Ashpunk Blues−灰燼世界のマシンシティ−

I ∀

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1章:【灰色の男】

第4話:「女帝の命令」

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 重い扉がゆっくりと開く音が、地下に響いた。  
 冷たい空気が流れ込み、皮膚を刺すような静電気の気配とともに、リヴィアが現れる。  

 その背後には、数人の部下が静かに従っていた。  
 部下たちは無言でリヴィアの背後に立ち、アッシュを鋭く見据える。その視線は、冷えた警戒心と主の威圧感をそのまま映していた。

 ブロンドの髪が風になびき、かかとの音が支配されたリズムを刻む。  

 ネストシティの女帝・リヴィア――
 その名にふさわしい威圧感が、部屋の温度を一段下げたように感じられた。  

「久しぶりね、アッシュ」  

 リヴィアの声が響く中、彼女の部下たちは無言でその場に立ち尽くし、アッシュをじっと見つめる。  

 その視線は鋭く、彼に対する警戒心を隠すことなく示していた。  

 リヴィアの声には、歓迎も敵意もない。  
 ただ、無機質な事務処理のような響きだけがある。  

 ……アッシュは心の奥で一瞬だけ息を呑んだ。

 かつて交わした言葉の数々を思い出す。  
 冷徹さと変わらぬ声。  

 だが、その静けさの向こう側に、何かが潜んでいる気がした。  

「ここまで来たんだ、挨拶くらいはと思ってな」  

 言葉を返しながら、無意識に足を踏み出す。  
 その動きには、若干のためらいがあった。  
 過去の出来事を思い出しながらも、彼はその思考を振り払うように視線をリヴィアに固定する。  

 リヴィアは無表情のまま近寄り、言葉を続けた。  

「折角だから依頼をあげるわ、何でも屋さん」  

 その声に、ほんのわずかに笑みが混じる。  
 だがアッシュには、それが命令の刃にしか思えなかった。

 リヴィアが言葉を発した瞬間、背後の部下が素早く動き、闇に溶けるような空間に、青白い光が浮かび上がる。

 彼の動きはまるでリヴィアの命令を待ち構えていたかのように、完璧にタイミングを合わせていた。  

「簡単よ。――借金取り」  

 リヴィアは唇を微かに開き、アッシュを見据える。  
 その微笑みは、まるで彼女が命令を下す瞬間を楽しんでいるかのように見える。  

 アッシュは片眉を上げ、ため息をついた。  

「またか」  

『またよ』  

 アリアが呆れ混じりに被せる。  
 その声には、いつものように冷ややかな皮肉が込められていた。  

 リヴィアはアッシュの反応に興味深そうに目を細め、背後の部下に視線を向ける。  
 その合図を受けて、部下は素早く端末を操作し、ホロスクリーンにうらぶれた中年男の顔写真と、雑にまとめられたデータを浮かび上がらせた。  

「奴の名前はラズ。
 私から借りた金を踏み倒して、アークシティの外縁部へと逃げ込んだ。 
  あそこは、“アレ”が配備されていて面倒なのよ」  

 リヴィアの言葉には、自信と不満が入り混じっている。  アッシュはそれを一瞥いちべつし、すぐに目を逸らす。  

「俺だって、面倒くせぇよ……回収条件は?」  

 冷静に尋ねる。  
 冷気が肌に刺さり、背筋を震わせるような感覚がした。  だが、それでも表情は一切崩さない。  

「生きてさえいればいい」  

 リヴィアの言葉は、あまりにも簡潔で、感情がこもっていない。  

 その後、意味深に微笑み、背後の部下たちはじっとその会話を聞き入っている様子が見て取れる。  
 その空気が、アッシュには少し重く感じられた。  

「そうね――
 できれば、手足がついている方が都合がいいわ」  

 その言葉に、アッシュは少しだけ眉をひそめる。  

「了解だ」  

 即座に返答するが、心の中で何かが引っかかる。  
 生きていればいい。
 ――本当にリヴィアは金の回収を求めているのか。  
 それとも、何か深い意味が込められているのか。  

 だが、それを問いかけても、きっと意味がないことは分かっている。  

『なんだかんだ言って、結局あんた、便利に使われてるよね』  

 アリアが呆れたように囁く。  

「うるせぇな」  

 軽く言い捨てるその口調の奥には、言い返す気力すらない疲労感が滲んでいた。  

 きびすを返し、アッシュは重い扉へと向かう。  
 背後で、リヴィアの部下たちが無言でその様子を見守っていた。  
 彼らの存在が、どこかアッシュの背を押しているような、そんな気がした。  

 その向こうには、迷宮都市ネストの冷たい風と、濁った空が広がっている。  

 ――その背中に、リヴィアの声が追いかけてくる。  

「期待してるわ、アッシュ。――何でも屋さん」  

 リヴィアの声が消え、静寂が戻る。

 かつて――  
 あの女の言葉に、救われたことがあった。

 それでも今、  
 背を押すのは誰でもない。ただ、自分自身だ。
  
 アッシュは一人、冷たい都市の風の中を歩き出す。  
 何も語らず、何も背負わず。ただ、前へ。  




――See you in the ashes...
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