絶死の森で絶滅寸前の人外お姉さんと自由な異世界繁殖生活 転移後は自分のために生きるよ~【R18版】

萩原繁殖

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ep241 刃狂魔

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 バステンから総員に対し状況が伝えられた。突発的な状況に、傭兵たちの間で緊張が走ったが、彼らは訓練通り即座に動くことができた。

 馬車を囲むように守備陣形を敷き、前方にはニステルとバステンが、後方にはルーナが陣取っている。

「なんだありゃ……」

 街へと続く一本道の途中、ソレはポツンと立ちすくんでいた。
 そのあまりに異様な光景に、パウロは唾をゴクリと飲み込む。
 
「……そこにいるのは何者か!」

 バステンが大声で誰何する。

 だが返事はない。代わりに、風に乗って血と錆びた鉄の匂いが強まった。

 影のように立ちすくんでいたその「女」は、微動だにしない。ただ、じっと、道の先からこちらを見ている。

 年若いようにも、老いているようにも見えた。顔面は泥と血で汚れ、口元には白濁した泡が乾きかけてこびりついている。髪はボロ布のように垂れ、黒目は焼け焦げた硝子玉のように鈍く濁っていた。

 明らかに異常な雰囲気だった。

「人、か……?」

「いや、違います……」

「人型の魔獣じゃないか……?」

 パウロとティナ、ゼフが呟く。

「……ぃ」

 女の肩がぐらりと傾いた。

 次の瞬間だった。

「ッ!  来るぞ!!」

 警告を叫ぶ間もなく、女の身体が、ふらりと傾いたように見えたのは一瞬。

ィリリリリリリリィィィィッ!』

 不快でつんざくような金切り声。

 脚が地面を削り、凄まじい音を立てて跳躍する。

 その目には焦点がなく、ただ破壊の衝動だけが宿っていた。

 狙いはバステン。

 だが。

「下がれェ、バステンッ!!」

 怒号とともに割り込む影。

 ニステルだった。

 ゴァッ!

 バステンの目前に割り込み、肩から全体重を乗せた体当たりで女の突進を弾き飛ばす。

『ギィッ!』

 地面が裂け、風が爆ぜる。女の身体が宙を舞い、土煙を巻き上げて転がった。

「ギリギリりり……チチ鬼り理ィ……ギィィ……!」

 女の口から漏れ出すのは悲鳴でも呻きでもない。体内の奥底から響く、金属同士が擦れるような音。

「な、なんだ、今の速さ……普通じゃねえぞ……!」

 マグが武器を握りしめたまま、背中に冷たい汗を這わせる。

 ニステルは構えを解かず、呻くように言った。

「……当たった感じC級は無いねェ。でもD級は超えてるか。かなり頑丈じゃないか。ひよっこどもにはキツい相手だねェ。バステン、あたしが相手するからあんたたちは先に行きな」

「……すまん、姐さん。頼んだ!」

 バステンは一瞬で状況を判断する。E級の魔物なら自分とルーナで連携し、後方支援があれば討伐できなくもないが、D級以上となると、完全にキャパオーバーだ。
 ここは躊躇わずに切り札を切るべきだろう。

「……以降、あの女を雌型の魔獣と呼称する! お前ら、いつでもトンズラできる準備しとけ!」

「「「了解!!!」」」

「ティナ! 信号弾上げろ!」

「はい!」

 ティナは緊迫する中、冷静かつ手慣れた手つきで射出型の魔導杖に専用の弾を装填し、上空に放った。

 ピュルルルルルルゥ……バォォン!

 視認しやすいカラフルな煙が上空に上がり、滞留した。

「……」

 その間も雌型の魔獣は、地面に叩きつけられたまま、仰向けに転がっていた。だが、ピクリとも動かない。血も流れない。まるでただの抜け殻。

「……死んだふりってかァ? ならァ、踏み潰すまでだよ」

 ニステルが警戒を解かず一歩踏み出しかけた、その時だった。

「ギチ……ギリリ……チチ……」

 それは体内から漏れる不快な音。

 ギュチガパァ……

 女の胸元、肋骨の中央が、縦に裂けた。

「なっ……!?」

 皮膚が左右にめくれ、赤黒く光る金属のような臓器が露出する。それは心臓のように脈打ちながらも、確かに回転していた。

 歯車だ。

 グロテスクな粘液にまみれた、異質な歯車が、内臓の奥に何段にも連なって存在していた。

「なんだありゃ……! 魔導人形ってやつか!?」

「いえ、魔導人形はあんなに生々しくありません。これは……」

 ドガルの悲鳴に対しルーナが眉を顰めて答える。

 ギチイイィチィチィッ!

