頭にきたから異世界潰す

ネルノスキー

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第4章

第43話ーー幸福の赤ーー

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 砂塵を巻きながら高速で移動する影が二つ。
 街道からは遠く外れ、山の中だというのにそんな事も厭わない程のスピードを出して動くそれは本来この世界にあってはならない物だった。
 けれど、そんな事も御構い無しに“それ”を操るのは普段とは全く様子の違うテンションアゲアゲの雲仙 菜倉その人だった。

「イィィィッヤッホオオォォォッ!!」

  ジャンプ台のように背の高い岩場から高速で飛び出すとそのまま空中で一回転して着地し、後続に続いていた浜屋 庄吾にサムズアップをかます。

「ねっ!ねっ!見た?!今の見た?!凄くない?!ちゃんと動画とったよね?!」
『はいはい、見てましたよ。凄いですねぇ。あと動画は撮ってませんし、一応耐久テストはクリアしてますけど余り無茶な事はしないでください』

 ヴゥンッと菜倉とは対照的に岩場の一つひとつを丁寧に降りてきた庄吾が感想を述べながら菜倉を諌める。

「え~、庄吾ならゴー◯ロくらい作れるんじゃない?」
『出来なくはないですが、娯楽類は後回しです。これを作るのにも相当時間がかかってしまいましたからね。ガン◯ムを作る方が優先です』
「いや、ガ◯ダムこそ娯楽じゃん!趣味隠す気無さすぎでしょ?!」
『そんな事ありません。あれは確実に戦力になります。……とはいえ、行き詰まってるのも確かですからね。暇な時に作ってみますよ』
「やったーっ!庄吾大好き♪」
『それよりも少し休憩しましょう。まだ余裕はありそうですが、陽があるうちに軽くメンテナンスと燃料補給をしておきたいです』
「はーい」

 そう言って菜倉と庄吾はそれまで跨っていた乗り物……オフロード仕様のバイクから降りるとそれぞれ休息を取るために準備を始めていく。

 何故オフロードバイクがあるのかと言うと、それは当然庄吾が作り上げたからだ。

 当初の予定では積載量が豊富で安全性の高いハンヴィーのような四駆の車を想定していたが、それでは流石に目立ち過ぎるのと制作コストが馬鹿にならないくらいに高くなり、試験的に作るにしても時間がかかる為、早期に頓挫させる事となった。
 しかし、やはり移動手段が欲しかった二人は如何なる劣悪な環境であっても難なくこなせる高い走破性を有しつつ小型で遠目からだと発見しづらい隠密性もあるオフロードバイクを制作する事となったのだ。

 何故オフロードかというと、それは単純に舗装された道路がなく街や町村を繋ぐ道も草などを刈り分けられただけの道でしかないからだ。
 仮にネイキッドタイプやスポーツタイプのバイクを制作したとしてもそんな悪路を走り続けてはすぐにダメになってしまうからだ。

 その点オフロードであれば元々そういった悪路を走る事を想定した構造をしており、車体自体も他のバイクに比べて軽量で単純な機構しかない為作り易さとかかってくる制作コストを抑える為にも採用したのだ。

 とはいえ、如何にオタクと呼ばれる庄吾であっても流石に見た目しか知らなかった物を一から作り上げるというのは骨が折れる作業であった為形になるまでそれなりの時間を有する事となった。
 それでも凡そ三ヶ月という短い期間で二台のオフロードバイクを完成させられたのは菜倉の協力もあったからに他ならない。

 意外にも菜倉はバイクや車の構造というのを詳しく知っており、オフロードバイクに関する知識も豊富だったのだ。
 その理由は弓弦がバイク好きであったからというのが大半ではあるが……。

 ちなみに燃料はガソリンなんてものは当然ないので魔力で補いる。
 初めは魔石で補う予定であったが、それだと消費する量が馬鹿にならないのでゴーレムの運用で使っていた自身の魔力を溜め込む魔道具“タンク”を使用することで補っている。

