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プロローグ
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*本作はフィクションです。
途中鎮魂歌がうんたらかんたら…という表現が出てきますが、この世界の設定ということでご理解ください。
———————————————————————
美しい人は苦手だ。
ーー裏の性格を疑ってしまうから…。
可愛いらしい人は好きだ。
ーーその可愛さに癒されるから。
私は今、将来を案じている。
チラリ、とレース越しに隣の新郎を見やる。
他の人から見れば、なんて贅沢な悩みだと笑われるかもしれない。けれどーー私、本当に顔が整いすぎている人は駄目なんです‼︎
出来れば今すぐこんな式、おじゃんにしてしまいたい‼︎
ーーとは、簡単にはいかず。
「では、指輪の交換を」
神父の指示に従い、互いの指輪を交換する。
「これにより、お二人は正式な夫婦となられました」
神父の言葉に安堵する。
お、終わった。やっとこの人から離れられる。長かった。やったぁ…。あとは具合が悪いんですとか理由付けて別居しよ。うんうんそれがいいや。
すると、身体が浮いて思考はあっという間に硬直した。
「驚かせてしまったか?セーラ」
そう言って私の顔を無遠慮に覗き込んでくるのは、たった今出来立てほやほやの夫。
か、かかか顔が近い!やめてー!
慌てて顔を隠すと、夫は笑う。
「セーラは恥ずかしがり屋だな」
誰のせいでこんなこと…!
そうだ。もともとこんなことになってしまったのも、全部あの縁談のせいだ!
セーラ・アルジオン(17)は心の中で叫んだ。
******
その日、珍しく父が仕事から早く帰ってきた。
「お前に縁談の話を持ってきた」
そう言われたのは私ではなく、1コ下の妹エリーだった。
「あら、お相手はどなたなの?」
可愛い妹エリー。我が家は妹を溺愛していた。父も母も、使用人も、お祖母さまもお祖父さまも、勿論私も。
みんなが妹を愛した。それくらい、妹は可愛くて、守りたくなる存在だった。
「ラード侯爵殿だ」
「まぁぁ!素敵!素敵だわぁ!ねぇ、お姉さま!ラード侯爵様といえば美丈夫で有名な方よね!」
「…え、ええ。けれどお父さま。あの方はいささか美し過ぎません?エリーには、もっとこう…可愛らしくてほのぼのとした方がエリーに似合うと思うのですが」
「この子はまた…。お父さまが折角の持ち帰られた縁談ですよ。贅沢言うんじゃありません!」
「えぇー。でも、生涯の伴侶ですよ?しかもあのマキアスだなんて!大切な妹だからこそ、口を挟むんじゃないですか」
「お姉さま…。ーー大好き‼︎」
感激したらしいエリーに飛びつかれたところで、話は一旦中断した。
あの後、準備は着々と進んでいるようで、家中の空気は温かく、優しく、そして幸せそうだった。
ーーけれど、その幸せはある日突然燃えて無くなってしまった。
「……ん。何の匂い?」
何か焦げ臭い匂いが鼻についた。
刹那、意識が覚醒して飛び起きる。
「エリー起きて!火事よ‼︎」
慌てて妹の手を取り、寝室の扉を目指して走る。
すると…。
「お姉さま、危ない‼︎」
「え…」
一瞬の出来事が、スローモーションのように、ゆっくりと流れて…。
エリーは私を庇って、その小さな体で私を守ろうとしている。なのに私の足は動かなかった。まるで床に張り付いているかのように重い。
そしてーー。
皮肉にも、火事の翌日は雨がざあざあと降り注いでいた。
協会の屋根を強く叩く雨音に、参列者はなにやら不安げな様子だったが、予定通りに式は進んだ。
「最後に、死者を冥府へと導く鎮魂歌を歌い、閉式といたします。皆さま、ご起立ください」
エリー。エリー。私の可愛い妹。もう一度だけでいいの、もう一度、あなたの声を聞かせて。あの小鳥のさえずりのように可愛らしいあなたの声を。ーーどうか、聞かせて…。
お願いよ……。
エリーの歌声の代わりに、耳に入ってきたのは、親戚の今後の話。
「生き残ったのは、長女のセーラ様だけだそうよ」
「お可哀想に…」
「誰が引き取るの?」
「うちは無理よ。だって、娘を3人も抱えているのよ?」
「うちだって…」
嫌。今はそんな話聞きたくない。考えたくない。
なにも、聞きたくないのーー。
私はもう一人なんだって、気づくのは、嫌。嫌なの…。
「セーラ」
そのとき、親戚の声をかき消すように、私の名を呼んだのはマキアス・ラード。私がこの世で一番会いたくなかった人。
でも今は、家族への悲しみが優先されているのか、それとも親戚達の声が聞こえなくなったからなのか、彼の登場にホッとしてしまった。
トークハットの黒レースが彼を少しでも見にくくしてくれていることも理由の一つとして挙げられるかもしれない。
「ラード侯爵様。本日は我が家族の葬儀にご参列くださり、有難うございます」
「いや。おじさんやおばさんには小さな頃からお世話になっていたからな。…だが、残念だった。エリーのことも」
彼は無意識に私の地雷を思いっきり踏んでしまったようだ。
でも…私たちをわかったような風な口で語らないで。
「これ以上、なにも言わないでくださいませ!」
「セーラ…」
「ごめんなさい。ですが、今は気持ちを整理したいのです。一人で。だから…」
「わかった。ごめんな…。また、セーラが落ち着いた頃に会いに行くよ」
そうして、私は彼ーーマキアス・ラードとの再会を果たしたのだった。
途中鎮魂歌がうんたらかんたら…という表現が出てきますが、この世界の設定ということでご理解ください。
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美しい人は苦手だ。
ーー裏の性格を疑ってしまうから…。
可愛いらしい人は好きだ。
ーーその可愛さに癒されるから。
私は今、将来を案じている。
チラリ、とレース越しに隣の新郎を見やる。
他の人から見れば、なんて贅沢な悩みだと笑われるかもしれない。けれどーー私、本当に顔が整いすぎている人は駄目なんです‼︎
出来れば今すぐこんな式、おじゃんにしてしまいたい‼︎
ーーとは、簡単にはいかず。
「では、指輪の交換を」
神父の指示に従い、互いの指輪を交換する。
「これにより、お二人は正式な夫婦となられました」
神父の言葉に安堵する。
お、終わった。やっとこの人から離れられる。長かった。やったぁ…。あとは具合が悪いんですとか理由付けて別居しよ。うんうんそれがいいや。
すると、身体が浮いて思考はあっという間に硬直した。
「驚かせてしまったか?セーラ」
そう言って私の顔を無遠慮に覗き込んでくるのは、たった今出来立てほやほやの夫。
か、かかか顔が近い!やめてー!