 さらに、女の背中から複数の脚が生えた。

 背中の筋肉を破って飛び出したそれは、黒光りする硬質の節足。
 何本も、何本も、まるで蜘蛛のような脚部が地面に突き立ち、雌型の魔獣の体を持ち上げる。

「チッ、人の皮をかぶった魔獣め……!」

 バステンが低く唸った。

 その瞬間、蜘蛛脚を支点に跳ねるようにして女が突進する。ニステルが即座に愛用の特大剣を振るい、再び正面から迎撃する。

 ズガォン゙ッ!!

 着弾と同時に血と油の混ざったような液体が飛び散る。

「っは……まだ、動くか。頑丈じゃないかァ!」

 ニステルの一撃を喰らったはずの女は、腹部を捻って滑るように着地し、低い姿勢で四肢を広げた。

 歯車は回転を早め、背の脚がバタバタと空気を切り裂くように揺れ動いている。

「パウロ、ゼフ、ティナ! 距離を取れ! 前衛、下がれ!」

 バステンの指示が響いた。

 戦闘経験が浅いゼフら若手が緊張で固まりかけるが、ルーナの声が彼らを引き戻す。

「合図で駆け抜けます。遅れないように!」

「ッらあああああああっ!!」

 ニステルの怒号とともに、特大の黒鉄剣が風を裂いた。

 それはただの一撃ではなかった。筋肉を極限まで捻じり、腰と脚のバネを限界まで溜めて解放する、質量そのものによる斬撃だった。

 刃狂魔が節足を使って回避を試みた、その瞬間。

 ズバアアアアン!!

 世界が割れたような衝撃とともに、刃狂魔の身体が地面を削りながら吹き飛ばされた。

 金属音とともに歯車が悲鳴のように鳴り、節足が地面をバチバチと滑って火花を上げる。

 ──ドチャッ。

 ややあって、地面に砕かれて千切れた二本の節足が落ちてきた。

 ニステルは『ふぅッ』と鋭く息を一回吐いたあと、振り向きざまに叫んだ。

「今だッ! 走れッ! ここは抑える、行けェッ!!」

 バステンはすかさず号令を飛ばす。

「お前らずらかるぞ! ロスカ、全速前進ッ! 馬車を守れ、護衛つけッ!」

 パウロとティナが馬車の側面に飛び乗り、ロスカが鞭をしならせる。

「はっ!」

 鞭の音とともに、馬が地を蹴った。

 二頭の馬が筋肉を震わせ加速する。ニステルの怒声と魔獣の唸りを後方に置き去りにしながら、馬車は一本道を爆走する。

 ニステルの剣戟音が小さくなっていく。

「に、逃げ切れた、の?」

 肩で息をしながらナリャが呟く。

 そのときだった。

 ザッ!

「新手だ! 来るぞっ!」

 右の森影から、跳ぶように飛び出してきた別個体の雌型の魔獣が、馬車の車輪を狙って横合いから飛びかかってきた。

 先ほどの個体と比べ比較的小さいが、凶暴性に違いはない。

「やらせません!」

 ルーナが瞬時に身を翻し、咄嗟にその振り下ろされる四肢を受け止める。
 鍛え抜かれた両腕に衝撃が走り、土煙が舞った。

「副団長ッ!」

 マグが駆け出し、刃狂魔の胴に正面から武器ごとタックルをぶちかます。
 直後、ドガルの巨大なメイスが横から追撃の一撃を見舞う。

「だっしゃあああッ!」

 ゴッッン!

