頭にきたから異世界潰す

ネルノスキー

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第3章

第40話ーーその頃の転移者達ーー①

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「クソッ!」

 ダンッと力強くエールの入ったジョッキを机に叩きつけながら悪態をついた男は込み上げてくる苛立ちと焦りに普段なら平然としている装いも無視して再びエールを一気に飲み干す。

 ここはバリューズに訪れた多くの貴族が利用する高級宿屋の一室で室内は他の宿屋に比べて広く快適な空間が形成されていた。
 特にこの部屋はVIPルームと呼ばれる特別な個室で他にはない機能が備わっていたりする。
 例えば外部へ一切音を伝えない完全防音仕様になっていたり、入室時には特定の人物しか開閉できない魔道具が使われていたりだ。
 地球で言えばそれほど大したものではないかもしれないが、異世界であるここではたったこれだけの機能でも目が飛び出すほどの金額が要求されるほどだ。

 そんな高級宿屋で昼間から酒を煽って苛立ちをぶつけているのは『勇者』である獅堂 アキラだった。
 バリューズへはコロシアムがある為腕に覚えのあるものが多くいる。だから来たる魔族との戦争に備えて共に戦ってくれる戦力を集めるためにやってきたのだ。

 先日の悪魔の子の討伐依頼も自分たちの力の一端を見せつけて付いてくる者たちへの宣伝も兼ねて請け負った物だったが、突然襲われた魔物の集団によって討伐依頼から防衛戦へと切り替わり襲来する魔物を撃退していった。

 幸いにも襲撃してきた魔物はそれほど強くはなかったが、いかんせん数が異常なまでに多く、しかも自分たちを襲うのではなく森の外へと向かおうとしていたこともあってアキラたちは苦戦を強いられていた。

 それでも何とか魔物を退ける事が出来たが、その時にパーティメンバーであり、回復や補助などで活躍していた間宮 結奈が魔物に拐われてしまった……と思い込んでいる。

 その為か、救えなかった事への後悔が日々募っていき酒を飲んでは当たり散らすのが日課になっていた。
 とはいえ、そんな醜態を仮にも勇者であるアキラが晒すわけにはいかないので仲間内にも秘密にしてこうして自室で一人飲んだくれては悪態を吐くに留めるだけまだ理性的といえよう。

「結奈さん……どこにいるんだ、どうして……」
「随分荒れてるわね」

 机に向かって俯いていると、不意に声がかけられたがその声音と気配から誰であるのかすぐに察したアキラは焦るそぶりも見せずに俯いたまま答えた。

「……ノックくらいしたらどうだ?飛鳥」
「したわよ。返事は聞いてないけど」

 そこに立っていたのは長い黒髪をポニーテールに束ねた枢木 飛鳥だった。
 背中には弦のない弓を背負い、矢筒も持たずに佇むので一見したらヤル気のない弓使いのようではあるが、彼女の天職は魔弓士という非常にレアな職業である為、弓の弦も矢も魔力によって直ぐに形成出来るのでここで戦闘が始まっても問題なく対応できてしまう。

 飛鳥はノックにすら気づいていなかったアキラに溜息を零して向かいの席へと腰を下ろした。

「あの子なら大丈夫よ。あの程度の魔物に遅れをとるなんてありえない。それに騎士団が捜索に派遣されたって聞いてるし、時期に見つかるわよ」

 自分でも安っぽい慰めだなと思いながらアキラに声をかけ、ついでにエールと一緒に置かれていた果実酒を手に取り一緒に飲み始める。

 断っておくが、アキラも飛鳥も地球では超が付くほどではないにしろ真面目な人間だったので未成年にも関わらず酒を飲むような人物ではなかった。
 けれど地球ではない異世界での生活が長く続いている事と様々なストレスからか嗜む程度の飲酒は行うようになっていた。