 タンクは庄吾が開発したものの一つで、既に特許も取得しており、魔法学院でもそれまでゴーレムの運用に使っていた魔石の消費コストを削減させる事に成功した革命品である。

 その為現在庄吾には様々な大商人やら貴族などから自分の手元に置こうとあちこちからスカウトの呼び声がかけられることとなったのだが……それはまた別の話だ。

『あら、やっと休憩?』
『お疲れ様です、シャーリー。疲れてませんか?』
『えぇ大丈夫よ。それより本当に速いわねぇ、このバイクって』
『頑張って作った甲斐がありました』

 ふらぁっと姿を現したのは地縛霊と化したシャーリーだった。勿論姿は見えない。けれど、最近アイズを通さなくても何となく居場所を察されるようになった庄吾はシャーリーの居場所を特定して話しかけている。

 側からみたら虚空に向かって話しかけているようにしか見えないので菜倉的にはジト目を送りたいところだが、最早そんな事に反応するのも面倒になったのかせっせと手際よく焚き火をつけて昼食とお茶の用意をしている。

 庄吾もその間に背負っていたザックから色々と工具を取り出してバイクの足回りを中心にメンテナンスをしていく。勿論シャーリーとの会話を楽しんでだ。

 昼食を取り終わるとタンクに魔力を補充しながら菜倉は庄吾に話しかけた。

「それにしてもメラーニを連れてこなくて本当に良かったの?別に一人増えても問題なかったと思うんだけど」
『彼女は僕らの“仲間”にはなり得ないので仕方ありません』

 魔法学院では色々と助手的な事をして庄吾の手助けをしていたメラーニ・フルトであったが、菜倉の気遣うようなセリフにも顔色を変える事なく庄吾はバッサリと言い放った。

 この場にいるのは菜倉・庄吾・シャーリーの三人しかいない。
 魔法学院に入学した時から色々と庄吾の世話を焼いてくれていたメラーニは『ちょっと旅に出てきます』とだけ書かれた手紙を残して挨拶もなしに学院に置き去りにされていた。

 一応理由としてはゴーレムに使用する素材の収集として学院には休学届けを出しているが、メラーニには直接その事は告げずに旅に出るとだけ書き置きを残して去っているので今頃は怒って怒鳴り散らしている頃だろう。

 ちなみに菜倉は築いてきたコネクションを維持する為にも定期連絡を入れる事を条件にアリステラを出ているので今のところは問題はない……店主であるビッグ・ママの胃に穴が開きかけている事以外は。

「まぁそれはそうなんだけどね。でも随分あっさりしてるなって、庄吾って意外とドライ?」
『……何も思わないわけじゃないです。ただ彼女にはこれ以上僕らと関わらせるわけにはいかない。そういうだけです』
『あら?それなら私なら別にいいって言うの?』
『勿論です。僕はシャーリーから離れませんし離さないと決めましたから』
『……そういうのズルいと思うの。私』

 突如として作られた固有結界に砂糖を吐かんばかりのジト目を送る菜倉であったが、そんなものでは二人(?)の結界を打ち破ることなど出来ず深い……それは深ーい溜息を吐くに留まった。

「……それで、本当のところはどうなの?庄吾」

 このままではいつまでたっても桃色結界を打ち破ることなど出来ないと判断した菜倉は普段よりも声のトーンを落として庄吾の本音を問いただした。

「関わる関わらないに関係なくあたし達がこの世界に来ちゃった時点で関係ない人間なんて誰もいないんだよ?」
『…………』
『…………』

 二人は何も王都から抜け出し、魔法学院に通っている間何もしてこなかったわけではない。その間もずっとこの世界の歴史(・・・・・)について調べてきた。

 王城にあった隠し部屋から始まり学院にあった禁書庫や十二貴士と呼ばれるアリステラの運営していた貴族たちが保管していた重大機密情報などを徹底的に調べ上げ、そして半年ほど前に二人は知ってしまったのだ。この世界の成り立ちとその仕組みについてを。

 そこには魔術と呼ばれる魔法よりも複雑怪奇な術式を用いた儀式によって成される勇者召喚に必要な代償とその副作用についても記されていた。

 それはつまり、自分たちにはもう帰る場所も世界もないという事を二人は知ってしまったという事だった。

「正直なところ。あたしは今すぐにでもこの世界を滅茶苦茶にしたくて仕方ない。なんなら言うと、魔王軍だとかに加担してこの世界の人間という人間を滅ぼしたくて堪らないよ……庄吾は違うの?」

