ注意を逸らして奔走させる。

「グオォォウッ!!」
「!」
「離れろっ!」

 ちまちまと蓄積されていくダメージに苛立ったのかウルブスは一際大きく咆哮を上げると後ろ足で立ち上がると、前足に魔力を集中させて地面に叩きつけた。

 その途端、自重プラス魔力を伴った衝撃により半径十メートルに渡ってクレーターが出来上がり、足場を一瞬にして不安定なものへと作り上げた。

 けれど、接近していた二人の冒険者は既にその攻撃が分かっていたかのように後方へと下り、代わりに最初に後方へと下がっていた一人が魔法の詠唱を終えて、十数発もの火の球を作り上げて地割れ攻撃を終えたばかりのウルブスへとその全てを叩きつけていった。

「グガアアァァッ……!」

 その洗練された動きはRPGで言うところの周回プレイをこなし続けていた熟練者の動きそのものだった。
 攻撃を仕掛けるタイミングも、回避するタイミングもその全てがバランス良く組み合わされてウルブスは為すすべなく倒されてしまった。

 長いようで短い戦闘を終えた一行はウルブスの素材を剥ぎ取るとその場で小休止を始めた。

「はい、飛鳥もお水飲むでしょ?」

 そう言って皮袋で作られた水筒を手渡したのはこのパーティの純粋な魔法職に就く間宮 結奈だった。

 先ほどの戦闘でもウルブスにダメージを与えていた魔法を放ったのも彼女であったが、それだけでなく実は密かにウルブスを撹乱していた二人の前衛。
 双剣士ジョブの中野 康太と勇者の獅堂 アキラに身体強化の補助魔法をしていたのも彼女によるものだった。

「ありがとう結奈。それと悪いんだけど、MPポーションが余ってたら一つ貰えない?残りがもうないのよ」
「良いよ、でも私も残り少ないから一本だけね」
「ごめんね。街に帰ったら何か奢るわ」

  飛鳥は礼を言いながら結奈から貰った魔力を回復させるMPポーションを受け取るとすぐには飲まずに腰のポーチへとしまった。

 枢木 飛鳥も一応魔法職である。
ただそれは純粋な魔法職である結奈とは違い、魔弓士という極めてレアで特殊なジョブに付いている為、同じ魔法職に分類されていても少し異なる。

 飛鳥の場合は使用する弓に魔力などを流す事で、魔法の矢を形成しそれを放つ事が出来るのだ。
 これにより初級魔法である『火球』と同じ容量の魔力で、一段上の『火の矢』を放つ事が出来るという非常に優れたジョブなのだ。

 しかし欠点として詠唱が必要ない分手数は増えるが、消耗する魔力量も比例して上がっていくので、MP切れになりやすいというものがある。
 結奈は使い所が限られてしまうが、回復と補助。時々援護をするだけなので前へ出ない代わりに魔力消費を抑えて、こうして回復薬に余裕があったら飛鳥に分け合っている。

「地上まではあと少しだ。水分補給だけして食い物は後にしろよ」

 その場に集まった六人全員に聞こえるようにそう呼びかけたのはアキラだった。
このパーティには前衛に勇者のアキラを筆頭に双剣士の康太と大楯の安田 衛。
 中衛には飛鳥と、いつぞやの菜倉にちょっかいかけて玉を消失しかけた和田 達也がいて、後衛に結奈がいる。

 結奈以外は全員が天職持ちで、他にも天職についた魔法士は数名いたが、並々ならぬ努力と回復と補助魔法に長けた支援魔法士にまで昇華したことにより、勇者パーティのメンバーとなった。

 彼らがいるのは王都から北東に位置するホークス山脈という日本でいうところの飛騨山脈・木曽山脈・赤石山脈のように三つの山々が連なって見える場所のダンジョンにいる。

 そこではバルドラ渓谷よりも強い高難易度の魔物がひしめき、生半可な冒険者では帰ってくる事も出来ない危険な場所として知られている。

 ただ逆に言えばそこそこの力をつけてパーティとの連携が取れている者なら攻略も可能なので、修行場としても有名なダンジョンである。

 この世界に来てから国からの援助もあり、対魔王戦力としてアキラ達はメキメキと腕を上げて今では平均レベル七十前後にまでなっている。
 これはこの世界の冒険者を基準にすると熟練の銀クラス。或いは金クラス一歩手前の実力があり、それがほぼ同時に二十人も生まれたというのは驚くべき成果である。

 そんな彼らは現在ホークス山脈のダンジョン。通称・鷹の試練の攻略を終えて帰還の最中であった。
 この世界には便利な魔法やスキルはあっても流石に手軽に使える転移魔法などはなく、使用するには大規模な魔法陣と膨大な魔力が必要となる為なかなかおいそれと簡単にはいかない。
 その為行きも徒歩ならば当然帰りも徒歩であるのは至極当然のことであった。

 唯一の救いがあるとしたら行きの間にそこそこ間引かれたお陰で帰りは戦闘時間が少なく済み、倍くらいの速さで帰路に付けるということくらいだろう。
 それでも先の戦闘のように遭遇しなかった魔物と出くわしてしまうケースも少なくない。

