頭にきたから異世界潰す

ネルノスキー

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第3章

第41話ーーその頃の転移者達ーー②

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*今回様々な視点からの話になります。






 翌日から王城では慌ただしい日々が続いた。
 北の境界山脈へと魔物の掃討を行うべく軍備が整えられ、またいくつもの再編成を組むこととなったからだ。

 本来魔物や魔獣の討伐には冒険者ギルドが行うものだが、事がことだけに城の兵も動かざる得ない状態とあって各方面への軍を動かす事情説明に加えて救援要請を行ってるのだ。

 勿論それには冒険者ギルドへの収集要請もかかっている。
 冒険者ギルドは基本的には中立であり、独自の組織として成り立っているので戦争などに参加する事はないが、今回行われるのは北のダイラス迷宮に棲まう魔物と魔獣の討伐とあって例外ではあるが、今回の掃討作戦には積極的に参加の意を示している。

 そんな中で対魔王戦の為に召喚された転移者達は二つの選択に迫られていた。

「それで、皆はどうする?」

 城内の談話室に集められた転移者十八名はアキラの問いかけに深妙な面持ちでいた。

「俺と飛鳥・中野・和田・安田は今回の遠征に参加する事が決まってるがそれ以外は自由参加が認められてる。
 勿論拒否する事だって出来るし、その時の安全も保証される。けれど、参加するとあってはこれまでの戦いとは訳が違う。
 出てくる魔物はCランク以上の化物だ。
 怪我をするだけじゃなく最悪死ぬかもしれない。だから自分たちで決めて欲しい。
 決して流れに身をまかせるような真似はしないでくれ。自分の命なんだ。中途半端な覚悟で参加されたとあっては逆に大勢の仲間を道連れに死ぬ事になるからな」

 普段とは違う厳しい口調でアキラの話を聞いていた一同はその言葉に息を飲む。
 これまで率先して数々の迷宮を攻略してきた勇者一行はCランクの魔物と聞いて油断するようなことはない。

 何故ならCランクの魔物は腕利きの冒険者がパーティを組んで倒せる魔物であり、特殊な能力を持っている個体も多い。
 それは例えば強力な毒であったり、攻撃魔法や防御魔法。中には幻惑を見せてくるものまでいるのだ。
 とてもじゃないが、油断など出来ようはずがない。

 おまけにこの場に集まっているのは予備軍としてそれなりの実力を身につけてきてはいたが、それでも普段相手にしていたのはE~Dランクの弱い……つまりは力押しだけでどうにでもなる魔物をメインにしてこなかった者ばかりだった

 だからアキラはこの場の全員に選択を迫る他なかった。
 今の彼らが遠征に加わったとしても足手まといになるだけだ。
 それでもこの世界の一般人に比べれば十分に強いし、成長速度も段違いである為すぐに戦力として数えられるくらいの強さを身につける事は出来るだろう。
 けれどそれはあくまでも推測でしかない。自分の意思で強さに貪欲になり、食らいつかんばかりの勢いがなければ無駄に命を散らしてしまう事になってしまう。

 故にアキラはクラスメイトの、仲間全員に覚悟の程を確認したのだ。

「俺は付いてくぜ」

 そう言って立ち上がったのは予備軍の中でもそのまとめ役のような事をしていた戦斧士の天職を持つ大野 晴人だった。
 大野はクラスの中でもガタイのいい大楯使いの安田と引けを取らない程の体格をしており、予備軍の中では唯一Cランクの魔物を討伐したことのある男だった。

「いい加減レベルも上がら辛くなってきたし、ここいらで一丁パワーレベリングでもしとかねぇとお前らも安心出来ねぇだろ?」
「大野……」

 ニカリと笑顔を向けながら大野が言葉を続けるとその意味を悟ったアキラは申し訳なさそうに、されど何処か嬉しそうに声を漏らす。

 大野 晴人は本来勇者パーティに推薦された者の一人だった。
 戦斧士は前衛職の中でも火力の高いジョブであり、戦闘中に仲間を鼓舞する事で若干ではあるが仲間全員にステータス向上を促すバフをかける事が出来る。
 その為冒険者の中には戦斧士を目指してジョブチェンジを繰り返す者も少なくない人気職であった。

