一日再び晨なり難し ~いちじつふたたびあしたなりがたし

井氷鹿

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サロンパス咽る

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 某都立高校の、ありふれた中庭の渡り廊下。
 五月の連休明け、昼の陽光が眩しい午後。
 ひょろりと背の高い男子生徒が二人、渡り廊下を歩いて来る。
 一人は長めの癖のない髪を後ろでハーフアップに纏めている。
 もう一人はふわりとしたウエーブのかかった髪を、無造作に頭のテッペンで結んでいた。
 体操服の上に同じパーカーを羽織り、仲良さそうにじゃれ合ってるように見える。
 
「四限の体育は弁当だけじゃシャリバテするってぇの」
 言いながら手に握ったを見つめ、舌なめずりをする。
「いただきますっ」
 そう言ってハーフアップにした方が、美味うまそうにこぶし大のむすびにかじりついた。
 続けて残りを口に押し込み、ほっぺをぱんぱんにして満足げに微笑んでいる。
 歩きながら食べるなんて、行儀が悪いがそれほど腹も減ってたわけで。
 口一杯のおにぎりを何とか咀嚼し、飲み込もうと必死で口を動かし続けている。
 彼の手はその後も休むことなく、二個目をポケットから取り出していた。
 大きめのおむすびはラップで包まれ、シールで止めてある。
 指に付いた米粒をついばみながらシールを外しているのが、笠神直樹かさかみなおきだ。
 ふざけた理由で、周りからサロンパスと呼ばれていた。
 今では教師もこの名で呼ぶから、名前を忘れられがちなのが彼の悩みだ。

「おむすび残ってて助かったな。部活の分まで確保できたし、これで本日も安泰だよ」
 そう言って隣に負けじと大口を開け、おむすびにかじりついたのはサロンパスと全く同じ顔をした直樹の双子の兄、笠神崇直かさかみたかお、だ。
「お、しゃけだ。サロンパスは」
「ツナマヨーん」

 ところで、この高校には学食がない。
 その代わり、地元業者が調理パンとおにぎりの販売に来ていた。
 数年前まで男子校だったこともあり、業者の作るパンもおむすびも一般のサイズよりやや大きめに作られている。
 大きさと値段そして味、三拍子揃ってどちらも人気だ。
 調理パンに至っては販売開始10分でほぼ完売してしまうほど。
 流石にパンは売り切れだったが、運良く残っていた残りのおむすびを全て特価で手に入れ、二人はご機嫌のようだ。
 よく見ると、パーカーのポッケもそろって膨らんでいる。
 
「すみませーん。笠神先輩」
 そこへ、可愛らしい女子の声が呼びかけてきた。
 思わず崇直が振り向くが、目の前には誰も居ない?
 おっと、と崇直が視線を下げたら、体操服に身を包んだ小柄な1年女子が真上を向いて緊張気味に立っていた。
 呼ばれたもう一人の笠神といえば、呼びかけを無視して先へ行こうとするから、崇直にパーカーのフードを掴まれたたらを踏んでいる。

「こら、逃げんなサロンパス、おいっ……」
「1-Hの浜名誠子はまなせいこといいます」
 崇直の声に被せて1年女子が、体に合わない大声で叫んだ。
「1-Hの庵野紅緒あんのべにおの代わりに来ました!」

 その名前を聞いた崇直が、驚いてフードを掴んだまま浜名誠子へ体をかしげた。
 同時に直樹は逆向きに振り返ったから、
「うげっ」
 勢いパーカーの襟首に喉を締められ、カエルを潰したような声を上げる。
「おお、わりぃわりぃ」
 手を離し、崇直は悪びれもせず直樹を無視して浜名誠子に笑いかける。
 その誠子はというと、崇直の後ろで悪態をついている直樹から目が離せないようだ。
「こおのあ”んっにぶっ」
 まだ口におにぎりが残っているせいで、何を言ってるのかさっぱり分からないが。
 