「それにしても、案外簡単に攻略出来たな」
「あぁ、それな。もちっと手応えあってもいいと思ったんだがなぁ」

 康太の呟きに同意するようにそれまでグビグビと水を飲んでいた衛が声を出す。

 ダンジョンの攻略は場所にもよるが、この鷹の試練では全百層からなるダンジョンを踏破することで成り立つ。
 十階層おきにエリアボスと呼ばれるそれまでとは異なる強さを持つ魔物がいるが、階層が上がっていくにつれ。下へと下がって行くに連れて強さが上がって行くのはどのダンジョンでも不変の理だった。

 ちなみに鷹の試練での百階層で待ち構えていたエリアボスはイビルミフォークという禍々しい巨大な鷹と獅子を併せ持ったグリフォンに似た魔物だった。
 常に周囲に強力な風の障壁を展開させ、攻撃は愚か近く事すら困難な魔物の為、百階層まで辿り着いた冒険者はそれなりにいるが、倒せた者は殆どいない事で知られている。

 そんな相手にお気楽モードで話をする二人に向けて右欄げな視線を送る者がいた。

「お前らな。飛鳥さんと結奈さんがいなかったらどうなってたと思ってんだ?」

 若干影が薄い和田 達也くんだ。
彼は楽しそうにする二人とは反対にその会話が凄く不快に感じたように表情を険しくさせている。

「ゔっ……それは、まぁそうだけどよ」
「んな怒るなって。軽いジョークだろ?誰も本気でそんなことは思ってねぇよ」

 諌めるように康太と衛が弁解するのを聞いて達也は視線を外した。
そんな様子を話題に上がった飛鳥と結奈は苦笑いを浮かべて眺めていた。

「さて、それじゃそろそろ行くか。上まではもうすぐだ、警戒を緩めないように行こう」

 頃合いを見計らったようにアキラがそう告げると重い腰を浮かして全員が立ち上がって歩き出した。








  カルサンドラ領。
鷹の試練から最も近いその領地には王都とも引けを取らないほど活気付いていた。

 現在転移を果たしたクラスメイト達は三つのチームに分かれている。
 一つはアキラ率いる勇者チーム。
彼らは率先してダンジョンの攻略を行い来たるべき日に備えて力をつけている。
  一つは予備戦力チーム。
こちらはダンジョンにも入り力をつけ、勇者チームと引けを取らないほど戦力を高めているが、戦時には前線へは出ず、防衛戦力として強化されていっている。
 最後は非戦闘員の生産チーム。
こちらは自己防衛が出来るくらいの戦闘は行うが、戦闘には一切関与せず、代わりに治癒魔法や農作物の生産などへ力を注いでいる。

 各チームにはそれぞれリーダーがいて、アキラ達がダンジョンから戻ってきた三日後。
 カルサンドラ領にはそのチームリーダーと副リーダーが集まり、月に一度のミーティングが行われようとしていた。

「っというわけで、今日は一日暇なんです」

 冒険者ギルド備え付けの酒場の一角でそう呟いたのは間宮 結奈だった。
 話し相手は以前この世界に来て早々に知り合った冒険者チーム『灰色の狼』のフィムとエイミーだった。

 偶然にも彼らはこの領地に訪れるており、ダンジョンから帰還した翌日に消耗したアイテムの補充をしに来た時に居合わせたのだ。
 
「へぇ。それは良かったじゃないか」
「息抜きは重要ですからね。いつも気を張ってたんじゃ疲れちゃいますよ」

 そう言って彼女達は薄めた蜂蜜酒を飲みながら労ってくれた。
 私は当然ごく普通の果実水だ。お酒なんて二度と飲みません。
 そんな感じで三人でまったりと寛いでいるとフィムさんが思い出したように話題を振ってきた。

「そういえば、彼は一緒じゃないのかい?勇者一行の噂はそこら中にあるけど、どうも彼に関する話題がないように感じてね。あの子ならナードに語られるくらい何かやっていそうなんだが」

 共通の知り合いで彼女達がいう『彼』とは一人しかいない。
私は苦虫を噛み潰す思いになりながらここに来るまでに通ったホルバドでの話を思い出す。

 元々彼が王都を離れてからはそのホルバドという小さな町に立ち寄ったくらいしか分かっていなかった。
なので私は彼がその後どうなったのか気になり、立ち寄った際に冒険者ギルドで話を聞くことにした。

 受付にいたのは酷く窶れた様子の女の子で、私たちと同じ年くらいの子だった。
 元気がないわけではなかったが、何故か酷く疲れているような印象を受け少しだけ心配になったが、弓弦くんの名前を出してみると途端に表情が明るくなった。

 でもそれも一瞬の事で、今度は先ほどよりも辛そうな表情になった。
 どういうことか分からず、訪ねてみると彼は何ヶ月も前にギルド長と共に魔獣の森へと朝早くから出て行ったきり帰ってくる事がなかったそうだ。
 一日たっても帰ってこないので、ギルド長の部屋を訪れるとそこには『悪魔の子』の討伐に行くとだけ書き置きが残されていた。

 冒険者が森へ入っていくのは日常的にあることなので、帰ってくるのが遅くなるのは分かるが、酷く嫌な胸騒ぎがした彼女は急いでクエストを張り出して腕利きの冒険者に捜索依頼を出すと、三日後にボロボロの満身創痍になったギルド長だけが帰ってきた。

 ギルド長は腕や足を獣に噛みちぎられながらもそれでも数えきれないグロウウルフに奮戦していたという。
 しかし帰ってきたのはギルド長だけで、それから二週間。
捜索が打ち切られるまで探し続けたが、見つかったのは千切られた左腕と壊れた仕掛け武器の戦斧以外見つかることはなかった。