『ギリリリリィッ!』

 鈍い音を立て、二体目の雌型の魔獣は道脇の茂みに弾き飛ばされ、木の幹を折りながら転がった。

「ルーナ、乗れッ! 次が来るぞ!」

 パウロが振り返って怒鳴る。

 ルーナは小さく頷き、足元を蹴って馬車に飛び乗った。

 その背後。

 カサ、ガサ……ギチ……ギチチ……ギィ……

 さきほど吹き飛ばされた雌型の魔獣が、脚を引きずりながら這い出てくる。

「ついて来る気か……クソッ、なんてしつこさだい!」

 ベラが悔しげに歯噛みし、ロスカが無言で手綱を握り直す。

 後ろからゴキブリのように地を這って疾走する雌型の魔獣。

『きっ、きっ、キッ……』

 ぐしゃぐしゃの髪、歯の無い笑顔、頭を小刻みに揺らしながら、ニマァっとだらしの無い口角を上げる。

「……笑ってやがる」

 マグは呟き、本能的な恐怖を感じた。

 そこへさらなる不運が訪れる。

「い、いったい何なの」

 馬車の中にいたバゼロの愛人、紫髪の女が目を覚ましたのだ。バステンが気付いて叫ぶ。

「ッ、出てくるなッ!」

「ひッ──」

 何事かと後方の身を乗り出し、刃狂魔を目にした瞬間、彼女の顔が引きつる。

「ば、化け物……いや、いやぁぁっ!!」

 叫んだ拍子に身体の重心が崩れる。

「馬鹿野郎!」

 マグが叫んだが、もう遅かった。

 紫髪の女が、馬車の揺れに煽られながら、悲鳴とともに地面に転がり落ちた。

 ズズ……

『キッ、キッ、キリキリヒィ……』

 背後から這い寄る黒い影。異形の歯車音が、女の悲鳴をかき消す。

「いや……来ないでっ……来な……っ!」

 その声すら遮るように、刃狂魔の脚が女の身体を押さえつけた。

 すると腹から無数のグロテスクな触手がぬらぬらと、汚らしい粘液を垂らしながらまろびでる。

「い、いやぁぉぁっ!」

 触手は紫髪の服をビリビリに破く。

 村人たちによって、痣ができるまで揉みしだかれた乳房があらわになった。

 そして無慈悲にも奇怪な触手が、耳へ、口へ、臍、膣、尻穴へと挿入される。

「いぎゃぁぁぁぁあああっ! あ、あががががっ、うおぼぉぉぉっ」

『キリリ、ヒィ非ィ』

 ずぶぶちゅちゅうううっ!

 紫色の粘液のようなものが、もがき苦しむ女の体内に流れ込んだ瞬間、彼女の身体が激しく痙攣する。

「……お、おごごごぶぉぶぉっっ!」

 バキメキャメキャ……

 骨が軋む音、肉が歪む音が、明瞭に響き渡る。

 指先が異形の鉤爪に、髪がどす黒く染まり、瞳孔が収束し、口角が裂け。

「あ、アガが、ぎ、ぎきまぎきまぎぎたぎぎ」

 地に伏していた紫髪の女の身体が、何か別のものへと作り替えられていく。

 その様子に気付いた後方の傭兵たちが、愕然とした表情で立ち尽くした。

「……なんておぞましい」

 紫髪の女は、もはや女ではなかった。

 『き、き、きりり……キリ、キリ……』

 歯車音と共に立ち上がったそれは、新たに冒涜的な生命を宿した異形の魔獣だった。



 バステンの叫びが上がる。

「新手だ! 呆けるな! 落ち着いて対処しろ!」

 紫髪の女はその身体はボキボキと音を立ててねじ曲がり、歯車のような構造を身にまとった魔獣へと変貌していた。触手のような関節を伸ばし、螺旋状の触手を震わせながら、喉奥で金属音を鳴らす。

『キリリリリィッ!』

 紫髪の魔獣が凄まじい跳躍力で飛び上がり、馬車の前方に陣取る。

「クソ、挟まれたか」 

 バステンが呻き、後方へ目をやった。紫髪の女を魔獣化させた、歯車魔獣がおぞましい笑みを浮かべ、じりじりと近寄ってきている。

「俺と副団長が後ろのやつをやる! 他のやつらは紫髪のやつを頼む! ルーナ!」

 バステンが声を飛ばすと、ルーナが沈黙のまま滑るようにバステンと共に前へ。

「ナリャ、セリン! こっち援護を頼む! ロスカは他の奴らを!」

「了解!」

 後方で指示を飛ばすと、既に馬車の上に陣取っていた二人の弓兵が同時に弦を引き絞る。

 ナリャとセリンの矢が雌型の魔獣の動きを牽制し、精密に関節へ突き立つ。

 一方、前衛を狙うように突進してきた紫髪の魔獣に、マグが立ちふさがる。

「来るぞ、構えろッ!」

『ギヒャリリリマギギィッ!』

 鋭く尖った節足の一撃。

 マグの盾が火花を散らす。その間に、ドガルの大槌がうなりを上げて脇腹を叩く。

 ガィンッ!

