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その日の夕食は、一人で食べることになった。

カチャカチャ

ふぅ…

カチャカチャ

ふぅ…

さっきからこの調子だ。
手が全然進まない。原因といったら、旦那様しかいないだろう。

旦那様、今頃晩餐会を楽しんでらっしゃるかしら。
なんでだろう、ずっと旦那様のことばっかり考えてる。
どうして…?
昼食を食べた後の旦那様とのやりとりが頭を掠める。
そして、考えてしまう。
もし、旦那様のお仕事がおやすみで、晩餐会に行かずに私と夕食をとっていたら、今の関係がすこしでも変わったかしら。それとも、変わらなかった?
そう考えてから、フッと自嘲的に笑った。
今更そんなこと考えても何も変わらないじゃない。
せめて、旦那様がお帰りになられたときに晩餐会の様子をお伺いしてみよう。
口に笑みを浮かべて、そんなことを考えた。




でも…。


「え?旦那様はまだお帰りになられていないの?」
もう寝ようという時間になっても、旦那様はお帰りになられなかった。
「はい。ルイスさんのところにもお帰りの連絡はまだ来てないそうです」
リリーも心配そうに教えてくれる。
「そう…」
「どうしますか?もうおやすみなられますか?」
「いいえ、旦那様のお帰りを待つわ」
「かしこまりました」
あとで、ハーブティーをお持ちしますね。
そう言って、リリーは部屋を後にした。

リリーのいなくなった部屋に、一人で椅子に座っていると、もしかして、旦那様は私のいるこの家に帰りたくないだけではないのかと、そう思ってしまう。

「旦那様…」
はやく、帰ってきて…。
椅子の上にうずくまり、こみ上げる寂しさを耐え続けた。


結局、その夜旦那様は帰って来なかった。

チチチチチ……
私は小鳥の鳴き声に目を覚ました。
椅子に座ったまま眠っていたせいか、肩や首など身体の節々が痛い。
「ぅんー…」
目をこすって微睡みから抜け出すと、椅子から立ち上がり、屈伸をした。

「おはようございます、奥様」
背後からリリーの声が聞こえて、後ろを振り返る。
「おはよう。リリー」
私の朝のあいさつにリリーは満面の笑みを向けてくれた。
うん、朝からいい笑顔…。
リリーの笑顔が私の心にある暗い部分を浄化してくれたのか、とても心が軽くなった気がする。
「奥様、昨夜はちゃんとベッドでお休みなられましたか?」
リリーが心配そうに聞いてきた。
「ごめんなさい、昨夜は椅子の上でそのまま寝てしまったの」
「そうですか…。お身体はいかがですか?辛くはありませんか?」
「実は、ちょっと痛いの…」
「まぁ!それはいけませんわ。今すぐ湯あみの用意をいたしますので、少しばかりお時間ちょうだいいたしますね」
「ええ、リリーありがとう」
「とんでもございません」

私はリリーの背中を見送り、ふぅ…と一息ついた。
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