 普段は天真爛漫でおちゃらけた態度の菜倉だったが、今はその瞳からは一切の光が消え失せ。絶望と憎悪の入り混じった炎が揺らめいていた。
 問われた庄吾も又前髪で隠れた瞳の奥には菜倉と同様の凄まじい憎悪に塗れた炎が揺らいでいた。
 
『違いませんよ。僕は確かにこういった世界に来たいなと夢見た事はあります。ですが、その代償として家族を……いえ、親類縁者その全てを失ってまで来たいなどと望む筈がありません。
 誰とも合わず、誰にも受け入れられなかったどうしようもない僕をこれまで育ててきてくれた大切な人たちなんです。
 それを勝手な都合で召喚され勝手な理由であるはずのない帰り道を示してきた連中を許せる筈がありません。
……ですが、それとは関係なく何も知らない彼女(メラーニ)を連れ回そうとも思えません。
 この世界の人間達を許すことが出来ませんが、だからといって連れ回した挙句殺そうとも思えません……僕は甘いですかね?』

 そう言った庄吾の表情は暗く淀んだ瞳をしたまま苦しみながらも殺意を滾らせているが、殺したくないという矛盾を孕んだものだった。
 シャーリーはそんな庄吾を見て痛ましい思いを抱きながらも自分もそんな顔をさせた関係者であるという自覚があるだけに何も言えずにいた。

 庄吾達にとって最早この世界の人間全ては自分達の親の仇であると同義なのだ。
 何せ勝手な都合で召喚された上に親類縁者全てを殺されたようなものなのだから、憎くて仕方ないのだ。

 冷静に考えれば決してそういうわけではないというのも頭の中では分かっている。けれど、心が、感情がそれを良しとしないのである。

  自分たちでは魔王が倒せないから他の世界から倒せる者を呼び寄せる。その時の他の犠牲者など知ったことではない。自分たちの世界にはなんの関係もないのだから。

 そんな勝手を許せる筈がない。

 けれど、菜倉もそうであるように庄吾もこの世界に来てから仲良くなった。いや、仲良くなってしまった者も大勢いる。
 そのせいで抱いていた殺意が鈍って殺したくないという矛盾を生み出してしまったのである。

 その事を理解した菜倉も一瞬困ったような表情になり、庄吾から目をそらすと空を見上げて言葉を返した。

「……甘い、甘過ぎるよ。でも、あたしも似たようなものだからね。ごめん、少し感情的になっちゃったみたい」
『いえ……僕もハッキリとした行動が、出来ない。というか、正直気持ちに整理が付いてないですから』
「……うん、そうだね。はぁ、弓弦に会いたいね」
『はい』

 そう言って、二人は立ち上がると荷物をまとめて再びバイクに跨っていく。

『今のペースでいけば明後日の夕方頃にはグローゲン砦です。予定だと夕方になる前には村に着けますが』
「このまま走ろう。夜はどこかで野営すれば良いから、それならもう少し早く着くでしょう?」
『はい、問題なく行けると思います……シャーリー』
『どうしたの?』
『可能なら上空からマッピングをお願い出来ますか?出来るだけ整地された場所が望ましいですが、人影が見えない場所を優先した下さい』
『任せて。でも後で魔力の補充はしてね。じゃないと枯れるまで貰っちゃうから』
『大食感はいいですが、女性なんですから体重には気をつけて下さいね』
『はーい』

  そう言って姿は見えないが、シャーリーは中空へと漂っていった。

「……幽霊に体重とかって関係あるのかな?」

 途中から二人の会話を聞いていた菜倉の素朴な疑問には聴こえているはずなのに誰も答えてくれなかったのは言うまでもない。







 あれから二人は最低限の休息だけを取り、人の手の入っていない森の中を走り続けてショートカットを繰り返した事で通常なら馬車で数週間かかる距離を僅か二日で走破する事に成功した。