慌てて顔を隠すと、夫は笑う。
「セーラは恥ずかしがり屋だな」
誰のせいでこんなこと…!
そうだ。もともとこんなことになってしまったのも、全部あの縁談のせいだ!
セーラ・アルジオン(17)は心の中で叫んだ。
******
その日、珍しく父が仕事から早く帰ってきた。
「お前に縁談の話を持ってきた」
そう言われたのは私ではなく、1コ下の妹エリーだった。
「あら、お相手はどなたなの?」
可愛い妹エリー。我が家は妹を溺愛していた。父も母も、使用人も、お祖母さまもお祖父さまも、勿論私も。
みんなが妹を愛した。それくらい、妹は可愛くて、守りたくなる存在だった。
「ラード侯爵殿だ」
「まぁぁ!素敵!素敵だわぁ!ねぇ、お姉さま!ラード侯爵様といえば美丈夫で有名な方よね!」
「…え、ええ。けれどお父さま。あの方はいささか美し過ぎません?エリーには、もっとこう…可愛らしくてほのぼのとした方がエリーに似合うと思うのですが」
「この子はまた…。お父さまが折角の持ち帰られた縁談ですよ。贅沢言うんじゃありません!」
「えぇー。でも、生涯の伴侶ですよ?しかもあのマキアスだなんて!大切な妹だからこそ、口を挟むんじゃないですか」
「お姉さま…。ーー大好き‼︎」
感激したらしいエリーに飛びつかれたところで、話は一旦中断した。
あの後、準備は着々と進んでいるようで、家中の空気は温かく、優しく、そして幸せそうだった。
ーーけれど、その幸せはある日突然燃えて無くなってしまった。
「……ん。何の匂い?」
何か焦げ臭い匂いが鼻についた。
刹那、意識が覚醒して飛び起きる。
「エリー起きて!火事よ‼︎」
慌てて妹の手を取り、寝室の扉を目指して走る。
すると…。
「お姉さま、危ない‼︎」
「え…」
一瞬の出来事が、スローモーションのように、ゆっくりと流れて…。
エリーは私を庇って、その小さな体で私を守ろうとしている。なのに私の足は動かなかった。まるで床に張り付いているかのように重い。
そしてーー。
皮肉にも、火事の翌日は雨がざあざあと降り注いでいた。
協会の屋根を強く叩く雨音に、参列者はなにやら不安げな様子だったが、予定通りに式は進んだ。
「最後に、死者を冥府へと導く鎮魂歌を歌い、閉式といたします。皆さま、ご起立ください」
エリー。エリー。私の可愛い妹。もう一度だけでいいの、もう一度、あなたの声を聞かせて。あの小鳥のさえずりのように可愛らしいあなたの声を。ーーどうか、聞かせて…。
お願いよ……。
エリーの歌声の代わりに、耳に入ってきたのは、親戚の今後の話。
「生き残ったのは、長女のセーラ様だけだそうよ」
「お可哀想に…」
「誰が引き取るの?」
「うちは無理よ。だって、娘を3人も抱えているのよ?」
「うちだって…」
嫌。今はそんな話聞きたくない。考えたくない。
なにも、聞きたくないのーー。
私はもう一人なんだって、気づくのは、嫌。嫌なの…。
「セーラ」
そのとき、親戚の声をかき消すように、私の名を呼んだのはマキアス・ラード。私がこの世で一番会いたくなかった人。
でも今は、家族への悲しみが優先されているのか、それとも親戚達の声が聞こえなくなったからなのか、彼の登場にホッとしてしまった。
トークハットの黒レースが彼を少しでも見にくくしてくれていることも理由の一つとして挙げられるかもしれない。
「ラード侯爵様。本日は我が家族の葬儀にご参列くださり、有難うございます」
「いや。おじさんやおばさんには小さな頃からお世話になっていたからな。…だが、残念だった。エリーのことも」
彼は無意識に私の地雷を思いっきり踏んでしまったようだ。
でも…私たちをわかったような風な口で語らないで。
「これ以上、なにも言わないでくださいませ!」
「セーラ…」
「ごめんなさい。ですが、今は気持ちを整理したいのです。一人で。だから…」
「わかった。ごめんな…。また、セーラが落ち着いた頃に会いに行くよ」
そうして、私は彼ーーマキアス・ラードとの再会を果たしたのだった。
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