校舎の空は私を映す

Meika

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校舎の外は冷えた海

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 時計の針が進んでいく。ただひたすらに、マイペースなリズムを刻みながら。時間は人に合わせるということを知らない。もちろん私に合わせてくれるわけでもない。その自由さを少し羨ましく思いながらも、やるせない気持ちでいる。そんな放課後だった。
 学校行事のリハーサル。今はその真っ最中だ。後期から生徒会役員になった私は、硬いパイプ椅子に座りながら話を聞いていた。うるさいほど響くマイクの音や重なり合うパイプ椅子の音が響きあい、体育館は凍えた空気に包まれている。気を抜けば、早く帰りたいと言葉をもらしてしまいそうだった。
 かなりの時間がたっただろう。リハーサルが終わる気配はない。時計は本当に進んでいるのか疑いたくなる。
「ここの流れは…」
先生の話が右から左へ流れるようにすり抜けていく。しっかりしろ、生徒会役員の私。こんな私でも一応選挙で選ばれた身なんだ。必死に目を開け、自分を叩き起す。眠気が覚めるツボなんていうのを押してみても、一切効かなかった。
 ただ、目に映った。
落としていた視線を上げて、前に並ぶ人や先生たちの声の、そのもっと先。視界が開けた。体育館の高い高いキャットウォークと繋がる、一面に広がる窓。
 校舎の外は、冷えた海のようだ。
 冬の夕方と同じくらい、冷たい空を見たことはあるだろうか。本当に冷たいんだ、この時の空は。この時期の、この時間帯しか見ることが出来ないこの空は、こんなにも冷たいんだ。天と地がひっくり返ったみたいな、海みたいな空なんだ。
 少し手を伸ばせば届いてしまいそうな無限の海に、魅せられた。夢中になった。走り出してしまいそうだった。校舎の、留まった空気達が偏る、狭い狭い体育館。一つの箱。そんな窮屈な空間に、気をそらす私。この部屋からしたら小さな窓の奥に見える、冷えた海。その、青く深い雲。それらがどれくらい綺麗か、私は今日ここに来なければ分からなかった。今、ここに居なければ、生徒会役員でなければ、分からなかった。見られなかった。
 きっと今、あの遠い輝きに気がついているのは、大勢いる人の中で私だけだ。それがやけに嬉しくて、綺麗で。私は今、ここに来てよかったと心から思っている。輝く空を、冷えた海を見られて、良かったと思っている。そして進んでいる時計の針を、見ることも無く時間のマイペースさを許している。
 もしまた明日、いや、今日でもいい。もしまた、こんな空を見れたなら。新しい空の輝きを発見できたのなら。きっと、もっと私は時間を好きになれる。今を好きになれる。未来を好きになれる。
 そしていつかの私も、そんな風でいたい。その景色を愛しく思っていたい。
 絶対にこの空を忘れない。
 あぁそうか。人が頑張る理由って、こんなにも簡単で、単純でいいんだ。
 この日ほど冷たくて、今にも流れていってしまいそうな空を、見たことがない。
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