「……随分と落ち着いてるんだな。親友が行方不明になったってのにっ」
「黙りなさい。親友だからこそ落ち着いてなきゃいけないのよ。そのくらい分かるでしょ?」
「っだが!あの時俺たちは結奈さんを助けられた筈だっそれなのにどうしてっ!」
「なら、見捨てれば良かった?外に抜け出そうとする魔物を放ってこの街を見放してればアナタは満足した?」
「ッ!」

 飛鳥の言うように大半の魔物は森の外へと抜けだす前にアキラたちが退ける事に成功した。けれど、全てではない。
 アキラ達を倒さないと分かると撤退する魔物の中で一部が広範囲に広がり森の外へと抜け出そうとしたのだ。
 
 アキラ達にとっては弱い分類の魔物であっても一般人にとっては十分に脅威だ。特に物量という個体の強さとは関係のない教育に対しては多少腕に覚えのあるものでもあっという間に飲み込まれてしまう。

 そうさせない為に、被害を少しでも抑える為に走り去っていく結奈を視界に捉えながらも動かず見過ごしてしまったのだ。
 その事を理解してしまっているアキラは飛鳥からの問いかけに苦虫を百単位で噛み潰したような渋い表情になって背ける事しか出来なかった。

 世界の脅威である魔王を倒す為に召喚された勇者が守るべき民衆を見捨てて仲間を優先させる……そんな事がアキラにはどうしても出来なかったからだ。

 この世界での生活が長かったせいか、それとも生来の正義感からかは定かではないが『弱者を守るのは強者の務め』であるとアキラの中では固定概念レベルで意識の中に溶け込んでいるのだ。
 魔物の大群を見逃す事など出来るはずがない。

「……王都から連絡があったわ。行方不明者は騎士団に捜索を任せて勇者一行は王都まで戻って来いとのことよ」

 そんなアキラに飛鳥は果実酒を見つめながら伝令にあった連絡を告げていき、その言葉にアキラはピクリと反応を見せるが続く言葉に驚愕を露わにした。

「魔王軍が動き出したそうよ」.
「なに?!」
「まだまだ遠い土地らしいけど、詳しくは王都に帰還してから知らせるそうよ……結奈の事は心配だけど、私たちは私たちのやるべき事をやりましょう」

 そう言って残りの果実酒を飲み干して飛鳥は部屋を出て行ってしまった。きっと残りのメンバーにも今回の事を知らせにいくのだろう。

 アキラは去っていった飛鳥の後ろ姿を見送ると呆然と天井を見上げて飛鳥に言われた事を思い返す。

「やるべき事をやる……か。フッ、好きな人すら救えない奴が何を……はぁ、こんな事を言っても無駄か……」

 自分の事を嘲笑して卑屈な笑みが溢れてしまう。
 そんな時、ふと一人の男の事を思い出した。

 この世の誰よりも嫌いな男の顔だ。思い出すだけでただでさえ苛立っていた気が更に苛立ち、怒りにすら発展しそうな程大嫌いな男ーー葉山 弓弦。

 自分でもどうしてあんな奴の顔が思い出したのか分からなかったが、それだけで酷く苛立って仕方がない。
 
(俺はアイツが嫌いだ。傍若無人・傲岸不遜・協調性のカケラもなく人の事を常に見下した態度……本当に腹が立つ。
 この世界に来てからだってそうだ。何処かへ行ったかと思えば結奈さんと朝帰りで、何があったのか聞いても何一つ答えてくれなかった。
 終いには俺が悪者扱いまでされ……あぁっクソッ!思い出しただけで本当に腹が立つ!)