「失敬。1年の」
 と崇直は冷静に名札を確認して言葉を繋ぐ。
「浜名さん。笠神はどっちの笠神かな」
 そう言われ、慌てた誠子が崇直に向き直る。
 その後ろで直樹は残りを何とか飲み込み、掴んでいた二個目にかじりつく。
 そこで、誠子は直樹と目が合ってしまった。
 うわっ、そっくりだ!
 しまった。彼らは双子だったんだ。

「は、はい。あの、どっち? えっ? あのべーちゃん……じゃない。庵野紅緒さんが、あの、笠神先輩が好きだと伝え……」

 そこで直樹がまた変な声を上げ、今度はこちらに背を向け胸を叩いているようだ。
「何、今度はどーした」
 誠子はどうしたらいいのか分からず、交互に双子を見比べている。
 崇直はそんな誠子に笑いかけ、頭をポンポンした。
「ふえっ」
 変な息を吐いて、誠子の頬が赤くなる。
 
「お茶あるから、ちょっと我慢しろ」  
 誠子にウインクすると、手に持っていた食べかけのおにぎりをくわえ、脇に挟んでいたペットボトルのお茶を右手に持ち直し、蓋も開けて後ろの弟へ差し出す。
「ほれ」
 直樹はお茶をひったくり、口にくわえる。
 しゃがみ込むとあえぐように息をしながら右手で上、屋上を指さした。
 崇直が覗き込むと、顔が真っ赤だ。
 喉に詰めたらしい、好物のおむすびを。

「慌てて飲み込むから、ったくバカが」
 そう言うと、直樹の背中を平手で音がするほどの勢いで二発連続ではたいた。
「ぐっおほぉっ」 
 それから、立ち上がり誠子に再び笑顔を向け。
「ごめんね、弟がアホで」 
 などと飛び切りの笑顔で言われても、だ。
 誠子は返事を聞くまでは帰らないつもりで来ていたが、自信がなくなってきたようだ。
 それを察したのか、崇直は意味ありげに微笑み、口を開いた。
「浜名さん、紅緒に伝言頼むよ」
「は、い」
庵野紅緒が好きです。屋上で待ってますから来てくださいって」

 直樹がその途端、口に含んだお茶を盛大に吹き出した。
 そして機関銃のごとく咳き込む。
 崇直は誠子に心配ないと笑顔で合図し、手を振った。
「ありがとうございます! すぐ伝えます」
 これで答えはもらった。もう教室へ戻れる。
 「ありがとう。伝言頼んだよ」
 誠子は頷くと、ペコリと頭を下げ、逃げるように1年の教室がある北校舎へ一目散に走り去った。

「ゴホゲホゲホッ」
 直樹はまだ、むせて咳が止まらない。
 それでも喋ろうとするから、気管に入ったお茶で尚一層むせていた。

「何言ってるかさっぱりだよ。でも、心配すんな。ちゃんと返事は代わりにしといたから」
 鼻水と涙を垂れ流しながら、首と手を横に振り何か訴えてる直樹だが。
「お礼はいいって。それより、顔洗ってこい。ひっでぇツラしてっぞ」
 と昇降口脇の手洗い場を指す。

 「洗ったら屋上、早く行かないと待たせちゃうぞ」
 と上を指す。
「愛しの紅緒ちゃんを」
 そう言って舌を出した。
 直樹は情けない形相でゆっくりと口だけ動かし、崇直を指差した。

 同時に持っていた残りのおにぎりを、ポッケからつかみ出し、連続で投げつける。
 はいはいと、崇直がそれを片手でキャッチしてはポケットにしまう。
「だから、こんなに食えないって。早く、行け。ほら、すぐ追いかけるから先に行けって」
 笑って言う崇直を横目で睨み、直樹は雑に顔を洗うとパーカーで顔を拭く。
 それから、何度も咳ばらいをし屋上へと駆け出した。

 残された崇直はというと、直樹が渡り廊下に蒔き散らした残骸を眺め、派手にため息をついていた。
「やれやれ、これ、水ぶっかけたんで良いかな」
 そう言いながら頭を掻き、視線を屋上へむけた。
 雲一つない青空に、太陽が眩しい。
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