 その天職持ちとあっては勇者パーティに入った時の効果は計り知れない強さを持つだろうと謳われていたのだが、大野はそれを素気無く断った。

 その理由は「アキラ達が居なくなったら誰が他の連中を守るんだよ」という漢気溢れる答えだった。
 大野は以前から熱血漢のある男だったが、クラスにはカリスマ性豊かなアキラや飛鳥。それに別の意味で目立っていた弓弦がいた為それほど注目を浴びるような男ではなかった。

 けれど、その実は少年漫画に出てきそうなくらいの熱血漢で、もしアキラ達とは別のクラスになっていたらクラスのまとめ役として成り立っていただろう。
 そんな男が勇者パーティに入らなかったのは一重にアキラ達が居ない間誰がクラスメイトの面倒を見るのかと疑問に思ったからだ。
 
 順当に考えれば唯一の教師である遠藤 夏菜子になるのだが、天職が生産職系であったのと戦いには消極的だったこともあり、クラス全員の面倒を見るのは不可能だと分かる。
 なので大野はその穴埋め役として自ら勇者パーティに入る事を辞退して城に留まることを決意したのだ。

 この事はこの場にいる全員が理解しており、大野には深い感謝と強い信頼を寄せている。
 そんな彼が真っ先に今回の遠征に参加する理由は先にも言った通りパワーレベリングのためだ。

 王都からほど近い迷宮はどれも低ランクの迷宮で、魔王軍が進軍してきている今。いくら一般人よりも成長が早いと言っても行き詰まるのは目に見えている。
 ならば今回の遠征を機にパワーレベリングを行なって自分たちの能力を向上させようと目論んだからに他ならない。
 
「私も参加する!」
「あたしもいい加減城に篭ってるのにも飽きてきたし、いい機会なんじゃない?」

 大野を皮切りに八重菊 桜と朝田 雫の仲良しコンビも賛同し出し、次々と参加を希望するものが増えていった。けれど。

「はぁ……こういう空気でいうのも何だが、俺たちは引っ込ませてもらうぞ」
「あぁ、戦いなんて真っ平だからな」
「私たちはこれまで通りにさせてもらうわ」

 呆れたような、それでいて申し訳なさのカケラもない感じに言い放ったのは遠藤 夏菜子率いる岡田・富田・天音の三人組だった。

 周囲の視線が三人に集まり、若干「え?今それ言っちゃうの?」という空気が流れかけたが、それに歯止めをかけたのはアキラだった。

「あぁ、それで構わない。空気に流されるような真似をしないでくれて本当に助かるよ。
 皆ももう一度よく考えて欲しいっ!場の空気に流されるだけじゃなく自分の命なんだ!岡田達みたいに拒否したってなんの恥でもないんだ!」

 そこまで言ってシンッとなった辺りを見回すと、それぞれ覚悟を決めた者や迷いを見せるものとで別れ始めていた。
 場の空気に流される。それ自体は悪いものではない。
 勢いに任せればスムーズに進む事だってあるのだから、その分空いた時間で訓練などが出来る。
 けれど同時に悩むことも必要だ。じゃなければ勢い任せの集団などすぐに蜘蛛の子を散らすように霧散してしてしまうのだから。

「皆さん。聞いてください」

 しばらく静まり返った中で口を開いたのはそれまで沈黙を貫いていた遠藤 夏菜子だった。
  その声に呼応するように視線が夏菜子へと集まっていく。

「……私は教師として、本来あなた達全員に戦いになど参加して欲しくありません。
 ですが、それも今更だというのも分かっています。だから言わせて下さい。

 この世界に来て皆さんは想像を絶するほどの力を手に入れてしまいました。地球にはない魔法なんてものも扱えるようになってしまいました。
 ゲームのように魔王を倒して元の世界に帰るという希望も抱いてしまいました……それが間違いだとは言いません。
 事実。元の世界に帰りたいと願うのは私も含めて皆さんも同じだと思います。