 何気なしに思い出してしまったが為に勝手に苛立つアキラはやり場のない怒りを酒で誤魔化そうと次から次へとジョッキやら瓶やらを開けていった。

 その後、王都への出発日時を伝えに来た飛鳥に呆れられながら怒られたのはいうまでもない事だった。







 馬車に揺られること一週間。
 勇者一行は要所要所で軍馬を交換する事で最速で王都までの帰還を果たす事になった。

 本来なら迷宮攻略などもする予定だったので予定したものより凡そ二ヶ月程早い帰還となった。

 その理由は魔王軍の進軍が確認されたからだ。

 王都へ帰ってくると旅の疲れを癒すより先に謁見の間へと通さられる事となった勇者一行は最低限の身支度だけを整えて長い廊下を歩いていた。

 案内役の兵士の後をアキラ・飛鳥・中野・安田・和田の順に歩いていった。
 普段なら軽く雑談でもしながらついて歩くのだが、今回は流石に事が事なので、いずれも緊張した面持ちで黙々と進んでいっている。

 長い廊下の先を進んでいくと白を基調とした一際目立つ扉……というより門に近い大きさの扉が開かれ中へと入っていく。
 そこには騎士団だけでなくクラスメイト全員が既に集まってアキラ達を待っていた。
 皆それぞれアキラ達の帰還に安堵の表情を浮かべているが、いずれも緊張した面持ちでいたのはこれから正式に発表されるであろう魔王軍について思い当たるところがあるからだろう。

 その事を察してか、アキラ達は一様に言葉を話さず騎士団とクラスメイト達の間を通って玉座に座るこの国の王。
 グラドール・アバン・デル・スルグベルトの前までやってくると、召喚者の代表者であるアキラが先頭に立ち、その傍に飛鳥が。残りの三人は二人から数歩離れた位置で立ち止まった。

「よくぞ戻ってきた。此度の遠征もまたご苦労であったな勇者アキラ」
「……ありがとうございます」

 それぞれが位置に着いたのを見計らってか、国王がアキラへと労いの言葉をかけるが、行方不明になった結奈の事を思い出して言葉が濁ってしまう。

「報告は聞いておる。パーティの一人が魔物に拐われたとな……安心せい。彼女の事は国の威信にかけて捜索を急がせる故時期に吉報が知らされることだろう」
「はい、ご助力感謝します」
「うむ。さて、それでは皆も聞いておるだろうが、改めて知らせるとしよう」

 そう言って国王はスッと右手をあげると一礼して国王の傍で控えていた宰相が出てきた。

「既にある程度の知らせは受けている事だろうが、現在分かっている最新の情報を伝えよう。心して聞くように」

 そう言って前置きをすると、宰相は視線で何処かへ合図を送るとそれまで明るかった謁見の間が急に薄暗くなり、ドーム状になっている天井に魔道具の投射晶によって巨大な地図が映し出された。

「現在魔王軍はここより遥か北の地にあるブラガドル王国の更に北部に位置する境界山脈の麓で軍備を整えている。 詳しくは話せぬがこれは密偵からの確かな知らせである。
 魔王軍の兵力は魔族が凡そ数。だが彼奴等は魔物や魔獣を従える事が出来そこで強力な魔物を集結させ、確認されているものだけでも千は下らぬ」

宰相からのその発言にこの場に集まった者の中から僅かながらもどよめき声が聞こえてくる。けれど宰相はその事は意にも解さないようで言葉を続けた。

「ブラガドル王国からは救援要請が先日我が国に知らせが入ったが……先も言った通り我らはこの救援を受ける事ができない。何故ならブラガドル王国は境界山脈を四方に囲まれた土地であり、通り抜けるにはダイラス迷宮を通るしかないからだ。
 その道のりも冒険者ギルドの長い研鑽と努力によってある程度は安全な道のりが確保されてはいるが、現在ダイラス迷宮内ではまだ公には公表されていないが、そこで生息している魔物たちの大移動が行われている為、非常に危険な状況になっている」
「魔物の大移動?一体何があったのです?」

 宰相の発言に疑問を持ったアキラが代表して質問を投げ掛けると、予想していたらしい宰相は一言「うむ」と頷くとすぐに質問を返してきた。

「皆も知っている通り、約一年ほど前にダイラス迷宮に出現したという大型の魔物『グラトニー』が起因しているのではないかと専門家からの意見があった」

『グラトニー』それは凡そ一年ほど前に出現した大型の危険指定種で道行くモノ全てを喰らい尽くすと言わしめた討伐難易度最低Aランクの危険な魔物であった。
 確認された当時は対抗出来る戦力。つまりは金クラスの冒険者がいなかった事でいたずらに兵力を削って討伐するよりも見過ごしてダイラス迷宮の奥深くへと去ってもらう他なかった魔物である。