 が、まるで鉄の大壁を叩いたかのように弾かれる。

「効いてねえぞ……! 何か手はないのか!」

 ティナは一瞬躊躇ったあと、覚悟を決めたように顔を上げる。

「あの歯車型の内臓みたいのを狙います! みんな、一瞬だけ動きを止めて!」

 ティナはポーチから大きめの瓶を取り出す。

「お、おい、そりゃなんだ!?」

「手製の爆薬です!」

「ば、ばくやく!?」

「なんで今まで使わなかったんだ!」

「ちゃんと爆発するか分からなかったからです!」

「そんなもん持ち歩くなよ危ねえ!」

「作ったのは任務が終わってからです! あの村の付近には爆薬の元になる薬草が生えてるんです!」

「いやお前な」

「うるさああああああいっ! さっさとやれえええええっ!」

「お、おうっ!」

 ティナが叫びながら爆炎瓶の安全装置を外し、握りしめる。

 マグとドガルはティナの怒号に押される形で紫髪の魔獣とぶつかる。

 ゴギィッン!

「うぬぬぬぬぬ!」

「ぐううううっ、ベラ! 脚、潰せ!」

「わかってるっての!」

 マグとドガルが渾身の力で紫髪の魔獣を抑え込み、ベラが横合いから素早く直剣を足関節に突き立てる。

 がくり、と魔獣の体制が崩れ動きが止まった。

『ギャマギォッ!』

 魔獣は腕をクロスして咄嗟に柔らかい内臓部分を守る。

「パウロ、ロスカ! いま!」

「うおおおおっ!」

「いくぜっ!」

 ヒュンッ!

 パウロの槍が腕の関節に突き刺さり、ロスカの二刀が筋を断ち切る。

 斬られた腕がだらりと垂れ下がり、魔獣の胸部に隠れていた内部機構が露出した。

『キャリりりギャッ!』

 そこには、複雑に組み合わさった金属と軟組織が存在していた。
 赤黒く蠢く歯車の群れ。
 異常に発達した内臓機構が、まるで心臓のように動いている。

 柔らかな内臓が、あらわになった。

 ティナの目が光る。

「っ! みんな離れて!」

 彼女は荒々しい投擲フォームで振り被り──

「ここだぁぁぁぁっ!」

 爆炎瓶を思い切り投げ抜く。

 腕を振り抜くようにして投げた瓶は、空気を切り裂いて回転しながら飛翔し。

 カシュッ……カシュンッ! 

 乾いた点火音の直後、魔獣の腹部、露出した歯車状の内臓に直撃した。

 ──次の瞬間。

 “ズガァァォォォォォン!!!”

 鈍く腹の底に響くような音とともに、魔獣の中心部が破裂した。
 爆炎の衝撃波が四方に飛び散り、歯車の一部が金属片となって宙を舞う。

『ギャリァォォァァォッ!』

 魔獣が絶叫とも咆哮ともつかぬ声をあげた。
 半身を焦がし、機構を損壊したその身体は、明らかに動きが鈍くなっている。

「今だ、囲めッ!」

「止めを刺すぞ!」

 マグ、ドガル、ベラ、パウロ、ゼフ、ティナが一斉に詰め寄り、包囲しながら慎重に攻撃を加えていく。
 既に魔獣は反応が鈍く、さきほどまでの鋭い動きは見られない。
 ティナの爆炎瓶が致命の突破口を開いたのだ。


---

 異様だった。

 刃狂魔は明らかに、バステンではなくルーナを狙っていた。

「……なぜ私を……?」

 ルーナが警戒を強める中、歯車魔獣の無数の節足が地を鳴らして跳躍する。触手が無軌道に蠢き、彼女を狙う。

「……ッ、弄んでいるのか……?」

 軌道は鋭く、重く、まるで意思を持っているかのように。
 殺すなら既に殺せているはず。
 それほどの差を感じる。
 しかしそうはしない。

 ただ、彼女の口を、胸元を、臍を、下腹部を、あらゆる穴を執拗に貫こうとした。

「ルーナッ!」

 バステンがすぐ傍まで迫っていた。
 ルーナをかばって剣を交差させるが、歯車魔獣の重撃を正面からは止めきれない。
 彼女の脚がたわみ、節足の一撃がその頬をかすめる。