 普通なら絶対にありえない事だが、荒地を走る事を前提にしたオフロードバイク、一般人からしたら膨大といってもいい魔力量。そしてレベルが上がった事で強化されていく身体能力と動体視力。
 これら三つの要因が重なったことで二人はグローゲン砦へとたどり着けたのである。

 そして今二人がいる小高い丘はかつて弓弦とミリナがグローゲン砦へとやってきた時に転移で着地した場所であった。

 これが偶然か必然かは分からないが、どちらにせよ弓弦達が着地したというだけで何もない場所という事に変わりはないのだが、そこに二人はバイクを隠しておくと歩いて砦の方へと向かっていった。

 時刻は丁度昼を過ぎた頃合いで天気も快晴といってもいいほど晴れやかなせいか気分転換の散歩としては丁度いい気候であった。

「情報だとバリューズとかいう街から調査隊だとかが派遣されてるみたい」
『今更ですが、僕らが向かっても大丈夫ですかね』
「たぶん大丈夫だと思うよ。調査隊っていっても騎士団とかじゃなくてフリーの冒険者で構成されてるみたいだから堂々としてれば問題なし!」
『……それはそれで問題な気もしますけどね。でも何で冒険者なんでしょう。一応名目上とはいえグローゲン砦は軍事施設なんですよね?』
「それが本当に名目上だけなんだよね。元々は砦としての機能がちゃんとあったんだけど、今じゃ国が運営する闇市……というより闇街?に成り果てちゃってんのさ」
『永い平和の末に腐敗したって事ですか、つくづく救えないですね』
「全くもってその通りだけど、地球でも同じ事が未だにある場所なんだからこればかりは仕方ないと思うよ」
『人の性……いえ、この場合は欲ですかね……菜倉』
「うん。何かいるね」

 突如二人は会話を止めると同時にピタリと足も止めた。
 砦まではまだ距離があり、辺りは見晴らしの良い草原が続いていたが、二人には何かを感じとり同時に気配察知のスキルを発動して周囲を探っていく。

『シャーリー。何か見えますか?』
『えぇ、いるわよ。獣……ううん、獣人が左右から三人ずつ。囲むように砦から走ってくるわ』

 アイズを通して上空から偵察してくれていたシャーリーからの連絡を聞いて二人の間に緊張が走る。

「どうする?」
『……出来れば戦いたくはないですね』
「だよねぇ~。んじゃ一応警戒はしとこうか」
『了解です』

 その言葉を最後に菜倉と庄吾は偽装用として腰に下げていた片手剣を地面に置いて両手を広げたまま立ち尽くす。
 こちらに敵意はないと示しながらも二人にとってはこれが戦闘時での構えの一つでもあった。

 菜倉の天職は『忍』という諜報関係に特化した天職ではあるが、それ以外にも暗殺者として腕もかなり高い水準にあった。
 何も持っていないように見えても、実は体中には至る所に暗器などの隠し武器を備えており、いつでも攻勢出来るように準備していた。
 庄吾は言わずもがなの『錬金術師』という生産系に特化した天職ではあるが、その両手には黒いグローブが嵌められ、よく見れば手の甲には魔法陣らしきものが刻まれていた。

 夢とロマンを追い求めた結果庄吾が開発したのは某錬金術師に出てくる大佐殿のような色違いの手袋を嵌めることで、初級ではあるが土系統の魔法を無詠唱で発動出来てしまう魔道具を作り上げたのだ。

 つまり、降参の意を示しながらも全く降伏する気などないという事に他ならない。

 数十秒後。
 シャーリーの宣言通りに前方から自分たちを囲い込むかのように周囲に展開しながら六人の獣人族が展開してきた。
 
 いずれも軽装ではあるが動きを阻害しない防具を身に纏い、武器もショートソードやソードブレイカーのついたダガーナイフといった斥候職が好みそうな武器を握りしめ、今にも襲いかからんと息巻いている。

 見た目からしてやってきたのは狼や豹などの肉食系獣人から始まり、兎や猿などの獣人など初めて見る獣人族に対して不謹慎ながらも若干興奮してしまう二人であったが、向けられる視線が異様なまでに鋭く、憎悪に塗れている事に気付いてすぐに冷静さを取り戻した。