 辛うじて命を引き止めていたギルド長が目覚め、事情を聞いたところ運悪くデル・グリズリーという強力な個体と遭遇してしまったらしい。

 つまりそこで確定してしまったのだ。
葉山 弓弦という自分たちと同じ転移者であり、皆んなから怖がられ、嫌われ、でも実は優しいあの人はもう死んでしまったのだと。
  
 確定してしまった。
こっちの世界に来てから初めて話して、色々と気を使ってくれた彼もういないのだと。

  短い時間の中でしか語り合わなかった筈なのに、彼の存在は私の中で大きくなっていた。
 それは彼が出て行ってしまった後でも……いや、出て行ってからも次第に大きく想いだけが募っていった。

 また会う時までに、また会った時には私も連れて行ってもらえるように……。

 それだけを一心に私はここまで強くなってきたと言うのに、ホルバドの地に訪れた瞬間にそれまでの想いや情熱は一瞬にして凍結されてしまった。

 まるで奈落にでも突き落とされたかのような浮遊感と喪失感が押し寄せてきたのを今でも覚えている。
 様々な感情が津波のように襲ってきて、ぐるぐるぐるぐると渦に飲まれる感覚。
 目の前が突然真っ暗になり、目指していた目標が潰えてしまった時のあの感覚を言葉にするとーーそれは正しく絶望というのが当てはまるものだった。

 それでも私が前へと進み、これまでやってこれたのは一重に親友の飛鳥がいたからだと思う。
 彼女がいたから私はまだ持ち直す事が出来たし、何より私には彼が死んだとは思えなかった。
 単純にその事実が受け入れられずに思いたくなかっただけなのかもしれない。けれど、何故か不思議と彼が死んだとは思えなかったのだ。

 だから私は力をつけ、強くなる事に再び情熱を注いだ。
見つかったのは彼の腕と壊れた武器だけだ。まだ身体が見つかったわけじゃない。
 本当に彼が死んでしまったのだと確証が得られるまで、私は彼を探し続ける事を決めた。

 全てを語り終えると、私は手首に嵌めていた腕輪を二人に見せた。
 一見どこにでもありそうな何の変哲も無いその腕輪は銀色の縁に黒いラインが入った特徴をしており、よく見ればラインの方だけキラキラとしたものが混ざっているのが見える。
 
「……灰の腕輪か。親しい者の物かと思ってはいたが、彼のだったとはね」
「はい。ホルバドの受付嬢さんがこの腕輪にしてくれたそうです」
「何ですか?それ」

 小首を傾げて興味深そうに腕輪を見ていたエミリーが訪ねてきた。

「エミリーは知らないか。まぁ余り有名なものでもないしな……灰の腕輪とは死者の遺骨を粉末にして錬金術で特殊な鉱石と合わせる事で作った腕輪の事だ。
 効果などは特にないが、昔からある古いお守りみたいなものだ」
「へぇ、何だかんだロマンチックですね。『いつまでも貴方と共に』みたいな感じがして」
「そ、そこまでじゃないですよ。でも、そうですね……これは私の決意みたいなものです」
「決意?それはなんの?」

 無意識のうちに右手が腕輪に触れながら私は思っている事を口にした。

「忘れてはならない、そしてまた彼と会うために。そういう決意です」
「ふむ……若いな」
「え?」
「いや、何でもないよ」

 小声でフィムさんが何か言ったようだったが、上手く聞こえて来なかった。

「しかし、探すにしても現実問題として何か当てはあるのかい?」
「当て……という程ではないですが、腕が発見されたのはダイラス迷宮へと続く深い谷へと落ちていったそうです」
「え?!」
「それはまた……」

 ダイラス迷宮はこの世界に広がる巨大な地下トンネルのような場所だ。
 そこには迷宮というだけあって複雑に道が入り組み、強力な魔物や魔獣が犇めく場所として知られている。
 
 そんな場所に片腕を失った人間が落ちていったと聞いては先ほどまでの何処か腫れ物でも見るような雰囲気から一変して諦めるよう説得する空気へと変わった。

 それに私は何か言葉を発するわけでもなく、小さく微笑むと、悲痛そうな表情を浮かべてそれ以上は何も言わなくてなった。

 彼女達が何を感じたかは言わなくても分かる。それでも私には弓弦くんが今も何処かで生きているのではと思えてしまうのだからどうしようもない。

 きっと自分の中にある何処かが壊れてしまっているのだろう。
それでも私が感じているのは間違いではないし、この気持ちを失うわけにはいかない。
 これを失ってしまったらきっと私は立ち直れなくなるから、だから私は彼女達が思っていることを察しても考えないように、見向きもしないように努めた。

 そんな私にフィムさんは溜息交じりに話しかけてきた。

「……この地域ではまだ未確認だが、ダイラス迷宮は今スルグベルト公国から見て西に向かって魔物の減少が確認されてる」
「え?」

 突然の情報に思わず聞き返すが、フィムさんは構わず言葉を続けた。

「知っての通りダイラス迷宮は広大な上、複雑に道が入り組んでいるが、魔物の質が良いこともあってそれなりに冒険者達が入り込む場所でもある。
 それが現在近年稀に見るくらい魔物の数が減っていて、一部の貴族間ではこれを機に魔物を掃討し、流通路を確保しようという動きがある」
「掃討?流通路?そんな事をして何があるんですか?」
「最初に言っただろう。西に向かって魔物が減っていると。西には何があるか知らないか?」
「えっと、境界山脈……ですよね。あの凄く高い山がある」
「そうだ。じゃあその境界山脈の向こう側には何があると思う?」
「何って……確か、亜人の国があるって聞いたことがありますけど。そこと貿易でもするんですか?」
「貿易?ハハッ確かにそうかもしれないな。ただし、酷く一方的なものとなるだろうが」
「え?」