 この話は当時かなりのニュースになっていたので誰もが知るものではあったが、あれからだいぶ時間が経っている事もあってどうして今更グラトニーが話題として上がってくるのかが不思議であった。

「当時、グラトニーがダイラス迷宮に巣食う強大な魔物や魔獣を根こそぎ喰らい尽くした事で一時の安寧は訪れたが、現在は逃げ去っていた魔物が戻り元のダイラス迷宮へと戻っている。だが、逃げ去った魔物の中にはそのまま彷徨い続けて新たな住処として北方のダイラス迷宮にまで訪れているのが確認されたのだ」
「なっ!」

 宰相の話に真っ先に反応をしたのはアキラと飛鳥の二人だった。他のものも遅れて反応するものやまだ意味が解らないもので場が騒然とし出す。
 それもその筈だ。魔族は魔物や魔獣を従える事が出来る。それは即ちブラガドル王国とスルグベルト公国を隔てる境界山脈を越えられたら進軍してくる魔王軍に更なる戦力増強をさせることに他ならない。
 その事を察したアキラと飛鳥は驚愕に空いた口がとざせなかったのである。

「静まれぇっ!まだ話は終わっておらんっ!」

 宰相が強くそう声を荒げると、ざわついていた空気が一気に静まり返り、宰相の方へと視線を向ける。

「……この度救援要請をしにきたブラガドル王国の兵は五十名。何も選び抜かれた精鋭達だったが、この国にたどり着けたのはたったの三名であった。その三人もまたかなりの重傷を負っており戦線には復帰出来ぬほどである。
彼らの話によればギルドで定められれている規定ならば討伐難易度が何もC~B。個体によってはAクラスの魔物までいたそうだ。
 故に我らスルグベルトはブラガドルへの救援には向かわず、北方のダイラス迷宮にて魔物の討伐を行い、魔王軍へと渡る可能性のある戦力の削減を行う事とする」

 宰相の宣言に全員の面持ちが硬いものへと変わっていく。
 クラスメイトの方も話していた内容の全容が掴めていなくとも強力な魔物の討伐をするという事だけは分かったようで悲観の表情を浮かべる者や意気込みを見せる者など反応は様々だった。

「一つ質問があります」
「何でしょうか、勇者様」
「つまり俺たちはその魔物の討伐に駆り出される……そういう事ですね」
「そうなります。これまでで勇者様や使徒様方のレベルは十分に上がり、現地での期待も大いにありますので」
「それは、俺たち……召喚された者全て、という事ですか」

 アキラのその質問に宰相はピクリと眉を反応させた。
召喚されたクラスメイトの中には戦いを拒んだ者や戦闘系に優れた者でない者もいる。アキラの質問はそういった者をどうするのかと尋ねているのだ。
 ただそれ以外にもアキラ達勇者一行はこれまで様々な魔物や魔獣との戦闘を繰り返してきた事で冒険者ギルドが定めている討伐ランクについても熟知している。
  その為討伐難易度Cランクなら兎も角Bランクにもなれば如何に危険な事かも承知しているのだ。
 
 故にアキラは思ったのだ。もしそんな危険な場所に駆り出されるのならクラスメイトの安全性はどうなるのかと、一応予備軍として勇者一行と戦闘に参加しない者達以外で構成されているクラスメイト達は日々魔獣の森や比較的安全と呼ばれる難易度が低い迷宮などで鍛えてはいるものの、いきなりCランク以上の魔物がいると言われたダイラス迷宮へ向かわせるのは勇者として以前にクラスメイトの代表者として異議を唱えずにはいられなかったのだ。