「こっちに敵意はないよ。出来れば君らのボスと話をさせてほしい」
「黙レっ!人間風情がナニをイマさらっ!」

 菜倉の呼び声に真っ先に反応したのは黒い毛並みをした狼の獣人だった。
 ただそこでようやく菜倉と庄吾はこの場にいる獣人族が全員女である事に気付いた。
 見た目ではわかりずらかったが、声のトーンで女性だと分かり、次いで体格などを見回していくと何となくだが女性だと分かったのだ。

『……ねぇ庄吾。この人達って』
『たぶん、そうでしょうね。よく見ると耳や尻尾が欠損してますからここで交配実験をさせられてた人達かと』
『だよね……じゃあ話し合いは無理、かな?』
『いえ。弓弦の名前を出してみましょう』

 アイズを通して話し合いを終わらせると、菜倉は正面に立つ狼の獣人へと話しかける。

「もう一度いうね。あたし達の仲間……葉山 弓弦と話をさせてほしい」
「なっ!?」

 弓弦の名前を出した途端一瞬獣人達の間で動揺が走った。
 どうやら当たりを引き出せたらしい。
 その反応だけで、二人にはやはりここに居たのかと安堵感に包まれるが、気を緩めるわけにはいかないので表情には出さないように努めていると。

「……ユヅル様にご用意ということですが、それは何用でしょう?それと“仲間”とは?」

 背後から流暢なスルグベルト語で声をかけられ振り返ると兎の獣人族が若干血走ったような目をしながら動揺しているせいか震える声で問いただしてきた。

「それは話せない。話す理由がないからね。逆に貴女なら見ず知らずの他人に話せるの?」
「……分かりました。案内します、が。拘束はさせてもらいます」
「まぁ、それくらいは仕方ないね。庄吾もいいよね?」
(コクリ)

 二人が了承すると猿の獣人が警戒しながらも腰のポーチから手錠を取り出してそれを投げ渡してきた。
 どうやら自分たちでハマろと言ってるらしい。投げ渡されたのはただの手錠ではなく魔力を封じ込める特殊なもので、駐屯地か牢獄から拝借してきたものだと予想できた。

 庄吾がそれを拾い上げると菜倉にも一つ渡して互いに手錠を掛け合い、グローゲン砦へと案内されていった。

 砦内には至る所に血が飛び散り、門をくぐってすぐには真新しい死体の山が築かれていた。
 その数は凡そ三十。どれもちぐはぐな装備をしていることから調査にきた冒険者だと分かった。

 それを尻目に二人はアイズを通しながら会話をしていた。

『それにしても何したの庄吾?』
『何、とは?』
『これ。魔力を封じる手錠なのに何でアイズが使えるのかってこと』
『あぁ、そういう……簡単な事です。この手錠、シンボルマークみたいな柄が付いているでしょう?実はこれが魔力を封じ込める為の魔法陣なんです。だから拾った際に土魔法で少しだけ傷をつけただけなんですよ。それでただの手錠にしたんです』
『え。これってそんな簡単に壊せちゃうものなの?』
『はい。意外と簡単ですよ。今度菜倉にも教えますね。何かの役にたつかもしれないので』

 そんな訳ない。
 確かに手錠には花弁を模した絵柄が刻まれており、それが魔力を封じ込める魔法陣となっているが、そう簡単に傷つけられるものではないし、仮に傷をつけたとしても問題なく効果が発揮されるように作られている。

 庄吾が行ったのは“傷をつけた”といってるが、より正確にいうならば“魔法陣の改竄”である。
 精密に刻まれた魔法陣は見た目以上に高度な魔法と技術が組み込まれており、多少の傷や劣化などではその効果を落とすことはない。
 しかし庄吾が行ったのはそれを遥かに上回る程の超技術で、適切な箇所にマイクロ単位の傷を入れて無効化するという離れ業もいいところであった。

 なので今の菜倉のように軽い感じに『よろしくねぇ~』などとは決していってはならない。
 普通の人間、というか超人であってもまず不可能に近い技術なのだから。

『それにしても凄い数の死体だねぇ。皆んなこの人達がやったのかな?』
『……いえ、それはないでしょう。仮に彼女達がやったのなら奴隷として捕まった経緯が分かりません』
『その事なんだけど、ちょっといいかしら?』