 フィムさんはそこで言葉を区切ると残っていた蜂蜜酒を一気に煽り、怒りに染まった瞳で空になったジョッキを握りしめる。
 その隣ではエミリーさんも同じように不快な表情のまま動かないでいた。

「君は知らないか……あぁ、いや。知らされていないんだな。まぁそれもそうか、異世界から来たという君たち使徒には関係のない話だものな」
「……一体、何があるんですか」
「奴隷狩りだよ。私たち獣人やエルフ、ドワーフなどの亜人種を一方的に奴隷として飼おうとしているのさ」
「なっ?!」

 驚きのあまりガタッと椅子から立ち上がってしまう。
突然のことに周囲にいた人たちはギョッとしたように見てくるが、そんな事など気にならないくらいフィムさんの言葉に衝撃を受けた。

 この世界には確かに奴隷がいるというのは知っていた。
けどそれは罪を犯した犯罪奴隷と税などが払えず、身売りした一般奴隷が大半で違法に搾取された奴隷は極一部だけだと聞いていたからだ。

 世界が異なればそう言った事は仕方がないし、地球でもかつては……いや、今の現代社会でさえ地域によってはそう言ったものがいるのは授業やメディアを通して知っていた。

 なのでそれほど深くは考えず、そう言ったものもあるという認識でいたが、彼女の発言では貴族……それはつまり国に仕える者が率先して違法となる奴隷狩りを行おうとしているようにしか聞こえなかった。

 とてもじゃないが信じられない事実に思わず否定して欲しさからかエミリーへと視線を向けるが、彼女は視線を下へと向けたまま顔を見てすらくれなかった。

 それだけでフィムさんが言ったことが全て真実である事を妙理物語っている。
 
「この国はね……いや、この世界では人間以外の種族は等しく家畜としか思われていないんだよ。ユナ」
「そん、な……でも、それじゃフィムさんは」
「私かい?その手の者に捕まれば勿論奴隷だよ。でも幸いな事にエルフやドワーフはその能力を買われてまだ一般社会に溶け込むことが出来たんだ。
 それでも人前ではなるべく顔は隠しているし、認識阻害の魔道具も使っている。こんな風にね」

 そう言ってフィムさんは魔道具を使ったのか、顔つきが変わり知らない人へ変わってしまった。
 髪型や顔つきはそのままなのに、エルフ特有の長い耳は短く人間と変わらない大きさになり、瞳の色もエメラルドのようなグリーンから綺麗なブルーへと変わった。

 私はその光景に更に驚いた。耳や瞳の色が変わったことではなく、そんな物が日常的に必要な事に驚いたのだ。
 地球でなくともごく普通に生活していたらまず必要のない物なのに彼女にはそれがなくてはならないものだという事に愕然としてしまった。

 だが、次のフィムさんからの言葉で私は更に驚愕し、思わず口元を押さえてその場にへたり込んでしまった。

「私たちエルフやドワーフはまだいい。だが、獣人は別だ……彼らは捕まれば男は労働力として働かされるが、女は間違いなく苗床とされ、生まれてくる子供は大抵姿形が人に近くなり、名残として耳と尻尾を残すから変態共がこぞって買い付けていく。
 それが一生続き、死ぬまで辱めを受け、死んでも埋葬などされず、バラして家畜の餌になる」
「う、そ……なんで……」

 最早声にならなかった。言葉に出来なかった。
淡々と語られる言葉の一つ一つが、信じられなかった。
 いや、信じたくなかった。
特に最後の方など考えたくもなかった。獣人というのは見たことはないが、それでも同じ女としてフィムさんが語った事が事実だったとしたら吐き気が込み上げてきた。

 口元を押さえ、脳裏にバラバラになった死体を家畜に食わせる人の姿を連想するとそれだけで目の前が真っ暗になる。
 昔弟が見ていた戦争映画にも似たようなシーンがあったが、その記憶と相まってより鮮明に想像してしまう。

「……フィム。もうその辺りに」
「ッ……あぁ、すまない。話が大幅に逸れてしまったね。こんな話をしたかったんじゃないんだ」

 見てられないとばかりにエミリーさんが、声をかけて更に言葉を続けようとしたフィムさんを静止する。
 フィムさんも……ハッとしたように頭を振りながら謝まってくるが、その瞳からは未だに怒りと憎悪がチラついているのが分かる。

 きっと話しているうちに同じ亜人種である獣人に対する人間の姿勢が腹立たしくてヒートアップしてしまったのだろう。なので私は短く「大丈夫です……」と答えるだけに留めた。

 この世界に来てから一年近く経っているのに改めて知った事実に腹の底から今まで感じたことのない、言葉では形容し難いモノが込み上げてくる。

 けれど、今はその込み上げて来るものを無理矢理飲み込み、フィムさんの話を聞く事に専念した。
 そうする事で一時的にでも深く考えないようにしなければならない、そうしなければ泥沼にハマるように思考の渦に飲まれてしまう気がしたから。