「うむ……勇者アキラのいう事も最もである。故に強制はせぬ。戦いに不向きな者は引き続きこの城にいてくれて構わぬ。他の者たちも参加したくないというのであれば無理はせぬ事だ。北方に棲まう魔物は何も強大な力を持つ者ばかりであるからな」

 そう答えたのはそれまでの説明を宰相に任せていた国王だった。

「王よ、それでは……」
「構わぬ。彼らは元を正せば我らが勝手に召喚した者達なのだ。それなのに強制的に戦闘……命を懸けよというのが問題なのだ」

 召喚者達の力をあてにしていた宰相の表情が歪むが、国王はそれを手で制して宥めた。
 その姿にクラスメイトのみならず騎士団からも感嘆の声が漏れてくる。

「ありがとうございます。陛下」
「うむ。積もる話もあるであろう、本日はこれにて解散とする。旅の疲れを癒すと良かろう」

 国王のその言葉を皮切りに謁見はそこで終わり、それぞれがその場を後にして長旅から帰ってきたばかりだった勇者一行は夕方食まで各々休みを取る事となったのだが。

「アキラ君、飛鳥さん。少しだけ時間を頂いても良いですか?」

 そう言って二人を呼び止めたのは遠藤 夏菜子だった。






「はぁ………」

 バフッと個室のシャワールームから出てくるや否や濡れた髪も乾かさずに飛鳥はベッドへとうつ伏せになって倒れた。

 様々な悪感情が胸の奥で渦巻き、思考が上手く纏まらない。
 何かをしたいのに、何がしたいのかが分からず立ち止まってはもどかしい思いだけが膨れ上がってくる……今の飛鳥の心境を述べるとしたら正しくそんな感じだろう。

「……本当。どうしたいんだろ」

 あの後、唯一の教師であり、自分たちが頼れる存在である夏菜子に呼び止められた飛鳥とアキラはそのまま夏菜子の個室へと案内されて間宮 結奈が失踪した事について説明を要求された。

 事前の報告としては夏菜子も聞いてはいたが、どうしても生の声を二人から聞きたかったのだろう。
 けれど、説明に応じていたのはアキラだけで飛鳥は常時俯いたまま話が終わるのを待ち続けていた。

 夏菜子はそれを親友を失ったことでショックを受けているのだろうと考えて飛鳥とも話しをしようとしたが、話す気にもなれず結局「疲れているから休ませて欲しい」といってその場を経ったのである。

 けれど、実際の飛鳥の心境は夏菜子が考えたいたものとは違う。

 何故なら結奈がパーティを抜け出す手引きをしたのは他でもない自分自身だったからだ。
 魔物が撤退を開始した時にわざと目眩しの範囲魔法を使って他のメンバーから結奈の注意を引き剥がし、それまでもさり気なく結奈の方に向かったいた魔物を間引いたり誘導していたのも飛鳥自身だった。

 どうしてそんな事をしたのか、それはカサンドラ領からバリューズに来る道すがら結奈からグラトニーと葉山の話しを聞いたからだ。

 グラトニーの情報は以前から一応の話は聞いていた。
 けれど、まだまだ自分たちが未熟であった事とグラトニーの危険性が非常に高いこともあって国が情報制限を設けて一般人にも噂話、つまりはオカルト止まりの話でしか知らされていなかった。

 真実を知ってるのは一部の冒険者達とそれなりの役職にある人たちだけで、ちゃんとした情報が流れ始めたのも割と最近の事だった。

 ただグラトニーと葉山の関係性が非常に高いからといって個人的に結奈の単独行動は認められなかった。
 そのくせ何かを隠すような素振りまで見せられていては余計に頷けるものではない。

 戦闘方面でもそれなりに戦えるからといって、結奈の本領は後衛、それもパーティ全体をバックアップする役目だ。
 それが多少戦闘面でも戦えるからといって、単独で危険な魔物や魔獣が跋扈する場所に快く見送る事など出来るはずがない。

 だから私は結奈がパーティを抜けたいといった時に強く反対した。
 それなのにどうして今回逃亡の手引きをしてしまったのかというと、それは一重に結奈からの質問に答えられなかったからだ。
 
