あぶはちとらず

井氷鹿

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第4章 Fall between two stools.2 1995年 崇直編 夏

恋愛は銘々稼ぎⅢ Love knows no common rule.

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「うわぁ、きれーい」

 どれどれ、紅緒の肩越しに顔を近づけたら譲ってくれた。
 右耳に息がかかる。くすぐってぇな。

「ベガの周りの恒星が見えるんだ」

「伴星だよそれ、今日はコンディションが良いから」

 ドア口から亘の声。

「え、あの小さい点がそうなのか」

 どれ? と紅緒が顔をこっちに向けてきた。

「11時の方向と6時の方向にある点、分かる?」

 オレの顔を押しのけて、紅緒がのぞき込む。
 お前、容赦ないな。

「11時の方向と、あ分かった! 白く見える点がある」 

 オレにも見せろや、このやろうっ。
 押し返して、覗き込む。

「おおっ、あれか」

「わたるくーんっ、ガリレオ衛星導入したよーっ」

 外で田中が叫んでるぞ、と頭を押し付けてきた紅緒に譲って入り口を見たら、亘と真正面から目が合ってしまう。
 距離にして10センチはあるか? ここ狭かったんだ。

「わーちゃん、ありがと。初めて伴星まで見れたよ」

 いてっ。
 肩掴んでたはずの手が、オレの顎を掴んできた。
 指が口の中に入る。
 爪が歯茎にあたってるよ。
 そこまでして、押しのけなくてもっ。

「ああ、ちょい待ち。田中の相手したら次アルタイルを……導入するから」

 今、笑ったよな亘のやつ。
 くそっ。

 それから、亘がアルタイルに標準を合わせるまでの間一旦外に出る。
 オレと紅緒は交代で木星のガリレオ衛星を見て、やっぱり宇宙はでかくて広いやと話してたら。
 案の定、田中が大興奮だよ。
 
 その前にベガも見たらしいが、身近な惑星の方が断然お気に入りらしい。
 オレらは何度も見てるが、田中は初めてだから衝撃だったようだ。

「木星ってちゃんと浮いてるんだな、宇宙空間に。それに衛星って、あんなにはっきり見たの初めてだよ。木星の周りに浮いてんだぜ。ちゃんと月みたいに影もあってさ」 
 
「ミニチュアみたいに見えるのが、不思議でしょ」

「そうそう。まるで目の前にあるようで、実は何億キロも離れてるってのがさ、驚きだよな」

 紅緒相手に熱弁をふるっている。 
 まぁ、天文距離はかけ離れすぎてとは来ないけど。

「ここから覗くとこんなに近くに見えるのにな、あんなに遠いんだ」

 田中が接眼部(覗くところ)から目を離し、木星を指さした。

「そうだね」

 紅緒と並んで空を見上げる。
 それだけは、確かだな。オレも目視で木星を見上げた。
 
 目の前に居ようが、離れていようが、届かない距離ってあるんだよ。
 触れそうで、触れないって奴。

「アルタイルに合わせたよ。ど真ん中、ドンピシャだ。伴星も見えるよ」

 小屋から出てきた亘が、何見てるんだと俺たちを見た後に空を見あげる。

「ああ、今日は見たい星が同じ方向に固まってて、導入する合わせるのが楽でさ」

 そう言って、一番明るく見える木星を基準に、土星、ベガとアルタイル、ついでにデネブと星座を教えてくれた。

「田中くん、今度は土星の衛星見てみる?」

「見たい! 土星、俺が導入していい?」

 操作を覚えたらしい田中が、嬉々として土星の位置を確認している。
  
 「すっかり仲良しになったね、あの二人」

「亘には珍しく、趣味が合ったってことかな」
 
 しかし、外と違いここは狭いなぁ。
 座ってる丸椅子は、回して高さ調節できるやつ。座るのがやっとだ。
 それに座ったオレの左膝に紅緒が座ってる。
 狭いおかげで、背もたれ代わりに壁を使えるのは有難いが、紅緒が前に滑り落ちそうになるから、どっちかの腕で支えてないと、危なっかしくて。
 子供を抱える親みたいな体勢だよ、こりゃ。

「わ、宝石みたいに光ってるよ。ベガより白いね」

「こっちも伴星があるが、ヴェガより分かりにくいかも」

 と入り口から、亘の声。

「12時と3時の方向に白い点が見える? 他の恒星と見分けがつかないかな」

 どれどれ。
 交代して確認してみた。

「真ん中がアルタイルだろ、あっ、たぶん12時の方向は分かったぞ」

「8時か7時の方向にも、分かりやすいのがあるんだが」

「わたるくんっ、土星の輪が縦になったんだけど、なんでっ。ねーなんでっ」

 ぶっ。
 田中が、焦ってやがる。接眼レンズが動いただけだよ、それ。

「最初は焦るよね、輪が横向いちゃうと」

 そう言って、紅緒は一度床に足を突き横向きに座りなおした。

「宇宙に上下も左右もないんだけどな」

「直ちゃん、ううん。崇ちゃん」

 オレの顔を見上げ、両手を首に回し抱き着いてきた。

「5年間ありがとう」

 なんだ、このヒヤリとした感覚は。

 「ああ、うん」

 胸が、なんで痛むんだ?

「ここで、さよならしよ」

 そう言うと、後ろに回していた手で髪を束ねていたゴムを外した。

「えっ」

 ヒヤリとしたものが、喉元を通って腹に抜ける。

「崇ちゃん、今までありがとう。それから……」

 そう言うと、紅緒が抱きついたまま嗚咽を漏らした。
 そうだよな。
 今年で最後なんだよな。 

「ごめんなさい……」

 それだけ言うと、泣き崩れた。
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