「……私が伝えたかったのは半年ほど前にある冒険者がダイラス迷宮で巨大な『化物』を見たという報告があったと言う話だ」
「化物……?魔物か何かですか?」
「それは分からない。それは兎に角巨大で、出会す魔物や魔獣の尽くを喰らい尽くしていたという。
 そしてそれは、ゆっくりと東へと向かい王都のすぐ近くにあるダイラス迷宮の一つを通ろうとしていたので冒険者ギルドは総力を挙げて阻止しようと動いた。
 当然私たち『灰色の狼』も参加したのだが、アレは……最早『化物』なんて言葉では表せない本物の『怪物』だった。
 様々な伝記や伝承・資料などを調べ尽くしても皆目見当も付かない代物で私たちはアレをグラトニーと名付けて調査に乗り出した。
 その過程で分かったのはグラトニーは王都から少し西に向かった地で生まれたとのではと考えられた」
「王都から西へ……それって!」
「あぁ、君が言ったホルバドという町のすぐ近くだ。時期も……同じとは考え難いがほぼ同時期といえよう。
 あくまでも勝手な憶測だがな」

 そう言ってフィムさんは静かに瞼を閉じた。
どうやらこれ以上話せる情報がないようだ。けれど私にとってはこれ以上ない程の朗報だった。

 これまで死んだと思われていた彼がいた場所にたった一つの糸口が見えたらからだ。
 正体不明の怪物であるグラトニーと彼がどう言った繋がりがあるかは分からない。それでも探してみる価値は十分にあるはずだ。





 この事を飛鳥にも相談しようと思い急いで宿泊させてもらってる領主の家に戻るが、残念ながら飛鳥はまだ会談の途中らしく会えなかった。

 仕方なく割り当てられた自室で紅茶を飲みながらこれからの事を考えていると、ふとフィムさんから教えてもらった奴隷についての話を思い出した。

 話を聞いている時でも思ったが、今考えても胸焼けがするくらいの酷い話に思わず溜息が溢れてしまう。

 これまで王都にいた時に教会の人たちからこの世界の常識や礼儀、作法などを教えてもらってきたが、そこで学んだ事の大半は上部だけだったのだと痛感したからだ。

 教会の人たちの話を聞いている時は余り深く考えず、何となく理解した気でいたが、綺麗ごとばかりで世界が回るはずなどないのにその一切を疑わずにただそういう事があったんだなぁくらいにしか思わなかった。
 よくよく考えてみたら不思議……というよりも不審な点はいくつもあったのに。

(今更だけど、どうしてもっと深く考えなかったんだろう。どうしてもっと疑問を抱かなかったんだろう……)

 胸の中でもやもやとした感情が湧き出てくる。

 特に奴隷についてはあの時話を聞いていて疑問に思っても良いと思うのにそれすらなかった。

 古今東西世界が違っても奴隷は存在する。
それが身分差だったり宗教的理由だったりと様々な理由があるが、肌の色が違うだけでも人は人を虐げようとする。

 それなのにこの世界には様々な種族がいる。
地球のように人間だけが暮らしているわけではなく、エルフやドワーフ、獣人だったりと寝物語のような種族が乱立しているのだ。
 
 そんな世界で、人間が人間以外の種族を差別しないわけがない。虐げようとしないわけがない。

 何故ならそれが人間の性というものだから。
自分たちといくら似た姿形をしていても、それは似ているだけで自分たちとは違うものであり、それを認めようとはしない。

 そして人はその存在が認められない時は最初に恐る。
得体の知れないものには近づきたくないから遠ざけようとする。
 けれど、数で上回っていた場合。または自分よりも劣った弱い存在だと分かった場合。
人は恐れを忘れて暴力を振るい、力で虐げて蹂躙する。

 地球では同じ人間でさえ奴隷にしてきたのだ。
それなのに人間以外の種族のいるこの世界では人間は人間だけでなく他種族まで奴隷として扱おうとするのは……嫌な考えだと分かっていても、当然といえる。

 人間の欲には際限がない。区切りもなければ終わりもない。
それは様々な漫画や小説にも出てくる話だけど、実際にその事は世界は違うけど、地球の歴史が証明している。
 一つを手に入れた人間は二つ目を、三つ目を、四つ目をと次へ次へと手を伸ばそうとする。

 その殆どは途中で強制的に終わりを迎える事となるが、破滅を迎えると分かっていても手に入れようとしてしまうのが人の欲だ。
  
 だから人間が他種族である亜人を奴隷として蹂躙していても何ら不思議ではないと分かっていた筈なのに……私はその事から目を背けていた。

 単に教会の人達から教えられなかったからというのもあるだろうし、自分たちのことで精一杯だったというのもあるだろう。

 けれどいつまでも余裕がなかったわけじゃない。
確かにホルバドで弓弦くんの行方不明が判明してからは視野が狭まり、気持ちに整理がつかなくて落ち着かなかった。
 でも、ホルバドにつく前。行方不明が判明する前までの自分はどうかというと、バルドラ渓谷のダンジョンを攻略し終えてからはしばらくの間は余裕があった。

 少なくともあの時はダンジョンを攻略した安堵感や強くなったという確信があったからそれなりに安心していたし、気持ち的な余裕はあった。

 きっかけがなかったといえばそれまでだが、それでも私は以前から『歴史』というのが好きだった。
 学校の授業でもそうだったけど、歴史は紐解いていけば物語が繰り広げられていくようでそれが楽しくて何よりも好きだった。