 けれど、だからこそ本当に考え直してほしいのです。
 『戦いに参加する』それは詰まる所『戦争に参加する』というのと同じ意味を示します。

 今回の遠征で皆さんが参加すればレベルも上がり強くなって生き残る確率が高くなるでしょう。戦争に勝つことも出来るかもしれません。ですが、その戦場で敵対しているのは魔族であっても同じ“人”である事に違いはありません。

 そんな相手を皆さんは今のように武器を手に取り戦う事が出来ますか?倒す……いいえ、殺す事が出来ますか?」

 決して早口にならないようにゆっくりとした口調で一言一句を夏菜子は全員に聞こえるようにハッキリと話していく。
 
 そして話の内容を理解していく内にそれまで迷いを見せていたクラスメイトは困惑顔になり、決意を固めていた者も若干ではあるが迷うように眉をひそめ合っている。

 そんな様子をみながら夏菜子は最後の一押し、いや。トドメとばかりに再び口を開いた。

「仮に、それでも戦う事が出来てしまうのならーー申し訳ありませんが、もう私にはその人を救うことも、手を差し伸べる事も出来ません。
 何故なら理由はどうあれ、事情がどうであれ、必要があった為とはいえもうその人はただの“人殺し”でしかないからです」

 “人殺し”
 その言葉にその場の全員の肩がビクリと震え、嫌悪感すら滲み出ているような嫌な顔になる。

「先程、私は言いました。
  救う事は出来ないと……相手を殺せば自分は助かります。けれど、心に負った“殺人”という罪悪感からは逃れる事が出来ませんし救えもしません。
 手を差し伸べる事も出来ないと言いました。
 これは私の弱さでもありますが、人殺しに手を貸せるほど私は強くはありませんし、高潔でもありません。
 何故なら私は『教師』だからです。
 『教師』は『生徒』を教え導き、守る事が義務であり、それこそが責務だからです。
 それなら手を貸す。或は差し伸べるべきではないのかと問われる人もいると思いますが、この際にハッキリと言わせてもらいます。
『理想』と『現実』は違います。『思想』と『理念』も違います。
 あなた方が抱いている『理想』の教師などこの場には居ませんし、そうあるべきだと思っていても、そんなものは偶像の産物でしかありません

 故に私は私の目指していた教師を務めていく事に決めました。
……私のこの両手は皆さんが思っているほど、強くはないのです」

 そこで夏菜子は話を終えると、最後の成り行きを見守る事もなくその場を足早に出て行った。
 すぐにその後を追うように不参加を表明した富田と天音が動いたが、岡田がそれを止めてしばらくそっとしておこうと決めてその場に留まった。

 夏菜子の事をよく知る三人はどんな思いで彼女が今の話をしたのかを考えてしまったからだ。

 再び訪れた静寂の中、誰もが黙り込んで誰とも顔を見合わせないようにしていた。
 今の状態はある意味アキラの求めていた通りの状態に最も近い。
 全員が全員自分の命を賭けることになるであろう危険な戦いに真剣に考えて欲しかったからだ。

 けれど、まさか覚悟を決めていた自分までも黙り込んでしまうような状態になるとは夢にも思っていなかった。
 教師であり、自分たちの心の拠り所であった夏菜子が発言して皆に止めるように促す事は予想していた。
 その結果として何人かは参加をやめるだろうとも考えていたのだが、今のクラスメイト達の動揺は目に見えて酷いものだった。

 アキラ達とてこれほどまでに落ち込んだ空気を作ろうとしたわけではない。
 ただ覚悟を持って欲しかっただけだ。
 魔物との戦いは僅かな油断が命取りになる。だから遠征に参加するなら相応の覚悟が必要だと考えていた。

 それなのに、まさか自分たちの事をこれまで気にかけ、見守ってきてくれた人からの完全な拒絶宣言を聞くことになるとは予想だにしていなかったのだ。

「……とりあえず、遠征への参加は明日またここで話し合いましょう。それでいいわよね、アキラ?」

 沈んでいた空気の中でそう提案してきたのは飛鳥だった。
 誰かが何かを言おうとしても、言葉が見つからずに口を閉ざしていた中で飛鳥からのこの提案はこの場の全員からしても助かるものだった。

