サラッと回って玄蕃サラ

楠本恵士

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第1話・ 残雪の残る雪山を眺めつつ

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 その昔、信濃の国の帰京ヶ原〔桔梗ヶ原〕という地で悪さをしていた玄蕃之丞という名の古キツネがいました。

 時は流れ現代──その玄蕃之丞の娘『玄蕃げんばサラ』にも訪れたキツネの子別れの時……知り合いの神主さんの神社で巫女姿に化けで、人間界で修行を続けるサラは人間のフリをしている毎日が楽しくてしかたがありません。
「クレープって、おいしい……あの洋服かわいい」
 人間には見えないモノが見えたり聞こえたりしちゃうサラの毎日は、ドキドキの連続です。

   ◇◇◇◇◇◇

 山頂に残雪が残る常念岳を左手側に眺めながら、自転車に乗った一人の巫女姿の少女が、国道沿いでペダルをこいで自転車を走らせていました。
 年齢は十七~八歳くらいでしょうか……風になびく腰まである黒髪を揺らしながら、自転車のサドルに跨がる可憐な巫女少女は、とある神社の前で自転車から降りると、境内に入っていきました。

 入り口にキツネの石像が両側に設置された稲荷神社……『玄蕃稲荷神社』の文字がある、祠に両手を合わせたキツネ目の少女に向かって、祠の中から男性の声が聞こえてきました。
「サラか……」
 巫女姿の少女……玄蕃之丞キツネの娘『玄蕃サラ』は軽くうなづきます。
「うん、お父さん、これ差し入れ」
 そう言ってサラは持ってきた風呂敷包みを開くと、重箱のフタを開けました。
 重箱に詰まった油揚げを見た瞬間、サラの頭とお尻から思わずピョコンとキツネの耳と尻尾が飛び出します。

 苦笑混じりの父親キツネの声が、祠の中から聞こえてきます。
「サラ、耳と尻尾……出ている。人間に見られたらどうする」
 慌ててサラは頭とお尻を押さえて、耳と尻尾を引っ込めます。
 玄蕃之丞が言いました。
「気をつけるんだぞ、正体がバレたら今みたいに人間界にいられなくなる」
 上がり目気味の美少女は、父親の言葉にうなづきました。

 キツネの子離れの儀式──サラも、その儀式に従い人間界へ勉強と修行を兼ねて、今は父親の知り合いの神主さんがいる神社に身を寄せています。

 玄蕃之丞が祠の中からサラに訊ねます。
「もしかして、あの自転車に乗って巫女姿で、ここまで来たのか?」
「うんっ、だってキツネだからって空飛んできたら、みんな驚くでしょう──運転免許の教習所でも、見た目が高校生だからダメだって断られたから。しかたなく自転車で──高速道路も幻術を使って人間の目を欺けば、自転車で高速走行できるよ」

 サラは父親の玄蕃之丞と同様に、人間に化けられる妖力を備えているため、高校生の見た目よりもキツネ年齢は高いのです。
 キツネの年齢では未成年ではないので、好物のワインもサラは堂々と飲めます。
「そりゃ、確かにそうだが……おい、サラおまえ何やっているんだ? その手に持っている四角い薄い板みたいなモノは何だ?」
 サラが電子機器をいじくりながら答えます。
「スマホ……ツィッターXを見ている、神主さんが買ってくれたの」
 サラの言葉を聞いた玄蕃之丞が、素っ頓狂な声を発しました。

「なにぃぃ? そんなモノの所有を認めた覚えはないぞ?」
「便利だよ、お父さんも買えばいいのに……あたしと離れていても、お話ししたりメールもできるよ。今ならLINEとかもできるよ」
「いらん! キツネ仲間との連絡なら狐火で十分だ……まっ、そのなんだぁ。サラがどうしても、お父さんとそのスマホとやらで話しとかメールとかラインとかをしたいと言うのなら別だが」
「お父さん、素直じゃないなぁ」

 サラは子ギツネの時に、父親キツネと過ごした静かな森を思い出していました。
 街の明かりが今よりも弱々しく柔らかい、提灯や灯台の明かりだった時代です。
 父親の玄蕃キツネと並んで見上げた、降り注いでくるような夜空の星々……その森も今は周辺が開発がされて、だいぶ小さな森に変わってしまっています。

 サラが父親の玄蕃之丞に、甘えるような口調で言いました。
「あのねぇ、お父さん……サラお願いがあるんだけれど」
「なんだ? 馬糞をぼた餅だと思わせて、人間に食べさせる幻術でも覚えたいのか。それともミミズをウドンとかソバに錯覚させて食べさせるのか……その程度の術ならいつでも教えてやるぞ、伝承者不足で困っていたところだ」
「そんな願いじゃじゃなくて……馬糞なんて今どき道に落ちていないよ、あたし学校に行きたいんだけれど──人間と一緒の高校に」
 祠の中で、玄蕃之丞がコケた物音が聞こえました。
「なにぃぃぃ!?」

 サラの言葉を聞いた玄蕃之丞の声が震え、祠がガタガタと揺れます。
「が、が、が、が、学校!? 人間の学校か!?」
「巫女さんの格好をした高校生くらいの女の子が、昼間から学校にも行かないで神社にいると、近所の人が不思議がっていろいろと聞いてくるから……神主さんが転入の手続きは済ませてくれたから」
「キツネが学校に……人間の学校に──う~ん」
 玄蕃之丞は、ちいさな祠の中で頭を抱えました。
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