 どんなに暗い話でも読めば知識として身になるし、テストなんかでも知らなくて損する事はあっても知っていて損する事はないのだから私は暇な時間を見つけては歴史書は勿論のこと文学書なんかにも手を出していた。

 そんな私がこの世界での歴史について殆ど調べていなかった事に今更ながら気づく。
 確かに教会の人からは色々な話を聞いているし、かつての魔王と勇者の武勇伝や伝記についても教えてもらってきたが、自分から積極的に調べて来ようとはしなかった。

 王城備え付けの図書館に赴いた時も自然と足が向かった先にはこの世界の歴史が記されている本ではなく、私達を召喚してみせたこの国の教会の生い立ちについて調べていた。

 興味がなかったわけではないが、優先順位はどちらかというと低く、然程調べてみたい内容ではなかったはずなのに気がついたら教会に関する資料や魔法についての資料ばかりを追い求めて、この世界の歴史については殆ど全くと行っていいほど調べていなかった。

(……何で?どうして私は……分からない。教会の生い立ちについてなんてどうでもいい筈なのに、どうしてそんな事を調べていたのだろう)

 自分の中で最初にあったモヤモヤは更に大きくなり、疑念すら浮かんでくる。
 まるで誰かに誘導されて意図的に調べる事を妨害されていたように思えてくる。

 そう思うと何だか背中から悪寒のような冷たい空気が流れてくるのを感じてしまう。
 よく分からない恐怖が僅かながらに込み上げてくるが、それでも考えを巡らせずにはいられなかった。

(仮に……仮にこの国の、世界の歴史について調べられないように細工した人がいるのならその目的は何だろう?)

 魔法の中には人を寄せ付けない人払いの魔法が存在し、それを使えば妨害工作は出来るけれど、隠す『意味』が分からない。

 私達は復活した魔王に対抗する為に召喚された勇者とその一行でしかなく、別にこの世界にあった歴史を知ったところで特に意味は成さない。

 何故なら私達転移者は元の世界に帰りたいという願望があるから。
 別にこの世界を嫌っているわけじゃないけれど、少なくとも私は元の世界に帰りたいと思ってるし、酷い言い方をすれば関係ないという気持ちさえある。

 だから歴史をいくら調べて後ろ暗い経歴がいくらあったとしても私達のやる事は基本的には変わらな……もしかして、それすらも変わってしまう理由があるというの……?

「ーーーーッ!」

 そのことに思考が行き着いた瞬間、嫌な事を思いついてしまった。
 全身から冷や汗が止めどなく溢れて頬を伝う。
呼吸が僅かに乱れ、手にしている紅茶のカップを握る手が小刻みに震えてしまう。

(ダメだっ!これ以上はダメッ!これ以上考えたら戻れなくなるっ。もう全部が全部どうでもよくなるっ!)

 必死に心の中で呼びかける声とは正反対に思考だけは巡ってしまう。

(自分達が魔王を倒そうとする理由は一つ。元の世界に帰りたいから。その為には魔王の持つ核が必要不可欠)

 バラバラになったピースが少しずつハマっていく感覚。

(この世界の人達にとって転移者は魔王に対抗出来る強力なカードで、無意味に失ったり逃してしまうわけにはいかない。だからそのヒントすら与えようとしたくない)

 気持ち悪かったモヤモヤ感から一変して吐き気を催すくらい胸の内側から嫌な感情が込み上げてくる。

(本当は彼らは知っているんだ私たちが望む答えをーーだから隠しているんだ。答えを知った私たちが使い物にならなくなる事を恐れているんだ)

 過去に読んだ事のある膨大な量の歴史書や文学書の知識の中には当然ながらも戦争についての記述もあり、軍略や策略と言った陰謀めいた物も沢山ある。
 それらは一貫して感心する物もあれば眉間に皺が寄ってしまう悪逆非道のような物まで多種多様に存在するが、その全ては確実な勝利を掴む為、そして後の禍根と繁栄を考慮した事で行われてきた事だった。

 それらと照らし合わせて今の自分たちの状況をより正確に把握してしまう。
 策略や陰謀は読んで字の如く、相手を騙して陥れることに他ならない。

(世の中には知らない事がある方が幸せだと言う者があるけれど、これは正しくそれに違いない)

 知らずら知らずの内に私たちはこのスルグベルト公国という国に飼いならされている。
 いや、それどころか現在進行形で調教されているといっても良い。

「は、ははは……」

 乾いた笑い声が込み上げてくる。
簡単な事だった。分かってしまえば中学生だって思いつく。

 この世界に来てすぐに私たちは帰れる手段があるのかを尋ねた。
 その結果、あると答えられ安堵した。安堵してしまった。
碌に自分たちで調べもせず、確証もないまま魔王を倒せば、魔王の核さえ手に入れば自分たちは元の世界に帰れるとのだと信じてしまった。

 突然の出来事で動揺していたとはいえ、誘拐犯の言葉を信じてしまうなんて本当にどうかしていた……笑うしかないとはこの事だろう。

 今でこそ私たちはレベル上げという理由で外に出られているけど、一時期は数ヶ月から半年の間、城の中でのみ生活していた。
  今回も鷹の試練での攻略を予定通り終えたので恐らく一時帰省ということで、再び城にもどることになる。