「あ、あぁ。そうだな……皆も先生からの言葉を聞いて思う所があるだろうが、さっきから言っていた通り、もう一度よく考えてきてくれ」

 そう言って話を締めくくるとクラスメイト達は重くなった腰を上げて一人、また一人と部屋から出ていった。
 残されたメンバーはアキラと飛鳥の他に不参加を表明していた三人である岡田・富田・天音の五人だけだった。

 戦いからは最も遠いメンバーと最も近い二人が残ったのには特に意味はない。
 ただ単純にアキラ達は全員が退出した後に今後の打ち合わせを二人で話し合おうとしていただけで、岡田達も話があって残っていたわけではない。

  それでも向かい合うような形で残ってしまった五人は互いを見あっていた。

「……なぁ、アキラ。お前は一体どうしたいんだ?」

 そう言って質問を投げかけたのは富田だった。
 彼は訝しむ様子もなくただ純粋な質問としてアキラに尋ねてみたのだが、質問の意味がよくわからなかったのかアキラは若干首を傾げてしまった。

「どう、とは?」
「そのまんまだよ。俺たちを戦わせたいのか、それとも遠ざけたいのか…….はっきり言ってお前の言ってる事は矛盾だらけで俺たちにどうしてほしいのかってのがイマイチ分かんねぇんだよ」
「それは……」
「俺たち自身で決めてほしいってか?」

 富田の言葉に若干息が詰まる思いをしながらそれでも毅然とした態度は崩さずに逆に睨み返すように答える。

「……そうだ。自分で言うのもなんだが、俺が扇動すればお前たち以外の皆は戦う事に参加するだろう。
 だけど、自分の命なんだ。それを俺なんかが決めていいものじゃない!」

 珍しく自分が感情的になっている事を自覚しながら語気を強めて言い返してしまう。
 そのあと、すぐにハッとなって我に返るが、自分の言っていることは間違っていないのでそのまま富田の反応を伺っていると。
 
「……そうかよ」

 富田だけでなく両サイドにいた岡田と天音からも酷く冷え切った冷たい眼差しが送られて来ていた。

「な、なんだよ」

 その事に動揺してこれまで数々の強力な魔物や魔獣を相手に戦ってきていたアキラであっても、震える声で絞り出すように問いただす。

「つまり、お前は……これまで何の覚悟もなく俺たち全員を引っ張ってきたって事か」
「……なに?」
「言ってる意味が分かんねぇか?なら教えてやるよ。アキラ、お前は勇者という肩書きに溺れて、俺たちのリーダー気取りでいたみたいだけど、実際は何の覚悟もなく俺たちの先頭に立っちまった腰抜け野郎だって言ったんだ」
「なっ!そんなわけないだろっ!城に引きこもってるだけのお前たちに俺の何が分かるってんだ?!」

 富田からの容赦のない言葉に激情してアキラは富田の胸ぐらを掴みかかりながら声を荒げるが、富田からは依然として冷めきった目を向けられるだけでその手を振り払おうともしない。

「分かるわけねぇだろ。戦闘狂共の考えることなんてよ。
 確かに俺たちはここに引きこもっちゃいるが、それなりに覚悟は決めてんだ。だが、お前はどうだ?
 率先して魔物だか魔獣だかに挑んで強くなってくのは結構な事だが、同時にリーダーとしての自覚も覚悟も薄かったんじゃねぇか?
 だから今更になって全員に『自分の命』だとか『よく考えて』とかいってリーダーとしての責任を少しでも軽くしようとしたんじゃねぇのか?」
「ッ!」

 矢継ぎ早に問いただされた質問にアキラはただただ絶句して掴みかかった手を震わせることしかできなかった。
 それもそのはずだ。富田に言われた事は全部当たっており図星を突かれたとしか言いようがなかったからだ。

 アキラはこの世界にきて、勇者として様々な迷宮に挑んで強くなっていく事に確かな覚悟を有していた。
 けれど、それはこの世界で生きている人間……いや、生物であれば持っていて当然で当たり前の程度の覚悟でしかなかった。

 それは自分の命。つまりは生存本能に訴えかけた“必ず生きて帰る”という単純なものだった。
 そこから仲間を、パーティメンバーを守り抜くという決意にまでは発展したが、クラスメイト全員となるとアキラにとってそれは非常に重い重責でしかなかった。