「……くッ……っ!」

 ルーナの冷徹な瞳にも、かすかに焦燥が宿る。
 バステンの二刀が幾度も歯車魔獣の体表を削るが、その装甲のような外殻は深く斬り裂けない。

「……効いてねぇ、のか……ッ!」

 焦るバステンの耳に、鋭く空を切る音が届いた。

 「せいっ!」

 ナリャの矢だ。

 木陰から放たれた鋭矢が、魔獣の頭部をかすめ、右の眼窩へと深々と突き刺さった。

『ギィアアアアアッ……!!』

 初めて、魔獣が苦痛の絶叫を上げた。
 歯車の回転が一瞬滞り、節足が不規則に痙攣する。

「いまだッ!」

 バステンの双剣が唸る。
 この一瞬の隙を逃さず、全力の踏み込みから繰り出された二閃。

 歯車魔獣の腹部、露出した歯車の中核へと斜めに交差して突き立てられた。

『ギッ、リリィァ、ァア、アアアアアアアア!!』

 バステンの二刀が、剝き出しの歯車の奥、粘ついた内臓を力任せに刃を掻き回す。

「気持ちわりぃ歯車ガタガタにしてやるッ!」

 魔獣の全身が跳ね上がる。歯車の回転が乱れ、体液のような金属光沢の液体が飛び散る。

「食らいやがれッ……!」

 グリリリ……と不快な音とともに、『パキン!』と蠢いていた何かが砕ける感触があった。

 喉奥から、女とも獣ともつかぬ金切り声が響き渡る。だが、それで止まるような相手ではなかった。

『ギャリリリィッ!』

「なっ……!」

 反撃は、一瞬だった。凄まじい力でバステンの身体が弾かれ宙を舞う。
 吹き飛ばされた彼は地を転がり、呻きながらも起き上がろうとするが、遅かった。

「くっ」

 ルーナの上に、黒い巨躯が覆い被さる。無数の節足が地面を刺し貫き、がっしりと逃げ場を封じていた。
 彼女は身をよじり抵抗するも、異常な重量と腕力の前では振りほどくことすらできない。

「ッ……退け、このッ……!」

『ギャりゃりゃりゃあ!』

 歯車魔獣の腹から、ぬらりと蠢く触手が伸びる。滴る粘液が彼女の頬をかすめ、いやらしくうねりながらルーナの身体へと迫る。

 触手がルーナの胸部を這い、鎧の留め具に絡みついた。まるで知っているかのように、力の加減を変えながら金具を押し広げ──

「パキィッ」という音と共に、胸当てが吹き飛ぶ。

 露わになったインナー越しの肌に、冷たい粘液が垂れ落ちる。

 「──ッ!」

 歯を食いしばるルーナ。叫びは上げない。
 だが、褐色の肌に伝う汗と、ぐしゃりと握られた指先が、必死の抵抗を物語っていた。

「この変態魔獣!」

「副団長から離れろ!」

 ナリャとセリンが指に血がにじむほど矢の嵐を降らせるが、すべてその装甲に阻まれてしまう。

「はな……せっ」

『ギャリギャリギャリアハァ』

 歯車魔獣のねぶりは執拗だった。
 触手は次いで太腿へと伸び、腰帯をねじ切る。

 ビシュッ!

 数本の触手が同時に装備の各所を引き裂く。
 ブーツ、ガントレット、ベルトポーチ、インナー──
 ルーナの身体から、戦うためのすべてが削がれていく。

 「っ……ふざけるな」

 唇を噛み、呻くように吐き捨てるルーナ。
 だが、踏みつけるような重量は微動だにしない。

 粘液まみれの触手が、ルーナの腰布を巻き込みながらぐいと引き裂いた。

 「……っ、やめろッ!」

 悲鳴にも似た声が漏れた刹那、留め具が弾けて宙を舞う。
 露わになったのは、鍛え抜かれたしなやかな腹筋と、反り返る雄々しい淫核。
 その上に刻まれた刺青──ルーナが御主人様に直接描いてもらった誇り。