 そこでの生活は起床時間から就寝時間まで決められており、外出するにも許可と制限時間が設けられる。
 そして外出時には必ず自分の位置を知らせる事のできるブレスレット……所謂GPS付きの魔道具を渡される。

 名目上は危険があった時に直ぐに兵をその場に派遣してくれる為の安全策だけど、逃亡を計った時に直ぐ追っ手を差し向けられる為に違いない。

 魔道具は決して安いものではない。
どんなに安くても平民なら半年は生活に困らないくらいの値が張る。

 それらを考慮して城での生活を省みると、はっきり言って監禁、もしくは軟禁状態と言って良い。
 それなのに、これまでクラスメイトの誰一人。不平不満を訴える者がいなかった。

 いくら城内は広く待遇も良いとは言っても限度がある。
数ヶ月ならまだ耐えられるだろう。けれど半年も城の中でのみ生活していたら息が詰まるし、不満が募ってくる筈だ。
 それなのに誰一人として声をあげる者がいないのは異常としか言いようがない。

 何らかの魔法が使われているに違いない。
恐らく精神に干渉してくるものだろうけど、今はそんな事どうでもいい。

 何はともあれ私は気付くことが出来た。いや、気づいてしまったというべきだろうか……。
 けれど不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
先ほどまで震えていた手はいつの間にか止まり、混乱していた思考もどんどんとクリアになっていく。

 脱力とは違う。先ほどまで感じていた重い重圧から解放されたように、止まっていた時間が流れ出したように心が軽くスッキリしてきた。

 有り体にいえば吹っ切れたのだろう。
もうどうにもならない、どうしようもない。諦めるしかない。

 例え本当に元の世界へ帰る方法があろうがなかろうが、最早全部が全部どうでもいい。
 魔王の討伐もこの世界の事情も何もかもがどうでもいい。
寧ろ知った事かと憤りまで湧いてきた。

 だらりと紅茶のカップをテーブルに置くと瞼を閉じて上を見上げる。
 全身の力を抜いて思考に没頭するときはいつもこうやってる。

 恐らく魔王の核を使えば本当に帰る事が出来るのだろう。
でもこの国が、この世界の住民がそれを良しとはしない筈だ。

 何故なら私たちは勇者とその一行である使徒なのだから。

 宗教とかはよく分からないが、地球の歴史の中でも宗教という信仰は中世時代には盛んで絶大な力を持っていたという。

 それはどうしてか、答えは簡単。人は弱い生き物だから頼れる何かが欲しいからだ。

 その上この世界には魔法なんて非科学的なものまである。
どうして何もないところから火を作り出す事が出来、魔法なんてものを広めたのかと言及されたら『それは神様の御意志で我々に慈悲を与えて下さった』といえば何でも解決してしまえる。

 そんな事ある筈なくとも否定する材料もなければ肯定する材料もない。
 つまるところ、よく分からないものは皆んな神様の思し召しといって解決させてしまえば良いとなる。

 だから科学が全く発展せず、神様なんていう曖昧だが、魔法があるから現実味が帯びる物に人々は信仰を手向ける。

 故に私たちはその神様によって召喚された『使徒』として讃えられ、神様が実現するという生き証人としてこの世界の人々から元の世界に帰ろうとしても待ったがかかるだろう。

 何より元の世界に帰ろうとしても国は全力を挙げて止めに来る筈だ。
 私たち転移者のステータスはこの世界の人たちよりも格段に優れている上に天職にも付いている人間が多い。
 それはつまり、自国に取り込んでおけばたった一人で数十人分の戦力を確保しているのと同意義だからだ。

 仮に今他国が侵略してきたとしても、転移者総出で出れば、戦争は長期化する前に鎮圧出来てしまうだろう。
 そのくらいの戦力がある。

 そんな絶大な力をみすみす逃してしまう国はないだろう。
寧ろあったとしたら真っ先に潰れている筈だ。
 お人好しは他人に好かれる事が多いけど、それだけで世界が回る筈などありはしない。

 つまり、魔王を倒そうが倒さまいが私たちは元の世界には帰れない。帰られない。
 集団心理と魔法を利用してこのまま一生戦いが終わっても飼い殺されることだろう。

 だから……もう、全部が全部どうでもいい。

 そう思った時、この世界に来て早々に消えていった彼らのことを思い出した。

(……弓弦くん達はこの事を見越していたのかな)

 可能性としてはなくはない。
彼らが消えた理由も目的もその一切が不明のまま姿を眩ましてしまった。
 理由の一つとして弓弦くんのステータスが私たちどころかこの世界の誰よりも劣っていたから劣等感やこれまでの恨みを恐れてではと囁かれていたが、今ひとつ違うような気がした。

 ステータスが低かろうと彼は強かった。
それはフィムさん達『灰色の狼』も認めていたし、ホルバドではギルド長自身もその強さを認めていた。
  何よりも弓弦くんは城を去る前に皆んなの前でアキラくんから受けた猛攻の一切を見切りっていた。
 そんな彼が弱いとは私には一切思えなかったし、同時に誰よりも強いと確信した。

 だから城を抜け出した理由の一切が私には分からなかった。
 彼ならどんな障害があろうとも壊して進みそうなイメージがあったからだ。

 菜倉くんと庄吾くんに関しては弓弦くんの後を追ったのではと思ったが、それにしては情報が全くといっていいほどなかった。
 いつ城を抜け出したのかも、何処へ向かっていったのかも全てが不明。全くの謎である。