 二人の会話に入ったシャーリーが少し困惑気味に問いかけてきた。

『どうしたの~?』
『今、ここにいる霊達から話を聞いたんだけど』
『え?!そんなこと出来るの?!』
『落ち着いて下さい、菜倉。シャーリーも一応霊なんですから』
『ふぇ?あ、そうだったね。うん、忘れてたよ』

 普段から余りにも自然と会話を交わしていたことで、若干シャーリーが地縛霊の一つであるという事を忘れかけていた菜倉だったが、それはある意味仕方がないといえば仕方がない。

 何せアイズを通せばシャーリーの姿は菜倉にも見えるし、姿が見えなくとも会話が普通に成り立ってしまっているのだ。その上、庄吾とのラブラブ結界を常時展開しているのを側で見続けていたら彼女が霊である事実など正直忘れてしまうほどにどうでもよくなっていたのだ。

『えっと、とりあえず話を続けるわよ……どうもここにいる人たち。特に最近死んだ人たちは皆んな“空から落ちてきた”って言ってるの』
『……はい?』
『どういうことです?』
『分からないわ。他の人たちとの会話って凄く難しいのよ。でも、突然空に上がったと思ったらそのまま落下死しちゃったみたいなの』
『ん~??どう思う?』
『……と言われましても、流石にそれだけじゃ分かりませんよ。でも常識に囚われない方が良いというのは確かですね』
『まぁ魔法なんてものがある時点でその辺のモラルは崩壊してるんだけどね。それにしても意味不明だよ』
『考えられる可能性としては目にも留まらぬ速さで捕まれ、空へと投げ飛ばしていった……くらいですが、流石に馬鹿過ぎますよね』
『うん。そんな腕力あるなら普通に殺した方が早いと思う』
『ですよねぇ』

 シャーリーからの情報を聞きながらも深まる謎に頭を傾げる二人だったが、やがて入ってきた門とは正反対にあった巨大な建造物の前までたどり着いた。

 それは無骨な作りをしていた建物であったが、一切の無駄がなくそれでいて勇壮であり、来る者を拒まずされど決して流しはしないという意思が強く感じる建物の前にやってきた。

『ねぇ、庄吾これって……』
『監獄……ですかね?いや、巨大な留置所的な?』
『まともではなさそうなのは確かだよね』
『はい』

「止マれ。ここデ待て」

 そう言って牙を向けてきたのは狼の獣人だった。
 彼女は庄吾達から一定の距離を取りながら武器を構えていると視線で兎獣人を見やると彼女だけを建物の中へと向かわせた。

 残された二人はただ黙ってその場で待っているしかないのだが、周囲から向けられる殺気の篭った視線に菜倉がついつい反応してしまった。

「ねぇ。そんなに熱い視線を向けられてると落ち着かないんだけど?」
「黙レ。口、開くナ」
「たどたどしいなぁ~。いいじゃん、お喋りしよーよ。話しやすい言葉でいいからさ♪」
「黙レといってる!」

 狼の獣人が牙を剥き出してショートソードの刃を菜倉へと突きつけるが、対して菜倉は笑みを深めて言葉を続ける。

「あれ?いいの?弓弦の知り合いにそんなことしちゃって、大丈夫?」
「あの方ヲ気安ク呼ぶなっ!」
「へぇ~、随分慕われてるねぇやっぱり」
『菜倉。もうその辺でいいでしょう、お出迎えがきたようですし』

 言葉を続けて挑発しようとしていた菜倉を庄吾が諌めてやってきた人物へと目を向けると、そこには先ほどの兎獣人とその横に。

「………ん?」
「………ん?」

 珍しく庄吾がアイズを通さずに素直に疑問の声を素で言ってしまうほどの光景がそこにはあった。

 看守っぽいジャケットを羽織り、頭には制帽を被ってはいるが、サイズが全く合っていないせいで羽織っているジャケットは足元まで伸びてマントっぽくなっており、袖の部分も手が出ない程に伸びている。
 制帽もきっちりとは被っておらず、ぽふっとツバの部分が斜めを向いてしまっているせいかその光景は、そう言葉にするなら“父親の仕事着を子供が着てみた”と言わざる終えない光景だった。