「飛鳥は何で戦ってるの?どうして魔王と戦う為に強くなるの?」

 バリューズの宿屋で結奈との議論をしている最中に問われた時を思い出す。
 あの時私は「元の世界に帰る為だ」と答えた。すると結奈はまるで可笑しな話でも聞いたように笑みを浮かべて更に訪ねてきたのだ。

「魔王の核があれば元の世界に帰れる……それは本当に?自分で調べた?その結果本当に帰れるの?」

 息が詰まった。
 確かに私達は召喚された日に魔王の核さえあれば帰る事も出来るとは聞いたが、実際に自分たちで調べたわけではない。確信が得られたわけでもない。
 それなのに私達はこれまで何の疑いもなく魔王に対抗できるだけの術を身につける為に戦ってきたのだ。

「私は、本当の事を知りたい。弓弦くんも見つけたい。元の世界にも帰りたい。でも、誰かがそれを邪魔してるの。だから私は私の意思でパーティを抜け出そうと思う」
「ま、待って!なら私だって……」
「それはダメだよ、飛鳥。私が抜けた穴は塞ぐ事が出来るけど、飛鳥の穴は誰にも埋め合わせる事が出来ない。
 下手をしたら飛鳥が抜けた事で“邪魔してる誰か”が他の皆んなにも何かするかもしれない。
 だからーーごめんね。飛鳥」

 それが私と結奈との最後の会話だった。

 あれから何日も経っているはずなのに結奈との会話は脳裏にこびりついて剥がれない。
 夢の中でさえその言葉が延々と繰り返されるのだ。

(結奈……あなたは何をするつもりなの?)

 繰り返される疑問の中で私はいつもそれ以上の考えを巡らせる事が出来ずに悶々とした思いだけが日々募っていくばかりだった。

 確かに結奈の言う通り、私がパーティから抜け出してしまった時の事を考えるとクラスの皆だけじゃなく冗談でも何でもなく国全体に大きな悪影響を及ぼしかねない。

 それは不本意にも授かってしまった『風の加護』つまりは英雄や勇者だけが持つと呼ばれる伝説級の称号のせいだ。

 これは勇者のアキラが光の加護を有しているように過去に召喚された勇者達は他にも火・水・土・闇といった加護を授かり、通称『属性加護』と呼ばれるものだった。

 例えばアキラの光の加護はスキルや技能と合わせる事で使用する武器からレーザー光線のようなものを射出できるし、防御として光の壁を出現させる事も出来る。
 他にも周囲の光量を調整する事で、周囲の光を屈折させて光学迷彩のような事も出来たりする。

 更にこの加護の凄まじい所は、魔力も何も消費せずに使用者本人だけでなく、周囲の人間にも効果を発揮させられる事だ。
 これによって私達は安全に迷宮攻略に励む事が出来たし、戦闘でも度々優位に立てる事が多かった。

 所謂、ブッ壊れのチートスキル。

 かく言う私の風の加護も同じようなもので、風の攻撃魔法で有名な『鎌鼬』などをタイムラグ無しでほぼ無限に放つ事が出来たりする。

 自分で言うのも何だけど、本当にチート級過ぎて言葉が出ない……そんな人間がパーティから抜け出すというのは例え勇者であるアキラが残っているとしても大問題間違い無しだ。

 だから私がここを抜け出す事は出来ない。もしそんな事をしたら本当にどうなるか予想も出来ない。

「でも、だからってこのままにはいかないよね……せめて何か手伝える事があったらいいのに……」

 独り言のように溜まっていく陰鬱な気持ちを何とか言葉にしながら呟いてみるも、答えなど当然出てこない。
 けれど思い出した会話の中でヒントはいくつかあった。

 一つは何の確信もないのに魔王の核さえ手に入れば元の世界に帰れると言うことに疑念を浮かばなかったこと。
 一つは結奈の言っていた“邪魔をする存在”
 