 そんな彼らが抜け出した理由がもし仮に私が気づいたようなものだったとしたら、面倒ごとを嫌う彼らの判断は正しいと言える。
 私自身、もう全てがどうでもよくなってしまったのだから、止める理由がない。
 でも私も連れていってくれなかった事に、少しだけ寂しさも感じてしまう。

「はぁ……これからどうしようか」

 溜息を零して閉じていた瞼を開く。
ぼーっとしばらく天井を見つめていたが、やがて意を決したように立ち上がった。

「よし!どうせここにいても碌な事にはならないんだし、好きな事をしようっと!」

 どっちにしろ帰る事が出来ないのなら国の操り人形として出なく、自分の意思で生きていこうと意気込み早速荷物を整え出す。

 元の世界には未練しかないけど、それ以上にただの戦力・兵器としてしか見てこない国にこれ以上付き合う義理はない。
 確かに色々と尽くしてはくれているけど、元を正せば勝手に召喚してきて勝手な事情を押し付けてきたので、どちらにせよ付き合う理由にはならない。

 そんな時、コンコンッと部屋をノックする音が聞こえてきた。
私は慌てて整理していた荷物をしまおうとするが、返事をする前に扉は勝手に開かれてしまった。

「ただいま~……何してんの?」

 部屋に入ってきたのは長い黒髪のポニーテールを揺らしながら疲れた表情の飛鳥だった。
 どうやらミーティングが終わったらしく、今後の方針説明をする為に部屋に来てくれたようなのだが、些か不味いタイミングで来られてしまった。

「あ、アハハ……ちょっと荷物を整理しようとね。もうじき王都へ帰るんでしょ?」
「帰りたかった?でも残念。今回はこのままバリューズっていう西の方にある街に行く事になったわ」
「え?」

 予想外の答えに私は目をパチクリさせて事の経緯を促した。

 バリューズとは王都とグローゲン砦との中間地点に位置する街で、元々は傭兵が立ち上げた場所として知られているが、現在は交易が盛んで、すぐ近くにはダイラス迷宮とは別に『ホープの遺産』というダンジョンがある事で賑わっている場所だ。

 ホープの遺産とはその昔、金クラスの冒険者が発見したダンジョンで、中には高レベルの魔物が待ち受けているが、珍しい食材や鉱石などが採取出来る事から発見した冒険者の名前から由来して名付けられたダンジョンらしい。

 今回、どうしてそのバリューズに向かうかというと、勿論ダンジョン攻略も目的としてあるが、傭兵が立ち上げたというだけあって、そこにはコロシアムが設立されており、対人戦における実戦経験を積ませる為にと向かう事となったのだ。

 どちらにせよ、西へ向かうつもりだったけれど、飛鳥の話を聞いていると悪い話ではないにしてもいい話でもない気がした。
 対人戦なら城に居た時だけでなく、様々な地域に赴いた時に野盗に出くわしたりしたのでそれなりに経験は積んでいる。

 それなのにわざわざコロシアムなんかにいって実践訓練を行うなど一体なんの得があるというのか……いや、得ならあるか。
 コロシアムという衆人環視の中で勇者であるアキラくんが勝者となればそれだけで名声が得られるし、良い宣伝材料になる。
 更に他国の人間には警戒心を植え付ける事ができて、下手に手を出してこれないように釘をさすことができる。
 おまけに試合を見た出資者の中から多額の寄付金を納めてくる者も少なからずいるだろう。

(まさか、視点が違うだけでこんなにもポンポン出てくるなんて……これまでの自分が如何に盲目だったのかを考えさせるなぁ~)

  などと苦笑交じり関心していたが、まぁ何にせよ今後の方針は決まった。

 バリューズまでの道のりは凡そ三ヶ月はかかる。
それまでの間に私がする事は飛鳥を説得してこのパーティを抜け出す事だ。
 出来るだけ自然に、怪しまれないように姿を消せれたら幸いだけど、きっと何かしらの混乱は起きるはずだ。
 自分で言うのも何だけど、私は戦闘技術は殆どないがその分補助やサポートに徹してるだけあって私が抜けた時の穴は大きい。
 だからその代わりを用意しておかないと、きっとどこまでも探しにくる事だろう。

 やる事は沢山ある。でもそれをやらないときっと後悔することになるし、操り人形のまま終わる気もない。

 だからやれる事を全力でやっていこう。
そしてこの世界の事をもっと沢山知って、彼に会いに行こう。

 生きてるかどうかなんて関係ない。
どんな姿になっていようと、私は私の道を歩くことにしよう。
 そうじゃなければ、たった一度の人生……それも異世界転移なんていう漫画のような体験をしているのに勿体ないからね。






 投稿が大変遅くなり、申し訳ありませんでした。
 本来なら年初めに投稿する予定だったのですが、インフルエンザにかかってしまい投稿が遅れてしまったので、色々と見直しやら手直しなどをしていたらこんな時期になってしまいました。

 これからは以前のように一週間ペースでの投稿を目標としていきますので、何卒応援の程よろしくお願いします!

 尚、今回は若干忘れ去られているであろう間宮 結奈ちゃんが歩き始める番外編となっていますが、次回からは本編である葉山 弓弦くんの話に戻っていこうと思っています。
 
 番外編に関しましてはご要望の声に応えていこうと思いますのでコメントの方をよろしくお願いします。








 
 

 


 




 
 
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