追放された悪役令嬢、なぜか地の果ての寒村でVIP待遇です

波依 沙枝

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十九話

町へ入ってくる隊列は、静かだった。
静かすぎて、却って異様だった。

馬の蹄には、布と革の覆いが巻かれている。
雪を踏む音も、石を叩く音も、抑え込まれていた。

――統制。

見せびらかす静けさではない。乱れないための静けさだ。
命令が行き届いた者たちの呼吸が、町の空気を変える。

人々は道を空けた。
怯えではなく、判断の速さで。

そして、扉が叩かれた。

その音、リズム、いつものノックとは違った。

セルヴェルスが入ってくる。
いつも通り淡々としている――はずなのに、瞳の奥が硬い。

「ヴァレリア様。聖女ルチア様」

呼び方はいつもより正確だった。
格の線を一本も乱さない声。

「フェロス帝国の使節が到着しました。交渉を求めています」

「交渉は、宰相様が」

私が言うと、セルヴェルスは即座に頷いた。

「承知しております。ヴァレリア様には、挨拶だけをお願いいたします」

この町の“政治”を動かしているのは、彼だ。

扉が開き、男が入ってくる。

冬の外気をまとい、乱れのない歩みに風格がある。
その足取りだけで、人物像を少しなら推測できそうだった。

セルヴェルスが紹介する。

「フェロス帝国。使節団長、カシウス殿です」

カシウスは一礼した。深くはない。
だが、軽くもない。対等の礼だ。

「ルピウス公爵家のヴァレリア様」
「聖女ルチア様」

私は頷いた。

「遠路、ご苦労さまです」

それだけで終わるはずだった。

――カシウスの視線が、私に留まる。
ほんの一瞬、空気が止まった。

戦場の目ではない。
価値を測る目でもない。

ただ、判断の刃が一息だけ遅れる。
眩しいものを見た者の目だった。

「……美しい」

ルチアが小さく息を呑んだ。
セルヴェルスの気配が、わずかに鋭くなる。

カシウスは、その反応を気にしない。
気づかないのではなく、気にしない。

「たった今、素晴らしい未来図が浮かんだ」

声は平坦なのに、言葉が場を支配する。

「ヴァレリア様、貴女に愛を語る栄誉を下さい」

次の瞬間、セルヴェルスが一歩前に出た。
早い。護衛が動くより早い。

「おやめください」

低い声。揺れない声。
止めるための声だった。

カシウスが口元を上げる。

「交渉役が口を挟むのか」

「交渉役だからです」

セルヴェルスは笑わない。
淡々と告げる。だからこそ重い。

「それを口にした瞬間から、戦争になりますよ」

「戦争?」

カシウスが楽しげに反芻する。
けれど目は笑っていない。

セルヴェルスは続けた。

「この町は、あなたが思うより繊細です」
「そして、あなたが思うより燃えやすい」

そこで初めて、セルヴェルスの声に熱が混じる。
理屈の熱ではない。

「あなたは、ここで一番大切にされている存在に手を伸ばそうとしている」
「その自覚がないなら、なおさら危険です」

カシウスは一拍置いてから、短く笑った。

「……なるほど。これから交渉する相手とは、ふざけた態度では向き合えないな」

嘲りではない。
盤面を読めなかった自分を、面白がる乾いた笑みだった。

「失礼した、ヴァレリア様」

そう言うと、彼は視線をセルヴェルスへ戻す。

「交渉を始めよう。――条件を聞く」

セルヴェルスは一礼した。

「では、始めましょう。戦争にならない形で」
「第一に――ヴァレリア様と聖女ルチア様、そしてこの町への不可侵を」
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