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 マルクはますます苛立っていた。

 今日の朝から、ついに食事は缶詰めを開けただけのものになり、たとえ食欲があったとしても、こんな冷めたものなど食べる気も起きないだろう。

 屋敷の中は、洗濯をしないから汚れ物は溜まる一方で、食べた食器を洗わないから食器は食べかすだらけで、掃除をしないから屋敷中が埃塗れで、健康な人間でも病気になってしまいそうなくらい、酷い状況になっていた。

「まだ使用人は決まらんのかっ!」

「はい、未だ一人も...」

 屋敷に残っている使用人は、今やこの家令と庭師だけになっていた。庭師は屋敷には住まず、近くの家から通っているため、被害に合っていないというだけの話である。

 では何故この家令は逃げないのか? それは彼が先代の時代から領地の金を横領していて、その証拠をマルクに握られているからだ。逃げたら告発すると脅されているから逃げないだけで、決して忠誠心からここに残ってる訳ではない。ちなみに横領した金はギャンブルと女に消えた。こいつも立派なクズである。

 その証拠に彼は、料理、洗濯、掃除の家事全般なんでも出来る。伊達に執事見習いからの叩き上げではない。では何故、今現在この屋敷がこんな状態になっているのか? それは彼の細やかな意趣返しである。出来るのに敢えてやらない。こんなクズはもっと苦しめばいいと思っていた。自分のことは棚に上げて。

 つまりマルクの味方は既に一人もいないのだが、愚かな彼はそのことにも気付いていない。

「だったらお前が隣の領地まで馬を飛ばして行って来いっ!」

「私、馬に乗れません...」

「この役立たずがぁ!」

 もちろん、本当は乗れるのだが、正直に言うつもりは更々ない。だったらお前が自分で行けばいいだろうと心の中で言った後、そう言えばこの男、貴族のクセに馬に乗れなかったなと、やはり心の中で嘲笑した。一番の役立たずはお前だと。

「くそおっ! これじゃ定期隊商キャラバン」が来るまで待つしかないのかっ! 次来るのはいつだ?」

 定期隊商とはその名の通り、この近隣を定期的に回って商いを行っている隊商のことで、食糧や医薬品、日用品から嗜好品に至るまで幅広く扱っている。そして...人間も商品に含まれている。表向きは人材派遣と称しているが、実際のところは人身売買である。このクズのような悪徳貴族が良く利用している。

「今週中には来ると思いますが...」

 その目論見がもうすぐエリスによって潰されることを、この時の二人は知る由もなかった。



 
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