「ふざけるなッ……」

 その誇りを汚されたように思い、彼女は怒る。

 だが容赦なく、下着の片側が触手に裂かれ、右胸がぷるりと跳ねるように露出する。

 柔らかな獣人特有の体毛に包まれた乳房。

 粘液が乳輪に伝い、汗と混ざって滑り落ちるその様に、歯車魔獣が機械的な歓喜音を鳴らす。

『ギャリィ……ギュギュ……ギャアアアアア!』

 さらに下半身の下着にも触手が潜り込む。
 布地がくいこみ、裂け目から柔肌が覗く。
 まるで羞恥を煽るように、粘液が太腿を伝い、地面にぽとりと垂れた。

「ルーナァッ!」

 副団長の尊厳を守らんと、バステンが疾風もかくや、という速度で近づくが間に合わない。

「御主人様……申し訳有りません」

 ルーナは目を瞑り、ぎゅっと唇を結ぶ。

 せめて情けなく悲鳴をあげないように。御主人様の誇り高き奴隷であることを汚されないように。

 ルーナの膣穴と尻穴に、おぞましい触手があてがわれたその瞬間。

 ──ズバッ!!

 光のような閃きが視界を裂く。
 ルーナを蹂躙せんとする触手が、正確無比に断ち切られ、甲高い金属音とともに大地に叩きつけられる。

「……ふぅ~~間に合った、間に合った。危なかったな傭兵ども……仕事しに来てやったぞ」

 飄々とした低い男の声。
 漆黒の鎧に身を包み、背に黒剣の意匠を掲げた男──黒剣騎士団長、ガイウス・ジッド。
 その眼差しは、容赦なき鋼鉄の意志を湛えていた。


「気色わりい魔獣め、死にさらせ! 《斬光刃》!」

 ──光を纏った斬撃が、宙を奔る。

 一直線に走ったそれは、まるで光そのものが意思を持ったかのように、歯車魔獣の節足を狙いすました軌道で一本断ち切った。

「関節が弱点だな! 解体してやるぜ!」

『ギャりゃぁぉぁぁぉッ!』

 重く、厚く、異形の力を誇った部位が、まるで紙を裂くかのように次々と飛び散る。

『ギャリォッ!』

 しかし歯車魔獣もただやられてばかりではない。

 光刃が直撃する寸前に、インパクトをずらし関節を守る動きをする。 

「ちっ、クソ魔獣の癖に知恵つけやがって……かてぇな」

 悪態を吐いたガイウスの足が、地を蹴った。

「だったらよぉ! 進んで的になってくれるっつーなら、膾斬りにしてやるよぉ!」

 裂帛の気合とともに光を纏った剣──《斬光刃》が、吠えるように振るわれる。
 一閃、二閃、三閃。
 歯車魔獣の節足が、ヂリリッと削られていく。

「おらァ! 一歩でも動くんじゃねえぞ!」

 吼えながら、ガイウスは斬撃を重ねる。
 抜き身の剣が、甲殻を裂き、肉を裂き、歯車の組織すらぶっちぎる。

「ガイウス殿! そいつは腹の内臓部分が弱点です! 両腕を無効化してください!」

 バステンが叫び、ガイウスの目が光る。

「聞いたな、お前ら! 釘付けにしてる間に接近して、腹の中掻き回してやれや!」

「応ッ!」 

「ヘルマン! 任せた!」

「御意!」

 団長の命令に応えるべく、恐れ知らずの数人の騎士たちが、斬光刃が迸る戦場を駆け魔獣に接近する。その先頭を駆けるのは老騎士ヘルマン・ヴァルトラインだ。

「よし、囲め! 獣が動く前に、両腕潰せッ!」

 長槍を持った黒剣騎士たちが次々に躍り出る。
 
「うおおおおおっ!」

 たゆまぬ鍛錬によって培われた必殺の突きが合計何十合と繰り出され、魔獣の腕の筋が断たれて、ついに垂れ下がる。

「団長! 今です!」

 ヘルマンの重く鋭い三連突きが決まった瞬間、スイッチするようにガイウスが躍り出る。

「よくやった! オラァ死んどけェェェッ!!」

 ガイウスが零距離斬光刃を歯車魔獣の内臓にぶち当て──

 胴体が真っ二つに裂けた。

『ギャり愚ぁ切りゃぁ苦ァァァァァァッッヅッッ……………』

 臓腑のような歯車が飛び散る。
