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第二章
第四話 目的
しおりを挟む「よお。邪魔してるぞ」
いけしゃあしゃあと、悪びれもなく。
先ほど広場で喝采を浴びていた男が、まるでここは自分の家ですけど? とでも言わんばかりの調子で部屋の真ん中に座っている。
確実に異常事態である。
「動かないでください。動いたら人を呼びます。大声を出します」
「あぁ、そういうのいいから。構えた杖を下ろしな。俺様のこと知ってんだろ、こんな家から物を盗るような立場じゃねーのよ」
「……宮廷魔術師のレダ、ですね」
言いながらも、リリエリは今一つ確証が持てずにいた。
暗い色のシンプルなローブという慎ましやかな服装をしてはいるものの、脇に立てかけられている派手な杖は間違いなくあの宮廷魔術師が持っていたものだ。
顔の造りも、遠目から見た印象と相違ない。別人ということはないだろう。
だがその口調、態度、行動、雰囲気。
広場で演説を行っていた宮廷魔術師のものとは随分とかけ離れてはいないか。あの時はもっと柔和で、仰々しく、権威溢れる宮廷魔術師然とした振る舞いをしていたはずだが。
目の前の男はどちらかというと、宮廷魔術師というより、
「如何にも。この俺が宮廷魔術師のレダ様だ。分かったら相応の対応をしな」
宮廷魔術師というより――ゴロツキみたいな。
目の前の男が自らをレダだと名乗った瞬間、リリエリは踵を返して一目散に玄関に向かって駆け出した。
怪しい男と会話する気なんて毛頭なかった。ただ時間を稼ぎたかっただけだ、紋章魔術を起動するための。
基本的にリリエリの右足は動かない。だが右足に仕込んだ紋章魔術を起動することで、短い時間であれば走ることが可能だ。
大気中の魔力が濃い壁外であればおおよそ三十分。壁内では五分ももてば良いところだろうか。
兎にも角にも逃走。
この男が本物の宮廷魔術師レダであろうとなかろうと、ヤバい人間であることは間違いないのだ。
安さ重視で選んだリリエリの居住地は非常に利便性が悪く、空き家だらけの一区画にあった。周囲に人はいない、だが通りまで出ればそこそこ人目があるはずだ。
まずは外に出る。何をおいても、ここから出なければ。
「逃げる意味なんてないだろうが」
がつ、と背後から鈍い音が聞こえた。重い革靴を板張りの床に叩きつけたような、そんな音だった。
瞬間、玄関扉の前の地面が持ち上がる。突如として生じた土塊が、外界へ繋がる唯一の道を完全に遮断した。
魔法だ。
この規模、この速度。こんな芸当、他に誰ができようか。性格は様変わりしているようだが、この男は確実にあの宮廷魔術師。
「取って食いやしねえよ、ただお話しにきただけさ。"雑草刈り"のリリエリ」
こちらの素性も割れている。
逃げるのは不可能だと悟ったリリエリは、大人しく両手を挙げてレダに向き合った。レダは傲岸不遜を絵に描いたような表情でリリエリを見ていた。
「足が悪いんだろう、椅子に座ったらどうだ」
「いえ、立ったままで結構です。ご要件を」
「無用な警戒だな。俺様は宮廷魔術師だぜ? この上なく信頼できる素性だろうが」
「……演説のときと、随分人が違うもので」
「ああ、あれはビジネスの一環だよ。人々は清廉潔白温厚篤実な宮廷魔術師サマを望んでんのさ」
だから応えてやってんだ、とレダは笑った。悪辣な笑みであった。例えるなら、人が道理を違える瞬間を眺めている悪魔のような。
リリエリの家は狭い。ただでさえ広くない室内に所狭しと植物やら肉やらを干しているせいで、人の存在できる空間は殆どない。
そのような狭い部屋で、リリエリは意図の読めないはるか格上の相手と対峙している。気を抜けば潰れてしまいそうな、酷いプレッシャーが体にまとわりついていた。
「……それで、お話というのはなんでしょうか。私はお金も、貴重なアイテムも、優れた装備品も持っていませんよ」
「この俺にそんな物が必要に思えるか? ……単刀直入に言うぜ。もうヨシュアと組むのをやめな」
ヨシュア。
予想もしていない単語であった。リリエリは動揺し、咄嗟に身を引こうとしたが、うまくいかなかった。紋章魔術の効果が切れて、右足がもう動かなくなっていたためだ。
しくじった。努めて冷静なふりをしていれば、そんな人知りませんとしらを切る道もあったかもしれないのに――いや、この男はリリエリの通り名まで知っていた。十分調べがついているからこそ、今この場に立っているのだろう。
「私がヨシュアさんとパーティを組んでいるとして、それがなんだというんです。貴方には関係ないことでしょう」
「この忠告は俺の優しさだぞ、"雑草刈り"」
レダはゆっくりとした動作で、部屋の隅に立てかけていた自身の杖を手に取った。
たった今、手にした。つまり、玄関を塞ぐ魔法には、杖が使われていなかったということだ。
ともすれば呼吸すらできないような、重苦しい空間であった。その中でただレダだけが、不気味なほどに自然体でそこに在った。
そうして男は、ギルドの窓口に用件を告げる程度の気楽さを持って、その言葉を告げたのだ。
「俺はヨシュアを殺しにきたんだ」
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