 これも当然といえば当然のことだ。寧ろ自分の命以外の事を守ろうと決意するまでに至ったのは素直に賞賛に値すべき事だ。

 ただの高校生。それも社会のシャの字も知らない子供が誰から言われたわけでも、そう指示されたわけでもないのに自分で考え、悩み、決意するまでに至ったのだ。

 大人であっても自分の命を第一に考える者ばかりで、家族でもましてや愛すべき恋人でもない人間の命にまで気をかけれる者が一体どれほどいようか。

 仮にいたとしても、自分を含めた二十人もの命を守り、ひっぱっていけるものなど存在するかも怪しいレベルだ。

 それらを考えればアキラの主張も、成長具合も目を見張るものがあり、賞賛されることはあれど蔑まれる謂れなどないに等しい。

 だが、それでも足りなかった。
 彼らがいるのは地球ではなく異世界だ。
 地球であればアキラの主義主張は罷り通るし、賛辞も送られる事だろう、しかし異世界に来てしまった彼らにとってはアキラの主張など、何を今更程度にしか思えなかった。

 それどころか、その程度呼ばわりされても仕方のない事だった。
 危険であり、未知である世界でリーダーシップを気取ってしまったアキラにはクラスメイト全員の命を預かり、引っ張っていくだけの責任が『期待』という形で彼にのしかかっていたのだ。

 その事にアキラは以前から気づいていた。
 もっといえば、率先して先頭に立つ者にはそれなりの責任があることをアキラは地球で高校生活を送っていた時から知っていた。

 故に彼はこの世界に来た時に思ってしまったのだ。
ーー “自分なら出来る”と。
 クラスの皆を引っ張り、率先して行う事で皆はついてきてくれる。そして自分には『勇者』の称号もある。付いてこない筈がない。やれないわけがないーー。

……愚かにもそんな考えが思いうかんでしまったのだ。
 
 実際。アキラはこれまでその通りに事を進めてこれた。多少の問題はあったが、些細な事だった。
 けれど、パーティメンバーを守るくらいは造作もないと思っていたアキラだったが、結奈を失った事で自分の過ちに気づいてしまった。

 そしてこれまでに行ってきた数々の強力な魔物との戦闘を思い出したしてしまったのだ。
 苦戦した相手を前にこれまで自分を信じてきたクラスメイト達を本当に守ることが出来るのだろうか……?

 答えは否だ。

 敵が自分一人に集中してくれているのならまだしもゲームではないのだ。
 タゲ取りが永遠に自分だけに向けられることは絶対にありえないし、仮にあったとしても自分が持ちこたえられる保証もない。

 その事に気付いた時、アキラは自分の浅はかさと愚かさを痛感した。
 守れもしないのに大言壮語を吐き続け、事の重大さを認識しないまま引っ張ってきてしまった重みを感じ取った時、本当の意味で崩れ落ちそうになった。

 けれど、そうはならなかったのは一重にこれまで共に旅をしてきた仲間のお陰であった。
 中野や安田は以前からずっと一緒にいた親友で、和田とも悩みを打ち明けられるくらいの関係にあった。
  特に飛鳥は張り合いながらも常に自分のサポートをしてくれる互いを互いに信頼出来る関係にあったからだ。

 そんな彼等彼女の存在のお陰でアキラは立ち止まることも膝を抱えることもなくやってこれたのだ。

 だが、それも富田からの言葉でこれまで何とか堰き止めていた感情が決壊したダムのように流れ出ることとなった。

「だったらっ!だったら俺にどうしろって言うんだっ!!」

 流れ出た感情は図星を突かれた事もあって明確な怒りへと変貌する。

「お前なら出来るってのか?!二十人もの命をお前は守れるのか?!何の力も持ってないお前がっお前らがっ……何も出来ねぇくせに偉そうなこと言ってんなっ!!」

 怒りの向くままにアキラは掴んだ胸ぐらとは反対の手で富田に殴りかかろうとした瞬間。

「なっ?!ぐぅっっ」

  いつのまにか富田の横に立っていた岡田がアキラの殴りかかっていた腕にクロスカウンターのように腕を交差させてガッチリとホールドを決め、アキラの背後に回っていた天音がアキラの軸足となっていた左足を後ろから蹴りつけて膝を折らせた。

