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第1章 Grasp all , Lose all.1 1995年 亘編 春
落花情あれども流水意なし1 The love is one-sided.
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紀和さんが満足したのを見て、僕は安心して彼女の首筋に顔を埋めた。
彼女の手が、子供をあやすみたいにそっと僕の頭を撫でる。
ああ、なんて解放感だろう。体の力がすっと抜けていく。
紀和さん、だいすきだよ。
「日向君って……優しくて……誠実そうなのに……」
荒い息の合間に、紀和さんの声が耳に届いた。
「見かけによらないのね……驚いた」
え? そんなに良かったのか、今日は。
実は僕もそう思ってました。
体を離して、隣に仰向けに転がる。
体力には自信があるから、まだまだいけますよ。
「私も人のこと言えないけど……さ」
あれ、2回戦の話じゃないのか。
紀和さんは誰もが知る大企業の若き幹部候補で、肩書きも立派なバリキャリなのだ。
結婚には興味がないらしく、性格は奔放らしいと言われているけどそれは周りのやっかみじゃないかと、僕は思ってる。
僕以外にも何人か男がいるらしい、と誰かに言われたけど。
実際そんな気配は感じたことがないんだよね。
「そろそろ、私たちの関係を見直そうかなって思ってるのよ」
見直すって、何を?
いつも紀和さんの部屋で会うわけじゃないし、食事の場所によってはホテルに泊まることだってある。
駅近の居酒屋だって、ガード下の焼き鳥屋だって彼女はぜんぜん気にしないから会ってて楽しい人なんだ。
そう思ってたが、僕が勝手にそう思ってただけってこと?
「次はちゃんとした食事の店を予約するよ。今日の居酒屋はうるさくて……」
「そういうことじゃないの」
ケタケタと笑いながら、紀和さんは手を顔に当てた。まじめだなぁとか言っている。
「今日のお店は魚も新鮮だったし、味も悪くなかった。そういうことじゃないの」
彼女が体をこちらにひねるのがわかった。
「この関係もそろそろ終わりにしようって思ってね。つまり、さよならってこと」
「さよなら……って、ちょっと待って」
天井を見上げていた視線を、隣に向ける。
「私が気づいてないとでも思ってた?」
左手で汗ばんだストレートヘアを指で払い、じっと僕を見つめる。
「だから、そろそろ潮時かなって思うの」
動転して、その場に起き上がってしまったよ。
トドのつまり、飽きられたってことか。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。セフレの関係を解消するってだけよ」
セフレって。
その言葉が、棘になって胸に突き刺さる。
結婚や将来の話はしていないけれど、そんな軽い関係だなんて考えてもいなかったよ。
「一年も私に付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ。ひとりに戻れて、嬉しい?」
僕は慌てて手を振って否定した。何を言えばいいかわからない。
「あら、嬉しいのね。何を言われても上手に受け流して、怒らないし、機嫌よくて、ほんとにいい男だったわ、日向くん」
開きかけた口に、紀和さんが人差し指を当てて塞ぐ。
「それも今思えば、私と正面から向き合う気なんてなかったって話よね」
「違うよ。紀和さんと過ごす時間は楽しかったから……」
「お気遣い、ありがとう」
そう言って微笑みながら彼女は視線を外す。
「何言われても上手に受け流して、腹も立てなきゃ声を荒げるわけでもない。いつも機嫌よくて、ホントいい男だったわ、日向くん」
紀和さんに不満なんてこれっぽっちもないよ。
今、お互いスッポンポンなんだよ。つまりそういうことなんだよ。
この状況で別れ話なんて、なんだかひどく惨めな気分になるじゃないか。
「紀和さん、僕……」
「連絡っていつも私なのは仕方ないとして」
こっちを見た紀和さんの形の良い眉毛がピクっと上を向く。
続いて迫力のある視線を投げてきた。
「あのさぁ、この一年の間、私に突然会いたいとかなかったわけ?」
ビックリするほど素っ頓狂な声で聞いてきた。
「そ、それは、仕事なのに突然電話したら迷惑かと思って。紀和さん忙しいし、残業多いし」
「留守電でもメールでも、メッセージは残せるよ。もしかして専攻はそっち系じゃなかったっけ、日向くん!」
やれやれと言いたげに頭を抱え、大げさにため息を吐かれる。
「そうかぁ~、一回もなかったか」
あーショックだわぁといって、またそっぽを向かれた。
この人は化粧を落とすと年齢がわからなくなる。もちろん、それでも充分綺麗なんだよ。そして年齢より遥かに若く見えるんだ。
ああ、そうだったまつげ長くて、うつむくと影を落とすんだ。癖っ毛のせいかまつ毛もクルンと上をむいてたよなぁ。
「……学業と研修で忙しいんだろうけど……でさ、……」
目が好きだったなぁ。くるくる表情が変わって、見てるだけで良かったんだ。一緒にいるだけで楽しかったんだよ。逢いたいなぁ。
「………ちゃんと話聞いてる? 日向くん。もしもーし」
紀和さんが起き上がりぺたんと座り、固まっている僕の頭に手を置きポンポンとした。
彼女の手が、子供をあやすみたいにそっと僕の頭を撫でる。
ああ、なんて解放感だろう。体の力がすっと抜けていく。
紀和さん、だいすきだよ。
「日向君って……優しくて……誠実そうなのに……」
荒い息の合間に、紀和さんの声が耳に届いた。
「見かけによらないのね……驚いた」
え? そんなに良かったのか、今日は。
実は僕もそう思ってました。
体を離して、隣に仰向けに転がる。
体力には自信があるから、まだまだいけますよ。
「私も人のこと言えないけど……さ」
あれ、2回戦の話じゃないのか。
紀和さんは誰もが知る大企業の若き幹部候補で、肩書きも立派なバリキャリなのだ。
結婚には興味がないらしく、性格は奔放らしいと言われているけどそれは周りのやっかみじゃないかと、僕は思ってる。
僕以外にも何人か男がいるらしい、と誰かに言われたけど。
実際そんな気配は感じたことがないんだよね。
「そろそろ、私たちの関係を見直そうかなって思ってるのよ」
見直すって、何を?
