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第6章
65話
しおりを挟む駆け寄ってきた少年は、ヴィンスを見て嬉しそうに微笑んだ。
(今、ヴィンスはエフェルって呼んだ……?)
聞き間違いでないのなら、確かにヴィンスは少年に対してエフェルと呼びかけた。
今目の前で起きていることを、リーナはすぐに理解することが出来ない。
リーナは目の前の少年をじっと見つめた。
女の子のような透き通ったその声も、その天使のような容姿も、エフェルそのものだ。
ただし、瞳が赤い。
エフェルの瞳は、猫のような金色だったはずだ。
「ヴィンス兄さん……。この女性は?」
エフェルと思われる少年は、リーナを警戒するようにヴィンスの背に隠れた。
ヴィンスは少年を見やると、小さくため息をつく。
「俺の女だよ」
「……ヴィンス兄さんの、恋人……?」
(……なんか、じーっと見られてる)
じーっと。
まるで見定めるように。
少年の真っ直ぐな視線に、リーナは思わず身を硬くした。
「ふぅん……可愛いね! お姉さん、名前なんて言うの?」
「えっ? リーナ、だけど……」
少年にぱっと花が咲くように笑いかけられ、リーナは戸惑ってしまう。
屈託のないその笑顔が、かつてのエフェルのものと重なる。
なんの違和感もなく、重なってしまう。
(ああ、この少年は……エフェル、なんだ)
それは、不思議とリーナの中にストンと落ちた。
「お姉さん、ヴィンス兄さんなんてやめて僕にしない?」
「ええ……っ!?」
軽く、冗談でも言うように告げられたエフェルの言葉にどきりとする。
エフェルはヴィンスの背後を離れ、一歩こちらに近づいてきた。
エフェルがリーナに手を伸ばしたその瞬間、ヴィンスがエフェルの襟首を掴む。
「……こいつは俺のだっつってんだろーが」
「エフェル、ヴィンス様のご機嫌をソコねるマネは、この私がユルしません」
ルシェがエフェルの周りを飛び回り、かあかあと鳴いた。
洞窟に鳴き声が響いてうるさい。
「ルシェ、今日の訓練はキツめにしておけ」
「ハッ、仰せのままに」
ヴィンスが、ぱっとエフェルの襟首から手を離す。
それと同時に、ルシェがエフェルの襟首をくちばしで挟んだ。どこにそんなに力があるのやら、ずるずるとエフェルを洞窟の出口へと引きずって行く。
「え、えええ!? ちょっと! 離してよ、この馬鹿カラスーー!」
「バカ!? バカとはなんですか、バカとは! この私ほどユウノウなカラスはおりませんよ!?」
(え、ええええええ)
あまりの早業と言い合う内容の子どもっぽさに、リーナはぽかんと呆けてしまった。
「全く……記憶がないはずなのに、油断も隙もあったもんじゃない」
ヴィンスはぎゃあぎゃあと騒ぎながら遠ざかっていくエフェルたちを眺めながら、はぁと息を吐き出す。
二人の声が聞こえなくなったのを確認してから、リーナは口を開いた。
「あの少年は、エフェル……なのね」
「ああ。あの時堕天して、悪魔に堕ちたらしい」
ヴィンスはゆっくりとした足取りで、洞窟の奥に広がる部屋へと進んでいく。
リーナもその後を追った。
「もしかしてこのひと月の間、エフェルを探してくれていたの?」
「その通りだが?」
洞窟の奥は、以前と変わらずヴィンスの私室になっていた。
家具の配置も何もかも、最後にここで過ごした時と何も変わらない。
部屋の奥までたどり着くと、ヴィンスはベッドに身体を投げた。
「粗方の話はルシェから聞いた。堕天についての話も、エフェルに今までの記憶がないってことも」
「……っ」
ルシェは、ヴィンスが悪魔に堕とされる前からの世話役だった。
リリアの時はあまり姿を見せなかったし、実際リリアも話したことはなかったが、ルシェのことは噂話として耳にしたことがあった。
(確か、うるさいカラスが常に見張っていて、ヴィンスに仇なす者はつつかれるっていう……)
つつかれる、といえば微笑ましく思えるが、あのくちばしは鋭い。
つつかれた先は深く傷つき、雑菌が入れば死に至る可能性もある。
……それはともかく、ルシェは天界にいた頃からのヴィンスの世話役だ。
だからこそ、堕天についても詳しく知っていたのだろう。
「あいつを行方不明のまま放っておくのも寝覚めが悪いから、エフェルを探しだしたんだが……迷惑だったか?」
ヴィンスが身体を起こしてリーナを見つめる。
少し不安そうな赤い瞳に、リーナは慌てて首を左右に振った。
「迷惑だなんて……そんなこと、あるわけないわ」
そんなこと、あるはずがない。
リーナはエフェルを探したくても探せなかった。
(……そんなのは、言い訳だわ)
本当は、少しだけ。
怖かったのだ。
堕天してしまったエフェルを見ることが。
全てを忘れてしまったエフェルを見ることが。
だが対面した今、エフェルとどんな形であれ再開することが出来て良かったと思う。
それは全て、ヴィンスのおかげだ。
「ありがとう……」
「なら、いい。今、アイツを再教育中なんだ」
「再教育……?」
一体何をしているのだろう。
リーナが聞き返すと、ヴィンスはニヤリと笑った。
「主に、力の使い方だけどな。あと、性格を叩き直している。あいつの甘い性格は元来のものらしくてな……」
「ほ、程々にね……?」
楽しそうなヴィンスに、リーナはそう返すしかできない。
ルシェの先程の様子からして、少しだけ愉快に思えてしまって、リーナは必死で笑いを堪えた。
「ところで、アイツを探しだした俺にご褒美はないのか?」
「……?」
(ご褒美?)
ヴィンスの言っていることの意図がつかめず、リーナは小首を傾げた。
「ご褒美って……? 何か欲しいものでもあるの?」
ヴィンスの欲しい物……。
正直いって、あまり想像がつかない。
悪魔を名乗るくらいだから、それなりの禍々しいものでも所望されたらどうしよう。
(いやいや、そんなまさか)
「きゃ……っ」
さらに首を捻ったリーナの腕を、ヴィンスは掴んで引き寄せる。
ベッドに座るヴィンスの上に乗りあがる形になってしまい、リーナはかぁっと顔に血が上るのを感じた。
「お前だよ」
「え……っ?」
「お前が欲しい」
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