 バランスを崩したアキラはそのまま片膝をついて崩れ落ちるが、掴んでいた胸ぐらは未だに離しておらず富田がその手を逆に掴み返すと天音の隣へと回りながら肩の関節をきめて身動きできないように拘束した。

 余りにも無駄のない巧みな連携に止めに入ろうとした飛鳥ですら硬直して三人を呆然と眺める事しか出来なかった。

「悪いな、今のお前に殴られたらトモが死んじまう」
「あぁ、助かったよ。飛鳥さんも出来ればそのまま聞いていてほしい」

 岡田の言葉に礼を言いながら富田はチラリと視線だけ飛鳥に向けると、手を引いて一歩だけ後ずさったのを確認して拘束するアキラへと視線を戻した。

「俺だって、俺たちだってこんな事はしたくなかったし、言いたくもなかった。けどよ、お前がこんな事をさせたんだっ」
「な、なに?」

 ギリリと富田の拘束する手に力が入ってくるのを感じながらアキラは問い返す。

「先生がどんだけお前らを……いいや、俺たち全員に心を砕いてくれてたかお前らは知らねぇだろ?」

 その言葉にアキラも飛鳥もハッとなったように三人を見やる。
 
 遠藤 夏菜子はこれまで教師らしい一面を余り見せて来れなかった。
 やっていたのは調合師としての回復薬作りや生徒たちの心のケアなど、出来る範囲でのことしかやってこれなかった。

 何故なら夏菜子は生徒たちに戦いなどして欲しくはなく別の解決策を模索するよう促したかったからだ。
 けれど、異世界転移という空想上の出来事が現実に起きてしまい、それまで地球で体験していた退屈で平和な日常に辟易していた生徒たちには刺激が強すぎる出来事が起きてしまった。
 その為、夢のような世界と力を手に入れた生徒たちの勢いを止める事も、流れを変える事も夏菜子には出来なかったのだ。

 自分が出来るのは精々怪我をした生徒のために回復薬を作り続け、疲れてしまった心や不安な気持ちを慰めるよう声をかけるだけで、それ以上の事は全てアキラや自分たちを召喚した国の人間たちが主導権を握ってしまっていた。

 それでも夏菜子はこれまで粘ってきた。
 生徒たちを守ら為に努力してきた。
 教師になると誓った決意と共に生徒たちの願いを叶えられる手助けをしていこうと心を砕き、身を粉にして務めてきた。

……けれど、そんなものは呆気なく打ち砕かれた。

 葉山 弓弦を追い出す形で行方不明となり、雲仙 菜倉や浜屋 庄吾にも気をかけていたつもりでも、所詮はつもり程度だった事で失踪。
 極め付けは間宮 結奈の行方不明、とばかりの死亡報告。

 魔物に拐われたと聞いてはまだ生きている可能性があると信じていたが、実際にその場に居合わせていたアキラの話を聞いて生存は絶望的だろうと夏菜子は考えていた。

 そして、今回の遠征の話を聞いた時。
 夏菜子の脳裏には消えていって四人の顔触れが浮かび上がり、そして思ってしまった。

 “また生徒の誰かがいなくなってしまうのではないか”

 一度そう思ってしまえばもう脳裏からその考えが離れられなくなった。

 どうしたら彼らを止められる?どうしたら生徒たちを戦わせずに済む?どうしたら………。

 まるで奈落の底にでも落ちて渦巻いていくような負の思考の連鎖に囚われた夏菜子にはもうどうする事も出来なかった。

 そして悟ってしまった。
 自分が如何に無力であるかを、自分が如何に無能であるかを。
 どれほど生徒たちの身を案じても彼等の心を引き止めることも流れを変える事も出来なかった自分に出来ることは彼らに現実を見てもらうしかないと悟ったのだ。