 これらが何を意味するのか、正直分からない事だらけだけど、確信を持って言える事が出来た。

「何にせよ、この国は余り信じない方が良いってことね……はぁ、気が重い」

 現状今の飛鳥は板挟みのような状態に近い。
 結奈を逃す手引きをした後ろめたさと、逃した結奈からの忠告でスルグベルト公国に対する不信感。

 それは一度芽生えてしまえば取り除くことのできない気持ち悪さがじわじわと自身を蝕んでくる。
 いっそのこと何もかもを放り出してしまえば楽になれるが、そんな事をすれば他の友達やクラスメイト達がどうなるかなど分かったものじゃない。

 だから飛鳥が今取れる選択はたった一つ。
 この場に止まり、少しでも多くの情報を探って芽生えてしまった不信感を払拭或いは除去させる他なかった。

 項垂れて重くなった頭をそれでも回転させようと持ち上げるとーーコンコンッ。

 タイミング良くノックする音が聞こえてきた……窓から。

「え?」

 驚いて顔を上げるとそこには友人でも知り合いでもないメイドさんが窓の外から覗き込んでいた。
 ここは3階建ての一室で、地上からジャンプして届く場所でも外壁に足をかけれる場所もないはずなのに何故かそこには茶髪の可愛らしい顔立ちをした笑顔のメイドさんがいた。

「え?え?あ、はい」

 唖然として目の前の現状に驚いていると、メイドさんはジェスチャーで窓を開けてほしいと言ってきたので、困惑しながらも飛鳥は窓を開けてメイドさんを中へといれていく。

「ありがとうございます。助かりました、黒姫様」
「え、えぇ……どう、いたしまして?」

 飛鳥を黒姫と言ったメイドさんは恭しくお辞儀をして礼を述べるが、余りにも優雅すぎる行動に未だ困惑から立ち直れていない。

 ちなみに黒姫とは飛鳥の二つ名であり、見た目も性格も毅然とした態度を崩さず美しい黒髪をしていることからいつしかそう呼ばれるようになった通称である。

「城壁の掃除をしている時にうっかり命綱の縄が解けてしまっていたので本当に助かりました」
「じょ、城壁の掃除?え?それってメイドさんの仕事……なんですか?」
「はい、メイドですから勿論でございます」

 ニッコリと笑顔を見せながらの返答に内心では「絶対嘘じゃんっ!」とツッコミながらも余りにも左も当然と言わんばかりの態度に納得しかけてしまう飛鳥。

「それはそうと、不躾ながらしばらく黒姫様の様子を伺っておりましたが……黒姫様は中々表情豊かなお方だったのですね」
「へぇ?!あっ!いや、ちがっ」

 どうやらメイドさん。色々あり過ぎて悩んでいた飛鳥の一人百面相を窓の外からバッチリ伺っていたらしい。

「ご安心下さい。誰にも吹聴するような真似は致しませんから」
「そ、そ、それはどうも……」

 ある程度親しみのある人物に見られたのなら特に思うところはない飛鳥だったが、流石に初対面の。それも窓に張り付いていたようなとんでもメイドさんには動揺を隠せずにいた。

「私はアイリスと申します。本日より黒姫様の側付きを命じられましたので何かありましたら遠慮なくお申し付け下さい」
「側付き?どういうこと?」
「お聞きになっておりませんか?勇者であるアキラ様は勿論のこと黒姫であられる飛鳥様にも専属の側付きメイドがあてがわれる事となったのです」
「え、なんで?」
「……どうやら情報の行き違いがあったようですね。少しご説明致しましょう」

 そう言ってメイドさんことアイリスはトコトコと紅茶のセットが置かれている所に移動すると椅子を引いて座るように促してきた。
 特に何か言われた訳ではないが、飛鳥はその動きに吸い寄せられるように引かれた椅子に腰をかけてしまう。

