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第二十五話
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翌朝。
王都の紙面は、ひとつの名前で埋まっていた。
「突如現れた社交界の女王」
「美しきモンテリオール侯爵令嬢、夜会を席巻」
「第二王子、婚約者を衆人の前で侮辱――紳士淑女は一斉に憤る」
大きな見出しの下には、夜会で起きたことが余計な脚色もなく並べられている。
“脚色なし”で足りてしまうほど、出来事そのものが露骨だった。
『当夜、侯爵令嬢は落ち着いた紳士ランドール卿を伴い入場。
その姿は華美にあらず、しかし比類なき洗練を帯び、場の空気を一変させた』
『ところが第二王子リヒト殿下は遅れて入場するや否や、当該令嬢に対し公然と叱責。
「下品」「見苦しい」等の言葉をもって婚約者を侮辱し、さらには腕を強く掴む場面も目撃された』
――腕を掴む場面も。
その一文が、冷ややかな針みたいに刺さる。
新聞は王族の“品位”に触れる言葉を、あえて選んでいた。
さらに、紙面はそこで終わらなかった。
『社交界においては王族であれ、礼節を欠けば厳しい裁きを免れない。
当夜、複数の淑女が殿下の言動を諫めたことは特筆に値する』
『また従来より囁かれてきた殿下の素行に関する噂が、今回の一件を受け再燃している。
婚約者がありながら夜毎の遊興に耽るとの風聞、侮辱的言動の常習性、周囲への粗暴な態度――』
――噂が、噂ではなくなっていく。
“再燃”という穏やかな語で包みながら、内容は剥き出しだ。
最後の段は、最も残酷な形で締められていた。
『一方で、モンテリオール侯爵令嬢に対しては同情と敬意が集まっている。
「侮辱されてもなお品位を失わなかった」「社交界の規範となる静けさ」との声が多い』
『今後、王家が婚約の扱いをいかに整理するか。
社交界は固唾を呑んで見守っている』
王都、ではない。
社交界が。民が。紙面が。
すべてが、王家の“次の一手”を要求している。
王妃は、その紙面を開いたまま指先を止めた。
一面の見出し。
大きな活字。
そして、モンテリオール侯爵令嬢の名。
次の瞬間、王妃の口元がわずかに歪む。
怒りというより、屈辱に近い。
――王家の恥を晒された、ではない。
もっと冷たい感覚だ。
守ってきたものが、社交界の手で裁かれ始めた。
王妃は紙面を伏せた。
息を吐く。その音すら整っている。
「……リヒトを呼びなさい」
声は小さい。
けれど、人を動かすには十分だった。
ほどなくして、王妃付きの侍従が戻ってくる。
「リヒト殿下は、玉座の間にお呼び出しとのことにございます」
これ以上はないほど深く頭を下げて告げた。
「あぁっ……!」
王妃は小さく叫んだ。
喉の奥から漏れたそれは、悲鳴にも怒号にもなりきらない。けれど――抑えきれない感情の破れ目だった。
レオハルトが戦場から戻った。
英雄として。民の歓声を背負って。国の希望として。
それに比べて。
「……リヒトは、このざま……」
紙面の文字が、焼けるように目に刺さる。
“婚約者を衆人の前で侮辱”。
“粗暴”。
“素行不良”。
王妃が守ってきたものが、社交界の囁きと活字で勝手に裁かれていく。
拳が震える。爪が掌に食い込む。
――よりにもよって、レオハルト帰還の直後に。
“王妃が作ってきた序列”が崩れる音が、王妃の耳に届いた気がして。
王妃は緩く首を振る。
「まだ、まだ、よ」
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次話、玉座の間から動きます。よければ一言、感想を頂けると嬉しいです。
王都の紙面は、ひとつの名前で埋まっていた。
「突如現れた社交界の女王」
「美しきモンテリオール侯爵令嬢、夜会を席巻」
「第二王子、婚約者を衆人の前で侮辱――紳士淑女は一斉に憤る」
大きな見出しの下には、夜会で起きたことが余計な脚色もなく並べられている。
“脚色なし”で足りてしまうほど、出来事そのものが露骨だった。
『当夜、侯爵令嬢は落ち着いた紳士ランドール卿を伴い入場。
その姿は華美にあらず、しかし比類なき洗練を帯び、場の空気を一変させた』
『ところが第二王子リヒト殿下は遅れて入場するや否や、当該令嬢に対し公然と叱責。
「下品」「見苦しい」等の言葉をもって婚約者を侮辱し、さらには腕を強く掴む場面も目撃された』
――腕を掴む場面も。
その一文が、冷ややかな針みたいに刺さる。
新聞は王族の“品位”に触れる言葉を、あえて選んでいた。
さらに、紙面はそこで終わらなかった。
『社交界においては王族であれ、礼節を欠けば厳しい裁きを免れない。
当夜、複数の淑女が殿下の言動を諫めたことは特筆に値する』
『また従来より囁かれてきた殿下の素行に関する噂が、今回の一件を受け再燃している。
婚約者がありながら夜毎の遊興に耽るとの風聞、侮辱的言動の常習性、周囲への粗暴な態度――』
――噂が、噂ではなくなっていく。
“再燃”という穏やかな語で包みながら、内容は剥き出しだ。
最後の段は、最も残酷な形で締められていた。
『一方で、モンテリオール侯爵令嬢に対しては同情と敬意が集まっている。
「侮辱されてもなお品位を失わなかった」「社交界の規範となる静けさ」との声が多い』
『今後、王家が婚約の扱いをいかに整理するか。
社交界は固唾を呑んで見守っている』
王都、ではない。
社交界が。民が。紙面が。
すべてが、王家の“次の一手”を要求している。
王妃は、その紙面を開いたまま指先を止めた。
一面の見出し。
大きな活字。
そして、モンテリオール侯爵令嬢の名。
次の瞬間、王妃の口元がわずかに歪む。
怒りというより、屈辱に近い。
――王家の恥を晒された、ではない。
もっと冷たい感覚だ。
守ってきたものが、社交界の手で裁かれ始めた。
王妃は紙面を伏せた。
息を吐く。その音すら整っている。
「……リヒトを呼びなさい」
声は小さい。
けれど、人を動かすには十分だった。
ほどなくして、王妃付きの侍従が戻ってくる。
「リヒト殿下は、玉座の間にお呼び出しとのことにございます」
これ以上はないほど深く頭を下げて告げた。
「あぁっ……!」
王妃は小さく叫んだ。
喉の奥から漏れたそれは、悲鳴にも怒号にもなりきらない。けれど――抑えきれない感情の破れ目だった。
レオハルトが戦場から戻った。
英雄として。民の歓声を背負って。国の希望として。
それに比べて。
「……リヒトは、このざま……」
紙面の文字が、焼けるように目に刺さる。
“婚約者を衆人の前で侮辱”。
“粗暴”。
“素行不良”。
王妃が守ってきたものが、社交界の囁きと活字で勝手に裁かれていく。
拳が震える。爪が掌に食い込む。
――よりにもよって、レオハルト帰還の直後に。
“王妃が作ってきた序列”が崩れる音が、王妃の耳に届いた気がして。
王妃は緩く首を振る。
「まだ、まだ、よ」
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次話、玉座の間から動きます。よければ一言、感想を頂けると嬉しいです。
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