 というか、まんまその通りだった。

 現れたのは五、六歳くらいの幼女で上機嫌に余った袖をぶらぶらさせながら遊んでいる。
 それなのに幼女が現れた瞬間、それまでいきり立っていた獣人達が一斉に膝を折って屈してしまっている。

 一体なんなのか疑問に二人が疑問に思っていると、突如としてアイズからこれまで聞いたことのない程に焦ったシャーリーの声が二人に流れ込んできた。

『庄吾ッ菜倉ッ!その子はダメっ!危険過ぎるっ!』
『え?しゃ、シャーリー?』
『どうしたんですか?!』
『あの子ヤバ過ぎるわっ霊達が一斉に……それにあの子からとんでもない数の霊達が纏わり付いてるのっ』

 その言葉にバッと視線を幼女に向けるが。

「おにーちゃん達がパパのお知りあいなの?」
「?!」
「ッ!!」

 意識が一瞬それた次の瞬間、正面にいたはずの幼女はいつの間にか二人の背後に回って声をかけてきた。

 その表情はニコニコと穏やかではあるが、瞳の奥には暗く淀んだものを写しており、二人の全身をゾゾゾッと何かが這い上がってくるかのような悪寒が駆け巡った。

 未だかつて体験した事のない程の強烈な悍ましさ。
 殺気でも殺意でも憎悪でもない何か。
 それを敢えて言葉にすると“狂気”そのものと言っていいだろう。

 故に二人は直感的に感じ取った。
 嘘をついてはならないと。
 今すぐ逃げてもならないと。
 もし、それらを行なってしまった瞬間、自分たちは間違いなく死ぬことになると、二人は理解してしまった。

「そ、そうだよ。弓弦の知り合い。だから彼に合わせてくれる?」
「ん~……んにゅ?おにーちゃん達がニャクラとショーゴー?」
「っ?!?!」
「っ?!?!」

 そして奇しくも二人はアイズを介さずとも通じあった。

ーーえ?なに?!この可愛い生物ッ!!ーーと。

 数瞬前まで感じていた悍ましさなど一瞬にして何処かへ飛んでいき、恐らく噛んだのではなく間違って覚えてしまった名前に鼻血がでかからんばかりに興奮してしまう。

「う、うん。そうだよ、あたしがな……ニャクラでこっちがショーゴーだよ!」
「?!」

 庄吾の頭に『?!』が上がってしまう!
 その顔には“え?!このままで通すの?!”と言わんばかりの驚愕を表していた。でも。

「やったーっ!ニャクラとショーゴーだっ!あ、ミリナはね、ミリナっていうの!」

 キャッキャッと飛び跳ねて喜ぶ幼女を目の前に庄吾の驚愕顔など一瞬にして砕け散ってしまった。
 そして更に追撃とばかり飛び跳ねて喜んでいたせいか、被っていた制帽が落ちてしまい、それを庄吾が拾い上げて渡そうとすると……そこに現れた真っ白な白髪とピンッと尖った猫耳が露わになってしまった。

「あ、ありがとうショーゴーおにぃちゃん!」
「……っ」
「しょ、ショーゴーおにぃちゃん?!ちっ血が出てるよっ!」

 制帽を受け取ったミリナの満面スマイル&お兄ちゃん呼びにとうとう庄吾のキャパシティをオーバーしてしまったらしい。
 鼻から真っ赤な鮮血を吐き出しながらそのまま仰向けに倒れ込んでしまった。

『しょ、庄吾?!大丈夫?!』
『……シャーリー』
『え?えぇ、なに?というか大丈夫なの?』
『いえ、ダメです。子供ってこんなに可愛いものなんですね……もう悔いはないです』
『ちょっ庄吾?!しっかりしてーっ!』

 アイズを通しての会話を聞いていた菜倉は思った。
 わたわたと手を振りながら慌てるミリナと姿が見えないけど会話の流れから恐らくその側では同じようにわたわたと慌てるシャーリーの姿を幻視して、つい言葉にしてしまう。


「……なんか、庄吾はそのまま死んでもいいような気がする」





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ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

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