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最後の日 2

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は?
と聞き返すも、ユメは黙ったままだ。
「なんで?意味がわかんねえんだけど。」
ユメは不気味にも見えるほど綺麗な笑みで、目の前に突き刺さっている赤い包丁を見た。
それは、どこかうっとりとしているようで、俺は思わず身を震わせた。
「僕の正体を教えてあげる。」
どうでもいいよ、そんなの。
「なあ、そんなの今更どうでもいいよ。
俺はユミに会って、言いたいことが言えた。それでハッピーエンドだ。そうだろ?なんだよそれ、なんで最後にそんな…。」
お前を殺せるわけないじゃないか。
こんなに儚い生き物を。
今思ってることを全て言葉にできるくらい頭が良かったら、どれほど幸せだろうか。
届いて欲しい想いは、ただ積もっていくだけで、言葉にすることもできずに、
震えに変わっていく。
いやだ、俺はもう誰も刺したくなんかない。
お前を殺したくなんて。
「僕はね、君だよ。だけど、もっとはっきり言うならば…」
聞きたくないと耳を塞いでも、もう無駄だった。
「君が、心から消し去ろうとした記憶なんだ。」
その声を聞いた瞬間、目の前の地面が崩れ落ちていく感覚がした。
思い出してはいけないものを、思い出してしまった時って、こんな風に胸が痛くなるのか。
頭が、ガンガン痛み出して、汗が止まらない。
「君のぼんやりした辛さはね、
忘れたい過去である僕が、まだ心の端にいるから起こるんだ。だから、君が僕を殺せば」
ユメは包丁を手に取った。
「全て、ハッピーエンド。」
俺は、完璧な笑顔のまま包丁を渡すユメの右手が、軽く震えているのを無視することがどうしてもできなかった。
さあ、どうぞとユメが目を閉じる。
俺は冷たい柄の感触を指で確かめて、ユメの胸の前で構えた。
それから、1秒、2秒、3秒。
そしてー…















男の硬い肩が、当たるのがわかった。
でもどこも痛くない。
そこで僕は、彼に抱きしめられているのだと気づいた。いや、抱きしめられているというよりは、どちらかといえばタックルのような感じか。
「え…、ね、ねえ、どうしたの?刺さないと君は幸せになれな」
言葉が途切れた。ものすごい目つきで睨まれたからだ。
彼は唾を飛ばしながら怒鳴った。
「お前を殺したら、どっちみちなれねえんだよ!!!!」
そこで、胸を貫かれたように僕は硬直してしまって。
なんの感情なんだかわからないけれど、
僕は、

初めて涙というものを流した。

「んだよ、何泣いてんだ。」
そういう彼の鼻も少し赤い。

僕は、生きていてもいいの?
僕は必要な存在なの?

そう小さく問うと、何故だか彼が泣いてしまって。
「…たり、めえだろっっ!!!」
鼻水をすすりながら、彼はきっぱりと言い切った。

そっか。
そうなんだ。
僕は、生きてて良かったんだ。

彼の腕の中で、顔じゅうぐちゃぐちゃにしながら泣いて、もう一度目を開けると、


僕らは、元の世界に戻っていた。















それから、僕が高校生活を始め、
彼がユミちゃんととある本屋でばったり会っちゃうのは

またまた別のお話。






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