 魔獣は耳を覆いたくなるような奇声を上げ、膝をつき、数回痙攣したあと──死んだ。

「チッ、手こずらせやがって……。このクソ魔物が」

 ガイウスは唾を吐き捨て、血煙の中で剣を肩に担ぐ。

「オラァァァァァァ! 勝ったぞぉぉぉぉ! おめーら、勝鬨を上げろおおおおおおっ!」

「「「「「うおおおおおおおおおっ!」」」」」

 ガイウスが剣を高く掲げ、配下の騎士たちもそれに応える。

 その背に、騎士たちの黒い外套がなびいていた。


---


「間一髪だったな? ええ、おい」

 戦闘が一段落した現場で。

 ガイウスがニヤニヤとバステンたちを見てくるが、特に嫌味や感じはしない。むしろ本当にありがたいタイミングで来てくれた、とバステンは心から感謝していた。

「おっしゃる通りです、騎士団長殿。我らだけでは危ないところでした」

「ハッ。信号弾を上げてただろう? 見えるところで撃てば、駆け付けるさ。仕事だからな」

「……ありがとうございます」

 バステンが深々と頭を下げたのとほぼ同時に、彼は手を広げる。

 戦闘を終えたニステルが速歩で駆けつけたのだ。

「おおっ、ニステルゥ! 見てたか!? 俺の勇姿を……うおおおっ!?」

 ガイウスが腕を広げ、どこか茶化すように叫んだ──その瞬間だった。

 ビシュッ!!

 風を裂く鋭い音とともに、拳大の石がガイウスの頬を紙一重で掠め、
 そのまま遥か後方の茂みに炸裂するように突き刺さった。

 ……ずどぉん!

 遅れて砲弾が着弾したような音が聞こえてくる。

「ッなっ──!?」

 騎士たちが一斉に身構えた。
 老騎士ヘルマンが、顔を真っ赤にして怒鳴り上げる。

「何をするか貴様ッ! そのような無礼──」

「逸るなよ、爺さん」

 ニステルは、石を投げたとは思えぬほど静かに腕を降ろしていた。
 先ほどと変わらぬ、野獣のような沈黙と風格をまといながら。

「すまないねェ、バステン。到着が遅れちまった。あのキモい歯車野郎はぶん殴りまくってぶっ壊したんだが、その後の奴らが問題でね……」

「その後のやつらだと?」

「どうやら歯車魔獣の死体を回収しにきたみたいだ……。E級ぐらいの手練れが十人いたから手間取っちまった。一人はD級相当が混じってたなァ。何人かブッ殺したが、おかげで魔獣死体は持っていかれちまったよ」

 コンコン、と特大剣で頭の横を叩くニステル。

 バステンはニステルのぼやきに呆れる。

(E級が主力の集団に単身で勝つなんて、もう魔獣じゃねえか)

 そして彼女は肩越しにガイウスへ目線だけを送る。

「んでェ、後ろに覗き見野郎がいたみたいだからねェ。お仕置きしてやったんだよ。腕の一本くらい、落とせたかもねェ……ま、逃げられたようだけど、死体は守れただろ?」

 ニィ……と口元だけで笑うニステルに、騎士団員たちは言葉を失った。

 どれほどの反射神経と観察眼があれば、あの一撃を、あの精度で放てるのか。

「……ふぅむ。なるほどな。こりゃのっぴきならねえ事態だな」

 ガイウスが口元をぬぐい、ついでに笑いながら呟いた。

「なにはともあれ、プレゼントをありがとうよニステル。ありがたく貰っておくぜ」

 ガイウスは今になってやっと流れ始めた頰の血をぺろりと舐めて笑う。黒剣新米騎士が最も恐れるガイウスの笑みだ。

「さっさと仕事しなァ、粗チン野郎」

 ニステルがぺっと痰を吐くと、その勢いで地面が少し抉れた。

「ああ……たまんねぇぜ。お前を早く俺のものにしてぇ……」

 ガイウスは怯むこと無くその侮辱を正面から受け止め、すぐ横ではヘルマンが頭が痛そうに眉間に手を当てていた。
 



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