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本編

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 人は、信じられない。

 それは赤の他人だけとは限らない。
 肉親だって、私は信じることができない。


 「セーラ。お兄さまと義姉さま、そしてエリーのこと。本当に大変だったわね」

 そう言って目の前で涙を流しているふくよかな女性は、お父さまの姉にあたるアイリーン伯母さま。
 とても美しい人だけれど、私は苦手だ。

 (なんでこの子だけ生き残ったのかしら。忌々しい子。まあいいわ。遺産は私たちのものだもの。はやいこと話をつけてこんな小娘、一族から排除してやるわ)

 「それで、貴女の今後と遺産についても一族で話し合いがしたいのだけれど、いいかしら?」

 今の言葉で、全部台無し。
 まぁ、伯母さまが慰めてくれたとしても、それは表向きだから期待していなかったけれど…。
 ここ2日、親戚が訪ねてきては遺産相続の話をして、帰る。というのが続いている。
 おかげで3人を悲しむ時間がない。精々お葬式の後に号泣したくらいじゃないだろうか。

 「私の将来を案じてくださるなんて…伯母さま、ありがとうございます。ですが、ごめんなさい。一族での話し合いは保留にしてください。だって、両親とエリーのお葬式からまだ2日しか経ってないんです。私は、まだ気持ちの整理もつけなれない…」
 「セーラ…」

 ごめんなさい伯母さま。
 保留といったけれど、一族で話し合いをすることは一生ないと思います。
 だって、伯母さまは要注意人物のリストに名前が載っているもの。
 伯母さまに丁重にお帰りいただいた後、父の書斎にある書き物机の引き出しをそっと開ける。
 中に入っているのは2枚の紙切れーーもとい、今は私の今後を左右する重要なリストだ。

 『もし私に何かあったら、ある人物を頼りなさい。その人物の名を書き記した紙をこの机の引き出しに入れておくから。決してそのことを忘れぬように』

 父は生前そう言っていた。
 父は、わかっていたのだろうか。いつか、こんなに早く私を、エリーを残す日が来ると。

 お葬式の夜、初めて机の引き出しを開けた。
 中には1通の封筒が入っていて、父が使い込んでいたペーパーナイフで開封する。
 そこに現れたのは手紙と数枚の紙だった。

 『セーラ、エリー。
  これを読んでいるということは、私は今きっとアローラ神に導かれて死後の世界への旅路の途中なのだろう。
  
  私たちの可愛い子供たち。すまない。もう私たちはおまえたちを守ってやることも、抱きしめてやることもできない。ここは危ない。すぐに逃げておくれ。そしてどうか、生き延びてくれ。』


 短い手紙とともに、要注意人物の名前が連なるリストと、ある人物の名前が書き記された紙を開く。
 そこに書いてあったのはーー。


 「うそ、でしょう?」



 そこには、フルネームで『マキアス・ラード』と書いてあった。




********


 お父さまは逃げろと、手紙で言っていたけれど、私はこの屋敷から、この地から離れられずにいた。
 何よりもまず、ここで眠る3人から離れたくなどなかったのだ。


 「マキアス」

 かの人の名前を呟く。
 どうしても、頼らなくてはならないのだろか。
 もう、あの人には関わらないと決めたはずなのに。

 目を閉じれば、二度と見たくない光景を思い出してしまいそうで…。
 マキアスの名が書いている紙切れに視線を落とす。
 
 あんなにたくさんの要注意人物がいた中で、信頼できるのは彼だけだということはわかる。
 お父さまがこんなに信頼しているのだから、きっと彼は信じてもいい人なのだろう。


 でも、私は恐れている。
 あの美しい人が、欲に目がくらみ、平気で私を裏切るのではないかと。

 どうしても、簡単に信じることはできないのだ。

 一度、私を裏切った人ならなおさら。




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