いつも紀和さんの部屋で会うわけじゃないし、食事の場所によってはホテルに泊まることだってある。
駅近の居酒屋だって、ガード下の焼き鳥屋だって彼女はぜんぜん気にしないから会ってて楽しい人なんだ。
そう思ってたが、僕が勝手にそう思ってただけってこと?
「次はちゃんとした食事の店を予約するよ。今日の居酒屋はうるさくて……」
「そういうことじゃないの」
ケタケタと笑いながら、紀和さんは手を顔に当てた。まじめだなぁとか言っている。
「今日のお店は魚も新鮮だったし、味も悪くなかった。そういうことじゃないの」
彼女が体をこちらにひねるのがわかった。
「この関係もそろそろ終わりにしようって思ってね。つまり、さよならってこと」
「さよなら……って、ちょっと待って」
天井を見上げていた視線を、隣に向ける。
「私が気づいてないとでも思ってた?」
左手で汗ばんだストレートヘアを指で払い、じっと僕を見つめる。
「だから、そろそろ潮時かなって思うの」
動転して、その場に起き上がってしまったよ。
トドのつまり、飽きられたってことか。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。セフレの関係を解消するってだけよ」
セフレって。
その言葉が、棘になって胸に突き刺さる。
結婚や将来の話はしていないけれど、そんな軽い関係だなんて考えてもいなかったよ。
「一年も私に付き合ってくれてありがとう。楽しかったわ。ひとりに戻れて、嬉しい?」
僕は慌てて手を振って否定した。何を言えばいいかわからない。
「あら、嬉しいのね。何を言われても上手に受け流して、怒らないし、機嫌よくて、ほんとにいい男だったわ、日向くん」
開きかけた口に、紀和さんが人差し指を当てて塞ぐ。
「それも今思えば、私と正面から向き合う気なんてなかったって話よね」
「違うよ。紀和さんと過ごす時間は楽しかったから……」
「お気遣い、ありがとう」
そう言って微笑みながら彼女は視線を外す。
「何言われても上手に受け流して、腹も立てなきゃ声を荒げるわけでもない。いつも機嫌よくて、ホントいい男だったわ、日向くん」
紀和さんに不満なんてこれっぽっちもないよ。
今、お互いスッポンポンなんだよ。つまりそういうことなんだよ。
この状況で別れ話なんて、なんだかひどく惨めな気分になるじゃないか。
「紀和さん、僕……」
「連絡っていつも私なのは仕方ないとして」
こっちを見た紀和さんの形の良い眉毛がピクっと上を向く。
続いて迫力のある視線を投げてきた。
「あのさぁ、この一年の間、私に突然会いたいとかなかったわけ?」
ビックリするほど素っ頓狂な声で聞いてきた。
「そ、それは、仕事なのに突然電話したら迷惑かと思って。紀和さん忙しいし、残業多いし」
「留守電でもメールでも、メッセージは残せるよ。もしかして専攻はそっち系じゃなかったっけ、日向くん!」
やれやれと言いたげに頭を抱え、大げさにため息を吐かれる。
「そうかぁ~、一回もなかったか」
あーショックだわぁといって、またそっぽを向かれた。
この人は化粧を落とすと年齢がわからなくなる。もちろん、それでも充分綺麗なんだよ。そして年齢より遥かに若く見えるんだ。
ああ、そうだったまつげ長くて、うつむくと影を落とすんだ。癖っ毛のせいかまつ毛もクルンと上をむいてたよなぁ。
「……学業と研修で忙しいんだろうけど……でさ、……」
目が好きだったなぁ。くるくる表情が変わって、見てるだけで良かったんだ。一緒にいるだけで楽しかったんだよ。逢いたいなぁ。
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