 アイリスはニッコリと笑顔を浮かべたまま慣れた手つきで紅茶の用意をしながら説明を始めた。

「飛鳥様は傭兵都市アイゼングルブをご存知でしょうか?」
「確か東の方にある傭兵によって作られた都市よね?」

 突然なんの脈絡もなく問われた事に答えた飛鳥だったが、実際今言った事以外は殆ど何も知らない場所だった。
 一応各大都市と呼ばれる有名な場所は頭の中に入っているが、傭兵都市アイゼングルブは此処より遥か東にある都市で話題としてあげられるような場所ではなかった。

「はい。アイゼングルブは元々三つの傭兵団が駐留していたのが発展して都市にまで至った場所です。
 現在は様々な傭兵団が所在しておりますが、その中でも上位十位内の傭兵団は最強の象徴として民衆から絶大な支持を受けております」
「へぇ~」
「その上位十位内に入っておりますのが、私の所属しております傭兵団『戦場の使用人』でございます」
「……ん?」
「我々はスルグベルト公国の国王より勇者様と黒姫様の護衛兼使用人の依頼を受けて本日より側付きとして仕えさせて頂くこととなったのです」
「んんー???」

 コポコポと優雅に紅茶を淹れ終えると同時に説明を終えるとそっと紅茶を差し出され、その上いつの間にかというか先ほどまではなかった筈のクッキーなどの茶菓子まで用意されていた。

 まるで手品か魔法のようではあるが、そんな事に構っていられないほどに飛鳥の内心は混乱……を通り越して半ば錯乱していた。

「ちょ、ちょっと待って!え?護衛?いや、その前に戦場の使用人?!ってことは」
「はい。俗に言う戦闘メイドというものでございます。ちなみに私の実力は冒険者でいうところの銀クラスの上位といったところでございます」
「漫画かっ!しかも銀の上位って凄い強いじゃないですか?!」

 ツッコミを入れながらも伝えられたランクの高さに紅茶を飲むのも忘れて立ち上がってしまう。
 それもそのはず。
 一般的に常人が努力で慣れるのは同じ銀クラスであっても下位の分類で、才能と努力を惜しまず鍛錬を続けた人でも中堅がいいところだ。
 銀クラスの上位ともなれば金クラス一歩手前ということもあって、それは最早天才の領域に近い。

 勇者一行のパーティメンバーは元から備わった能力やチート的称号。それに天職といった様々な強みがあったからこそ僅か一年足らずで金クラスにまで上り詰めたのだが、全くそういうのがないまま銀クラスの上位まで至ったアイリスは実力だけなら飛鳥達勇者一行と引けを取らないだろう。

「まんが、というのは分かりかねますが、ご理解頂けるものでしたら幸いです」
「え、えぇ~……それじゃ外壁の掃除とかっていうのは」
「軽いジョークです。何か悩んでいるようでしたから場を和ませようとしただけでございます」
「軽くないよっ!ヘヴィーだよ!」

 どうやらこのメイドさん。傭兵出身ということもあって随分と変わった感性をお持ちのようであった。
 飛鳥としては茶目っ気の一言では片付けられないくらいツッコミの嵐が炸裂してしまっている。

「兎も角、これからよろしくお願い致します。黒姫様」

 パチリとウィンクをする代わりにニコリと微笑むアイリス。
 それを見て「は、ははは……」と飛鳥は乾いた笑いを返すしかなかった。






 お読み頂きありがとうございます。
 第4章に入る前に勇者一行の方もどうなってるかを書きたかったので暫くの間はアキラと飛鳥の両名の視点で話を書いていこうと思います。

 次いで、これまで登場してこなかった他の転移者達もどんどんでてきますので、登場人物が一気に増える予定です。

 なので、これを機に近いうちに話の内容とは別で登場人物の紹介を投稿したいと思いますのでよろしくお願いします。

 *登場人物紹介にはネタバレも含まれる可能性がありますので、ステータス面の表記はせずに人物名や性格。簡単な紹介をするだけに留めて置こうと思います。


 ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告がございましたら遠慮なくお申し付け下さいorz

 これからも『頭にきたから異世界潰す』をよろしくお願いします!




 


 


 



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