 それが先ほど全員に言った真実である。

 『自分は強くない。だから戦いに赴くのであればあなた達はもう私の生徒ではないし、止める理由ももうない。
 夢物語の世界でいるつもりならば、その夢の世界を謳歌すれば良い。
 人殺しをしようとも英雄と呼ばれる大量殺人鬼になろうともそれで満足できるのならば好きにすれば良い。その代わりにもう二度と私に構うな。私もあなた達を気にかけない』

 冷たく言い放った言葉の数々。
 ハッキリとした拒絶の意思を伝えるのは一体どれほどの苦行であろうか……遠藤 夏菜子という人物を真っ直ぐに見て、側にいた三人にはそれが解ってしまう。

 故に彼らは解散する面々の中でこの場に残るしかなかったのだ。
 そんな苦行を行わせた獅堂 アキラという元凶の一つに文句を言う為に、彼らはこの場に居合わせたのである。


 



「今までどうしてテメェがいねぇ間このクラスが纏まってたかちょっとでも考えたことあるか?」
「……」
「テメェが何の相談もなく指針を決めた後、どうして不平不満が上がらなかったか気にならなかったか?」
「……」
「全部先生がやってたからだよ。そこいらから上がってくる不満の声を、あの人がたった一人で請け負ってたんだっ!」

 黙り込むアキラに富田は語気を荒くしてそれまで溜め込んでいた鬱憤を晴らすかのように叫ぶ。

「それなのにそんな事すら気付かずに俺は悲劇のヒーローですってか?!ふざけんなっ!何が勇者だっ全部テメェで招き入れた結果じゃねぇか!
 それが今更になって怖気付いてんじゃねぇぞっ!!」
「トモッ!」

 怒りが頂点に達したのか拘束していた手に力が入った瞬間、何かのスキルを使おうとしているのを察した天音が富田の肩を掴んでアキラから引き剥がした。
 
「離せ友香ッ!この馬鹿野郎には一発かましてやらねぇと気がすまねぇっ!!」
「落ち着きなさいっこのバカ!」

 完全にヒートアップした富田を止めようと天音が押さえつけるが、ステータス面では三人はほぼ同じであり生来の特徴というか元々の身体組織が違うので徐々にではあるが天音が引っ張られるようになってしまう。
 仕方なく天音はそれまでポケットに忍ばせていた鎮静効果を齎す粉薬が入った巾着袋を富田の顔面に叩きつけた。

 バフッという効果音が聴こえて来そうなくらいき中空に粉塵を巻きな散らしながら強制的に粉薬を浴びせられた富田はーーガクッとそのまま膝から崩れ落ちてしまった。

 けれど、そのまま倒れる事はなくアキラの拘束を解いた岡田が富田の身体を支えてそのまま肩に担いでやった。

「はぁ、やっぱこうなったか……ま、しょうがねぇか」
「そうね。お陰でスッキリしたってのも確かだしね」

  二人のそんなやり取りを目の当たりにしながらもアキラはただ無気力に項垂れるばかりで、飛鳥に至っては自分が動く前に終息したことで安堵しながらも三人の実力の一端を垣間見た事に驚愕して動けないでいた。

 それもそうだろう。
 同じ転移者同士であっても彼ら三人はこの世界に来てから最低限のレベル上げしかして来ず、実践も数える程度にしかこなしていないはずなのに、激怒していたとはいえこれまでずっと前衛で戦ってきていたアキラを相手に巧みな連携だけで取り押さえたのだ。
 しかもその動きは明らかに場慣れしているものの動きであり、とても天職が生産系……それも凡そ戦闘とは一切関係なく縁遠い存在がこなせる動きではなかったのだ。

 これで驚くなという方が無理である。
 そんな三人に呆気に取られていると、富田を担いだ岡田と天音は言いたい事は終わったとばかりに扉の方へと歩いていった。

「あ……ま、待って!」

 そんな彼らに飛鳥は声を張り上げて呼び止めた。けれど振り返る事もなく立ち止まって「なんだ」という素っ気ない返事だった。

「……あなた達は何をしようとしてるの?」

「俺たちは、ただ生き残ってたいだけだ」

 それだけ言い残すと岡田達は部屋から出て行き、残ったのは崩れ落ちたままワナワナと震えるアキラと神妙な面持ちで彼らを見送る飛鳥だけとなった。
 

 

 
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勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

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