【番外編追加】冷酷な氷の皇帝は空っぽ令嬢を溺愛しています~記憶を失った令嬢が幸せになるまで~

柊木ほしな

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第3章

27・きな臭い

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 オズウェルがヴィエラの部屋を訪れたのは、その日の夜のことだった。

「ヴィエラ」

 控えめなノックと扉の外から聞こえてきた低い声に、ヴィエラはベッドから慌ててはね起きる。
 扉を開けると、部屋の外には寝る前だからか軽装姿のオズウェルが立っていた。
 
「ど、どうしたの、こんな夜更けに」

 今日はもうオズウェルとは会えないだろうと思って、ヴィエラは寝ようとしていたところだったのだ。

「こんな時間になってしまってすまない。少し話してもいいだろうか」

「え、ええ」

 一体どうしたのだろうかとヴィエラは戸惑いながらも、オズウェルを部屋に招き入れる。
 オズウェルは部屋に入った途端、 ヴィエラを強く抱きしめた。

「きゃ……っど、どうしたの……?」

 抱きしめられるのは嬉しいのだけれど、さすがに驚いてしまう。
 そっとオズウェルの背中に手を回しながら尋ねると、ヴィエラの肩口に絞り出すようなオズウェルの声が降ってきた。

「セリーンから、レミリアとのことを聞いた」

「あ、ああ、そうなの」

「怪我はなかったか?」
 
 オズウェルは、少し不安の色を滲ませて尋ねてくる。

 (もしかして、心配して来てくれたのかしら)

「それは大丈夫よ」
 
 ヴィエラは安心させるように、意識的に明るい声で告げた。
 
 目の前で花瓶が割れたとはいえ、幸い破片がヴィエラの方へ飛んでくることはなかった。
 ヴィエラの言葉に安心したのか、オズウェルの体から力が少し抜けていった。

「ロレーヌ公爵家には、今回のことを理由にしばらくの登城を禁じ、自領に謹慎することを命じておいた。これでしばらくは大人しくなるだろう」

「……ロレーヌ公爵家に?」

 レミリアだけならまだ分からなくもないが、公爵家自体に命じたということは、その家族も丸ごとということだろうか。
 不思議に感じて首を傾げるヴィエラに、オズウェルは言葉をつけ加えた。

「ここ数日、ホワイトリー家の7年前の事故を処理した関係者に話を聞いていたのだが……。ロレーヌ公爵家がこの事故に関わっている可能性が高い」

「え……」

「引き続き調査はするが、今回のようにまた何かあれば私にすぐに知らせろ。いいな?」

「……ええ」

 (どういうこと? ロレーヌ家が、事件に関わっている?)

 オズウェルに頷きを返すが、理解が追いつかない。
 
 ヴィエラの両親は馬車の事故に遭ったらしい、ということはオズウェルから聞いて知っていた。
 しかし、それはただの事故ではないということか?
 
 水に垂らしたインクのように、自分の心へ不安が広がっていくのをヴィエラは感じていた。

 
 ◇◇◇◇◇◇


 レミリアがヴィエラの部屋へ押しかけた日の翌日。
 日が沈み薄暗くなりつつある城下町を、黒いコートを着た一人の男が足早に歩いていく。コートの中からは、城で働く使用人の制服が覗いていた。

 ただでさえルーンセルンは寒いのに、日が暮れると余計に冷える。
 町を歩く人影はまばらで、みな家路へと急いでいるようだった。

 男は町の外れに佇む古びたバーへ入ると、カウンターの隅へ座る女性の隣に座る。
 店内には、その女性以外客が数人いるだけだった。
 
「こんなところに俺を呼び出して、どういうおつもりですか。

「あら、その名前で今は呼ばないでちょうだい。あの女のせいでうちは謹慎処分になっているのだから」

 ひそりと男が声をかけると、レミリアはフードを少し持ち上げた。
 レミリアは赤茶のフードを被っているものの、溢れ出る華やかなオーラは隠せていない。
 姿を隠すように布を羽織っているが、隙間から質の良いドレスが覗いていた。

「あなたをわざわざ呼び出したのも、あの女のせいで、城に入れないからに決まっているじゃない」

「……あの方の悪口を仰るようでしたら帰らせていただきます」

 レミリアの発言は男の機嫌を損ねたのか、男は立ち上がろうとする。
 レミリアは男のコートをつかんで引き止めた。

「悪かったわよ。あなたにいいものを渡したくて呼んだのだから、機嫌をなおしてちょうだい」

 そう言うと、レミリアは男の前に小さなガラス瓶を置いた。
 一見すれば、香水瓶のようだ。
 華奢な小瓶の中には薄桃色の液体が揺らめいている。

「……これは?」

「惚れ薬」

 訝しげに尋ねた男に、レミリアは涼やかな顔で答えた。

「惚れ……っ!?」

 ぎょっとした男が椅子から立ち上がりかける。
 レミリアは気にした素振りもなく言葉を続けた。

「うちで作った特製品なの。これを飲ませれば、どんな相手もイチコロよ。報われない恋をしているあなたにプレゼントするわ」

 それだけ告げると、レミリアは椅子から立ち上がった。

「それを使うも自由。使わずに、そのままホワイトリーさんが皇帝陛下のものになるのを指をくわえて見ているのも自由。あなたの決断を、楽しみにしているわ」
 
 外套をひるがえしながら、軽やかな足取りでレミリアがバーを去っていく。
 店内に控えていたらしい従者らしき男が、レミリアの後を慌てて追いかけていった。

 残された男は一人、ただ小瓶を握りしめていた。
 

 ◇◇◇◇◇◇

 
「んふふ、愉快だわ」
 
 バーを出たレミリアは、鼻歌を歌いながら夜道を歩く。
 あの男は、きっと薬をヴィエラに飲ませるだろう。
 そう考えたら、レミリアは笑いを止めることが出来なかった。
 
「お嬢様、いいんですか? あんな嘘をついて。あれは惚れ薬ではないでしょう」

 後ろをついてくる従者が、溜息をつきながら苦言を呈してくる。
 レミリアはちらりとだけ視線を向けた。

「あら、さすがに目がくわね」

「分かりますよ。これでもロレーヌに仕えて30年ですからね」

「いいのよ。わたくしは、皇妃になるためなら何でもするわ。……そう、何でもね」

 レミリアは再び前を向いて歩き出す。
 月が照らす夜道に、レミリアのくすくすと笑う声が怪しく響いていた。
 
 
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