龍の呪いの殺し方

中島とととき

文字の大きさ
44 / 131
第二章

第三話 堂々たる

しおりを挟む

「なんつーか、すごかったな」

 眼下の広場は帰宅の途に着く人々でごった返していた。現実離れした魔法を披露した宮廷魔術師の姿は既になく、一時の祭は徐々に終息を迎えつつある。

 そんな光景を時計台から眺めながら、リデルはぽつりと溜息にも似た言葉を溢した。

「あんなモノ見せられたら誰だって魔法に憧れちまうし、誰だって魔法っつー奇跡を心から信じることができちまうよ」

 どれ、とリデルはパチリと一つ指を鳴らした。瞬間、リデルの手元で微かに火花が瞬く。煙草に火をつけることすらできない、小さくか細い魔法であった。

「……まぁ、出来そうと出来るは違ぇわな」
「でも、今日を境に魔法が扱えるようになる人も、きっといるんでしょうね」
「誰でもぽんぽん魔法が使えるようになっちゃあ、彫刻師としての商売は上がったりなんだがね」

 レダのような人間の存在は、魔法の存在を強く現実として人々の心に焼き付けたことだろう。
 確実にそこにあるものとしての魔法、そのイメージ。宮廷魔術師によるパフォーマンスは、人々の関心を十二分に魔法に惹きつけた。……もちろん、リリエリの心だって。

 リリエリはぎゅっと自分の右手を握り込み、そっと開いた。パチっと一度薪が弾けるような音がして、それきり何も起きなかった。
 ……自分に才能がないことは重々知ってはいたけれど。一度膨らんだ期待が萎むのは、やっぱり少し悲しい。

「ちょっとでも魔法が使えたら、私もB級くらいの冒険者にはなれましたかね」
「まぁ、あれだ、リリエリはアタシの中じゃあとっくに特級冒険者なんだ、そう気を落とすな。何も魔物と戦うだけが冒険者じゃないだろ。それに、世の中魔法が使えるやつの方が少ないさ」

 魔法が使えない人々のための紋章魔術。そのための彫刻師、だろ?
 そう言ってリデルはリリエリの肩をバンバン叩き、完璧なウインクを決めてみせた。

 ……どうやら自分は随分しょぼくれた声を出していたらしい。
 リリエリは余計な気を使わせてしまったことを恥じた。だが、それ以上にリデルの温かい励ましがありがたかった。

 帰途は未だに混雑している。広場の賑わいが落ち着きを見せるまでの間、二人は他愛もない友人同士のおしゃべりに興じた。
 宮廷魔術師の服装は豪華絢爛が過ぎていっそ悪趣味だったとか。遠目で見えなかった杖の素材を想像し合ったりだとか。

 ひっきりなしに依頼を受けては壁外に出ているリリエリにとって、ゆっくり友人とおしゃべりする時間は貴重だ。

 穏やかで尊い一時であった。すぐに嵐の前の静けさと知ることになる。


■ □ ■


 貧乏暇なしとはよく言ったものである。
 リリエリもまた例に漏れず、壁外での冒険、採取した物の加工・納品、次の冒険の準備と忙しなく日々を回している。

 リデルに誘われて宮廷魔術師の見学に行った今日だってオフの日ではない。自宅に戻ったら陰干ししていた薬草類を回収したり、保存食を仕込んだり、魔物が忌避する臭いを放つポーションを作ったりと、やるべきことは無限に存在していた。

 足が悪く戦えないリリエリにとって、事前準備は唯一にして最大の命綱である。……いや、命綱であった。

 今のリリエリが持つ最大の命綱はヨシュアだ。
 彼の人並外れた身体能力は、リリエリにとっての攻撃手段であり、防御手段であり、移動手段である。

 もちろん、文字通りおんぶに抱っこでは良心が痛んで仕方ないので――リリエリにも一端のプライドがあるので、ヨシュアにできず自分にできることなら何でも全部やってやるという気概は持っている。

 それでも、一方的に助けられていると感じてやまないのは、ヨシュアが埒外の能力を有しているに他ならない。
 ヨシュアは強い。S級冒険者の資格はけして飾りではない。

 ――そんなヨシュアの姿を、リリエリはここ十数日ほど見ていない。
 依頼を達成した後、用事があると言った彼と壁外で別れて、それきり。

 ヨシュアは今、どこで何をやっているのか。
 帰り道、エルナトギルドに続く通りを横切る道すがら、リリエリはふとそんなことを考えた。

 ヨシュアとリリエリは冒険者として命を預け合う関係であるが、翻して言えばそれ以外のつながりはない。
 ヨシュアは自分の話を余りしない質であるし、詮索は余計なお世話だろうと冒険時以外の過ごし方を深く追求するつもりはなかったが、……こうも長く所在不明だと流石に心配が勝るものだ。

 とはいえ連絡手段があるでもなし。
 それにヨシュアほどの強さがあれば、そうそう大事に至ることもあるまい。

 リリエリにできることは、ヨシュアの帰りを信じて待つことのみである。

「ヨシュアさんが戻るまでに色々仕込みとか済ませたいところですね」

 今日やる作業を頭に並べつつ、リリエリは自宅の扉を開けた。かつ、と杖が床を打つ音が変わった瞬間、今日も無事に帰ってこれたと安堵する。もはや癖のようなものだった。

 ただでさえ狭いスペースを、様々な植物や素材が圧迫しているような住みづらい家だ。それでもリリエリにとっては都も同然。勝手知ったる我が家の中、いつものように奥へと歩みを進め、

「よお。邪魔してるぞ」

 男が一人、我が物顔で部屋の中央に鎮座ましましているのを目撃した。
 知り合いではない。だが知っている。なんならさっき見たばかりだ。

 宮廷魔術師レダ。堂々たる不法侵入であった。
 

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

処理中です...